張飛大活躍の一巻。
前回は関羽大活躍の巻だつたので、張飛の活躍の場も作つたのかな。
演義には関係ないオリジナルストーリーの回である。
オリジナルストーリーとはいつても、もとは「水滸伝」だがな。武松の虎退治にちよこつと李逵入つてる、みたやうな。
大活躍、といつても張飛なので、「しくじつて汚名返上」的活躍であるところが微笑ましい。
「兵法を学びたいんだ」と云ひ出すところがまたかはいいんだよなあ。
まづ冒頭にこれまで死んだ人々が出てくる。
張角、何進、董卓、呂布に王允、孫堅に孫策、袁術、陶謙。
ときて、現在勢力を二分する曹操と袁紹、とくる。
ここのBGMが曹操のテーマへとtransitionしていく部分がすばらしい。
古城でひとり夜空を眺める玄徳に張飛が話しかける。
ここの張飛の懸命な感じがいぢらしい。
ひたむきにいろいろ考へて、その考へたところを玄徳に熱く語るのだが、玄徳はどこか親身ではない。玄徳は玄徳なりにいろいろ考へるところがあるんだらうけど、「張飛だからな」といふ感じもしないではない。
そこに偵察に行つてゐた趙雲が帰つてきて、曹操が江東の孫権に位を与へるやう帝に頼んだ、といふやうな話をする。
趙雲には、基本的には気持ちのいい好青年といつた印象を持つてゐるのだが、
前回今回と、ちよつとお邪魔虫のやうな感じがしないでもない。この後の張飛の「趙雲子竜といふお調子者に」といふセリフにだまくらかされてゐるのかなあ。
玄徳と関羽には情勢が理解できてゐるが、さつぱり何がなんだかわからないのが張飛だ。説明してくれる関羽がいいぞ。
でも「おもしろくなつてまゐりますな」といふ関羽はいただけない。それぢやあ他人事のやうぢやないか。
そこで、趙雲が先ほどの張飛とまつたく同じ進言をすると、「趙雲の云ふとほりだ」とか云ひ出す玄徳。当然張飛はおもしろくないから何も云はずにその場を去つてしまふ。もちろん対応するのは関羽だ。
城壁で夜空に吠える張飛は、後を追つてきた関羽に泣きつく。
「まつたく、いくつになつてもこどもみたいな奴だなあ」 つて、まるでこどものころからつきあひのあるやうな物言ひだぞ、関羽。
ここの関羽の張飛をあしらふ様がすばらしい。
張飛は感情が昂つてゐるから云つてることが支離滅裂なんだけど、ことばの端々を拾つてなだめるんだよね。
「くやしくつてくやしくつて」と泣く張飛を「くやしいのか。よしよしよし」つて、うまいなあ、関羽。ほんと、こどもをあやしてゐるやうだ。
でも、張飛が、玄徳は趙雲を贔屓してゐる、といふやうなことを口にすると、「贔屓? 兄者にかぎつてそんな依怙贔屓などするはずがない」つて真顔になる関羽がまたすてき。
趙雲にやきもちをやく張飛は、結局関羽にさとされるわけだが、「兵法を学びたい」とか云ひ出す。
さうか、そこまで切羽詰まつてゐたのか、張飛。
関羽がまた石頭でねえ。
張飛に兵法を教へてほしいと頼まれて、自分は正式に学んだわけぢやないから教へられない、ちやんとした先生につかないなら学ばない方がまし、玄徳か趙雲だつたらきちんと先生について学んでゐるからどちらかに教へてくれるやう頼め、といふ。
正論なんだけどさー。
張飛は、玄徳の部屋に忍び込んで、孫子の兵法を失敬する。
この当時の本つてこんな形? そんな細かいこと、云つちやいけない?
読んではみるが、さつぱりわからない。
そこで、淑玲に教はりに行く。
ここで、玄徳の母が淑玲のむしろ織りの技が上達してゐることを褒めて、「以前のやうな生活をしてゐるんだつたら、玄徳の嫁に来てくれと頼めるのに」といふやうなことをつぶやく。
以下、玄徳の母の戦争批判がつづくのだが、まあ、三国志演義なら戦争批判が出てきてもあり、かなあ。かういふ、市井の民のやうな人も出てくるわけだしね。「連続人形活劇 新・三銃士」で戦争反対をやられたときにはほんとにまゐつたけど。「三銃士」で戦争反対したら、話がなりたたなくなつちやふもんなあ。
張飛はたれもゐないところといふことで滝のそばに淑玲をつれだしたんだらう。
ここで、二人で孫子の素読のやうなことをはじめる。
淑玲、「読書百遍意自づから通ず」つて、それは魏志に出てくる話やでー。それも裴松之補注分ぢやなかつたか? ま、いつか。
で、淑玲が「かうぢやないか知らん」つて思つたことを云ふんだけど、それまで二人が読み上げてゐたのは、「兵は国の大事 死生の地 存亡の道」までなのに、「察せざるべからず」のところまで解釈しちやつてるぞ! ま、いいのか。いいのかな。
「それにちがひない!」と喜ぶ張飛は、そのあと玄徳の部屋に行つて、得意そーにこの解釈を玄徳に語るんだけど、これがまたかはいい。
そんな張飛に、「張飛が兵法を身につければ鬼に金棒」はまあいいとして、「もう軍師はゐらなくなる」はどうなのよ、玄徳……そんなこと云ふから張飛がその気になつちやふんだぞ。その気になる方もどうかとは思ふが、そこは張飛だからなあ。
玄徳に「ぐんしーしろ」と云はれたと思ひ込んだ張飛はますますやる気になるが、淑玲に「この孫子は曹操の編んだものだ」と云はれて、途端にやる気を失ふ。そらそーだな。
そらそーだな、とは思へども、「魏武注孫子」つて最新刊だつたんぢやないの? そんなことないの? つてーか、まだ出てないんぢやないの?
いづれにしても、出来立てのほやほやだらう。いいなあいいなあ。
そのよさが、同時代に生きてるとわからないんだらうなあ(違。
で、曹操と郭嘉が袁紹打倒を企てる場面にうつるんだが、ここの郭嘉が實にいい男でなあ……。
前回ボヤいてゐたのと同じ人物とは……思へる。あのボヤいてゐる郭嘉もいいんだ。
ここで名前だけ出てくる荀彧。もう荀彧は出てこないものかと思つてゐたが……ま、それはまた別の話。
紳々竜々はやはり牢屋に入つてゐたんだねえ。
これは云つてはいけないのかもしれないけど、なぜ郭嘉ともあらうものが、紳々竜々なんかを使はうと思ふのかねえ。まあ、郭嘉に限つた話ぢやないけどさ。
場面はふたたび玄徳の古城に。
見張りの兵隊の入れ替はるところが見られるのだが、ここがなんとものほほんとしてゐていい。もとは近隣の百姓だつた人々なんだらうなあ。
入れ替はつた兵隊たちが、張飛と淑玲がアヤシいとうはさしてゐるのを聞いてしまつた張飛は、この兵隊たちを殴るんだが、そこを玄徳に見つかつてしまふ。叱責されても抗弁できない張飛は、いつもの滝へと向かふが、淑玲はをらず、血の着いた服の切れ端と虎の爪痕を見つける。淑玲は虎にやられてしまつたと思ひ込んだ張飛は城に帰るに帰れず、たまたまとほりかかつた峠の居酒屋に立ち寄る。
ここで見るからにアヤシげな婆さんが出てくるんだが、一々答へる前に「はーい」と気のないやうすで云ふところが、なんとなく歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の七段目に出てくる「あいあいー」の仲居を思ひ出させる。あの「あいあいー」の仲居には悪気はまつたくないんだがねー。
しかし、なぜそんなにふところがあたたかいのだ、張飛よ。
なんとなく玄徳一行といふと、いつも資金や兵隊、領地に困つてゐるといふ印象があつてなあ。
三杯飲んだら峠がこせなくなるといふほど強い酒をたらふく飲んだ張飛は、止める婆さんをふりきつて、峠へと向かふ。そこで虎と出くはし、これととつくみあつて倒してしまふ。この虎がまた目がつぶらでかはいくてねー。そんな恐ろしげな虎には見えないんだよなあ。
そして、ここで張飛のテーマをたつぷり堪能することができる。張飛のテーマは出だしの数小節が流れることはよくあるんだが、こんなに長尺で流れるのはめづらしいぞ。
虎を倒して、峠の宿屋の手下にすべてを聞いた張飛は、淑玲を助け出すんだが、そこでめぐりあつた紳々竜々にうつかり玄徳の居場所を話してしまふ。それも、聞かれもしないのに、趙雲まで一緒だつて云つてしまふところが、念入りに張飛なんだなあ。
そこに張飛を探しにきた玄徳、関羽があらはれる。
一瞬、関羽が厳しいことを云ふのかな、と思はせておいて、玄徳がいきなり張飛に謝る。
「私の負けだ」つて、勝ち負けの問題ぢやないだらう? でもここで「すまなかつた」つて謝るところが人たらしの所以なんだらうなあ。「張飛、許してくれ」とかさ、普通云はないよ。
紳々竜々に古城の場所は知られてしまふものの、玄徳はすでに汝南にうつる心づもりだつた。よかつたねえ、張飛。ま、馬は紳々竜々に盗まれてしまふんだがね。
そんなわけで、白竜には淑玲が乗り、玄徳と張飛は歩行、ひとり関羽が赤兎に乗つてゐる姿を見ると、なんだか関羽が大将のやうだなあ。赤兎が関羽以外を乗せないだらうから仕方がないけど。
といふわけで、次回いよいよ官渡の戦ひ。
この先、玄徳一行にはまだまだつらいことが続くし、ちよつと一息な一幕だつたのかな。