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さつき 8/16(木) 15:59:03 No.20070816155903 削除
主人とは私が高3の時から付き合い、お互いが初めてということもあり、
一度体験した後は、会えばSEXという関係が続き、
2年後には子供ができ、結婚することになりました。

二人ともまだ若く、経済的理由から主人のご両親と同居することになりました。

生まれた子供を両親とも取りあうように可愛がってくれ、
私は、子供を両親に預け、パートに出ることにしました。
妊娠中も義母はこまやかに気を使ってくれ、
実家に帰ることなく、安心して出産できました。

家族が孫を中心にとてもよい雰囲気で、近所からも仲のよい
お嫁さんとお姑さんと噂されるほどでした。
義母は私を本当の娘のように可愛がってくれ、
私も実の娘のごとく甘えていました。

あの事件が起きるまでは…。

子供が2才になったばかりの夏、
パート先に警察から子供が車にはねられたという電話が入りました。
私は目の前が真っ暗になり、どういう風にして病院まで行ったのか覚えていません。

私の顔を見るなり、義母は「ごめんなさい、私が目を離したばっかりに。ごめんなさい」と泣き叫ぶのでした。
私はただボーっとしていて、返事もできませんでした。

病室に入ると頭と足に包帯を巻いた娘が、麻酔をかけられて眠っていました。

両足骨折と地面に頭をぶつけた脳挫傷とのことでした。
脳に水がたまり、大変危険な状態であると聞かされた時、
私は気を失ってしまいました。

気が付くと主人が付いていてくれました。
「美紀は?」
主人に尋ねると、「今、まだ眠ってる。親が付いてるから…」と
答えました。
「お袋の不注意でこんなことになってしまい、本当にごめん」
主人は涙を浮かべて私に謝りました。

一緒に買い物に出かけ近所の人に会って、
立ち話をして、ちょっと目を離した隙に、
事故にあったと聞かされました。

…それから5日後、一度も目覚めることなく娘は帰らぬ人となったのです。

私はあまりのあっけなさに、ただ呆然としてしまい、
枯れてしまうのではないかと思うくらい、狂ったように毎日泣き続けました。

私よりもっと、もっと苦しんでいる優しい義母を気遣うなどという
余裕は微塵もなく、ただ恐ろしいほどの敵意を含んだ目で
睨んでいたことでしょう。

ただ部屋にこもって一言もしゃべらず、泣き続けたのでした。



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