北原白秋の「邪宗門」の天草雅歌の項から。
第一集からの続編。
曲名の読みは「黄金向日葵(こがねひぐるま)」「一炷(いっす)」「鵠(くぐい)」「嗅煙艸(かぎたばこ)」。
日ごとに、黄金向日葵、一炷
日ごとに
日ごとにわかき姿して
日ごとに歌ふわが族よ、
日ごとに紅き実の乳房
日ごとにすてて漁りゆく。
黄金向日葵
あはれ、あはれ、黄金向日葵
汝また太陽にも倦きしか、
南国の空の真昼を
かなしげに疲れて見ゆる。
一炷
香炉いま
一炷のかをり。
あはれ、火はこころのそこに。
さあれ、その
一炷のけむり、
かの空の青き龕に。
Tu regis alti ianua
et porta lucis fulgida;
vitam datam per Virginem,
gentes redemptae, plaudite
鵠
わかうどなゆめ近よりそ、
かのゆくは邪宗の鵠、
日のうちに七度八度
潮あび化粧すといふ
伴天連の秘の少女ぞ。
地になびく髪には蘆薈、
嘴にまたあかき実を塗る
淫らなる鳥にしあれば、
絶えず、その真白羽ひろげ
乳香の水したたらす。
されば、子なゆめ近よりそ。
視よ、持つは炎か、華か、
さならずば実の無花果か、
兎にもあれ、かれこそ邪法。
わかうどなゆめ近よりそ。
さならずば
わが家の
わが家の可愛ゆき鴿を
その雛を
汝せちに恋ふとしならば、
いでや子よ、
逃れよ、早も邪宗門外道の教へ
かくてまた遠き祖より伝ヘこし秘密の聖磔
とく柱より取りいでよ。もし、さならずば
もろもろの麝香のふくろ、
桂枝、はた、没薬、蘆薈
および乳、島の無花果、
如何に世のにほひを積むも、――
さならずば、
もしさならずば――
汝いかに陳じ泣くとも、あるは、また
護摩炷き修し、伴天連の救ひよぶとも、
ああ遂に詮業なけむ。いざさらば
接吻の妙なる蜜に、
女子の葡萄の息に、
いで『ころべ』いざ歌へ、わかうどよ。
嗅煙艸
南の海の白鳥の
躯うかぶと港みて
舟夫らはうたふ。さりながら、
『パアテルさんは何処に居る。』
葡萄の棚と無花果の
熱きくゆりに島少女
牛ひきかよふ窓のそと、
『パアテルさんは何処に居る。』
『あはれ、あはれ、深江の媼よ。
髪も頬も煙艸色なる、
棕櫚の根に蹲む媼よ。
汝が持てる象牙の壺は
また薫る褐なる粉は
何ぞ。また、せちに鼻つけ
涙垂れ、あかき眼擦るは。』
このときに渡の媼
呻ぶらく。『わが葡萄牙、
こを嗅ぎてわかきは思ふ。』
『さらば、汝は。』『責めそ、さな、さな、
養生を骸はただ欲れ。
さればこそ、この嗅煙艸。』
O gloriosa domina
excelsa super sidera,
qui te creavit provide,
lactas sacrato ubere.
Quod Eva tristis abstulit,
tu reddis almo germine;
intrent ut astra flebiles,
sternis benigma semitam.
Tu regis alti ianua
et porta lucis fulgida;
vitam datam per Virginem,
gentes redemptae, plaudite.
艣を抜けよ
Laudate pueri Dominum.
Laudate nomen Domini.
はやも聴け、鐘鳴りぬ、わが子らよ、
御堂にははや夕の歌きこえ、
蝋の火もともるらし、艣を抜けよ。
もろもろの美果実籠に盛りて、
汝が鴿ら畑に下り、しらしらと
帰るらし夕づつのかげを見よ。
われらいま、空色の帆のやみに
新たなる大海の香炉採り
籠に炷きぬ、ひるがへる魚を見よ。
さるほどに、跪き、ひとびとは
目見青き上人と夜に祷り、
捧げます御くるすの香にや酔ふ、
うらうらと咽ぶらし、歌をきけ。
O gloriosa domina
excelsa super sidera,
qui te creavit provide,
lactas sacrato ubere.
われらまた祖先らが血によりて
(聴け鐘を、聴け歌を。)
洗礼がれし仮名文の御経にぞ
主よ永久に恵みあれ、われらも、と
鴿率つつ祷らまし、帆をしぼれ。
はやも聴け、鐘鳴りぬ、わが子らよ、
御堂にははや夕の歌きこえ、
蝋の火もくゆるらし、艣を抜けよ、
(鐘鳴りぬ、帆をしぼれ。)
(鐘鳴りぬ、艣を抜けよ)
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