全日本プロレスでの復活から今日で実に三十五年、そしてその誕生から昨年末で実に五十五年を超えた、「日本最古のタイトル」。 この有数希有のタイトルの履歴と意義を、多くの方々と共に論じていきたいと思っております。

獲得回数


  4回 (第二十八・三十一・三十三・三十四代)

防衛回数


  3回  (第二十八代)
  2回  (第三十一代)
  0回  (第三十三代)
  6回  (第三十四代)

戴冠日&会場


 1976年3月26日 ソウル特別市文化体育館 (第二十八代)  ※王座決定戦で呉大均&洪武雄を破る。

 1977年6月16日 後楽園ホール (第三十一代)  ※前王者高千穂明久 サムソン・クツワダを破る。

 1978年2月22日 岐阜市民センター (第三十三代)  ※前王者アニマル浜口 マイティ井上を破る。

 1979年5月31日 能代市体育館 (第三十四代)  ※王座決定戦でスイート・ウィリアムス&ボブ・ミラーを破る。

特徴&意義


 ●「全日本プロレス」における最初の王者。

 ●初の「海外タイトル戦」経験王者。

 ●「最多戴冠組」日本記録(四回)。

 ●「王座獲得から最終防衛戦までの期間」の日本記録(五年一ヶ月二十八日)。

 ●「初挑戦から最終挑戦までの期間」は歴代最高(六年十一ヶ月二十一日)。

 ●初の「防衛期限切れ」返上。

 ●最終戴冠時にアニマル浜口 マイティ井上の復活後防衛記録(4回)を更新。

 ●最後の挑戦相手は阿修羅・原 マイティ井上

 ●日本での初防衛戦は、国際プロレスとの対抗戦における、IWA世界タッグ王者とのダブルタイトルマッチ。(蔵前国技館のメーンでの防衛戦は実にジャイアント馬場 吉村道明以来で、こちらもダブル戦。)

 ●「全日本所属選手」として唯一の「IWA世界王座挑戦」経験。

 ●「夢のオールスター戦」における唯一の純正タッグ出場。

 ●実にスカル・マーフィー クロンダイク・ビル以来の「試合での敗北による王座転落」(二十八代)。

 ●「奪取・転落の双方が後楽園ホール」の最初の王者(ただし転落時は国際のリング)。(三十一代)

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