全日本プロレスでの復活から今日で実に三十五年、そしてその誕生から昨年末で実に五十五年を超えた、「日本最古のタイトル」。 この有数希有のタイトルの履歴と意義を、多くの方々と共に論じていきたいと思っております。

獲得回数


  1回 (第三十二代)

防衛回数


  4回

戴冠日&会場


 1977年11月6日 後楽園ホール (国際プロレス)  ※前王者グレート小鹿 大熊元司を破る。

特徴


 ●通称「和製ハイフライヤーズ」。

 ●史上初の「認定団体以外での日本人王者」。

 ●同時に「認定団体以外の興行での初の王座移動」。

 ●当時は復活以降の防衛回数の記録を更新。

 ●「蔵前国技館」で防衛戦を行った最後の王者。

意義


 ●当時の浜口は、グレート草津とのコンビでIWA世界タッグも保持の、タッグ二冠王。(ただし同時期の世界オープンタッグ選手権には不参加)

 ●そのためかコールの順は、元シングル王者の井上よりも、浜口の方が後。

 ●王座転落の翌年にIWA世界タッグ王座を奪取。

 ●「同一チームの上位王座獲得」としては、ジャイアント馬場 吉村道明に続く二度目だが、時期を置いての「現役王者のままの獲得ではない」例としては最初。

 ●ただし残念ながら、時期が国際の末期で、挑戦者が草津時代に比べてランクダウンになっていたため、むしろIWA世界タッグの「アジアタッグ化」を印象付けてしまったともいえる。

 ●ちなみに、逆のパターンが後の阿修羅・原 マイティ井上

このページへのコメント

今日は奪取から三十九年目。

Posted by JIN 2016年11月06日(日) 12:38:39

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