仏教の開祖であるブッダの悟りとはやすらぎの境地だったのです。やすらぎこそがブッダの悟りなのです。ブッダの境地はやすらぎなのです。

仏教 ブッダの悟りとは

仏教の真実

やすらぎ
 仏教の開祖であるブッダの悟りとはやすらぎの境地だったのです。
やすらぎこそがブッダの悟りなのです。ブッダの境地はやすらぎなのです。
執着と欲望を思うのをやめてやすらぐことです。
やすらぎある生活はだれにでもできるものです。どのような人でも、ブッダの悟ったやすらぎの境地を体験できるのです。
そして毎日の生活にやすらぎを生かすことができれば、今までわからなかった、人間の本当の幸せを知ることができるのです。

仏教とは

 仏教(ぶっきょう、Buddhism、原始仏教)は、インドのシャカ国の王子ゴーダマ・シッダールタがやすらぎを悟ったことがきっかけで始まった宗教で、ゴーダマがやすらぎ(の境地)を悟り、ブッダとなってやすらぎを伝え広め、多くの弟子たちが集まった、やすらぎの教えです。心のなかの執着と欲望を捨ててやすらぐことが教えです。釈迦は中国に仏教が伝わったときの当て字です。キリスト教・イスラム教と並んで世界三大宗教のひとつです。

 余談ですが、ブッダというのは現代仏教では「悟った人」と解釈されています。もともと原始仏教では、ブッダではなく、プッタです。仏教が中国に伝わったときに当て字で佛陀と表記され、佛の字がさらに仏の字に変わり、日本語の音読みの影響をうけ、ブッダと読むようになったのです。
プッタとは、はるか昔からインドに存在していた教典(3000年前ごろのものか)に書かれていた、超常現象を起こすことができたいわゆる超能力者のことで、プッタになることがバラモンのあこがれであり、プッタこそが人として最高の存在であると信じられていました。どうすれば教典に書かれたような超能力を身につけることができるのか、どうすればプッタ(の境地)になれるのかがバラモンたちをはじめ多くの出家僧侶の最大の関心事でした。
その後ゴーダマがやすらぎを悟り、やすらぎ(の境地)を伝え広めるため、人々に関心を持ってもらうために、やむをえず、自分がプッタになったということをあえて主張して、やすらぎの境地を伝え広めていきました。その後多くの弟子たちが集まり、弟子たちの間で、ゴーダマ・シッダールタ様、あるいはゴーダマ・シッダールタ師匠という意味合いで、弟子たちが尊敬と親しみをこめて、プッタと呼ぶようになりました。ゴーダマ・シッダールタという名が長く、呼ぶのが面倒なために、いちいち正確な名前で呼ぶことがやすらがない、やすらぎがないという理由もあり、「プッタ」が定着しました。「プッタ」でも「ブッダ」でもどちらでもよいのです。ただ、当時弟子たちのあいだではプッタという呼び方だったという、裏話です。

ゴーダマの出家と修行

すべてをすてて出家したゴーダマ
 ゴーダマ・シッダールタがブッダとなり仏教が誕生した当時のインドはバラモン(雄弁な哲学僧)、クチャトリヤ(武者)、ヴェシャ(一般人、商人など)、シュードラ(奴隷、差別されて酷い扱いを受けていた人)の4差別がありました。現代のように平和ではなく、戦争をはじめ、物盗りや人殺しが当たり前の日常でした。最上階級のバラモンは成人になると出家して、人の道、人の生き方を追求し、哲学論争を楽しんでいました。クチャトリヤは他国との戦争に明け暮れていました。ヴェシャはシュードラのような扱いを受けないようおびえて暮らしていました。シュードラは毎日が悲惨そのものでした。その苦しみは想像を絶するものでした。
クチャトリヤのカピラという小国の城の王子であったゴーダマは、いつ他国が攻め入ってくるかわからないという不安と恐怖におびえる日々を送るカピラの人々のなかで育ち、生きることに疑問を感じました。戦いに明けくれ、死への恐怖をまぎらわせるために、頻繁に宴をひらき、享楽にひたる父親のシュット王や人々のありさまに嫌気がさし、外の世界に救いを求める気持ちが強くなって、城の使用人に馬を用意させ、無断で城を出て馬を走らせ強引に出家しました。

 ゴーダマ出城を知ったシュット王は5人の家来に、ゴーダマの行方をさがして城へつれもどすよう命令しました。ゴーダマは使用人に自分の服をぬいでわたし、「どこへなりと好きなところへ行け。」と言うと、森へ入っていきました。当時、数多くの出家僧侶がいろいろな修行をしていました。火をつかった修行など、肉体的に過酷な修行が数多くありましたが、ゴーダマは座禅修行をえらびました。はじめは目を閉じて何も考えないようにしていました。時がたつにつれ、城のことが思い出されてきましたが、すぐに嫌気がさし、目を閉じて考えないようにしていました。

 夜になってもじっとすわっていました。すこしだけ横になって眠りましたが夜明け前にはまた起きて座禅の修行をはじめました。夜が明けると、行方を追ってさがしに来た5人の家来に会いました。家来たちは「あとを追って来ました。」とゴーダマに言いました。座禅をつづけていたゴーダマは「ふ〜ん」と、そっけない返事をし、目を閉じて座禅をつづけました。家来たちはどうしたらよいか考えた末、おのおの地面にすわって座禅をはじめました。ゴーダマが帰ると言い出すまで、ともに座禅修行をしながら待つことにしたのでした。

 2日たっても3日たっても家来たちが帰らないので、ゴーダマは「早くかえれ!」と怒鳴りました。「いいえ。私たちは帰りません。」と、弟子たちもしんぼう強く待ちつづけました。しかし、家来たちはいつしかゴーダマの座禅修行をする姿を見て笑うようになっていました。家来たちはおそらく、城の王子がその城をすてて飛び出し僧侶のまねごとをするのが理解できなかったのでしょう。5日ほど待ちつづけたのですが、とうとう家来たちは帰っていきました。家来をうっとうしく感じていたゴーダマはホッと安心しました。

 その後ゴーダマは修行に適した場所をさがして移動しました。歩いていると、戦場となった場所に行き当たり、たくさんのクチャトリヤやシュードラたちの、死体を目にしました。何とも表現のしようがないほどの、とても悲惨な光景でした。「なぜこんな悲惨なことがおこるのか。」と疑問を感じました。

 森のなかを歩いて移動するなかで、戦争で殺された死体を数えきれないほどたくさん見たゴーダマは、「なぜ人は生きるのか」という根本的な疑問をいだくようになり、座禅をしてその疑問をはじめ、さまざまな疑問を探求するようになっていきました。

 時がたつにつれてゴーダマは寝食を忘れるほど疑問探求に没頭するようになっていきました。当時バラモンや出家僧侶たちは朝と昼に布施(ふせ)の食事を人々からいただいて生活していました。昼も夜も関係なく疑問探求をしていたゴーダマは、食事の布施をもらうことができないときもしばしばでした。いつも決まった時間に布施をもらいに出かけて行くのが面倒に感じていました。2〜3日に布施の食事を1食食べるだけで、ほとんどの時間を座禅についやし、疑問探求をしていました。いつしか身体はやせ細り、骨と皮だけになってしまいました。

悟りの境地へ

疑問探求の末に
 6年の年月がすぎ、ゴーダマは実に多くの、さまざまな疑問を探求し、自問自答をくりかえしながらその答えを追い求めてきました。ある日の昼間、1本の木の下でいつものように座禅をしていたゴーダマは、ふと「つかれた。」と思い、すこし目をあけて休みました。すると、とても気持ちがやすらいだのでした。「そうだ。やすらぎだ。」と答えにたどりつきました。ゴーダマが悟った瞬間でした。

 やすらぎを悟ったゴーダマはその後もしばらくはやすらいで座ってすごしました。ときどきやすらいで座っていると、ふと昔のことが思い出されてきました。カピラの城にいた父王や家来たちの顔が思い浮かびました。すぐに目をとじて考えるのをやめ、またやすらぎました。たどりついた「やすらぎ」という答えをかみしめるように、やすらいで座っていました。「そうだ。やすらぎであった。」と思い、やすらぎを実感していました。

 ゴーダマは心身ともに深くやすらぎました。ゴーダマのやすらぎは日がたつにつれ、よりいっそう深いものとなっていきました。

 20日ほどたったある日、「このやすらぎを広めろ。」という声が聞こえてきたような気がしました。ふしぎなことに周囲にはまったく人の気配がありませんでした。ゴーダマしばらく考えましたが夜が明けるのを待ってスッと立ち上がり、人々が生活している町の方へと歩いていきました。

人々を救うため 旅立ちへ

 ゴーダマは町の方へと歩いていました。どうすれば人々に話を聞いてもらえるのかを考えたすえに、道の途中で座り、人が通りかかるのを待ちました。いろいろな人が通りがかりました。「ここで何をしている?」とたずねてくる人に、「ここで道を説いている。」と言い、やすらぎの境地を広めようとしました。「へ〜っ」と返事をしても、興味も示さず歩いて行ってしまう人や、「どんな道か言ってみろ」と論争をしかけてきてゴーダマが「やすらぎだ。」と答えると笑って去って行ってしまう人などがほとんどでした。このやり方がうまくいかないと思ったゴーダマはふたたび町へと向かって歩いていきました。

 歩いていると向こうから男の人が歩いてきました。シヴリダという男性でした。ゴーダマが「ちょっと聞いてほしい。」と声をかけました。「なに?」とシヴリダが返事をしたので、ゴーダマが「実は悟りの内容がわかったのだ。やすらぎだ。」と言うと、「う〜〜ん、・・・・・すごいですね!」とうなずきゴーダマをほめたたえました。初めて理解してくれる人に出会いゴーダマにとってはとてもうれしかった瞬間でした。シヴリダは歩いてその場を立ち去ってしまったのですが、そのことをのちに弟子となったシャーリー・プトラーに、「私の一番最初の弟子はシヴリダという男であった。」と語っていたそうです。

元家来たちとの再会

 すれちがう人々に話かけながら歩いていたゴーダマは偶然昔の家来に再会しました。自分をつれもどすよう、父シュット王から命令されていたのですが、その命令を果たせず、気まずさやうしろめたさからカピラ城へ帰ることができずにいたのでした。それで他の僧侶たちにまじって出家をし、僧侶のまねごとをしていたのでした。ゴーダマのわがままにふり回されて、結果としてカピラ城を捨て、カピラ城の家来の身分を捨てることとなり、不満やうらみの感情があったためか、歩いているゴーダマを見かけると敬うこともせず、「ゴーダマ!久しぶり!」とあざ笑って声をかけてきたのでした。コースタニアという名前の屈強な武人で、シュット王の信頼が厚い家来でした。
ブッダはコースタニアにすこしムッとしたのですが、「ついに悟ったのだ。」と切り出し、やすらぎこそが悟りであるということを教えたのでした。「やすらぎ!」と驚いた様子のコースタニアをゴーダマは近くにあった空き地で座禅をするようにさそいました。ゴーダマはコースタニアにやすらぐよう教え諭しながら2人で空き地にすわりました。コースタニアは座ってみたものの、やすらぐことができずに、目をとじてむずかしい表情をしていました。
そこへ、コースタニアとともに修行していた、他の元家来が3人やってきました。「ゴーダマ、お久しぶりです。それで、ここで何をしている(のですか)?」とたずねてきました。ゴーダマは「ここでやすらいでいる。」と言いました。3人は状況を理解できない様子で見ていました。「いいからすわれ!やすらぐから。」とゴーダマは3人をコースタニアのとなりに座らせました。ゴーダマは「やすらぐだろ?」と言うと、「わからない。」「わかりません。」と元家来たちが口々に答えました。ゴーダマは「まだまだだ。」と言い、静かに目を閉じて座りました。元家来たちも座って自分なりにやすらぐように努力をつづけました。

 しばらくすると、ゴーダマは「うーん、やすらいだ。」と言って目をあけて、元家来たちに目を向けました。元家来の一人が「ゴーダマはどのようにしてやすらぎを悟ったのですか。」とたずねました。ゴーダマは「木の下で悟ったのだ。」と答えました。「悟ったことが、やすらぎだったのですか。」と聞かれ、ゴーダマは「そうだ。」とうなずき、すこし間をおいて、「プッタだ。」と答えました。やすらぎを広めていこうという強い決心があらわれていました。人々に話を聞いてもらうために、やすらぎの境地を伝え広めるために、「自分がプッタとなったのだ」ということを、恥を覚悟であえて主張したのでした。

 それ以来、ゴーダマと元家来たちは、師と弟子の関係となって、ともに修行することになりました。あとからもう一人、元家来が加わり、シュット王の命令でゴーダマをつれもどしに来た5人の家来全員がゴーダマの弟子になったのでした。ほどなくして5人の弟子たちに、新たに通りがかった男性の修行者が6人目の弟子入りをしました。6人はゴーダマをうやまうようになりプッタと呼ぶようになっていきました。

 前に説明しましたが、「ブッダ」はもともと「プッタ」でした。昔の教典「マーハー・ヴァーラタ」と「ラーマー・ヤーナ」に書かれていた、超常現象でいろいろなことができたという、いわゆる超能力者のような存在で、バラモンのあこがれでした。

 プッタと弟子たちは集まって座り、通りがかった人々を呼びとめてやすらぎを説いていきました。弟子の一人が人々に声をかけ、呼びとめてプッタの前で座ってもらい、プッタが説法してやすらぐよう教えみちびいていきました。理解できずに去って行ってしまう人も少なからずいたようですが、徐々に弟子入りする人が増えていきました。

シャーリー・プトラー(舎利弗)

 プッタの悟りを学ぶ集まりをプッタスートラと呼んでいました。もっとも有名な、代表的な仏弟子にシャーリー・プトラーがいます。仏経では「舎利弗」と表記されています。これは仏教が中国に伝わったときの当て字です。本名はウパテッサ。バラモンの家柄で、父テッサ、母シャーリーの子に生まれました。バラモンの家庭では、子は年ごろをむかえると、出家して修行をするようになります。ウパテッサは出家した修行先で、のちに親友となるモンガラナー(目連)と出会いました。ウパテッサは人の道を教えてもらいたいと思っていて、修行をしながらモンガラナーや他の修行者たちに、「プッタのことがわかったら教えてほしい。」とプッタに関する情報を集めていました。

 ある日、ウパテッサは森の中で道に迷ってしまい、「道を教えてほしい。」と、近くにいた僧侶にたずねました。幸運にも、その僧侶が、プッタ(ブッダ)のカピラ城時代の元家来であったアサジという仏弟子でした。彼から「プッタがいますよ。」という話を聞くと、「それではまた明日ここへ来る。」と言って、来た道をもどって帰りました。ウパテッサはモンガラナーと一緒にプッタに会って話を聞いてみたいと思ったのでした。

 次の日ウパテッサはモンガラナーとともに、昨日道をたずねた場所へやってきました。昨日会ったアサジと再会し、プッタのもとへ案内してもらいました。2人はプッタに会うと、「道をたずねたい」と唐突に質問しました。プッタは「やすらげ」と言いました。ウパテッサは「やすらぐのか・・・。」と言い、あぐらを組んですわり、やすらぐようにしてみました。モンガラナーも同様にすわりました。
ウパテッサしばらくの間すわり、自分なりにやすらいだと思ってプッタに「やすらいだ。」と答えました。プッタにやすらいだあとどうするのかを聞きたいと思っていたら、「もっと。もっとやすらげ。」と言われ、言葉がつまり、(やすらぎが足りないのか。まだ自分がやすらいでいないというのか。)と思い、もっとやすらぐように努力しました。

 プッタは2人の素直な姿勢に好感をいだき、2人と親しくなりたいと感じました。プッタはウパテッサに名前をたずねました。ウパテッサは初対面だったのですが、不思議と心がうちとけてプッタに自分のことをいろいろと話しました。プッタは「母親がシャーリーだからシャーリー・プトラーでよい。」と言うと、ウパテッサはプッタからシャーリー・プトラーまたは略してシャーリーと呼ばれるようになりました。プトラーは立派な人という意味で、「シャーリーの人」という意味です。

 シャーリー・プトラーはやすらぎに強い関心を持ちました。「やすらぎというのが気になる」と思い、自分にやすらぎがないとはどういうことなのか疑問を感じ、プッタのもとでもう少し修行してみようと思いました。モンガラナーがシャーリーにどうするかをたずねてきました。「おれはここに残る。」と決心を伝えると、モンガラナーも「じゃあ、おれも。」となり、2人でプッタのもとで修行することに決めたのでした。この2人、とくにシャーリーはプッタにもっとも近い弟子といわれるまでになりました。シャーリー・プトラーは身体がすこし弱く、あまり丈夫ではなかったようで、プッタもそのことを気にかけてシャーリーにはやさしく接するようにしていました。師と弟子であったのですが、無二の親友のような雰囲気もあったようです。

ブッダと弟子たち

 仏教は本来やすらぎであり、心がやすらぎ(の境地)にいたるために執着や欲望をいだくのをやめていくというもので、ブッダと弟子たちは自然の中であぐらをかいてすわりました。身体に余分(よぶん)な力を入れず、いつもやすらいでいました。プッタと弟子たちは教えを広めるために歩いて移動している時も、ときどき座ってやすらいでいました。

 弟子の数が80人近くになり、多くの弟子たちが人々に声をかけて、すわってやすらぐようにすすめ、やすらぎを広めていきました。プッタはやすらいですごしていましたが、弟子たちの疑問質問にこたえる時間をもつようにしていました。

 ある弟子がプッタに「この世の世界はどうやってできているのか、人間はどこから来て、死んだらどこにいくのか、霊魂は存在するのか、死後の世界はあるのか、極楽や地獄はあるのか。」とたずねました。プッタは弟子がどうでもよいことを考えていると思い、その弟子に向かってやや語気を強めて「わたしはそうした質問には答えるつもりはない。おまえは目の前で毒矢に当たって苦しんでいる男がいたとしたら、その男に毒矢がどこから飛んで来たのか、その毒の種類は何なのか、その毒矢は誰がはなったのか、そういうことをいちいち聞くのか、そんなことよりも、目の前で毒矢に当たって苦しんでいるその男を救ってあげることが大事なのではないか」と答えました。これはある仏経に書き残されて有名な話です。

 ブッダ(プッタ)の悟りはやすらぎという内容でしたので、神の存在や世界の実相、霊魂の有無、死後の世界についての教えはありませんでした。そのようなことはどちらでもよかったのでした。やすらぎを得ることと、それらの内容について知ることは無関係で、神の存在や死後の世界について知りたいという執着や欲望(知的探求心)を考えるのはやめて、やすらいでほしかったのです。

 ブッダは82歳でその生涯をとじました。当時としてはかなりの長寿でしたが、多くの弟子たちに先立たれてしまうことにもなりました。ブッダの死後、その教えは弟子たちに引きつがれて、やがて世界各地へと広がっていきました。

ブッダの悟りと教え

 ブッダの悟りとはやすらぎでした。やすらぎの境地でした。ブッダは心が深くやすらいでいました。人間は、その心と行いにおいて、やすらぎが大切であり、執着と欲望をやめて、無意味なことをやめて、いろいろわずらわしく思い悩むことをやめて、やすらいで生きることが人間の道であるというのが、もともとの、本来の教えです。ブッダの悟りです。
 むずかしいことではありません。どなたでもできることです。厳しい肉体修行は必要としません。やすらぎが大切です。やすらげばよいのです。いろいろとむずかしく考えなくてよいのです。

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しかし本来仏教はひとつであり、ブッダの悟りであるべきなのです。
ブッダの悟りの実践、つまりやすらぎの実践が大切なのです。
細かく分類されていること自体がおかしなことなのです。

「曹洞宗」「臨済宗」「浄土宗」「日蓮宗」「阿含宗」の方もこのサイトをぜひ読んでください。

おすすめ図書
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 三宝出版 http://www.sampoh.co.jp



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仏教とは ブッダの悟りとは それはやすらぎだったのです。仏教の教えとブッダ(開祖ゴーダマ・シッダールタ)の悟りの、その真実の内容を簡単にわかりやすくお伝えいたします。