角田美代子の皆吉家・谷本家に対する乗っ取り行為の経緯です。
基本的に元ソース記事の検索を容易にするため、当サイトに掲載している断片的な新聞記事ソースなどの切り貼り編集によって構成しており、文体や呼称などが統一されていないなど不自然な点はあらかじめ御了承願います。
また新聞記事によって出来事の発生時期、期間などが異なっていたり、内容も食い違うものもあり、必ずしも全ての新聞記事を正確に反映しているものではありません。

略図は美代子に介入される直前時のもの

■はじめに 管理人より

これまでに谷本家の話はテレビ・新聞などで頻繁に報道されているのですが、まとめるにあたって意外と事実関係・経緯など不明な点が多く、全容がわかりづらいものになっております。例えば、谷本家での虐待・略奪行為を時系列で整理しても、その事実が谷本家への二度の襲来でのどちらで発生した事なのかがはっきりと記されている記事はほとんどなく、ある程度の推測はできるものもありますが、現時点ではどうにも判断できないものも多いなど、全体的にあいまいな形を残したままでの「まとめ」になっています。


■皆吉家と角田美代子の出会い

 2001年ごろ、皆吉ノリの長男が角田美代子の内縁の夫、鄭頼太郎と中学の先輩だった縁で美代子と知り合うことになる。

 2002年11月ころ、皆吉長男が美代子の勧めで学校の用務員を退職し、次男と一緒に美代子宅で暮らし始める。退職金1700万円のうち約1100万円について、後の瑠衣と角田三枝子の年金窃盗罪の公判で「サラ金に約300万円の借金があった。美代子から『銀行に入れると押さえられる。サラ金に話をつける』といわれて預けた」、美代子に預けていた約1100万円の退職金については「(美代子は)金に対する執着が強く、『返して』と言える雰囲気ではなかった」と証言をしていることなどから、実質的に美代子に奪われたようなものだと推測される。またその頃、皆吉ノリの周辺で異変が目立ち始めていた。近所の住民は「借金の取り立てに来た男が大声でわめいたり、ガラス戸を割られたり、とにかくひどかった」「(女性から)10万円だけ貸してほしい、と言われた」と証言している。


■谷本家と角田美代子の出会い 一度目の襲来

 2003年2月、尼崎の皆吉ノリ宅に帰省した長女である皆吉(谷本)初代が「迎えに来て」と泣きながら、夫である谷本父に電話をしてきた。谷本父が出向くと美代子がおり、「尼崎には悪い仲間がいるから高松で世話してくれ」と以前親類関係にあった李正則を預かるよう頼んできた。(李正則は皆吉長男の再婚相手の連れ子だったが、当時、皆吉長男は既に離婚していた。ただ、正則は少年時代、谷本家とは泊りがけで遊びに行ったり、野球留学していた高校時代にも家に泊めてもらうなど親しくしていた)しかし高松に連れ帰ると、李正則は暴れて一家の金を盗んだ。

 3日後、谷本父は「娘たちがおびえている」と美代子に電話し、送り返そうとすると、美代子ら集団が妻のきょうだい(皆吉長男・皆吉次男・皆吉次女)や母の皆吉ノリらを伴い押しかけてきた。(この時に美代子と共にやってきた集団は現在のところ完全には特定されていない)「マサ(李正則)の面倒をみられへんかった責任や。金持って来い」。美代子はそうすごみ、長男の借金問題も持ち出して、金の工面を迫った。美代子らは昼間はモーターボート場に行き、夜は連日、宴会を繰り広げるなど大暴れし、家の中も荒らされ、皆吉ノリが高松の家に贈ってくれた花壇の花が全部切ったりされたという。

 さらに美代子はきょうだいや親戚を次々に呼び出した。「(住人女性の)長男が借金を抱え、連れ子の男(李正則)の面倒を見られない。きょうだいが面倒を見ないかんやろ」と迫り、李正則とともに頻繁に「家族会議」を指示した。議題は「誰が男を引き取るか」「引き取れないなら金を用意できるか」。一日中、正座させ、未明まで話し合わせることがあったという。拒んだり途中で眠ったりすると、男に殴られた。話し合いが行き詰まると、美代子らは「誰が悪いんや」と家族らに問いかけた。「悪者」を決めさせ、ほかの家族に殴らせる。拒むと拒んだ人が次の標的にされる。子が親を、兄弟姉妹がうち一人を殴るという情景が繰り返されたという。当時、一家と一緒に20日間ほど軟禁された親戚の女性がこんなことを口にした。「何日も寝とらんかったら、よう分からんようになって。言われるままになってしまった」

 当時、既に80近い高齢だった皆吉ノリも李正則らに激しい暴行を受けていた。悪口を家族に言わせられ、板張りの廊下に一日中正座させられたり、食事も制限された。見かねた親族がおにぎりを与えようとすると、他の家族が美代子の怒りを恐れて止めたという。この親族は「高齢なのに容赦のない暴行を受けていた」と証言する。さらに美代子は「髪を切れ」と長女である皆吉(谷本)初代に指示し、その命令に背けなかった皆吉(谷本)初代に、髮の毛を切られ、丸坊主にされたという。

 関係者は「されるがままにするしかなく、角田(美代子被告)の言うままに支配されていった。本当に恐ろしかった」と目を伏せた。逃げだそうとしても美代子被告らが玄関などを見張っており、脱出に成功して親族宅に転がり込んでも、すぐに連れ子の男らが連れ戻しに来たという。

 その頃、皆吉ノリの弟(77)のところに皆吉ノリから頻繁に金策の電話がかかってきたという。弟によると03年春、皆吉ノリから「よそから金を借りた。一万円でもいいから貸して」と泣きそうな声で電話があった。連絡は約一ヶ月、毎日あり、多いときは数分おきにかかってきた。その間、「取立ての連中がいない間に電話している。電話しろといわれた。ごめんな」「家を担保に入れてでも金を貸して」と頼んできた。また、皆吉ノリの次男や次女も、おじである弟に「借金がある」「家を売るためにローンを返す」と、電話で借金を申し込んできたという。

 また、同時期の03年2月ごろに兵庫県内に住む妹(63)に「お金を貸してほしい」と電話があった。「10万円ぐらいなら」と言うと、「それだけでもいいから」。不審に思って居所を聞くと、「高松にいる」、また「取立てをしている人らも一緒なの」と聞くと「うん」と答えたという。妹は皆吉さんの長男が多額の借金を抱えていることを聞いていた。翌日、「振り込まれていない」と催促の電話があった。皆吉さんと話したのは、これが最後となった。数日後、皆吉さんの次女(60)の口座に10万円を振り込んだ。


■谷本家の2人娘 長女の茉莉子と次女の瑠衣

 惨劇が繰り広げられる谷本家には2人の娘がいた。当時20歳の長女茉莉子と17歳の高校2年生の次女瑠衣。茉莉子は高松市のIT会社に勤めていたが、同僚らに「母方の親族の関係で、たちの悪い取り立て屋が家に来る」と暗い表情で語り、仕事を休みがちになった。同僚らが詳しい事情を尋ねても、「聞かないで」と言葉を濁した。

 瑠衣は呼び出された親族の目の前で美代子から父親への暴力を指示され「お父さん、ごめんね」と泣きじゃくりながら父親を殴っていたという。

 劣悪な環境下で、こうしたことが繰り返された結果、次第に瑠衣らは父親よりも美代子らを信頼するようになっていく。特に瑠衣は美代子から特別扱いされ可愛がられたこともあり、美代子に心酔するようになり、言動が粗暴になっていき、親族の目の前で父親を殴ったり、テーブルの上に足を乗せたまま父親を怒鳴りつけたりすることもあった。通っていた高松市内の進学校も美代子の勧めで中退している。


■約40日間の滞在の末、美代子らは尼崎に引き揚げる

 結局、谷本父は親戚中に借金して美代子に金を渡し、約40日間、谷本家に滞在した美代子らは尼崎に引き揚げる。谷本夫婦は離婚し、妻子は大阪へ転居する事になるが、どういうわけか、妻子は美代子の下で生活をしていたようである。またこの頃、美代子の自宅マンションで、皆吉ノリが、主に親族らからの暴行、虐待の末に死亡している。


■谷本家への美代子二度目の襲来

 美代子らが引き揚げて一ヶ月ほどすぎた5月、谷本父のもとに美代子から突然「(妻は)出来が悪いから連れて帰れ」と電話があり、美代子宅にいることを知った。妻を連れ帰ると、今度は美代子らが娘たちを連れて現れ、「なぜ連れ帰った」と因縁をつけて再び居座り、家族間の暴行を強制し、現金を要求される。(現金要求の根拠は不明、また、この時に美代子が連れてきた集団も特定されていないが、皆吉ノリが含まれていないことだけは確実)

 この二度目の襲来では特に谷本父と(元)妻である皆吉初代への虐待行為が一段と酷くなったようで、李正則の暴力に加え、食事や水を与えない、睡眠を制限するなどの虐待や、裸にされた谷本父に妻をおぶらせ親族に「頼むから家に来てくれ」と懇願させたりといった嫌がらせをしている。また、複数の男がホースで水を浴びせ、止めに入った親族の目の前で、瑠衣に両親を殴らせ、「お前もこうなるぞ」などと脅したこともあったという。この頃は既に瑠衣だけでなく、茉莉子も美代子に従って行動するようになっており、両親を殴ったり、父親を連れて親族のところへ借金を申し込む姿が目撃されている。

 親族は当時の皆吉初代の様子を「顔に大きなアザがあり、やせこけて衰弱していた」と証言。谷本父は殴られたせいで耳が変形し、一部がつぶれた状態になり、さらにガスバーナーで手足を焼かれたという。


■谷本父の兄 谷本隆

 谷本家から約10キロ離れたところに住んでいた谷本父の兄である谷本隆は「弟一家が心配だ。金の問題を解決してくる」美代子が最初に襲来してから数カ月後、そう家族に言い残して弟の家に向かう。以前にも美代子から谷本家に呼びつけられ、200万円を弟一家に渡したことがあり、弟一家のことを日頃から心配していた。しかしそれ以降二度と自宅には戻らなかった。

 弟一家を助けるとのことであったが、勤務先を退職したり、妻に唐突に離婚を切り出すなどの異変がみられるようになり、やがて、弟に暴力を振るったり、2003年の夏ごろには、茉莉子と行動を共にし、勤務先の寮に逃げ込んでいた親族男性を美代子のもとへ連れ帰ろうとし、断られると携帯電話からの美代子の「気が済むまで殴れ」との指示で、いきなり殴りかかってくるなど、まるで洗脳されたかのように美代子の言いなりになっていたそうである。

 谷本隆が美代子側について行動するようになった経緯は現在のところ不明であるが、前述のように弟家族のために金銭問題を早く解決してあげようとしたことや、また、親族の証言によると、美代子は当時、隆の寝たきりの父には「親は大事にせないかん」と手を出さなかったといい、また、谷本隆の長女は後に「美代子被告らは、ほかの親族の家に押しかけたが、この家に一度も来なかった。父が私たちを守ってくれていたのかもしれない」と話していることから、自分の家族を守ることが理由の一つだった可能性がある。


■目標金額5800万円?

 当時、数千万円を要求された際に茉莉子が作ったとみられる「金策メモ」が残されていた。メモはA4判の用紙十数枚で、美代子容疑者らに要求された金額とみられる「5800」という数字が大きく書かれ、日付や名前、数字が細かく記されていた。自宅のピアノを売った時のものや、高松市の倉庫下から遺体で見つかった茉莉子さんの祖母皆吉ノリさん=発見時(88)=の5年分の年金約900万円に関する記述もあった。


■この虐待被害を警察に相談したり、近隣住民からパトカーを呼ばれるなどするも・・・

 親族や家族の知人らによると、父親や親族は美代子らから資産をむしり取られ、家族間で暴力を強制されていたことから地元署などに複数回相談。暴力を目撃した周辺住民も通報し、パトカーが出動したこともあった。だが、地元署は「事件性はない」と金銭問題に立ち入らず、父親も家族が加害者になることから「身内のもめ事」として被害届を出さなかったといい、事件化されなかった。


■皆吉初代、谷本父の逃走。美代子らも尼崎に引き揚げる。

 2003年の8月、谷本父が妻をわざと殴り、「逃げろ」と指示して脱出させた。茉莉子も家から逃げさせたが、逃げ切れずに戻ってきた。その後、9月に、借金していた知人が「金を返さない」と地元の警察署に相談し、谷本父は署に出頭させられた。だが、血だらけの谷本父の姿を見た警察官から事情を聞かれ、谷本父は全てを打ち明ける。調書が作られ写真も撮られたが、担当の署員からは「身内のもめ事なので事件化は難しい」「密室の出来事で証明する人がいない」などと言われ、父親も家族を容疑者にしたくないとの思いで、被害届提出に消極的だった。署の外で見張られていることも話すと裏口から逃がしてもらい、近くの駅から電車に乗り高松を離れた。

 谷本父は、美代子らは自分から金を取るために娘たちを洗脳、人質にしていると思っていた。だから自分さえいなくなれば、娘たちは解放されると思い込んでいた。だが、2003年10月に美代子らが尼崎へ引き揚げた際、娘2人や兄の谷本隆も美代子に連れ去られてしまう。


■被害者のその後 管理人より

美代子による虐待、略奪行為を受けた皆吉家、特に延べ半年にわたって家庭に居座られた谷本家だが、後の角田三枝子、瑠衣の年金窃盗罪での公判によると、美代子が奪いとった金額は約2000万円ほどで、目標金額とされていた5800万円には遠く及ばず(ただし、谷本家は美代子らが滞在時の生活費などの金銭負担も強いられていたと思われ、谷本家の被害額は更に上回るはず)、当時、美代子らは約3000万円の借金があったが、奪った金の全額が返済に充てられ、それでも完済できずに1000万円の借金が残ったとの証言があることから、美代子にとっては満足のいくものではなかったと推測できる。

また、先のI家のケースとは違い、以降も親族の多くは美代子の下で生活を強いられており、その多くが悲劇的な結末を迎えることになる。


■親族のその後
茉莉子美代子と尼崎で生活
瑠衣美代子と尼崎で生活
谷本隆美代子と尼崎で生活
皆吉長男美代子と尼崎で生活
皆吉次男美代子と尼崎で生活
皆吉次女03年10月以降、行方不明
皆吉ノリ03年3月ごろに美代子のマンションで、
暴行、虐待の末に死亡している。
谷本父親類宅などを転々とした後、
娘らの消息を求め04年8月に尼崎へ。
皆吉初代友人宅に一時身を隠して、
大阪府内の女性保護施設に駆け込み、
その後、和歌山で住み込み仲居の仕事を始める。




関連記事など

←関連記事 (都合により記事の中に関係のない内容も含まれている場合があります。)


皆吉長男 「何度も逃げ出した」


 捜査関係者らによると、民家で暮らしていた一家は元々、夫婦と2男2女の6人家族だった。

 2001年頃、尼崎市立小で校務員をしていた長男(69)が、中学時代の後輩の妻だった角田被告と知り合った。やがて一家は家族ぐるみで角田被告と付き合うようになったが、翌02年、長男は角田被告の勧めで勤務先を退職。同市内の角田被告の自宅マンションに移り住んだ。

 ところが、長男は03年頃に失踪。この頃には次男も角田被告のマンションで暮らしており、長男の代わりに生活費を入れるよう要求された。このため次男は、長男の年金を渡すようになったという。

 長男らの母親である女性(87)は当時、民家で一人暮らしをしていたが、02年頃に姿を消し、以来、民家は現在に至るまで空き家となっていた。

 次男はその後、角田被告宅を出て昨年、東京で病死したとされる。長男は今夏、同市内の作業員宿舎に住み込みで働いているのを県警の捜査員が発見。長年、偽名で暮らしてきたといい、「角田被告宅を何度も逃げ出したが、その都度連れ戻された。角田被告が恐ろしい」と打ち明けたという。

読売新聞2012年10月15日夕刊
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121015-OY...

<尼崎連続変死>李被告、被害側から一転 激しい暴力


 兵庫県尼崎市の民家の床下から3人の遺体が見つかり、多数の行方不明者が出ている事件に絡み、さまざまな局面に登場する人物がいる。

 ドラム缶詰め遺体事件で実刑判決が確定した李正則受刑者(38)。角田(すみだ)美代子被告(64)の指示を受け、激しい暴力をふるう場面などが目撃されている。戸籍上は美代子被告のいとこだが、元々は離散に追い込まれた一族側の人間だった。

 ◇民家に出入り

 李受刑者の両親は幼い頃に離婚した。母親が再婚した相手は、3遺体が見つかった民家で暮らしていて行方不明になった女性(87)=図(1)=の長男(69)=図(2)。近所の人によると、祖母になった女性宅によく遊びに行き、「マサ」と呼ばれてかわいがられたという。

 高校では野球部に所属。当時を知る教師は「努力は人一倍で、素行に不安はなかった。今回のことは信じられない」と話す。

 高校卒業後に母親は再び離婚。美代子被告と02年ごろ知り合い、同居する。04年には美代子被告のおじの養子になり、美代子被告の側の親類になった。近所の住民によると、美代子被告と一緒にいる時の李受刑者は「何でも言われた通りで、手下か奴隷のようだった」という。

 母親と離婚した元義父宅で03年、李受刑者が目撃されている。元義父の母親=図(1)=とみられる女性らも一緒にいたという。

 当時、元義父は美代子被告から逃げるために姿をくらまし、女性らが部屋の荷物を片付けていた。李受刑者は女性に「早くしろ」「とろとろすんな」と罵声を浴びせ、女性はおびえた様子だったという。女性はこの後、行方不明になった。

◇高松でも

 女性の長女=図(3)=が嫁いだ高松市の家族は同年、預かった李受刑者を「手に負えない」と帰したことを責められ、美代子被告や大勢の男に居座られて離散に追い込まれた。親族の一人は、美代子被告の傍らに「マサ」と呼ばれる男が常に付き添っていたのを覚えている。

 別の親族によると、李受刑者は小学校時代から夏休みは親戚にあたるこの家で過ごした。美代子被告の息子と結婚した瑠衣被告(27)や行方不明の姉(29)とも親しかったという。

※一部省略

毎日新聞2012年10月22日夕刊

尼崎3遺体発見 民家の一家 美代子被告接触で借金苦


 兵庫県尼崎市の民家で3人の遺体が見つかり、多数の行方不明者が出ている事件で、3人の遺体が見つかった民家で暮らしていた女性(87)の家族は、かつては仲の良い幸せな家庭として知られていた。しかし、約10年前に急に金に困るようになり、さまざまなトラブルの末に女性らの行方が分からなくなった。この時期、女性の家族に角田美代子被告(64)が接触していた。この家庭で一体、何が起きたのか。

 近所の人の話では、女性の夫は警察官だったといい、昭和20年代半ばからこの家で暮らし、4人の子供に恵まれた。女性は子供たちをよく近所の公園で遊ばせていたという。古くから家族を知る住民男性は「絵に描いたような幸せな家庭という印象だった」と話す。子供の成長後も女性の夫がよく孫を銭湯に連れて行ったという。

 その夫は約20年前に亡くなり、女性と次男で暮らしていた約10年前に状況が一変する。「借金の取り立てに来た男が大声でわめいたり、ガラス戸を割られたり、とにかくひどかった」「(女性から)10万円だけ貸してほしい、と言われた」。近所の住民もその変化に驚いた。

 女性の口座から現金を引き出したとして窃盗罪で起訴された孫の角田瑠衣被告(27)らの公判の冒頭陳述によると、女性の長男(69)は02年11月、美代子被告の勧めを受け、定年を待たずに早期退職。そして次男と一緒に美代子被告宅で暮らし始めた。長男はその後、集団生活に嫌気がさして逃げ出したが、何度も連れ戻された。最終的には逃げ、偽名で生活しているという。 女性は03年ごろ行方が分からなくなった。直前には、近所の人が家の中から男の怒鳴り声を聞いている。姿を消した後も、女性から近所の知人宅に何度か電話がかかり、「100万円貸してほしい」などと懇願したというが、間もなく電話もかからなくなった。

 高松市に住んでいた女性の長女の家族は、美代子被告とのトラブルを機に離散に追い込まれた。瑠衣被告の姉で、この家にいた女性の孫娘(29)は行方不明のまま。女性の次女(60)も不明だ。女性の次男は病死した。

 住民の男性はもらした。「あんなに楽しそうだった家族がどうしてこんなことに」

毎日新聞2012年10月19日夕刊

「マサ殴ったれ」…李受刑者、暴力担った元球児


 兵庫県尼崎市の連続遺体遺棄事件に絡み、ドラム缶遺体事件の主犯格とされる角田(すみだ)美代子被告(64)(傷害致死罪などで起訴)の〈ボディーガード〉と呼ばれた男がいる。ドラム缶事件の死体遺棄罪などで服役している李正則受刑者(38)。高校球児として甲子園出場を目指したが、やがて角田被告らと狙った家族に乗り込み、暴力支配に不可欠な存在となった。

 「角田被告が『やめえ』と言うまで、マサ(李受刑者)は殴るのをやめない」

 ドラム缶事件で死亡した大江和子さん(当時66歳)の次女(41)(傷害致死罪などで起訴)の元夫(42)(同)は李受刑者の公判で、こう証言した。

 証言によると、角田被告は大江さん一家で気に入らないことがあると李受刑者を呼び出し、「マサ、殴ったれ」と指示。李受刑者は昨年11月の逮捕時に体重が130キロ近くあり、「腕力でとてもかなわなかった」(元夫)という。

 この事件で、李受刑者は大江さんの遺体をドラム缶にコンクリート詰めにしたとして今年9月、懲役2年6月の実刑判決を受けた。

 李受刑者の実母は、3人の遺体が見つかった尼崎市の民家の住人女性(88)(行方不明)の長男(69)と以前結婚。李受刑者は小学生の頃から野球に熱中し、香川県内の高校に野球留学したが、野球部内の人間関係から高2の時、愛知県内の高校に転入して野球部に入部した。当時の監督によると、レギュラーとして活躍し、最後の夏の愛知県大会では「監督を甲子園に連れて行くぞ」とチームを盛り上げていたという。

 卒業後、尼崎市の鉄鋼工場で働くなど職を転々としたが、その頃から様子が変わった。小中学生当時から知る男性(39)は「礼儀正しく素直だったが、悪そうな仲間と街をうろつくようになった」と振り返る。

 角田被告と知り合ったのは2002年頃。翌03年頃には高松市の一家の崩壊に深く関わるようになる。

 李受刑者は、一家の長女仲島茉莉子(死亡)と次女角田瑠衣被告(27)(窃盗罪で起訴)と元々いとこの関係だった。一家の親族によると、角田被告が「更生させてほしい」と一家に頼んで李受刑者が同居したが、家の中で暴れ回り、500万円を使い込むなどして尼崎市に戻された。

 怒った角田被告が「責任放棄だ。金を払え」と一家に乗り込んだ。李受刑者も数か月間居座り、家族間の暴力を強いるなどして離散に追い込んだという。
04年には角田被告のおじと養子縁組をし、角田被告のいとこになっている。

 なぜ角田被告に傾倒するのか。知人男性(37)は李受刑者から「全部面倒見てもらってんねん」と聞いたことがあり、「相当恩義を感じているようだ」と話す。

 ドラム缶事件の公判。角田被告は全面的に関与を否認しているが、李受刑者は被告人質問で、「おばさん(角田被告)が事件に関わっていると思い、助けてやらないといけないと考えた」と動機を語った。

読売新聞2012年10月25日夕刊 ★〜★は新聞紙面に掲載
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121025-OY...

高松で遺体発見女性 不明前、頻繁に借金依頼 親族へ電話繰り返す


 尼崎連続変死事件で、高松市の農機具小屋の土中から遺体で見つかった尼崎市の皆吉ノリさん(1924年10月生まれ)が、行方不明になったとみられる2003年、電話で弟(77)や妹(63)に借金を頼んでいたことが23日、親族への取材で分かった。また、ほぼ同時期に皆吉さんの次女(60)=行方不明=や次男=病死=からも弟に「金を貸して」と電話があったことも判明した。

 皆吉さんが弟らに借金を依頼した03年は、角田美代子容疑者(64)=勾留中に自殺=らが、長女が嫁いだ高松の民家に居座り、長女一家や親族らに借金返済を迫っていた時期で、皆吉さんも尼崎から連れて行かれたとみられている。

 弟によると03年春、皆吉さんから「よそから金を借りた。1万円でもいいから貸して」と泣きそうな声で電話があった。連絡は約1カ月、毎日あり、多い時は数分おきにかかってきた。その間、「取り立ての連中がいない間に電話している。電話しろと言われた。ごめんな」「家を担保に入れてでも金を貸して」と頼んできたという。同時期の03年2月ごろには妹宅にも電話。妹が「取り立てをしている人らも一緒なの」と聞くと「うん」と答えたといい、妹は皆吉さんの次女名義の口座に10万円を振り込んだという。

 また、皆吉さんの次男や次女も、おじである弟に「借金がある」「家を売るためにローンを返す」と、電話で借金を申し込んできたという。弟は「3人とも角田容疑者に脅され、借金を頼んできたのだろう」と悔しがる。

 弟らによると、皆吉さんは10人きょうだいの一番上。鹿児島県・沖永良部島の高等小学校卒業後、10代中ごろで親戚を頼って関西で働き始め、18歳ごろに警察官だった夫と結婚し、尼崎で暮らしていたという。

 別の妹(70)は「姉さんはいつもにこにこして、真っ白なかっぽう着姿で料理を振る舞ってくれた」と思い出す。角田容疑者の自殺について「犠牲になった姉さんらが浮かばれない」と怒り、「残った人たちがすべてを話して」と願った。

 皆吉さんは今月3日、発見され、司法解剖の結果、暴行を受けたような打撲の痕があり、肋骨数本が折れるなどしていた。死因は息ができなくなる呼吸不全の可能性があるといい、兵庫県警は暴行されて死亡し、遺体を遺棄されたとみて捜査している。

神戸新聞2012年12月24日朝刊

不明直前「お金貸して」


 尼崎市で一人暮らしをしていた皆吉さんは、鹿児島県の沖永良部出身で、3男7女の10人きょうだいの一番上。妹(70)は「親のような感じでした」と話す。

 行方不明になったのは2003年5月ごろ。今月3日、長女の嫁ぎ先だった高松市の家の近くの小屋の下から遺体で見つかった。全身に打撲傷があり、あばら骨が複数折れていた。

 兵庫県内に住む妹(63)に「お金を貸してほしい」と電話があったのは、行方不明になる直前の03年2月。「10万円ぐらいなら」と言うと、「それだけでもいいから」。不審に思って居所を聞くと、「高松にいる」と答えたという。

 妹は皆吉さんの長男が多額の借金を抱えていることを聞いていた。翌日、「振り込まれていない」と催促の電話があった。皆吉さんと話したのは、これが最後となった。数日後、皆吉さんの次女(60)の口座に10万円を振り込んだ。

朝日新聞2012年12月23日朝刊

60歳女性


 「『(角田被告に)お金を渡さないと殺される』とおびえきっていた」。

 尼崎市の民家から遺体で見つかった高松市出身の仲島茉莉子(なかしままりこ)さんの親族は、2003年頃に同市内で次女を目撃した時の様子を振り返る。

 親族らによると、角田被告らは03年2月から数か月にわたり、住人女性の長女が嫁いだ高松市の一家に押しかけ、崩壊に追い込んだとされる。

 次女は同月と同年5月、角田被告らに連れられ、高松市で一家とともに軟禁状態にされ、金策に走らされていたという。

 尼崎市の民家の近隣住民によると、次女は数十年前、神戸市灘区で衣服販売業を営んでいた親族の養女になった。

 02年12月には、同市東灘区の分譲マンションを購入したが、この頃から近所では姿が見られないようになったという。

 当時は、次女の兄(69)が角田被告の自宅マンションで集団生活を始めた頃。次女も角田被告らの支配を受けていたとみられる。

 「行方不明のままです」。昨年末、次女に近い関係者は県警の捜査員から、そう聞かされたという。

読売新聞2012年11月4日朝刊
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121104-OYO1T00...

尼崎民家遺体事件 「連日押しかけられ離散」


 角田被告の息子と結婚した角田瑠衣被告(27)(窃盗罪で起訴)は以前、高松市内に住んでいた。同市内の親族らは読売新聞の取材に「瑠衣被告の家族は約10年前、角田被告とみられる女らに自宅へ連日押しかけられ、離散した」と証言した。瑠衣被告の姉(29)は行方不明になっており、兵庫県警が関連を調べている。

 捜査関係者によると、瑠衣被告の母親は、2人の遺体が見つかった同県尼崎市梶ヶ島の民家の住人女性(87)の娘で、結婚前は、この民家に住んでいた。結婚後、高松市内で瑠衣被告らと4人で暮らしていた。

 親族や近くの住民によると、瑠衣被告の父親が保険代理店を始めた約10年前、角田被告とみられる女ら数人が何度も夜中に自宅を訪れて騒ぎ、そのうち泊まり込むようになったという。

 女らは約1か月間居座り、自宅を出て行ったが、その際、瑠衣被告の姉を連れて行ったとされる。姉を心配したおじ(68)も一緒に付き添って行ったが、姉とおじは高松市内のそれぞれの自宅に戻らず、現在も所在がわからないという。

 その後、瑠衣被告と両親も引っ越し、間もなく瑠衣被告は尼崎市長洲東通のマンションで角田被告と同居し始めた。

 女らは父親に金を要求し、父親は親族らから借金して渡していた。母親は当時、親族に金銭トラブルをほのめかし、「殴られたが、けがもしていないし、警察には言えない」などと悩んでいた様子だったという。

読売新聞2012年10月15日夕刊
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121015-OYO1T00...

「毎日が暴力の連続」


 「毎日が暴力の連続」…尼崎事件、離散の父証言兵庫県尼崎市の連続遺体遺棄・行方不明事件で、遺体で見つかった高松市出身の仲島茉莉子(なかしままりこ)さんの父親が28日、読売新聞の取材に応じ、一家離散の経緯を明かした。

 角田(すみだ)美代子被告(64)(ドラム缶遺体事件の傷害致死罪などで起訴)や李正則受刑者(38)(死体遺棄罪などで服役)から暴力の渦に巻き込まれ、家族間の暴力も強いられた一家。尼崎に身を潜め、娘たちの消息を求めていた父親は「どこかで生きてくれていると信じていた」と涙を流した。

 父親は妻(死亡)と長女茉莉子さん、次女の角田瑠衣(るい)被告(27)(窃盗罪で起訴)との4人家族。妻は、茉莉子さんや、父親の兄・谷本隆さんら3人が遺体で見つかった民家の住人女性(88)(行方不明)の長女だった。

 父親によると、2003年2月、尼崎の実家に帰省した妻が「迎えに来て」と泣きながら電話してきた。父親が出向くと角田被告がおり、いとこの李受刑者を預かるよう頼んできた。高松に連れ帰ると、李受刑者は暴れて一家の金を盗んだ。

 3日後、父親は「娘たちがおびえている」と角田被告に電話し、送り返そうとすると、角田被告らが住人女性や妻の兄らを伴い、押しかけてきた。「正則の面倒を見られなかった責任を取れ」と迫り、約40日間居座って妻や住人女性らに暴行するなどしたため、父親は親戚中に借金して角田被告に金を渡した。

 妻とは離婚。妻子は大阪へ転居したが、5月、角田被告から突然「(妻は)出来が悪いから連れて帰れ」と電話があり、角田被告宅にいることを知った。妻を連れ帰ると、今度は角田被告らが娘たちを連れて現れ、「なぜ連れ帰った」と因縁をつけて再び居座り、家族間の暴行を強制した。8月に妻を逃がし、自らも逃れて約2か月後に戻ると、娘たちと隆さんが連れ去られていたという。

 「毎日が暴力の連続だった」と振り返った父親は、茉莉子さんの遺体と対面したと明かし、「茉莉ちゃんや隆兄ちゃんを手にかけた人間を許せない」と語った。

読売新聞2012年10月29日朝刊
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121029-OY...

高齢女性暴行 容赦なく


 兵庫県尼崎市の連続遺体遺棄・行方不明事件で一日、県警が、角田美代子被告(64)周辺で6人目となる遺体の発見に向け、高松市の農機具倉庫の捜索に着手した。遺棄されたとみられるのは、3人の遺体が見つかった尼崎市の民家の住人女性(88)。倉庫に近い長女(死亡)の一家宅で暴行され、美代子被告宅でも虐待を受け衰弱死したとされる。岡山県備前市の海から遺体で見つかった橋本次郎さん(当時53歳)の殺人容疑で美代子被告らの再逮捕が迫るなか、事件はさらに広がりを見せるのか。

 「髪を切れ」。2003年2月頃、高松市の一家宅で、女性の長女に美代子被告の指示が飛んだ。暴力で一家を支配下に置いていた美代子被告。その命令に背けなかった長女に、女性は髪の毛を切られ、丸坊主にされたという。

 女性の親族らによると、女性は、長男(69)と美代子被告の内縁の夫鄭頼太郎被告(62)が友人だった関係で、01年頃に美代子被告と知り合った。

 その後、長男の元妻の子だった李正則被告(38)の面倒を見るようになった美代子被告が長女一家に李被告を預かるよう頼み、数日で「帰したい」と連絡があったため激怒。03年2月に女性らを無理やり連れて一家に押しかけた。

 「マサ(李被告)の面倒をみられへんかった責任や。金持って来い」。美代子被告はそうすごみ、長男の借金問題も持ち出して、女性らに金の工面を迫った。

 女性は暴力の標的にもされ、李被告らから激しい暴行を受け、長時間の正座を強いられた。食事も制限され、見かねた親族がおにぎりを与えようとすると、他の家族が美代子被告の怒りを恐れて止めたという。この親族は「高齢なのに容赦のない暴行を受けていた」と証言する。女性は約2か月後、美代子被告らと尼崎市へ戻ったが、その後、美代子被告宅のマンションで衰弱死したとみられている。

 女性の行方がわからなくなって9年余り。知人女性は「たたずまいが上品で、凛としていた」と振り返る。女性は、鹿児島県奄美諸島の沖永良部島出身。戦後、夫と尼崎市に移り住み、夫と死別した約25年前から長く一人暮らしだった。

 近所の住民によると、女性は毎夏、高松市から長女と一緒に孫2人が帰省するのを楽しみにし、よく自宅前で遊ぶ姿が見られた。約15年前には長寿祝いとして長女一家と故郷の奄美諸島へ旅行に出かけたという。

 だが、かわいがった孫のうち、姉の仲島茉莉子さんは、女性が住んでいた民家から遺体で見つかり、妹の瑠衣被告(27)は美代子被告の次男と結婚、兵庫県警が美代子被告らとともに橋本さんに対する殺人容疑などで近く再逮捕する方針だ。

 知人女性は「つつましやかに生きてきたのに一家離散させられ、ひどすぎる。もし埋められているのなら、早く見つけてあげてほしい」と声を詰まらせた。

読売新聞2012年12月1日夕刊

一日正座や食事抜き 美代子被告、不明88歳に


 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、高松市の農機具小屋に遺体が埋められたとされる皆吉ノリさん(88)は、約10年前に角田美代子被告(64)と関わってから人生が暗転した。殺人容疑で小屋の家宅捜索をしていた県警は1日夜にいったん中断し、2日朝に再開する。

 知人らによると、皆吉さんは鹿児島県の奄美群島にある沖永良部島に生まれ、同郷の夫と約60年前に尼崎市に移り住んだ。約20年前に夫に先立たれてからは、小さな家で一人暮らしをしていた。育てた花を近所に分けたり、琴や踊りを習ったりする活発で明るい人柄だったという。

 親族らによると、2男2女は結婚などで独立し、長女が嫁いだ先が高松市の家だった。皆吉さんは長女宅に花の苗を贈ったり、孫娘にピンクのランドセルを贈ったりしていた。

 たまたま、皆吉さんの長男が、美代子被告の内縁の夫と中学時代からの知り合いだった。2002年ごろ、長男の元妻の連れ子だった角田正則被告(38)の世話を巡り、美代子被告が関わってきたことから、一家の崩壊が始まった。
 
 尼崎での「家族会議」の末に、03年2月に高松の長女夫婦が正則被告を引き取ることになったが、数日後に美代子被告が皆吉さんらを連れて乗り込んできた。

 美代子被告は「正則被告の面倒を誰がみるか」といった内容で高松でも家族会議を開かせ、長女の家を取り仕切って追い込んでいった。皆吉さんの悪口を家族に言わせたり、食事を抜いたり、板張りの廊下に一日中正座させたりした。

 美代子被告は03年4月ごろ、皆吉さんを連れて尼崎へ戻る。1力月ほど後に再び高松へ来た際、皆吉さんは同行していなかったという。美代子被告は最終的に03年10月ごろ、長女宅を離れて尼崎に戻った。

 このときまでに長女夫婦は高松から逃れる一方、長女の娘2人は、長女の義兄谷本隆さん(68)と一緒に尼崎に行ったとみられる。

 捜査関係者によると、皆吉さんは03年ごろ、谷本さんは04年ごろ、それぞれ美代子被告宅で衰弱死。長女の娘のうち姉の仲島茉莉子さん(29)も08年ごろに衰弱死した疑いがある。谷本さんと茉莉子さんは皆吉さん宅の床下に埋められた。

 長女の娘の角田瑠衣被告(27)は美代子被告の息子と結婚した。美代子被告や瑠衣被告、正則被告らは、同居人の男性の遺体を岡山県の海に捨てた疑いで11月に起訴されている。

 1日の県警の捜索は約20人態勢で行われた。初めに農機具小屋の中の荷物を運び出したあと、午後3時すぎからスコップで地面を掘り起こした。最大で約1メートルの深さまで掘ったところで、午後7時に中断した。

 小屋は皆吉さんの長女一家が住んでいた家の隣接地にある。親族によると、2003年に乗り込んできた美代子被告らが同年10月ごろに尼崎に戻ると、長女一家の家はもぬけの殼になった。それから半年ほど、小屋に人の出入りはなかったという。

 半年後に小屋に入った親族は、内部の様子について「埋めたような跡があれば気がついたと思うが、全然わからなかった。まさかあそこに、と驚いている」と話した。その後は週に1度ほど、農作業のために出入りしていたという。

 美代子被告周辺では5人の遺体がみつかり、うち3人は尼崎の皆吉さん宅の床下に埋められていた。

朝日新聞2012年12月2日朝刊

同僚らが詳しい事情を尋ねても、「聞かないで」と言葉を濁した。


◆ウェブデザイナーで世界へ 活躍の夢、無残

 仲島茉莉子さんは、ウェブデザイナーとして世界で活躍するのが夢だったが、道半ばで家族が崩壊し、人生も絶たれた。

 「英語を勉強して、海外で働きたい」

 高松市のIT会社に勤めていた茉莉子さんは2002年初め、上司に強く要望し、英国へ語学留学した。

 同年11月頃に帰国し、再び同社で働いたが、年明け頃に様子は一変した。

 同僚らに「母方の親族の関係で、たちの悪い取り立て屋が家に来る」と暗い表情で語り、仕事を休みがちになった。

 同僚らが詳しい事情を尋ねても、「聞かないで」と言葉を濁した。

 角田被告らが家に居座り、父親らに金銭を要求していたとされる時期だった。

 03年4月頃、「家族で大阪へ行ってやり直します」と退職を希望。会社の勧めで大阪府内の同社営業所に勤めたが、数か月後には辞め連絡も取れなくなった。

 当時の上司は「優秀で、デザイナーのエースだった。残念でならない」と話す。

読売新聞2012年10月23日朝刊
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121023-OYO1T00...

近隣住民まで“恐怖支配” 美代子被告、25年の闇

2012.10.18 15:30 (1/2ページ)[死体遺棄]

 兵庫県尼崎市の民家から3遺体が見つかった事件で、角田美代子被告(64)の義妹の元夫で、自宅マンションの元所有者だった男性の母親(84)が、殺害・遺棄されている疑いが判明した。捜査関係者によると、この母親は昭和62年に姿を消し、平成6年に失踪宣告を受けて、66歳で死亡したことになっている。この失踪から3遺体発見まで25年。多くの疑惑がここまで表面化しなかったのは、被害家族や親族だけではなく、周辺住民の口さえもつぐませる圧倒的な恐怖があったとみられる。

 美代子被告をめぐってはすでに、義理の娘の瑠衣被告(27)=窃盗罪で起訴=の高松市の実家と、昨年11月に尼崎市内の倉庫でドラム缶にコンクリート詰めされた遺体となって見つかった大江和子さん=当時(66)=の一家を暴力で支配し、現金や財産を奪い、崩壊させたことが明らかになっている。

 関係者の話では、美代子被告が複数の男を引き連れ、瑠衣被告の実家に押しかけたのは平成15年の初めころ。約半年間、この家に居座り、両親に暴力を振るったり、食事や水を与えないなどの虐待や嫌がらせを続け、現金を要求した。暴力の中心は、美代子被告のいとこの男(38)=別の死体遺棄罪で実刑判決=だった。瑠衣被告の両親に複数の男がホースで水を浴びせていたり、止めに入った親族の目の前で、瑠衣被告に両親を殴らせ、「お前もこうなるぞ」などと脅したこともあったという。

 親族は当時の母親の様子を「顔に大きなアザがあり、やせこけて衰弱していた」と証言。父親の耳が変形し、一部がつぶれた状態になっていたこともあるという。

 近くの住民もこうした残虐な行為を目撃したり、うわさを聞くことはあったが、事件化することはなかった。住民らは「足がすくんで動けなくなるほど怖かった。あまりに恐ろしく、強く言ったら矛先がこちらに向くのではないかと思った」と振り返る。また、親族や住民が警察に届け出ることもあったが、さらなる虐待を怖れてか、両親が自ら「何でもない」と疑惑を打ち消すこともあった。

 住民の1人は「なるべくならかかわり合いになりたくなかった。この近くの住民みんなが角田(美代子被告)におびえていた。あの時にもっと強く訴えていれば…」と悔やんだ。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121018/crm12...

「家族会議」使い支配


 兵庫県尼崎市の連続変死事件では、周辺で7人が行方不明になっている尼崎市の無職角田美代子被告(64)の存在が焦点の一つになっている。かつて美代子被告とかかわり一家離散になった家族の関係者が、朝日新聞の取材に答えた。その手法は「家族会議」と「暴力」だったという。

 「角田(美代子被告)と関わったら、その家族は破滅です」。美代子被告らが2002年に一時居着いた高松市の家族の関係者はそう言って顔をこわばらせた。

 この家族は、3遺体が見つかった民家の住人女性(87)の長女の嫁ぎ先だ。住人女性の長男(69)の元妻の連れ子の男(38)を引き取るように美代子被告が求めたことから、接点が生まれたという。美代子被告は「(住人女性の)長男が借金を抱え、連れ子の男の面倒を見られない。きょうだいが面倒を見ないかんやろ」と迫ったという。

 美代子被告や連れ子の男は頻繁に「家族会議」を指示した。議題は「誰が男を引き取るか」 「引き取れないなら金を用意できるか」。美代子被告は、長女の母親にあたる住人女性も高松に連れてきて未明まで話し合わせることがあったという。拒んだり途中で眠ったりすると、男に殴られた。

 話し合いが行き詰まると、美代子被告らは「誰が悪いんや」と家族らに問いかけた。「悪者」を決めさせ、ほかの家族に殴らせる。拒むと拒んだ人が次の標的にされる。子が親を、兄弟姉妹がうち一人を殴るという情景が繰り返されたという。

 関係者は「されるがままにするしかなく、角田(美代子被告)の言うままに支配されていった。本当に恐ろしかった」と目を伏せた。逃げだそうとしても美代子被告らが玄関などを見張っており、脱出に成功して親族宅に転がり込んでも、すぐに連れ子の男らが連れ戻しに来たという。

 目的は何だったのか。関係者は「結局、金だったんでしょう」。美代子被告らは「いくら用意できるんや」と、具体的に金額を示すことなく、際限なく金を要求し続けた。結局、高松市の一家は親類らが数百万円ずつを出し合い、合わせて2千万円近くを美代子被告らに渡したという。

 一方で、美代子被告は自分の息子らには、優しく接していたという。「優しくしようとする相手には、私たちに見せる怖い顔は決して見せない。息子らは、今も角田(美代子被告)を優しい人と思いこんでいるはずだ」と話し、「悪魔と天使が同居していた」と語った。

 結果的に高松市の家族は親類あわせて4人が行方不明になった。

朝日新聞2012年10月16日夕刊

尼崎事件 乗っ取った家の夫婦を外に立たせホースで水かけた


2012.10.25 02:00:21 記者 : NEWSポストセブン カテゴリー : 政治・経済・社会 タグ : NEWSポストセブン

 尼崎連続怪死事件の主犯・角田美代子被告(64)の標的となったのが香川県・高松市の谷本家。同関係者はこう語る。

 「谷本家は彼らによって蹂躙されて生活が一変。ちらっと家の中を覗いたことがあるんですが、台所は洗ってない食器が重なって、部屋中ゴミの山。要するに家を乗っ取られてしまったのですよ」

 近隣住民は父親や母親が角田被告らの虐待や羞恥プレーに耐える姿を度々みかけたという。

 「それは悲惨な光景でしたよ。谷本家の夫婦が塀越しに立たされてね、そこへ角田や男たちがホースで水を浴びせるんですよ。夫婦は黙って水に打たれたまま。じっと下を向いて動かない。夫婦ともにガリガリに痩せていたね。奥さんなんて裸で正座させられていたこともある。角田が何やら説教していました」(近隣住民)

 夫婦が裸のまま家から逃げ出して、『なにか食べさせてくれ』と泣きながら近隣住民にせがんでいたこともあるという。谷本家の親族が涙ながらに語った。

 「娘たちは当初こそ両親を守っていたらしいが、恐怖心を植え付けられるうちに角田に洗脳されていった。特に瑠衣は角田に命じられるまま父親や母親を殴るようになったんです。我々親族が咎めても『角田さんのいっていることが正しい』とまで主張するようになってしまう」

 角田被告らは昼間は競艇に繰り出し、夜は連日宴会。その費用は父親が親族から無心して掻き集めた。

 「数人の親族が谷本家に呼ばれたことがあった。集まった親族を前にして、父親は『金が必要だ。なんとかしてくれないか』と、憔悴した表情で訴えました。返済しなければならない借金があるということ。結局、親族総出で2000万円ほどかき集めて父親に渡しました」(親族の一人)

 角田被告らは半年近くにわたって谷本家に居座り続けた。その財産をしゃぶり尽くすと同時に尼崎に帰郷。しかし既に谷本家は崩壊していた。

 谷本家の関係者は語った。

 「角田被告に気に入られた妹の瑠衣は高校を中退して尼崎へ。その後、角田被告の息子と結婚した。母親は、心労がたたったのか、昨年亡くなった。父親は責任を感じて家を飛び出し、現在は人目を忍んで生活しています。一方、姉は妹とともに尼崎に連れ去られたと見られますが、現在の行方はわかっていません。同じく高松市内に住み姉妹の面倒をしばしば見ていた伯父も行方不明になりました」

 DNA鑑定によって、尼崎の民家の床下から発見された遺体の一つは伯父のものと判明している。

週刊ポスト2012年11月2日号
http://getnews.jp/archives/266806

暴力で支配「この人たちには逆らえない」 集団操り犯行か?


 兵庫県尼崎市で昨年11月、大江和子さん=当時(66)=の遺体が見つかった事件の関係先の民家から新たに3人の遺体が発見された事件で、大江さんの事件の主犯格とされる無職、角田(すみだ)美代子被告(64)=傷害致死罪などで起訴=は、自宅に十数人が出入りし、他人の家族を支配する奇妙な生活を送っていた。兵庫県警は角田被告らが暴力行為を背景に支配力を強めていったとみて複雑な人間関係の解明を進めている。

 数年前、民家の不明女性の孫娘で、角田被告の義理の娘にあたる瑠衣(るい)被告(27)の高松市内の実家に、美代子被告らとみられる集団が押しかけた。県警の捜査で、集団は家のふすまを破ったり、瑠衣被告の母親に暴力をふるっていた疑いがあることが分かった。

 瑠衣被告の親族によると、男女数人の集団は7年ほど前に訪れ、1カ月以上滞在。昼間はモーターボート場に行き、夜は連日、宴会を繰り広げるなど大暴れしていたという。この際、瑠衣被告の母親が殴られ、血を流している姿を見た近所の住民もいた。家の中も荒らされていたという。

 また、大江さんを暴行し、死なせたとして大江さんの長女と次女、さらに次女の元夫、川村博之被告(42)ら男女4人が傷害致死罪などで起訴された事件で、死体遺棄罪などで実刑判決を受けた美代子被告のいとこの男(38)の公判に証人出廷した川村被告は平成21年4月の出会いから、殴る蹴るなど大きな暴力を「5回はふるわれた」と証言。「美代子被告が怒れば、いとこが怒る。暴力を受けた時点で、この人たちには逆らえないと思った」とも述べ、美代子被告の自宅に隣接するアパートに強制的に住まわされた上、大江さん事件のときも「まず私が大江さんに暴力をふるった」と強烈な影響下にあったことを明らかにしている。

 また、遺体が発見された民家に住んでいた不明女性(87)の長男と次男も平成15年ごろまでに、美代子被告らと集団生活をするようになったが、何度も嫌気がさして逃げ出すたびに強引に連れ戻されていたという。

 県警では、美代子被告は、こうした暴力行為を背景に、逃げ出したくても逃げ出せない体制を作り上げ、集団を意のままに操っていたとみて調べている。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/12...

「こっちを食い尽くす」 金求め次々標的変えた集団


 兵庫県尼崎市の民家の床下から3人の遺体が見つかった事件で、別の傷害致死罪などで起訴された角田(すみだ)美代子被告(64)らとみられる集団が約10年前、義理の娘の瑠衣(るい)被告(27)=窃盗罪で起訴=の高松市の実家に押しかけ、半年間居座った際、集団の1人が「尼崎の(民家の)一家で“食うもん”が無くなったから、こっちを食い尽くしてやろうと思った」などと話していたことが16日、親族らへの取材で分かった。美代子被告らが金や財産をしぼり取るターゲットを次々と代えながら犯罪的行為を繰り返した実態が改めて浮かび上がった。

 複数の親族によると、集団は約10年前、瑠衣被告の実家に押し寄せた。半年間居座り、瑠衣被告の両親に暴力を振るったり、嫌がらせを繰り返したりしながら現金などを要求した。

 結局、父親は親族から計2千万円以上の金を借りて渡したとみられるが、自家用車や軽トラックなども奪っていったという。さらに、高松市を去る際には瑠衣被告の姉(29)と伯父(68)が連れ去られ、行方不明となった。この姉と叔父が今回、民家から見つかった3遺体のうちの2人の可能性が高い。

 また、兵庫県尼崎市の貸倉庫で昨年11月、ドラム缶にコンクリート詰めされた大江和子さん=当時(66)=の遺体が見つかった事件で、美代子被告とともに逮捕、起訴された川村博之被告(42)は平成22年4月に当時勤めていた鉄道会社を美代子被告の指示で退職させられ、退職金(約1千万円)の多くを巻き上げられていたことが判明。だましとった金は美代子被告らの生活費になっていたとみられる。

 一方で、美代子被告自身は高級な装飾品を身につけるなど、近所の人たちからは「お金持ちの人」と見られていた。

 捜査関係者の1人は美代子被告の行動について「目的はいつも金だったのではないか」と指摘している。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/12...

「お父さん、ごめんね」娘は泣きながら父親を殴った


 兵庫県尼崎市の民家から3遺体が見つかった事件で、一連の事件の主犯格とみられる無職、角田(すみだ)美代子被告(64)=別の傷害致死罪などで起訴=が被害者家族に食い込んでいく手口が明らかになってきた。食事や水を与えず長時間“監禁”し、思考能力を低下させたり、子供による親への暴力の強要などの手段で家族の秩序や関係を崩壊させ、自らを“妄信”させる雰囲気を作り上げていったとみられる。

 別の窃盗罪で起訴された義理の娘の瑠衣被告(27)の親族によると、約10年前、美代子被告らとみられる集団が高松市内の瑠衣被告の実家に押しかけて半年間居座り、瑠衣被告の両親や親族に暴力を振るったり、酒を飲んで暴れたりしながら現金などを要求した。食事や水さえも与えず、家族を家の中に閉じ込め、顔を腫らした母親が親族の家に「何か食べさせてほしい」と来たこともあったという。

 この間、呼び出した親族の目の前で、瑠衣被告に父親を殴らせたこともあった。瑠衣被告は「お父さん、ごめんね」と泣いていたという。

 こうしたことが繰り返された結果、瑠衣被告らは父親よりも美代子被告らを信頼するようになっていった。瑠衣被告が「できが悪い」と言いながら父親を殴る異様な光景を目撃した親族は「情けなくてつらくなり、ノイローゼになるかと思った」と振り返る。その後、瑠衣被告は、美代子被告の息子と結婚した。

 また、尼崎市の貸倉庫で昨年11月、ドラム缶にコンクリート詰めされた大江和子さん=当時(66)=の遺体が見つかった事件でも、美代子被告とともに逮捕、起訴された川村博之被告(42)の一家をめぐっても、同様のケースがあった。

 川村被告の元妻で大江さんの次女(41)=同事件の傷害致死罪などで起訴=に対し、美代子被告が「身内が手を出して言い聞かせろ」といったことがきっかけで、川村被告がまず暴力をふるい、その光景を見ていた2人の娘も母親である次女に手を出すようになった。娘たちは「(次女と)一緒には暮らしたくない」「角田さんの子供になりたい」と言うまでになったという。

 専門家の間でも、監禁など異常な環境に置かれた場合、異様な心理状態に陥ってしまうケースがあることが指摘されている。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121017/crm12...

自宅居座り殴る蹴る 証言の親族「憎くて仕方ない」


 「憎くて仕方ない」。尼崎市梶ヶ島の民家から3遺体が発見された事件の被害者とみられている高松市の女性(29)とおじ(68)の親族らが取材に応じ、声を震わせた。昨年11月、大江和子さん=当時(66)=の遺体遺棄事件で傷害致死などの罪で起訴された角田美代子被告(64)らから危害を加えられた様子を語った。

 親族らによると、2003年、角田被告やいとこの男(38)=大江さんの事件で死体遺棄罪などで有罪確定=ら5人ほどのグループが高松市を訪れた。

 狙われたのは、角田瑠衣被告(27)の両親。今回の事件に巻き込まれたとみられているおじにとっては弟夫婦に当たる。

 グループは数カ月間も夫婦宅に居座った上、瑠衣被告らに指示し、夫婦に殴る蹴るの暴行を加えさせたという。角田被告のいとこの男が手を出すこともあったが、角田被告は黙って見ていることが多かったという。

 標的は夫婦だけにとどまらなかった。親族らも毎日のように夫婦宅に呼び出され、長時間正座をさせられた。自由に帰宅することや満足な睡眠も許されないまま20日間近く、一緒に過ごし、軟禁状態になったという。

 この夫婦がある日、親族の一人の自宅を訪れたことがあった。2人とも裸で、夫が妻をおんぶしていた。角田被告らに指示されて、呼び出しに来たようだったという。

 別の日には、妻の顔に青あざがあり、何日も風呂に入っていないのか服も汚れていた。「何にも食べてない。何か食べさせてほしい」。パンとコーヒーを与えると、「私が来たと言ったら、また(角田被告の関係者が)ここにやってくる。関わらないようにして」と言い残して帰ったという。

 角田被告と一緒にいた男らは「言うことを聞かんかったら、同じことをする」と周囲を脅していたという。親族らが夫婦に約2千万円を渡した後、角田被告らは高松を去ったが、事件に巻き込まれたとみられる2人の行方も分からなくなったという。

神戸新聞2012年10月18日朝刊

尼崎連続変死:「一家分断され地獄」高松で美代子被告


毎日新聞 2012年10月18日 02時30分(最終更新 10月18日 02時59分)

 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、1人の遺体が埋められているとされる高松市の民家。住んでいた家族は、昨年11月のドラム缶詰め遺体事件で起訴された角田美代子被告(64)とのトラブルを機に離散に追い込まれた。集団で居座られ、金を払わないと、顔が腫れ上がるまで殴られた。親族は「地獄だった」と証言した。【鈴木理之、広沢まゆみ】

 親族らによると、家族は、3人の遺体が見つかった尼崎市の民家の女性(87)=図(1)=の長女=図(2)=の嫁ぎ先。長女と夫=図(3)=は1988年、夫の父が所有していた高松市内の土地約450平方メートルに木造2階建て住宅を新築した。

 夫は保険代理業を営み、自治会長を務めるなど、近所から人望もあった。2人の娘も明るく育った。夕方、自宅から娘らの奏でるピアノの音が漏れて、周囲には幸せな家族に映っていた。

 暗転は約10年前。美代子被告から女性の長男の元妻の子(38)=図(4)=を預けられたが、「素行が悪くて手に負えない」と尼崎に帰したことでトラブルになった。

 美代子被告は「責任を放棄した。金を払え」とすごみ、間もなく、美代子被告らしい女と男数人が家に押しかけて居座った。

 知人が自宅を訪れると、障子がぼろぼろに破れ、顔にあざができた長女は「何もない」と繰り返した。夫の顔が腫れ上がっていたこともあった。長女と夫は親族や友人に「金をくれ」「金を貸してくれ」と懇願した。

 近所の住民は、居座る男たちが、やせ細った長女と夫を庭に立たせ、ホースで水をかける場面を目撃した。

 一方、美代子被告は、娘の一人の角田瑠衣被告(27)をかわいがり、「後継者にする」とも漏らした。ある親族は、夫が瑠衣被告から顔を腫れあがるまで殴られるのを見せられた。美代子被告とみられる女は「金を持ってこないと、こうなる」と吐き捨てるように言った。親族は「女らに一家を分断されて操られた。地獄だった」と話す。

 美代子被告は夫の親族に「長女の家系と縁を切るために金を用意しろ」と要求した。親族は田んぼを売るなどして計約1700万円を出し合った。結局、夫婦は離婚し、長女は昨年、病死した。

毎日新聞2012年10月18日朝刊に同内容の記事あり
アーカイブ記事
http://web.archive.org/web/20121024223631/http://m...

壊される家族、崩壊するそれぞれの人生


 兵庫県尼崎市の民家から3遺体が見つかった事件では、一連の事件の主犯格とみられる無職、角(すみ)田(だ)美代子被告(64)=別の傷害致死罪などで起訴=らが同市や高松市の家族に入り込み、暴力と洗脳を背景に財産をしぼり取っていく実態が明らかになった。狙われた家族の人生は大きくゆがめられ、成績優秀だった少女が犯罪に手を染めるようになり、真面目な仕事人間だった男性は無残にも民家の床下に埋められていた可能性が高まるなど、悲惨な末路をたどっている。

 「角田(美代子被告)らと付き合うようになって“黒く”なってしまった」

 別の窃盗罪で起訴された美代子被告の義理の娘の瑠衣被告(27)の親族の男性はこう語り、怒りで肩を震わせた。

 男性によると、約10年前、美代子被告らが高松市内の瑠衣被告の実家に集団で押しかけ、約半年間居座った。この間、両親や男性を含めた親族に暴力と嫌がらせを繰り返す中、美代子被告は瑠衣被告だけを「将来は自分の跡継ぎにしたい」などと特別かわいがったという。

 瑠衣被告は次第に美代子被告を慕うようになると同時に、おとなしく、学校の成績も良かった性格は変貌。言動が粗暴になっていき、高校も中退。親族の目の前で父親を殴ったり、テーブルの上に足を乗せたまま父親を怒鳴りつけたりすることもあった。

 男性は「瑠衣(被告)は角田(美代子被告)に心酔した様子で、いいなりだった。『女親分』のような言動をまねるようになり、人が変わってしまった」と嘆いた。

 また、民家で発見された3遺体のうちの2人の可能性が高い瑠衣被告の姉(29)と伯父(69)は、集団が尼崎市に戻る際に連れ去られたとされる。だが、この男性には、2人は美代子被告に“洗脳”され、自らの意志で付いていったように映ったという。

 会社員だった伯父は真面目な仕事ぶりと人づき合いの良さで職場の同僚らに慕われていた。しかし、美代子被告らが押しかけて以降、長年勤めた会社を早期退職するなど生活が一変した。

 男性は、この伯父と、イギリスに語学留学するなど成績優秀でおとなしい性格だった瑠衣被告に、美代子被告の命令で数発殴られたことがあったという。

 尼崎市の貸倉庫で昨年11月、ドラム缶にコンクリート詰めされた大江和子さん=当時(66)=の遺体が見つかった事件でも、大江さん一家6人のうち、子供2人を除く3人が大江さんへの傷害致死罪で起訴されている

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121018/crm12...

残酷すぎる姉妹の運命 尼崎事件「瑠衣」と「茉莉子」が幸せだった日々 


 「残された瑠衣はこれからどうなるのか」。兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、同市梶ケ島の皆吉ノリさん(88)の遺体が、高松市東植田町で見つかった。角田(すみだ)美代子容疑者(64)の周辺で発見された6人目の遺体。発見現場の隣接地にある住宅にはかつて、皆吉さんの長女(死亡)夫妻と孫娘2人が住んでいた。孫娘2人は、犠牲になった仲島茉莉子さん(29)と、一連の事件で逮捕されている角田瑠衣容疑者(27)の姉妹。冒頭の言葉は、親族の男性が漏らした悲痛な思いだ。「理想の家族」(近隣住民)と羨(うらや)まれた家族は、美代子容疑者らの暴力による支配で離散に追い込まれ、姉妹が被害者と容疑者に別れる残酷な運命をたどった。

■幸せな写真…

 「姉妹の母親が写真が好きでね。それで、これだけの量になったのだろう」

 親族の男性(70)は、幼い姉妹の写真に目を細めた。節分にクリスマス、保育園のお遊戯会…。男性の元には、皆吉さんがかつて住んでいた民家床下から遺体で見つかった長女の茉莉子さんと、次女の瑠衣容疑者の成長を記録したアルバムが十数冊も保管されていた。

 一家離散後、男性が家財道具を整理した際に見つけたものだ。

 「両親をパパ、ママと呼んでハイカラな感じで、うらやましかった」「娘2人がピアノを弾くかたわらでお母さんがお茶を飲む。優雅な家庭でした」。近隣住民は口をそろえ、一家を「理想の家族」と評した。

 保険代理店を営んだ父親は小学校のPTA活動にも熱心で、地元では市議に推す声もあがるほどだった。母親は几帳面でおしゃれ。夫婦で参加した地域の催しでは、カラオケで流行歌を歌い、盛り上げたという。

 父親が「親に似ずに、ええ子ができた」と周囲に自慢したように、ピアノが得意でおとなしい性格だった茉莉子さんは英国に語学留学し、活発で運動好きだった瑠衣容疑者は県内有数の進学校で学んだ。茉莉子さんの同級生の母親(54)は「茉莉子さんと瑠衣さんはいつも一緒だった。2人と遊んでいた娘は『妹を産んで』とせがんだほどです」と、姉妹の仲の良さを懐かしんだ。

■暗転した運命

 満開の桜を背景に笑顔でVサイン−。少女時代の茉莉子さんと瑠衣容疑者の姿を記録した写真には「2001(平成13)年4月8日」の日付が刻まれている。その2年後の15年2月ごろ、美代子容疑者らが義理のいとこ、李正則容疑者(38)の更生をめぐって集団で高松の住宅に居座り、一家は大きな渦にのみ込まれるように事件に巻き込まれていった。

 親族や知人らによると、集団は暴力を繰り返し、父親や親族は資産をむしり取られた。家族間で暴力を強要され、瑠衣容疑者は「お父さんごめんね」と泣きながら父親を殴った。「美代子容疑者に洗脳されていた」と親族は振り返る。

 父親だけでなく、母親も美代子容疑者らから受けた暴力の支配により、知人を頼って借金に駆け回っていた。「プライドが高いから、その鼻をへし折らなあかん。金を借りてこい」。母親は美代子容疑者にこう恫喝(どうかつ)され、知人宅に駆け込んだという。

 母親は皆吉さんの長女にあたる。15年8月、美代子容疑者らから逃れ、一時和歌山県内に身を潜めた。しかし19年に連れ戻され、21年に病死したとされる。

■父親の無念

 一家4人が暮らした住宅は今、競売で人手に渡り、別の家族が暮らしている。

 親族の男性は競売前、最後にこの家に入った際のことをよく覚えている。姉妹が弾くピアノの音色が響いていた家からピアノがなくなり、庭には焦げたり泥の付いたりした楽譜本が捨てられていた。「茉莉子ちゃんはあんなに練習していたのに」と寂しさがこみ上げたという。

 「自分がいるから被害が広がる。自分が消えれば集団も高松からいなくなるのではないか」

 夫婦げんかを装い、美代子容疑者らが居座る自宅から母親を逃がした一家の父親は15年秋、自らも知人らの協力で姿を消した。数カ月後に高松に戻ると、姉妹が連れ去れたことがわかり、尼崎市で偽名で生活しながら姉妹を取り戻す機会をうかがっていたという。

 母親の実家にあたる尼崎市の民家床下から茉莉子さんら3人の遺体が見つかった直後、父親は、連絡を入れた知人に「自分は家族を守ってやれなかった。自分が悪いんや」と悔やんだという。そして「瑠衣は一生、十字架を背負って生きることになる。それを思うとたまらない」とも。

 父親は、瑠衣容疑者に初孫にあたる幼い子供2人がいることを捜査員から知らされた。

 「いつか(瑠衣容疑者の)目が覚めたら、一緒に暮らしたい」。父親は、そう願っているという。

■姉妹の家のそばで

 姉妹が育った高松市郊外の静かな町が、喧噪(けんそう)に包まれたのは12月1日の朝だった。

 小高い丘に建つ農機具小屋に兵庫県警の捜査車両が次々に横付けされた。ヘリコプター数機が上空を旋回し、周辺住民らは規制線の外から遺体捜索を不安げに見守った。

 李容疑者の供述に基づいて始まった捜索は3日間にわたり、小屋下の掘削の末、皆吉さんの遺体が発見された。尼崎市の美代子容疑者の自宅マンションで暴行を受けた後に衰弱死し、この小屋まで運ばれたとみられている。

 「ノリさんが埋められていると聞いて、まさかと思った。でも遺体が見つかりほっとした。これでノリさんも浮かばれる」。捜索に立ち会った姉妹の親族の男性は、そう言って安堵(あんど)の表情をみせた。

 男性は、冠婚葬祭で高松を訪れた皆吉さんと何度か顔を合わせていた。

 3日夕、皆吉さんの遺体を運ぶ兵庫県警の車両は、姉妹が暮らした住宅のすぐ脇を通って、走り去った。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/12...

高松の一家離散 香川県警、当時の対応「確認する必要」


 兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、9年前に角田(すみだ)美代子被告(64)=別の傷害致死罪などで起訴=らの集団に乗り込まれ離散した高松市の家族をめぐり、一家の父親らから相談を受けていた香川県警が、当時の対応について調査していることが3日、分かった。この一家離散では、県警がトラブルを把握しながら結果的に2人が死亡。「なぜこのようなむごい結果になったのか、しっかり確認する必要がある」として、当時の地元署などの対応に問題がなかったか調べている。

 一家は平成15年、高松市の自宅から仲島茉莉(まり)子さん(29)、角田瑠衣(るい)被告(27)=窃盗罪で起訴=の姉妹、2人の伯父の谷本隆さん(68)が美代子被告らの集団に連れ去られ、仲島さんと谷本さんは尼崎市の民家床下から10月中旬に遺体で発見された。

 香川県警の調査は、10月下旬から開始。当時、父親や親族らの相談に応対した地元署員について退職者も含め事情を聴いている。

 親族や家族の知人らによると、父親や親族は美代子被告らから資産をむしり取られ、家族間で暴力を強制されていたことから地元署などに複数回相談。暴力を目撃した周辺住民も通報し、パトカーが出動したこともあった。だが、地元署は「事件性はない」と金銭問題に立ち入らず、父親も家族が加害者になることから「身内のもめ事」として被害届を出さなかったといい、事件化されなかった。

 父親の知人らは「家族を容疑者にしたくない思いと暴力の恐怖で、被害届を出すべきか父親は揺れていたと思う。『警察が動いてくれていれば』との思いはある」と話した。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/12...

高松一家離散 再三の相談 県警放置


 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、角田(すみだ)美代子被告(64)(殺人容疑などで再逮捕後、死亡)らに離散へ追い込まれたとされる高松市の一家について、親族の女性が香川県警へ3回にわたり窮状を訴えていたことが女性への取材でわかった。

 他に一家の父親らが少なくとも計4回相談したが、県警は「被害届がないと捜査できない」などとして美代子被告らに接触しなかった。県警が再三のSOSを見過ごしていた可能性が強まっている。

 一家を巡っては、父親の長女仲島茉莉子(まりこ)さん、兄の谷本隆さん、元妻の母皆吉(みなよし)ノリさんの3人が遺体で見つかり、次女角田瑠衣(るい)被告(27)が殺人容疑などで再逮捕された。

 父親のいとこで大阪府在住の女性(71)によると、一家が美代子被告らに乗り込まれていた2003年9月3日、別の親族から一家のトラブルを聞き、高松東署に「何人もが家に居座り、金を巻き上げている。何とかしてほしい」と電話。対応した署員は既に事情を知っていたとみられ、「父親から被害届がないので動けない」と説明した。


 同18日、女性宅に父親から「高松から逃げてきた」と電話があり、自宅にかくまった。父親は耳が切れて、両腕に酷いやけどを負い、健康保険証も美代子被告らに取られていたという。女性は知り合いに相談して被害届を出すよう助言され、同27日に父親とともに高松東署へ電話。だが土曜のため「担当は非番」と取り合ってもらえなかった。父親が女性宅を離れた後の同年10月には県警本部に電話したが「署に伝えておく」と言われただけだった。女性は約25年前から日記をつけており、県警とのやり取りなども記録。一連の事件発覚後、県警は当時の対応に問題がなかったか調べており、女性は今年11月中旬に捜査員から事情を聞かれた際、日記に基づき相談日時や内容を説明した。数日後、捜査員から電話があり、「県警にも相談を受けた記録が残っていたと伝えられたという」このほか、父親は高松東署などに3回は相談し、親族男性(70)も自宅近くの高松西署に出向いていた。だが、一家は家族間暴力を強いられており、父親は家族が容疑者になるのを恐れて被害届を出さなかった。

 一家を巡っては父親の長女仲島茉莉子さん、兄谷本隆さん、元妻の母皆吉ノリさんの3人が遺体で見つかり、次女角田瑠衣被告(27)が殺人容疑などで再逮捕された。女性は「県警はなぜ深刻さをわかってくれなかったのか。あの時捜査していれば最悪の結果にならなかったはずだ」と憤る。

 県警は「調査中でコメントできない」としている。

2003年
2月頃
角田美代子被告らが一家の自宅に居座り始める
春頃父親が高松東署に相談。
親族男性が高松西署に事情を話す。
9月3日いとこの女性が高松東署に「何とかしてほしい」と電話
同月中旬父親が高松東署に呼ばれ、直後に高松を出る
  18日女性が父親を自宅にかくまう
  27日女性が父親と共に高松東署に電話
秋頃父親が県警本部に出向く
10月女性が県警本部に電話で相談


2012年12月26日読売新聞朝刊 ★〜★部分は新聞紙面に掲載
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121226-OY...

(下)財産も心も食い尽くす


 平成15年夏、高松市内の会社の寮。携帯電話の受話口から、およそ女性らしからぬ低い声が響いた。

 「気が済むまで殴れ」

 携帯電話に耳を傾ける2人は、9年後に兵庫県尼崎市内の民家床下から遺体で見つかることになる谷本隆さん(68)と仲島茉莉子さん(29)。そして、2人と向かい合っているのは親族男性(70)。電話を終えた2人は、いきなり親族男性に殴りかかった。

 電話の声の主は半年前に茉莉子さんの高松市内の実家に押しかけ、居座っていた角田美代子容疑者(64)だった。2人は美代子容疑者からの命令で、勤務先の寮に逃げ込んでいた親族男性を美代子容疑者のもとへ連れ帰ろうとしていた。目的は「カネ」以外に考えられない。

 「2人はまるで洗脳されたかのように美代子容疑者の言いなりになっていた。美代子容疑者も2人を放そうとしなかった」

 2人は親族男性を数発殴ると寮を去った。その後、2人が親族男性の前に姿を現すことはなかった。

■連日の「家族会議」

 「責任取れ。どのしなもん(品物)で返すんや」

 美代子容疑者が李正則容疑者(38)を連れ、怒声とともに茉莉子さんの実家に姿を現したのは15年2月。茉莉子さんの母親の義理のおいで“ならず者”だった李容疑者を「更生」目的でこの実家に同居させたが、横暴ぶりに手を焼いて送り返した直後だった。

 美代子容疑者の言いがかりに、茉莉子さんの両親は訳が分からず、「何もない」と答えた。美代子容疑者は「そんなら金払え」と要求をエスカレート。地獄の日々の始まりだった。

 親族男性らも参加する「家族会議」が1カ月以上続いた。隣の部屋に陣取る美代子容疑者の指示を仰ぎながら…。結局、離婚の慰謝料を口実に父親が親類中からかき集めた約1800万円を母親に渡し、それがそっくり美代子容疑者の懐に収まった。

■手足まで焼かれ

 美代子容疑者はさらに言いがかりをつけ、居座った。「お前らの出来が悪いからや」「マサ、殴ったれ」。両親は李容疑者に殴られ、長女の茉莉子さんに殴られ、次女の瑠衣容疑者(27)に殴られた。そして、父親の兄である谷本さんにも。父親はガスバーナーで手足を焼かれ、耳がちぎれかかるほど凄惨(せいさん)な虐待を受けた。

 美代子容疑者は瑠衣容疑者を特別待遇し、茉莉子さん、谷本さんも“洗脳”で忠実な配下に変貌させていた。15年夏、虐待に耐えきれず両親が実家から逃亡。美代子容疑者はさらにカネを巻き上げようと、茉莉子さん、谷本さんを親族男性の元へ派遣した−。

 「親類中の金や食べ物がすべて無くなったから帰ったんじゃないか」

 美代子容疑者が高松を去ったのは、半年余りで一族の財産を、人心を食い尽くした後だった。

産経新聞2012年11月10日朝刊
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/12...

「谷本さんは衰弱死」 連続変死事件関係者が証言


 尼崎市連続変死事件で、昨年のドラム缶女性遺体遺棄事件で起訴された角田美代子被告(64)周辺の関係者が、同市の民家床下から遺体で見つかった高松市の谷本隆さん=1944年9月生まれ=について、「尼崎と高松で、繰り返し暴行を受け、尼崎で衰弱死した」と証言していることが22日、捜査関係者への取材で分かった。

 関係者によると、角田被告と男数人は2003年、義理の娘、角田瑠衣被告(27)=窃盗罪で起訴=が暮らしていた高松市内の実家に押しかけ、瑠衣被告の両親や親族を軟禁。瑠衣被告の母親=病死=の親族の借金を取り立てるとして、数ヶ月間居座り、両親らに暴行を加えていた。

 谷本さんの親族によると、角田被告や義理のいとこの李正則受刑者(38)=死体遺棄などの罪で実刑判決=が、「金を払え」と繰り返し要求。李受刑者に段ボール箱に詰められた大量の紙片を見せられ、「これが請求書や。どう返すのか、家族で相談しろ」と告げられた。

 谷本さんら親族はそれぞれ数百万円を用立てて、計約2千万円を角田被告と李受刑者らに手渡したという。03年10月ごろに角田被告らは姿を消したが、その後、瑠衣被告や姉(29)、さらに谷本さんが行方不明になった。

 捜査関係者によると、谷本さんの死亡推定時期は04年ごろとみられ、所在不明となってほぼ1年以内に死亡した可能性が高い。兵庫県警尼崎東署捜査本部は、容疑者の特定を進め、角田被告らが受け取った現金の流れも調べる。

神戸新聞2012年10月22日夕刊

尼崎連続変死「弟が心配」と家出る 谷本さん遺体確認


 兵庫県尼崎市の民家で3人の遺体が見つかった事件で、うち1人の身元は18日、高松市の谷本隆さん(68)と判明した。角田(すみだ)美代子被告(64)=傷害致死罪などで起訴=とみられる女らが弟宅に居座ったため、「弟が心配」と家族に言い残して弟宅に向かったが、約9年後、土の中から変わり果てた姿で見つかった。

 親族によると、谷本さんは高松市内の中学を卒業後、市内のアルミサッシ加工会社に就職した。真面目で会社を休むこともなかった。上司や後輩からも好かれていたという。市内の自宅で妻や子ども2人と暮らし、休日にはソフトボールの審判としてよく試合に出かけた。

 03年春ごろ、角田被告とみられる女や人相の悪い男らが弟の家に集団で居座り始めた。谷本さんは当時、「弟のことが心配だ」とよく話していたという。

 弟の家は地獄だった。弟は次女の角田瑠衣(るい)被告(27)=窃盗罪で起訴=から殴られて顔が腫れ上がっていた。男らが、やせ細った弟夫婦を庭に立たせてホースで水をかけていた。

 「弟一家が心配だ。金の問題を解決してくる」。数カ月後、谷本さんはそう家族に言い残して弟の家に向かうと、二度と自宅には戻らなかった。やがて弟宅に居座っていた男女や瑠衣被告らも姿を消した。

 谷本さんの家族によると、その後も時折、谷本さんから自宅に電話があったという。だが、家族が谷本さんの携帯電話にかけてもつながることは一度もなかった。

 04年1月ごろ、谷本さんから突然、「今から行くから、40万円を用意してほしい」と自宅に電話があった。家族は自宅近くの銀行で落ち合って現金を渡した。しかし、その後、再び行方が分からなくなり、電話がかかってくることは二度となかった。家族は翌05年、警察に捜索願を出したという。

 「きっとどこかで生きているはず」。親族によると、谷本さんらが行方不明になった当時、残された家族は心配しながらも、そう話していたという。しかし、わずかな望みは断たれた。「優しい父だった。残念です」。娘だという女性は18日、自宅玄関先で声を振り絞った。近所の女性(80)も「会うと向こうからあいさつしてくれて、夫婦で田植えをしている姿も見かけた。遺体が見つかったと聞いて驚いている」と話した。

毎日新聞2012年10月19日朝刊

優しい人「洗脳された」、弟の金策に奔走


 兵庫県尼崎市の民家で見つかった遺体は、高松市の谷本隆さん(68)と確認された。9年前に角田(すみだ)美代子被告(64)が高松に姿を現してから生活が一変。親族から多額の金をかき集め、間もなく消息を絶った。「ほんまに理不尽。なんで殺されなあかんねん」。家族や知人らは悔やんだ。

 高松市の住宅街に住む谷本さんの妻(66)は18日、朝日新聞記者から身元判明の一報を聞いた。「かわいそうです。戻ってくると信じていましたけど」と小声で語り、「いい父親、いい人でした」と話した。

 谷本さんは5人きょうだいの次男。19歳から高松の建具工場に勤めていた。家族でドライブによく行き、小学生のソフトボール大会では審判を務めた。「まじめでおとなしい人柄」。周囲は口をそろえる。

 2003年、そんな谷本さんが、妻に打ち明けた。

 「弟一家が2千万円ぐらいの借金をつくったから、家族みんなで返さないといけない」

 親族によると、そのころ、約10キロ離れた谷本さんの弟宅に、美代子被告や角田正則受刑者(38)が居着いていた。弟の妻の兄は、正則受刑者の継父。美代子被告らは「(正則受刑者の)生活の世話をしろ」「できなければ金を用意しろ」と弟一家に迫っていたという。

 谷本さんも呼びつけられ、美代子被告から「(弟が)我々に金を借りとる。それを返さんのや」と責められて、娘にたたかれる弟の姿も見せられたという。

 実際には借金の事実はなかったとみられるが、「兄弟思い」(親族)の谷本さんは、200万円を弟一家に渡したという。妻は「人が良すぎた」と悔やむ。

 親族によると、そのうち谷本さんも、美代子被告らがいる弟宅に居続けるようになった。農協で父の貯金を引き出すなどして親族から金を集めた。約1800万円が美代子被告側に渡ったという証言もある。

【9年前、消息断つ】

 谷本さんの兄(70)は、03年の夏に起きた出来事が忘れられない。訪ねてきた谷本さんが、弟宅に来るよう頼んできた。「絶対に行かん」と拒むと、殴りかかってきたという。「隆は洗脳されて、角田(美代子被告)の手下になってしまった」と振り返る。谷本さんの妹は「兄は優しい人やった。優しいからこそ、マインドコントロールされてしまったと思う」。

 この出来事の直後、谷本さんは美代子被告らと高松を離れた。勤めていた工場も03年10月に退職扱いになった。そして、9年後の今月15日、民家の床下の土の中から、全身を布でくるまれ、一部白骨化した遺体で見つかった。

朝日新聞2012年10月19日朝刊

谷本さん身元確認 兄悲痛


 「情にもろく、困っている人をほっとけない男やった。やりきれない」。兵庫県尼崎市の民家から3人の遺体が見つかった事件で、うち1人と確認された高松市の谷本隆さん(68)の長兄(70)は18日、読売新聞の取材に無念さをにじませた。

 長兄によると、谷本さんは、角田すみだ美代子被告(64)らに離散させられたとされる高松市の一家の父親(60)の次兄。行方不明になっている一家の長女(29)、次女の角田瑠衣(るい)被告(27)(窃盗罪で起訴)姉妹を我が子のようにかわいがっていた。

 谷本さんは人付き合いが好きで穏やかな性格。勤務先の建材会社では、こつこつと仕事をこなした。ソフトボールが趣味で、審判としても活躍していた。

 約10年前、弟一家が角田被告らに入り込まれてからは、心配して弟宅を何度も訪問。弟の頼みで少なくとも300万円を用立てた。自らも直接金を出すよう求められると、家族に危害が及ぶのを恐れて自宅を離れ、角田被告らが居座る弟宅で寝泊まりした。

 長兄も同じ建材会社に勤めており、金銭を要求されて一時社員寮に身を隠した。谷本さんにも入寮を勧めたが、応じなかったという。長兄は「暴力が理由なのか、角田被告から逃げられなかったようだ」と話す。姉妹が角田被告らと高松を出る際は、谷本さんも姉妹を案じて付き添い、それから間もない2003年頃に死亡したとみられる。

 谷本さんの妻(66)は「正義感が強い人。冷たく暗い床下に放っておかれたのかと思うとかわいそうでたまらない」と声を震わせた。

読売新聞2012年10月19日朝刊
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121019-OYO1T00...

関係者語る美代子被告


 兵庫県尼崎市の住宅街で、県警が家宅捜索に乗り出してから、20日で1週間になる。戦前に建てられた民家の床下からは3人の遺体が見つかり、連続変死事件に発展した。多くの行方不明者とつながる角田美代子被告(64)とは、どのような人物なのか――。

 「我々が描いた絵の通りの事件になった」

 捜査関係者はそう語る。昨年11月、尼崎市の貸倉庫で見つかったコンクリート詰めの死体遺棄事件。県警は、大江和子さん(当時66)に暴行して死なせたなどとして、美代子被告ら4人を逮捕した。

 しかし、その後も捜査本部を解散せずに地道に内偵捜査を続け、8人もの行方不明者の存在をつかんだ。うち3人が尼崎市梶ヶ島の空き家に埋められているとの情報を得て、今月13日に捜索に着手。高松市の谷本隆さん(68)と尼崎市の安藤みつゑさん(71)ら3人の遺体を見つけた。

 これらの人々やその家族と関わりを持っていたのが、美代子被告だ。

 捜査関係者らによると、美代子被告は尼崎市出身。何度か転居しながら市内で育った。尼崎市立小、中学校を経て、高校に進んだが中退。10代から市内の繁華街でスナックを開店し、女性を雇っていたという。

 約40年前には、友人の誘いで横浜市にも飲食店を開店。今回、行方不明者の年金口座から無断で金を引き出したとして、窃盗罪で起訴されている義妹の角田三枝子被告(59)との共同経営だったという。並行して、尼崎市内でブランド製品などの個人輸入代行業も手がけていたとされる。

 1981年からは尼崎市長洲東通2丁目のマンションに居住。住民によると、初めは美代子被告と内縁の夫、三枝子被告の3人暮らしだったが、徐々に出入りする人間が増えた。約10年前には、約150メートル離れた現在の分譲マンションに移り、息子夫婦や孫娘2人ら、10人前後の集団生活をするようになったという。

 中学時代の同級生だったという男性(63)は、当時の美代子被告について「親分みたいな口の利き方をしていた」と話す。だが、そうした印象とは別の一面を知る人もいる。

 尼崎市の飲食業の男性(40)は、美代子被告が孫とみられる3歳ぐらいの女の子を連れて、金魚すくいをしているのを見たことがある。女の子がうまくすくえずにいると、「ちょっと貸してみ」とすくってみせ。「こうやって上げんねんで。わかった?」と何度もやらせていたという。

 高松市の谷本さんの弟宅に乗り込んだとされる際にも、弟らには暴行したり食事を抜いたりする一方、「親は大事にせないかん」と、隆さんの寝たきりの父には手を出さなかったという。親族の一人は「子どものころに苦労したのかなと感じた」と語った。

朝日新聞2012年10月20日朝刊

「つらいとしか言いようがない」谷本さん死亡確認で家族悲痛


 兵庫県尼崎市の民家の床下で3人の遺体が見つかった事件で18日、男性遺体の身元が高松市内に住んでいた谷本隆さん(68)と確認された。別の傷害致死罪などで起訴された角(すみ)田(だ)美代子被告(64)の周辺で行方不明になっている8人のうち、死亡が確認されたのは初めて。「誰かのために生きているような人だった」。谷本さんが姿を消してから約9年。帰りを待ちわびていた家族や親族らは、美代子被告らへの怒りをあらわにした。

 「つらいとしか言いようがない」。高松市に住む谷本さんの妹(63)は、言葉を絞り出すように話した。

 親族らによると、谷本さんが行方不明になったのは平成15年の初めごろ、美代子被告らが、谷本さんの弟夫婦宅に押しかけ、約半年間居座ったのがきっかけだった。弟夫婦は美代子被告の義理の娘、瑠衣被告(27)=別の窃盗罪で起訴=の両親にあたる。

 美代子被告らは弟夫婦に暴力を振るい、嫌がらせを繰り返し、現金などを奪った上、尼崎市に戻る際に瑠衣被告の姉らを連れ去った。谷本さんはこのとき一緒に姿を消した。

 行方不明になる前の谷本さんは、建具製造会社を定年退職まで勤め上げ、その後も再雇用されるなど、真面目な働きぶりが高く評価されていた。人付き合いも良く、同僚や知人らの信頼も厚かった。家庭では8年に孫が生まれたときに誰よりも喜び、かいがいしく面倒をみる「やさしいおじいちゃん」だったという。

 谷本さんの長女は「美代子被告らは、ほかの親族の家に押しかけたが、この家に一度も来なかった。父が私たちを守ってくれていたのかもしれない」と振り返り、美代子被告に対して「あなたの血は何色か、何を思って生きているのか、親を失った子供の気持ちが分かるのか、と聞きたい」と怒りをあらわにした。

 自宅で谷本さんの帰りを待ち続けていた妻も「ずっと帰ってくると信じていた。本当に仕返しして、同じ目に遭わせてやりたい」と感情を抑えきれない様子で話した。

 一方、谷本さんの叔父(86)は「覚悟はしていた。だが、これでやっと高松に戻ってこれる。早く連れて帰ってやりたい」と話し、長い間行方不明になっていたおいを気遣った。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/12...

言動に異変 消息絶つ 身元不明高松の男性「金必要」、離婚話も


 帰宅を待ち続けた家族に悲報が届いた。尼崎市の民家から見つかった3遺体のうち1人は高松市の谷本隆さんと判明。遺族らによると、9年前、角田美代子被告(64)=大江和子さんへの傷害致死罪などで起訴=らのグループが現れ、借金の取り立てを口実に谷本さんの弟宅に居座った。暴力、軟禁、脅し…。数力月後、グループが去り、谷本さんも消息を絶った。遺族は「なぜこんなことになったのか」と肩を落とす。

 遺族らによると、2003年、角田被告と数人の男が谷本さんの弟宅に居座るようになった。詳しくは語らなかったが、「あいつらは金を払わないと帰らん」と漏らした。暴力を受けたのか弟の鼓膜が破れたという。心配になった谷本さんも毎日のように弟宅に通うようになった。

 家族は、次第に谷本さんの言動に異変を感じるようになっていた。家に帰ってこなくなり、勤務先の工場も退職。「金融機関にお金を払う。貯金を全部下ろしてほしい」と言い出し、現金を渡したことがあった。別の日には、唐突に電話で「離婚する」と切り出された。別れる理由が見当たらない。「急に何を」と聞き返したが、隣で誰かが指示しているような声が聞こえ、まともな答えは返ってこなかった。

 数力月後、グループが高松を去り、谷本さんとの連絡も途絶えた。親族から、兵庫県の塗装会社で働いているようだと聞かされた。しかし具体的な足取りはつかめず、04年に地元の警察署に捜索願を提出した。

 谷本さんが人一倍誕生を喜んだ初孫は、行方不明の間に高校生になった。成長した姿を一目見せてあげたいと、長女は帰宅を心待ちにしていたが、この日午後、兵庫県警から身元判明の連絡が入った。親族の男性は「悔しい。早く高松に連れて帰ってやりたい」とうつむいた。

神戸新聞2012年10月19日朝刊

高松の家族 県警に相談 当時の対応調査


 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、角田美代子被告(64)らが押しかけて一家離散に追い込まれたという高松市の家族が当時、香川県警に相談していたことがわかった。その後、親族2人が遺体で見つかった。香川県警は当時の対応について調査を進めている。

 親族らによると、美代子被告らは2003年の数カ月間、知人の妹の嫁ぎ先にあたる高松市の家に押しかけ、居着くようになった。一家の父親の親族に金を要求し、娘2人に父親を殴るよう強要したとされる。

 香川県警の関係者などによると、美代子被告らがいたとみられる03年9月、借金の取り立てを受けて恐怖を感じたという110番通報が家族からあり、高松東署が父親を呼んで事情を聴いた。父親が耳にけがをしているのに気づいたが、「娘らにやられたので訴える気はない」と話したという。父親が「見張られている」と話したため、署の裏口から帰したという。

 親族らによると、美代子被告らが居着いている間、親族らの通報で警察官が数回家を訪れたが、父親が玄関先で「何もない」と答えたため、捜査せずに引きあげたこともあったという。

 美代子被告らが尼崎市に戻った際、姉妹2人と父親の兄が同行。姉の仲島(なかしま)茉莉子(まりこ)さん(29)と、父親の兄の谷本隆さん(68)は先月、尼崎市の民家から遺体で見つかった。被告宅で暴行を受けて衰弱死したとみられている。妹の角田瑠衣被告(27)は美代子被告の長男と結婚した。

 香川県警の松本征司・生活安全部長は6日の会見で「兵庫県警の捜査の状況を踏まえて当時の状況の確認を行っている」と話した。

朝日新聞2012年11月6日夕刊

高松の一家離散 香川県警が対応調査…尼崎事件


 兵庫県尼崎市の連続遺体遺棄・行方不明事件で、香川県警が、角田(すみだ)美代子被告(64)(尼崎市のドラム缶遺体事件の傷害致死罪などで起訴)らによって9年前、離散に追い込まれたとされる高松市の一家への当時の対応に問題がなかったか、調査を始めたことがわかった。地元の警察署は一家にトラブルが起きているのを把握しながら、結果的に有効な対応が取れていなかった可能性が一家の父親らの証言から浮上しており、同県警は、当時の捜査関係者らから経緯を確認している。

 同県警関係者によると、調査は、兵庫県警の捜査でこの一家の問題が表面化した後に始まった。生活安全部の捜査員らを投入し、退職者を含む当時の担当警察官から事情を聞き、残されている捜査資料なども調べている。

 一家からは2003年秋、長女仲島茉莉子(なかしままりこ)さんと次女角田瑠衣(るい)被告(27)(窃盗罪で起訴)、伯父の谷本隆さんが角田被告らに連れ去られ、仲島さんと谷本さんは先月14〜15日、尼崎市の民家で遺体で発見された。

 一家の父親らによると、03年2月、一時親戚関係にあった李正則受刑者(38)(尼崎ドラム缶事件の死体遺棄罪などで服役)を、角田被告から頼まれて高松市の自宅で預かったのを発端に、角田被告ら数人が押しかけて長期間居座った。暴力を振るったり、家族間の暴行を強制したりし、多額の資産も奪ったという。

 この間、近隣住民の通報で警察官が自宅に駆け付け、父親も複数回、地元警察署に相談。父親が最後に署を訪れたのは03年夏で、取材に「殴られてけがをし、血まみれの服で出向くと詳しく事情を聞かれた。調書が作られ写真も撮られたが、担当の署員からは『身内のもめ事なので事件化は難しい』『密室の出来事で証明する人がいない』などと言われた」と話していた。

 一方、当時の捜査関係者によると、署側は父親に何度も被害届の提出を求めたものの、父親は「家族を容疑者にしたくない」などと拒んだとされる。

 父親の親類男性は「父親は被害届提出に消極的だったかもしれないが、本人のけがや家庭の様子を見て、警察が動いていれば、最悪の結果は回避できたのではないか」と指摘。香川県警は「当時、捜査したかどうかも含め、調査で確認する」としている。

読売新聞2012年11月3日朝刊

亡き娘へ「守れず、ごめんな」…慟哭・悔恨の父


 「ごめんな。ごめんな」。

 娘の亡きがらを前に慟哭するしかなかった。兵庫県尼崎市の連続遺体遺棄・行方不明事件で、角田美代子被告(64)(ドラム缶遺体事件の傷害致死罪などで起訴)らに離散させられたとされる高松市の一家の父親が、読売新聞の取材に悔恨の思いを語った。

 家族がばらばらになって9年余り。自宅から持ち出した幼い頃の娘2人の写真を支えに身を潜めて生きてきたが、長女は変わり果てた姿になり、次女は角田被告に取り込まれた。

 「家族を守れなかった」。自責の念に胸が裂かれる。

 父親は今月、妻の実家にあたる尼崎市の民家の捜索に立ち会い、長女仲島茉莉子(なかしままりこ)さん、兄谷本隆さんの遺体発見を見届けた。本当に深い土の中に埋められていた。

 県警尼崎東署で茉莉ちゃんの遺体と対面したが、かわいそうで涙が止まらなかった。

 「助けてあげられなくて、ごめん」と何度も言った。兄も、僕が巻き込まなかったら、こんなことになっていなかった。悔しくてたまらない。

 一家は2003年に2回、角田被告らに乗り込まれ、家族崩壊に追い込まれた。

 角田被告らが高松を立ち去る際は、茉莉子さんと隆さん、後に角田被告の息子と結婚した次女の瑠衣(るい)被告(27)(窃盗罪で起訴)が連れて行かれた。あの頃は地獄だった。

 角田被告らに食事も睡眠も制限されていた。手足をバーナーで焼かれ、暴行で両耳もつぶれた。

 娘2人と隆兄ちゃんは洗脳されたが、瑠衣ちゃんだけは角田被告に特別扱いされ、僕らとは別室にいた。暴行もせず、茉莉ちゃんと隆兄ちゃんが僕を殴る場面も見ていない。

 03年8月、僕は妻をわざと殴り、「逃げろ」と指示して脱出させた。

 その後、借金していた知人が「金を返さない」と地元の警察署に相談し、僕は署に出頭させられた。でも、血だらけの僕を見た警察官から事情を聞かれ、全てを打ち明けた。

 署の外で見張られていることも話すと裏口から逃がしてくれ、近くの駅から電車に乗り高松を離れた。

 角田被告らは、僕から金を取るために娘たちを洗脳、人質にしていると思っていた。だから自分さえいなくなれば、娘たちは解放されると思い込んでいた。松山や大阪の知人らを頼って転々としている間も、娘たちが気になって仕方なかったが、連れて行かれるとは想像もしなかった。


 ――だが約2か月後に高松へ戻った時、父親は娘たちが連れ去られたことを知る。警察からは「身内による密室の暴行で、角田被告の指示を証明するのは難しい」と言われており、自ら捜し出そうと決意する。

 04年8月、尼崎へ向かった。偽名で仕事をし、アパートで身を隠すように暮らした。高松の自宅から持って出た幼い頃の娘2人の写真1枚だけが支えだった。

 角田被告の自宅マンションにも行ったが、見つかると捕まると思い、訪ねられなかった。尼崎市内の駅やパチンコ店で李正則受刑者(38)(死体遺棄罪などで服役)を見かけ、近くの車の陰に隠れて娘たちがいないか必死に捜したこともある。

 娘たちに会いたいと願い、今まで尼崎を離れられなかった。守ってあげられなくて本当に申し訳ない。

 ――昨年11月のドラム缶事件発覚直後、父親は検察庁に出向き、「私たちも被害に遭い、家族が行方不明になっている」と訴えた。しばらくして警察から連絡があり、妻が病死していることを聞かされたという。

 今年に入り、瑠衣ちゃんらの年金窃盗事件の捜査をしていた警察官から銀行の防犯カメラを見せられた。映像には、瑠衣ちゃんと幼い子ども2人が映っていて、警察官に「お孫さんです」と教えてもらった。

 瑠衣ちゃんをどこまで許せるかわからない。瑠衣ちゃんも角田被告らに逆らっていたら殺されていたかもしれず、生き抜くには仕方なかったと思いたい。今は知っていることを全て話し、罪を償ってほしい。そして父娘として、また会いたい。


読売新聞2012年10月29日朝刊 ★〜★は新聞紙面に掲載
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121029-OY...

尼崎市連続変死事件 金策メモに「5800」 要求は5千万円超か


 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、尼崎市の住宅床下から遺体で見つかった仲島茉莉子さん=発見時(29)=ら高松市の一家が、角田美代子容疑者(64)=殺人容疑などで再逮捕=らに数千万円を要求された際に作ったとみられる「金策メモ」が残されていたことが9日、知人や捜査関係者への取材で分かった。

 メモには「5800」と書かれており、入手した兵庫・香川県警合同捜査本部は、金額が5800万円に上る疑いもあるとみて調べる。

 一家をよく知る知人によると、メモは茉莉子さんが作成し、茉莉子さんの父親が2003年夏ごろ、友人に「尼崎に話をつけに行く。戻らなかったら警察に届けてくれ」と手渡したもの。

 一家は03年ごろ、美代子容疑者らに自宅に押しかけられ、金の要求や暴力によって離散に追い込まれたとされ、兵庫・香川県警合同捜査本部は、美代子容疑者らが金銭を要求していたことを具体的に示す証拠になるとみて調べている。

 メモはA4判の用紙十数枚で、美代子容疑者らに要求された金額とみられる「5800」という数字が大きく書かれ、日付や名前、数字が細かく記されていた。自宅のピアノを売った時のものや、高松市の倉庫下から遺体で見つかった茉莉子さんの祖母皆吉ノリさん=発見時(88)=の5年分の年金約900万円に関する記述もあった。

 父親は友人に渡した数日後、無事に戻ったため、友人が保管していた。

 父親はその後、尼崎市に身を潜め、茉莉子さんの妹瑠衣容疑者(27)=殺人容疑などで再逮捕=は美代子容疑者と同居。母親の初代さん=当時(59)=は09年ごろ病死したが、事件に巻き込まれた可能性があるとして友人らが捜査本部に捜査を求めている。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/12/08/...

ある日、茉莉子さんは父親と一緒に知人男性宅を訪ね、いきなり借金を申し込んだ。


2012/10/23 10:19

 様子が変わったのは自宅に角田(すみだ)美代子被告(64)のグループが出入りし、家族に金の要求などをするようになった2003年ごろから。「長いこと父が仕事を休んでいたけど、再開することになりました。その資金を貸してほしい」。ある日、茉莉子さんは父親と一緒に知人男性宅を訪ね、いきなり借金を申し込んだ。 ぼうぜんとした様子のまま口を開かない父親。隣で頭を下げる茉莉子さん。表情を消して淡々と話を続ける様子は「まるで何かに追い立てられるような必死さが感じられた」(知人男性)という。その後、茉莉子さんは伯父の隆さんとともに所在不明となった。

四国新聞社公式サイトより
http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/social/201...

尼崎連続変死事件の闇 乗っ取られた家族 ◆,泙別爾諒冕


 「とにかく家系がややこしい。消えた人間がいっぱいおる」。兵庫県警の捜査幹部が漏らした。県警捜査本部は昨年11月のドラム缶遺体遺棄事件で、角田(すみだ)美代子(64)を逮捕した。次々と行方不明者が浮かんだが、捜査は難航。美代子は関与を否定し、関係者の任意聴取も進まない。

 今年8月、捜査本部は勝負をかける。美代子の義妹らを窃盗容疑で逮捕。それでも有力な情報は得られなかった。「捜査本部解散」の声もささやかれ始めた。事態が急転したのは、今月に入ってからのことだ。「尼崎の民家に3人の遺体がある」との新証言を関係者の一人から得た。

 捜査は一気に動きだした。10月14、15日、民家の床下から3人の遺体が見つかった。激しく損傷していたが、DNA型鑑定の結果、2人の身元が判明した。谷本隆、安藤みつゑ。いずれも一時、美代子と共同生活をしていたとされる人物だった。平穏な暮らしをしていた人たちが、なぜ家族から引き離され、美代子に取り込まれていくのか。捜査関係者は「家族会議と暴力が美代子の手法だ」と話す。

 2003年。美代子とこわもての男たちが突然、高松市の一家に押しかけてきた。谷本隆の弟の家だ。夫婦と娘2人が静かに暮らしていた。身内の借金の取り立てと言われたが、本当に借金があったのか、はっきりしていない。美代子は家に居座ると、きょうだいや親戚を次々に呼び出した。「お前も身内やろ。なんとかせなあかんやろ」と脅された親戚たちが当時を振り返った。一日中、正座させられ、話し合いを重ねる。家族会議である。「だれが金を払うんや」「明日も話し合いや」逃げ出すと、こわもての男が自宅や勤務先に押しかけた。裸にされた一家の夫が妻をおぶって「頼むから家に来てくれ」と懇願したこともあった。一緒にいた男は「言うこと聞かんかったら、お前の家も食うてしまうぞ」と脅した。夫も妻も顔を殴られ、腫れ上がっていた。

 主に暴行を加えていたのは2人の娘だった。驚いた親戚が理由を聞くと、娘たちは「お父さんのできが悪いんや」と吐き捨てた。勉強のできる優しい性格だったという娘たち。両親はもちろん、周囲にかわいがられて育った2人の変貌ぶりを、どう理解すればいいのか。一家と一緒に20日間ほど軟禁された親戚の女性がこんなことを口にした。「何日も寝とらんかったら、よう分からんようになって。言われるままになってしまった」

 谷本隆も一緒に軟禁され、「弟を助けたい」と金策に奔走した。美代子らはこのとき、2千万円近い金を手にしたとされる。数カ月後、一家4人は高松から姿を消した。隆も消息を絶ち、後になって妻に「離婚する」と電話を入れてきた。それから9年、隆は尼崎で遺体となって発見された。一緒に見つかった遺体のうち、身元が判明していない1人は一家の長女(29)とみられる。次女は美代子に見込まれ、彼女の息子と結婚した。「美代子の後継者」と目される角田瑠衣(27)だ。窃盗罪に問われ、被告として拘置されている。瑠衣の父である一家の夫は今、県警に保護されている。妻は3年前に病死した。

 美代子はどうやって家族を乗っ取るのか。その一端が、ドラム缶遺体遺棄事件をめぐる裁判で見えた。

=敬称、呼称略=
(事件取材班)

神戸新聞2012年10月22日朝刊

連続変死 娘2人が被害者と容疑者


 6人の遺体が見つかった連続変死事件で、遺族の一人、兵庫県尼崎市の谷本明さん(60)が朝日新聞の取材に応じた。長女と実兄、義母が遺体で見つかり、身を隠した元妻は病死。次女は自殺した角田美代子容疑者(64)らとともに殺人容疑などで逮捕された。「お父さんも何でもするから、早く立ち直ってほしい」と呼びかけた。

【谷本さんは高松市で保険代理店を営み、妻と長女の茉莉子さん(29)、次女の瑠衣容疑者(27)の家族4人で暮らしていた】

 茉莉ちゃんはマイペースで感性で動くタイプ。ピアノが上手で「絶対音感を持ってるね」なんてほめていた。瑠衣ちゃんはしっかりもので努力家。勉強も得意だった。同じ部活動に入り、仲のいい姉妹だった。

【2003年、妻の親族の世話を巡り、美代子容疑者らが尼崎から乗り込み、一家離散に追い込まれた】

 家族で誰が金を出すかを毎日話し合わされたり、娘に私を殴らせたりした。やめさせれば今度は娘が標的にされるので、反抗できない。茉莉ちゃんは角田になつかなかったが、瑠衣ちゃんは取り込まれた。

 8月に妻と茉莉子を家から逃げさせたが、茉莉ちゃんは逃げ切れずに戻ってきた。9月に私も家を出て、その後は知人宅を転々とし、翌年に尼崎へ来た。角田たちに見つかったらという恐怖はあったが、娘の消息を知りたかった。

【妻と離婚、娘2人とは音信不通に。昨年11月、尼崎市で女性のドラム缶詰め遺体が見つかり連統変死事件の捜査が始まった】

 今春、女が銀行で金を引き出している映像を警察に見せられた。小さな子2人が足元でじゃれていた。「娘さんです」と。初めて瑠衣が角田の息子と結婚し、子がいることを教えられた。茉莉子も仲島(康司容疑者=43)という男と結婚し、行方不明だということも。妻が身を隠した先から尼崎に連れ戻され、3年前に死んでいたことも知った。
 
【今年10月、元妻の母にあたる尼崎市の皆吉ノリさん(88)の家の床下から、茉莉子さんと谷本さんの兄の隆さん(68)の遺体が見つかった。皆吉さんも今月、高松市の小屋の下から遺体で発見された】

 覚悟はしていたが、茉莉ちゃんと確認されると、つらかった。何であんなことができるのか。将来もあったのに……。一番かわいそうです。11月下旬に葬儀を済ませました。

 角田は、頼ってきた人間は懐柔するが、敵対する人間はとことん徹底的にやり尽くす。常に誰かを痛めつけている。

 いま思うと、角田は人の幸せを否定するんですよ。社会的に、いいとされていることを否定したがっていた。瑠衣の成績がいいと聞くと学校を辞めさせたり、おばあちゃん(皆吉さん)が高松の家に贈ってくれた花壇の花を全部切ったり。何でそんなことをするのか、理解できない。

 角田の自殺をなんで防げなかったのか、本当に悔しい。あんな形では茉莉ちゃんも兄(隆さん)も、おばあちゃんもうかばれない。

 瑠衣は角田の影響から解放されてきて、「パパに申し訳ない」「お姉ちゃんとお母さんのことは白紙にできない」と言っていると聞いた。瑠衣は事件で起訴されたが、私も妻や娘、兄を助けられなかったという罪を背負っている。お父さんも罪を償うから、瑠衣ちゃんも罪を償ってほしい。早く立ち直って、昔の瑠衣ちゃんに戻ってほしい。

朝日新聞2012年12月19日夕刊

尼崎事件 高松の男性、03年死亡か


 兵庫県尼崎市の民家から3人の遺体が見つかり、ほかにも多数の行方不明者が出ている事件で、民家で発見された男性の遺体の死亡推定時期は2003年頃だったことが、県警への取材でわかった。

 男性は高松市に住んでいた2人姉妹の伯父(68)とみられ、この時期は、姉妹の長女(29)が、ドラム缶遺体事件の主犯格とされる角田(すみだ)美代子被告(64)(傷害致死罪などで起訴)らに連れ去られたのと同じ頃に当たる。

 県警は、長女を心配して付き添ったとされる伯父が高松市を離れて間もなく死亡し、遺棄されたとみて、経緯について角田被告の周辺者から詳しく事情を聞く。

 捜査関係者によると、長女は民家の住人女性(87)の孫で、14日に見つかった女性2遺体のうちの1人とみられる。

 この遺体は、08年頃に死亡したと推定されている。

 長女は、家族とともに高松市内で暮らしていた約10年前、角田被告ら数人に、夜中などに連日自宅に押しかけられるようになった。

 角田被告らは数か月間居座った後、長女と、後に角田被告の息子と結婚する妹の角田瑠衣被告(27)(窃盗罪で起訴)を連れて出て行った。

 伯父はその際、姉妹を心配して同行したとされ、それ以後、行方がわからなくなっていた。

 高松市で長女が勤務していた会社の関係者によると、長女は03年の初め頃から「家がもめている」などと言ってふさぎ込むようになり、同3〜4月頃、「大阪に行く」と打ち明け、高松市を離れた。4〜5月頃には、同社の大阪営業所で2週間〜1か月勤務したが、すぐ退職したという。

 男性の死亡推定時期は、ちょうどこの時期に当たり、県警は、伯父が長女らと関西に移動してすぐ、角田被告らと何らかのトラブルになった可能性があると判断。高松市を離れた後の伯父や長女の足取りを調べている。

 一方、民家以外の場所に遺棄されたという3遺体について、角田被告周辺の関係者が、民家の住人女性ら3人と証言していることが、県警への取材で新たにわかった。

 3人には、県警が行方不明としている人以外の人物も含まれるという。

 逆に、行方不明者とされている角田被告の養子の兄の溶接工男性(36)は、これまで殺人などの被害者として名前は挙がっていないという。

 これら3遺体のうち、ドラム缶に入れられて遺棄されたとされる1体は、コンクリート詰めにされて岡山県東部の海に沈められたとみられることも判明。

 別の1体は高松市内の民家の敷地に埋められ、もう1体は兵庫県内に遺棄された可能性があるという。

(2012年10月17日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121017-OYO1T00...

「相談36回」事件化せず…香川県警、家族に謝罪 調査結果発表

2013.4.19 14:36 (1/2ページ)[尼崎連続遺棄・変死]

 兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、角田美代子元被告(64)=昨年12月に自殺=らの暴力的支配で離散に追い込まれた高松市の一家をめぐり、香川県警は19日、事件前の対応の調査結果を公表した。平成15年2月以降、家族ら17人から36回もの相談がありながら事件化しなかったことを明らかにし「不十分、不適切な対応。県警本部と各署との情報共有も足りなかった」と問題点を認めた。県警は事前に家族らに説明し、謝罪した。警察官の処分は退職を理由に見送った。

 調査結果によると、一家の父、谷本明さん(61)や親族、知人らは、美代子元被告らが集団で一家宅に居座り始めた15年2月から18年4月まで、地元の高松東署をはじめ警察署5署と県警本部生活安全企画課の計6カ所に相談。15年には「軟禁状態にされた」「一家が暴行を受けている」などと繰り返し申し出たが、身内の問題として谷本さんらが被害届を出さなかったとして、今後の110番通報の助言や弁護士らへの相談を促す対応にとどまっていた。

 高松東署については、各署で受けた主要な相談の記録が送付されていたのに個別の親族間トラブルなどと認識して全体像を把握しないまま対応し、署幹部の情報分析と指揮にも問題があったと指摘。とくに、15年9月12日に署内で顔や耳などを負傷した谷本さんの写真8枚を撮影し、被害申告の説得をした経緯があったにもかかわらず、谷本さんが最後に同署を訪れた16年1月19日には、対応した署員が「立件は困難」と被害届を受理しなかった。県警は「真相解明の機会だった」と不適切な対応を認めた。

 再発防止策として、被害届が出ない場合でも当事者双方の関係や状況を判断し、強制捜査を含む措置について組織的に検討するなどとしている。

 一連の事件では、谷本さんの長女、仲島茉莉子さん(26)、兄の隆さん(68)らが遺体で見つかった。県警幹部は「誠に遺憾。当時、このような事態を想定することは困難だったが、不十分、不適切な対応があったことは間違いない」と陳謝した。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/13...

【尼崎連続変死・香川県警調査結果全文】(1)相談、情報提供は「28件(36回)寄せられた」 

2013.4.19 17:20 (1/4ページ)[尼崎連続遺棄・変死]

 兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、角田美代子元被告(64)=昨年12月に自殺=らの暴力的支配で離散に追い込まれた高松市の一家をめぐり、19日、香川県警が公表した事件前の対応の調査結果は次の通り。



 「尼崎市における被害者多数の殺人・死体遺棄事件」の関係者等に対する本県警察の対応に関する調査結果と今後の対応について

第1 県警察における対応状況等

 県警においては、「尼崎市における被害者多数の殺人・死体遺棄事件」に関連し、本件被害者の親族であるAさんやその関係者に対する平成15年から翌16年にかけての県警察の対応状況について、現存が確認された当時の相談関係記録等を基に事実関係の調査を行った。その結果、Aさん及びその関係者に関する相談や情報提供は、平成15年2月以降、合計で28件(36回)寄せられていたところ、その主な内容は次のとおりである。

(*1 関係者のプライバシーの確保や今後の平穏な生活の維持に関するご意向に配慮した記載内容とした。)

1 平成15年2月20日、4月11日、Aさんの親族(Bさん等)から高松東警察署等に対し、

 Aさんの妻が尼崎から連れ帰った自身の兄弟の息子が元ヤクザで手に負えず、元々面倒を見ていたという「東(あずま)」なる人物に連れ戻すよう頼んだところ、「東」やAさんの妻の親族等がAさん宅に居座るようになり、Aさんを脅して現金を要求してきた。Aさんは自身の兄弟等から現金を集めて「東」に渡した。Aさんは警察に相談することを嫌がっている。

等の相談がなされ、対応した警察職員(以下「対応職員」という。)は、Aさんと十分に話し合い、今後必要があればAさんの居住地を管轄する高松東警察署に相談すること等を教示している。

2 平成15年4月26日、4月28日、Aさんの親族(Cさん等)から綾南(りょうなん)警察署(現高松西警察署)に対し、

 Aさんの債務に起因する親族間のトラブルで、Cさん等がAさんから同人宅に呼び出され、「東」なる女性や「マサ」なる男性から約7時間半にわたり正座をさせられ、「東」から、「家に火をつけるぞ」、「お前らの顔を見よったら、ぶち殺してしまうかもしれん」等と脅されたほか、「マサ」に肩を一回足蹴りされた。

等の相談がなされ、対応職員はAさんに対し、今後違法事案を認知すれば事件として処理する旨を警告する(*2 4月27日未明、綾南警察署を訪れたAさんの娘2人とAさんの妻の親族等から、この対応について抗議がなされている。)とともに、同席したAさんの兄弟等に対して、トラブルの真相を明らかにするため、Aさん本人に警察に相談に行かせるよう助言している。なお、足蹴りについては被害者から「被害の届出を保留したい」旨の意思が示されている。

3 平成15年4月26日、4月30日、Aさんの親族(Dさん)から高松東警察署等に対し、

 Aさんの債務に起因する親族間のトラブルがあり、Aさんの親族や「東」という女性等が自宅に来て脅された。(*3 相談関係記録には、Aさんも妻や「東」という女性等からお金を脅し取られている疑いがある旨の記載がある。)Aさん宅で軟禁状態にされた。

等の相談がなされ、対応職員は、今後暴行等が発生すれば110番通報すること、金銭問題については調停制度を利用すること等を助言している。

4 平成15年5月6日、6月8日、6月10日、Aさんの親族(Eさん)から高松南警察署に対し、

 Aさんの債務に起因する親族間のトラブルで、5月の三連休の間、Aさんの妻、娘2人及びAさんの妻が連れてきた男性等にAさん宅で軟禁のような状態にされた。「仕事できんようにしてやる」等と脅されたが、これは脅迫にならないか。「東」や「マサ」が自宅に来て道路脇で寝るなど嫌がらせをする。

等の相談がなされ、対応職員は、トラブルの際の言葉のやり取りの一部だけを取り上げて脅迫罪を問うことはできない旨回答し、裁判所の調停や弁護士への相談について教示したほか、今後身の危険を感じた時点での110番通報等を助言している。

5 平成15年8月18日、Aさんから高松東警察署に対し、「妻、娘、妻の兄弟等が自宅に居座り、自分に「死んでしまえ。自己破産せえ」等と言うので困っている。同人等は金品を要求するわけでもなく、居座る理由はわからないが、気持ちが悪いので自宅を出ている。」旨の相談がなされ、対応職員は、弁護士に相談するよう教示している。

6 平成15年8月21日、Aさんの知人(Fさん)から高松東警察署に対し、「Aさん宅へ行くと、Aさんは血のにじんだ服を着ており、耳も少し裂けていた。事情を尋ねても詳細を語らず、心配である。」旨の相談がなされており、対応職員は、Aさん本人が事件化を望むならば早急に届け出ることをAさんに伝えるよう依頼している。

(*4 これに先立つ平成15年8月14日、Aさんの親族から高松東警察署に対し、「Aが監禁状態にあるということで高松東署から事実確認があったが、どこから『監禁状態』というような話になったのか教えてもらいたい。」旨の照会がなされ、これに対し、対応職員は、Aさんが監禁状態にある旨の通報があったのでAさん宅を訪問したが、本人が不在であったため当該親族に事実関係を確認した旨を回答している。)

(*5 高松東警察署には、当時のものと見られるメモが残されており、当該メモには、Aさん、Aさんの妻及びAさんの娘の負傷状況や「8/22○○(職員名)訪問」及び「庭5人正座」、「木にゴムで両手を縛る」等の記載がある(このメモは当時、高松東警察署で作成されたものと考えられるが、作成の時期、記載された言葉の正確な意味、記載された内容を裏付ける事実等当時の具体的状況を確認することができなかった。)。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/13...

【尼崎連続変死・香川県警調査結果全文】(2)腫れた左耳、右上腕部のあざを「認めた」が…


7 平成15年8月31日、9月1日、Aさんの知人(G、Hさん)から高松東警察署に対し、

 最近Aさんが出勤していない。Aさんの家にAさんの妻の親族が来て、Aさんを痛めつけているなど普通ではないので警察も動いてほしい。

等の相談がなされた。対応職員は被害申告が無いので動くのが難しい旨回答したが、当該相談を踏まえ、9月1日、同署員がAさん方を訪問し、在宅していたAさんの妻の兄弟からAさんが仕事の関係先であるFさんの職場にいる旨を聴取したため、同人に架電し、仕事の話でAさんの来訪を受けている旨の回答を得ている。(*6 9月2日、Aさんを含むAさんの親族5人が高松東警察署を訪れ、Aさんが「警察から会社に電話があると、家庭内のトラブルが存続していると誤解される。」旨を述べるなど、警察の対応について抗議を行っている。)

8 平成15年9月3日、Aさんが高松東警察署を訪れ、知人の契約行為に関する相談をした際、対応職員が同人の腫れた左耳と右上腕部のあざを認めたためこれらについて聴取したところ、同人は「私が言うことを聞かないので娘に殴られた傷である。」、「家には娘、妻の兄弟2人がおり、妻ともう一人の娘は家出をしている。」、「出来事は全て妻の兄弟等に言わなければならない。いらんことは言えない。」旨を述べている。

9 平成15年9月12日、Aさん宅において債権の取立てをめぐるもめごとが発生し、高松東警察署員がAさん等関係者を同署へ同行した際、Aさんから債権取立ての状況のほかAさんが以前に負っていた負傷の状況や理由等について聴取した。

 同日作成されたAさんの供述調書によると、

 怪我は自分の兄弟と娘からの暴力によるもので、これら暴力は、8月中旬以降ほとんど毎日受けている。暴力の原因は、家庭内の問題等に関する自分の態度が気に入らないためであり、身内のことなので事件にしてもらう必要はない。

旨の供述がなされている。

同日、高松東警察署では、Aさんの前面及び背面全身、顔面、両耳、左上腕部等の写真8枚を撮影しており、これらによると、ズボンの股の部分に血痕様の斑点が確認できたほか、両耳腫張(しゅちょう)、左耳裂創、左上腕部皮下出血が認められた。

併せて作成された関係報告書には、Aさんには債権取立ての件も含め、家庭内のトラブルを事件化する意思がなく、自立を希望するのみである旨記載されている。

(*7 当該対応に同席した職員の記憶によると、同人は、Aさんが「家には帰らず、知人のところに行く。」と述べたことから、Aさんを単独で署の裏口から退出させている。)

(*8 平成15年9月12日深夜、Aさんの親族から高松東警察署に対し、Aさんの家出人捜索願が提出されている。)

10 平成15年9月13日、Aさんの知人(Gさん)から高松東警察署に対し、「9月12日の夜にAさんと会った際、同人から「高松東警察署で暴行被害を告訴するよう説得されたがしなかった」、「今から逃げようと思う」等と打ち明けられたので、自分からも告訴するようAさんを説得したところ、「明日告訴する」と言っていた。」旨の電話連絡があり、対応職員は、Aさんはまだ来署していないが、被害申告に来れば適正に処理する方針である旨を説明している。

11 平成15年10月1日、Aさんの親族(Iさん)から警察本部生活安全企画課に対し、「9月中旬、Aさんが私方に逃げてきた際、「高松東署に被害届を出す」と言っていた。9月下旬にはAさんから「東署から書類はできていると言われた」等と電話があった。書類ができているのなら警察で何とかできるのではないか。」旨の相談がなされ、対応職員は、高松東警察署に確認の上、本人が被害届を出さないため事件化できていないことを説明し、Aさんと連絡がとれれば、Aさんに被害届を出すように説得してほしい旨を依頼している。(*9 当該親族によると、当該相談の4日前に高松東警察署に架電した際、同署員から「担当が非番である」旨の回答がなされたとされているが、当該回答の状況に関する記録は確認できなかった。)

12 平成15年10月30日、Aさんの親族(Jさん)から、高松北警察署に対し、「Aさんの兄弟は実家でAさんの娘や闇金業者と思われる者等と同居し、無理に借金をさせられているようだ。Aさんは借金がかさみ失踪している。」旨の相談がなされ、対応職員は、無理に借金をさせられているのなら、当該Aさんの兄弟に警察へ届出をさせるべき旨を回答している。

13 平成16年1月19日、Aさんから高松東警察署に対し、真意は行方不明となっている妻と娘を探してほしいことにあるとしつつ、「平成15年中に自分の娘が自分に暴行を加えたり、自分のキャッシュカード等で現金を引き出していることについて訴えたい。」旨の相談がなされ、対応職員は、当該暴行・傷害については、日時、場所、負傷の程度が不明であることから立件が困難であり、また、キャッシュカードによる現金の引出し行為については、被害者が銀行となるので被害届を受理できない旨を説明している。

(*10 Aさん及び関係記録を作成した対応職員ともに当日の状況を記憶していなかったが、当時の別の職員の記憶によると、同職員は、Aさんから妻子は尼崎市に居住しているようである旨の説明を受けたため、その所在確認については同市を管轄する警察署に相談するよう助言している)

(*11 関係記録には、対応職員の説明に対してAさんが納得した旨の記載がある。)

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/13...

【尼崎連続変死・香川県警調査結果全文】(3)「積極性欠く対応」「署幹部の指揮不十分」「本部の具体的指導行われず」…



第2 警察の対応の問題点

1 継続性を有する相談事案への対応

当時、Aさんやその関係者に関する相談等は、Aさん及びAさんの親族や知人等17人から高松東警察署のほか警察本部生活安全企画課等の5所属に対して28件(36回)寄せられていたが、高松東警察署においては同署以外で受理した主要な相談の記録の送付も受けていたことから、これらの相談等の対応に当たっては、「東」や「マサ」等の関与を含む一連の事案の全体像を踏まえたものとなるべきところ、それぞれの対応職員において、それぞれの事案を個別の親族間トラブル等として認識してしまい、積極性を欠く対応にとどまる結果となった。

 下記本項2も含むこうした対応の背景には、署幹部による情報の整理、分析とそれに基づく具体的な指揮が不十分であったことが窺えた。

2 Aさんの負傷事実等に対する対応

 Aさんに関する一連の相談等の中には、第1の6、7、8の相談のようにAさんの身体に対する侵害の発生が窺える事案が含まれていたところ、これら事案に主体的に対応すべき高松東警察署において、Aさんを始めとする関係者に対するより詳細な事実確認が行われていなかった。

また、第1の9の事案に際しては、高松東警察署において、Aさんの負傷事実に関し、Aさんに被害申告をするよう説得したにもかかわらず、同人がこれに応じなかったものと認められたが、その後、第1の13の事案に際しては、同人からの被害申告を受理しないなど不適切な対応が認められた。

3 警察本部の対応

 当時、相談業務を主管する警察本部生活安全企画課において、各所属で受理した相談を集約する体制が不十分であったことに加えて、同課と相談受理署を始めとする関係所属間における情報共有も不十分であった。

 このため同課において一連の事案の全体像を把握することができておらず、高松東警察署に対する具体的な指導も行われていなかった。

第3 今後の取組

1 相談への適切な対応

 警察に対する相談の中には、当事者が被害の届出を拒み、事実関係の特定を含め対応に苦慮する例も少なからず見られるところであるが、こうした場合であっても、常に当事者の生命、身体等に危害が及ぶおそれが伏在している可能性を考慮の上、当該事案の態様に応じ、被害の未然防止や拡大防止に向けて、各種法令を適用した被疑者の検挙等の措置をより一層積極的に行うこととする。

 とりわけ、継続性を有する事案に関しては、個々の相談内容に対する個別の対応に終始することなく、事案の全体像を踏まえた対応を徹底することとする。

2 被害申告に対する対応

 現在、届出人が犯罪被害の申告の意思を示した場合には、その内容が明白な虚偽であると認められるもの又は著しく合理性を欠くものを除き、被害届を即時に受理することとされているところ、今後とも被害届の受理に際しては届出人の立場に配意しながら、迅速かつ確実な対応を行うこととする。

 また、被害事実があるにもかかわらず被害者から被害の届出の意思が示されない場合においても、必要な場合には届出を働きかけ、それにもかかわらず届出をしない場合は、届出をしないこと自体が加害者の影響によるものである可能性も念頭に置き、当事者双方の関係、関連する事件の有無、客観証拠の状況等を総合的に考慮の上、強制捜査を含む捜査の実施その他の措置について組織的検討を確実に行うこととする。

3 警察本部の関与

 警察に対する各種相談の受け渋り、処理の遅延等の不適切な取扱いを防止し、迅速かつ確実な組織対応をより一層推進する観点から、本県警察においては、本年4月1日付けで警察本部警務部に広聴・被害者支援課を設置するとともに、各警察署の警務部門の充実を図るべく必要な措置を講じたところである。

 今後、こうした体制を有効に活用し、警察本部各部門は、警察署の各部門に寄せられた相談者等の生命、身体等に危害が及ぶおそれのある相談及びこれに対する警察署の処理方針を適時適切に把握し、関係部門間の情報の共有を図るなど緊密に連携して必要な指導を行うこととする。

 また、関連する相談が複数の警察署に寄せられている場合等においては、関係警察署に対し事態対処体制の構築及び具体的な措置を指示することとする。

4 職員に対する研修等

 届出人やその関係者等の生命、身体等に危害が及ぶおそれのある相談は、専門窓口のみならず様々な警察活動の場面で認知する可能性があることから、平成24年7月から警察学校における全ての専門研修において、相談への適切な対応に関する講義の受講を義務付けるなど、警察職員の意識と能力の向上に努めているところである。

 今後は、今回の調査の結果を講義に反映させること等を通じ、被害届の原則即時受理、関連性が疑われる相談に係る情報共有の徹底等研修の内容の一層の充実に努めることとする。また、的確な事態対処のためには、幹部職員の高い指揮能力が必要であることから、幹部職員に対する事態対処能力向上のための研修等を推進することとする。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/13...

自殺の角田元被告ら書類送検へ


1月31日 4時16分

兵庫県尼崎市で起きた一連の事件で、おととし、高松市の小屋の下から遺体で見つかった女性が、自殺した角田美代子元被告(当時64歳)などから暴行を受けて死亡した疑いが強まったとして、警察は31日にも角田元被告とその親族合わせて9人を傷害致死の疑いで書類送検する方針を固めました。

兵庫県尼崎市で起きた一連の事件では、角田元被告の周辺にいた8人が死亡し、このうち7人に対する殺人や死体遺棄などの容疑で角田元被告とその親族らが逮捕・起訴されたり書類送検されたりしています。

死亡した8人のうち、皆吉ノリさん(当時88歳)は、おととし12月、高松市の小屋の下から遺体で見つかり、警察は角田元被告の親族が「皆吉さんは暴行を受けて死亡した」などと供述したことから、裏付けを進めていました。

その結果、皆吉さんが高松市や尼崎市で繰り返し暴行を受けた末、平成15年3月上旬に角田元被告のマンションで衰弱して死亡した疑いが強まったということです。

警察は、31日にも角田元被告やいとこの李正則被告(39)などの親族合わせて9人を傷害致死の疑いで書類送検する方針を固めました。

この事件はすでに時効が成立しており、不起訴となる見通しです。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140131/k10014907...

皆吉さん暴行死事件、9人を時効送致 尼崎連続変死


2014/1/31 11:30

 尼崎連続変死事件で、兵庫県警尼崎東署捜査本部は31日、2012年12月に高松市で遺体で見つかった皆吉ノリさん=死亡当時(78)=を11年前に暴行し死亡させたとして、傷害致死容疑で角田美代子元被告=自殺、同(64)=ら計9人(うち死亡者は4人)を書類送検(時効送致)した。公訴時効が成立しており、不起訴となる。

 ほかに送検されたのは、角田元被告の義理のいとこ李正則容疑者(39)=殺人罪などで起訴=とノリさんの孫、角田瑠衣容疑者(28)=同、ノリさんの長男(70)と次女(61)、孫の男(33)の5人に加え、既に死亡した瑠衣容疑者の姉=同(26)=と母=同(59)、ノリさんの次男=同(61)。

 捜査本部によると、9人は2003年2〜3月、高松市でノリさんに虐待や暴行を加え、死亡させた疑い。殺人罪などで起訴された角田元被告のほかの親族ら5人は、暴行や虐待への関与が無かったなどとして書類送検を見送った。

http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201401/0006675...

第7回公判 「母親のおなか足蹴り」角田瑠衣被告一問一答

2015/5/29 19:55

 尼崎連続変死事件で、角田美代子元被告=自殺時(64)=の親族3人の裁判員裁判第7回公判が29日、神戸地裁で開かれた。2007年に逃亡先の和歌山から尼崎に連れ戻されたとされる皆吉初代さん=死亡時(59)=の事件の審理で、初代さんの次女角田瑠衣被告(29)に対する証人尋問があった。

 検察側との主なやりとりは次の通り。

 −2003年2月頃、(美代子元被告の義理のいとこにあたる)李正則被告が、高松のあなたや初代さんの皆吉家に来た。李被告とはどういう関係にあったか。

 「血のつながらないいとこです」

 −李被告は、皆吉家で何をしていたか。

 「めちゃくちゃをして、暴れていました。扉を蹴ったり、家の中で大きな声を出したり。母親には買い物に連れて行かせて高い物を買わせたり、父親には『風俗連れて行け』と言ったりしていました」

 −初代さんの対応は?

 「はじめは機嫌をとってなだめていたけど、最後は音を上げて、美代子に『引き取ってください、もう手に負えません』と電話していました」

 −その後、両親は離婚した。なぜ離婚することになったのか。

 「美代子が父親に、離婚するように強く勧めていたからだと思います。『こんな人別れた方がええと思うで』『あんたならもっといい奥さん見つけられると思うわ』などと」

 −あなたは初代さんの娘だが、暴力は振るわれた?

 「振るわれてないです」

 −当時のあなたと元被告はどういう関係だった?

 「皆吉の一族の中で、美代子はなぜが私のことだけは気に入ってくれて、待遇が私だけよかったと思います」

 −何が気に入られたと認識していたか。

 「初めて会った時は、美代子に態度を悪くしていたら怒られた。でも、そこから『割と素直な子やな』とか『はっきりもの言える子やな』とか褒められることが多くなった。皆吉の一族に対しても、遠慮なく言う方だったので、それも褒めてくれました」

 −褒められるようになって、元被告のことをどう思っていたか。

 「私も、もともと家族に不満があった。美代子は私の代わりに母や姉を責めてくれて、私の気持ちを分かって代弁してくれる人だと思って、なついていました」

 −初代さんは李被告からどんな暴力を振るわれていた?

 「正則にしたらちょっと突く、はたくという感覚だと思うが、母親は力が弱いので、吹っ飛ぶこともありました」

 −あなたはどんな暴力を振るった?

 「母と向かい合って立って、私が母親のおなかのあたりを足蹴りして、母親がどんどん後ろに倒れていきました」

 −(暴力に関して)元被告にどんなことを言われていたか。

 「話し合いをしていると、『そばで聞いていて腹立たんのか』とか『私だったら手が出るけどな』と言われ、身内も暴力を振るわないといけない場面かなと思って、それからは注意をされないように、自分が先に手を出そうという気になりました」

 −あなたは皆吉家と角田家とどちら側にいた?

 「03年2〜3月頃は皆吉家側にいたが、その後は角田家側にいました」

 −暴力を振るわれて顔があざだらけになった初代さんを元被告は無理やり外に連れ出している。

 「わざと外に出して辱めるという目的があった。美代子は『ゾンビみたいやな』『知り合いに思われたくないから離れて歩いて』とか常に冷やかしていました」

 −初代さんは食事制限をさせられた。食べ物に対する態度で元被告から怒られることもあった。

 「おなかがすいてたからだと思うが、誰かの食事を母親が目で追うと美代子がしょっちゅう怒っていて、(目で追えないように)ガムテープで巻いていました。母親が話す時に手をごそごそするのを怒って、手もぐるぐる巻きにしていました」

 −高松にいた間、初代さんの格好は?

 「裸にさせられることが多かったです。母親が気取っているというので、『服ぬいで自分の体よう見てみい』と鏡の前で立たされていたことがありました。庭や、尼崎では、公園で裸にさせられていたこともありました」

 −初代さんの体形の変化は。

 「もともとやせ形だったが、逃げ出す直前はがりがりで骨と皮だけだったように思います」

 −初代さんは、03年8月に皆吉家からいなくなる。いなくなった理由は。

 「美代子や皆吉のみんなから出て行けと言われていたので、やむを得ず出て行くことになったのかなと」

 −はっきりとした理由はいつごろ分かったか。

 「1週間くらいしてから、美代子が『はっちゃん(初代さん)逃げ出したんやな』と言っていて、はじめはどこかで反省していて、戻ってくると思っていたが、自分の意思で逃げ出したんだなと思いました」

http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201505/0008074...

Menu

トップページ

新たに追加したソース記事

事件時系列年表

家族乗っ取り事件経緯

(1998年2月〜2000年1月)
(2002年頃〜03年10月)
(2009年4月〜11年11月)

主な関係者

美代子ファミリー

 

橋本家

I家

皆吉家

谷本家

 

大江・川村家

その他

管理人のみ編集できます