人形劇三国志に一言 - 第20回 わざわいを呼ぶ馬

あらすじ

曹操軍に背後をつかれた玄徳は、策を用ゐて逃げやうとするが、敵に見破られてしまふ。
命からがら落ち延びて、なんとか関羽・張飛と再会する玄徳・趙雲。
玄徳は、もはやこれまでと思ふが、趙雲の進言で荊州の劉表を頼ることにする。
劉表の好意から新野に居をかまへることになつた玄徳。平和な日々に狎れて髀肉を嘆ずることになる。
劉表の後継者問題に口を出したことから、蔡瑁・蔡夫人からにらまれてしまつた玄徳は、蔡瑁に謀られて命を落としかけるが、白竜のはたらきで命長らへることになる。

一言

演義でいふところの三十一回から三十四回までだが、三十二、三十三回はほとんど出てこない。からうじて、袁紹が死んで袁尚があとを継いだ、といふくだりが出てくるくらゐか。

関羽と張飛は、前回、玄徳の命令でさきに汝南にもどつてゐる。
玄徳は、趙雲と撤退策を講じる。ここで趙雲が、ぐんしーする。さういへば、第18回で、関羽が、玄徳と趙雲はちやんとした先生について兵法を学んでゐる、とか云ふてゐたつけか。柴錬三国志だと、冒頭で関羽が少年趙雲に孫氏の兵法を教へてたりするんだがな。ま、いつか。

趙雲の策は、いつもどほり朝食の支度をしてゐると見せかけるため兵に火を焚かせる、といふもの。常のとほりにしておいて撤退すれば、曹操もそれと気づかぬのでは、といふ策略。
それはいいと思つたんだが、そこは、汝南であつめてきた平民の軍、といつたところか。

山の上から玄徳軍のやうすを見守る曹操と郭嘉。郭嘉はあひかはらず咳をしてゐるぞ。
朝食の支度だらう煙のたちのぼるのを見て不審さうにする曹操が、ふと気づく、火事のやうな大火。
どうせ撤退するのだし、薪をのこしておいても敵に使はれちやふんだから、と、やたらと燃やした兵たちがゐたのが原因。かういふところで命令が徹底されないといふのが、玄徳軍の弱さである。

カメラはまた山の上の曹操と郭嘉に戻る。
曹操がゆつくりと踵を返して、「郭嘉」とだけ云ふと、郭嘉は、「は、すぐに全軍に出撃を命じませう」と答へる。
ここの、ことばはなくてもわかりあつてゐる主従といふ感じがたまんないんだよねえ。踵を返す曹操の、悠揚迫らぬ態度とか、ねえ。
ここで郭嘉がはじめて激しく咳き込み、悠然とかまへてゐた曹操が、「郭嘉、咳がおさまらぬやうだが、躯は大丈夫か」と、これまたはじめて郭嘉の容態を心配する。
さういへば郭嘉の聲も心なしか力ない。DVDでとほして見てゐるのでよけいにさう感じるのかもしれないが、第17回で、「ふたつの関所が破られたか。しぶとい奴」とか「ちっ」とでも云ひたげに云ふてゐたのがうそのやうな元気のなさである。心配するなといふ方がムリなのに、「なんの、ご心配をおかけして申し訳ございません」とか云ひながらまた咳き込むんだよなあ。

一方の玄徳軍。
趙雲は自分の策がうまくいつた、と思つてゐるが、そこに曹操軍の陣太鼓の音がする。
BGMが玄徳のテーマから曹操のテーマにtransitionしていくところがまたいいんだよなあ。ときどきあるこのtransition、そのときによつてつなぎはすこしづつちがふが、いづれもいい。

演義では玄徳は単騎になつて、さんざんな目に合ふわけだが、人形劇ではそこまでひどくはない。
でも、「もはやこれまでか」とは思つたらしいがね。

例によつて玄徳が、「大将は全軍の撤退を見届けてから退くもの」、とか建前を述べる。趙雲に、「そんなこと云つて、殿が命を落とされたら漢王朝の命運が尽きてしまふのですぞ」などとと云はれ、逡巡してゐるあひだに、曹操軍に狙はれ、趙雲は、矢傷を負ふことになる。
玄徳は、趙雲とともに白竜に乗つて、その場を逃れる。白竜、力持ちだなあ。赤兎でさへ、呂布と貂蝉とふたり乗せて逃げたときは玄徳たちに追ひつかれたといふのに。

ほんたうに切羽詰まつたところで、関羽・張飛と玄徳の母・淑玲があらはれる。演義では孫乾とか糜竺・糜芳なんかもゐたりするが、人形劇ではなし。
演義でも関羽が、劉邦は負けつづけだつたけど最後九里山で勝つた、といふ話をする。人形劇でもする。関羽が云ふと、なんだか説得力があるんだよなあ。

そこに村人たちが「玄徳さまに」といふので、猪だのなんだの食糧を持つてくる。村長とおぼしき老人、いつもだつたら三谷昇だらうになあ。ここ四回ほど、三谷昇の登場がない。

演義では、孫乾が荊州と交渉することになつてゐるのだが、人形劇では趙雲。趙雲と劉表つて顔見知りやつたんや? 知らなかつたよ。
当然蔡瑁はつよく反対する。蔡瑁、ヤな奴な感じだけど、云つてゐることはただしいよね。玄徳なんかを信じてはいけない。うむ。なにしろ、玄徳ほどあちこちくつついたりはなれたりしてゐる人間は、三国志演義にはゐないよ。呂布なんて可愛いもんだよ。
でも劉表は人がいいもんだから、同族のよしみもあるし、玄徳を迎へ入れることになる。

一方許昌では、紳々竜々が美芳の屋台で飲んでゐる。
美芳は、紳々竜々が脱走兵なんではないかと疑つてゐる。
そこに曹操軍の兵隊がやつてきて、紳々竜々を連行する。
美芳は、曹操が脱走兵なんかにかかづらふか知らん、兵隊が逃げるつてことは重大なことだからやはり曹操みづからが罰をくだすのか知らん、なんぞとひとりごちる。美芳、曹操を知つてるからなあ。

曹操は、夏侯淵と郭嘉とをまへに、玄徳の逃げ込んだ荊州を攻めるか、それとも弱つてゐる袁紹を討つか、といふ話をしてゐる。
郭嘉は、荊州の劉表は自分から討つて出るやうなことはしない、ここで袁紹を徹底的に叩いておくべき、と、進言する。
そこに紳々竜々をつれてきた、といふ知らせが入る。

ここまでは、許昌での郭嘉はそんなに咳をしてゐなかつた。やつぱり都の方が躯にはいいのかもねー、とか思ふてゐたら、紳々竜々に聲をかけるあたりからまた咳をしはじめる。夜風がよくないのかねえ。
郭嘉が咳をしたあと、ふつと郭嘉の方を見る曹操が、なあ。
しかし、紳々竜々にそんなほんとのことを一々云はなくても、郭嘉よ。

そして、ここで袁紹の訃報がやつてくる。
あつけないのう。
息子の袁誕と袁尚が争つてゐると聞いて、曹操に冀州を討つやう進言する郭嘉に、夏侯淵に出陣を命じる曹操。
ひとまづ曹操と袁紹との戦ひは今回はこれまで。

ここで紳助竜介が、父子で「えんしょー」といふ読みについて説明をする。もつとややこしいのが「そんけん」とか云ふてゐるけど、そーかなー。「中国は文字の国だから、日本では同じ読みでも、中国では微妙な音の違ひを聞き分ける」、とか説明してゐるけど、そんないい加減な説明でいいのか。紳助竜介の云ふことなんて、みんな話半分に聞いてるかな?

一方荊州は襄陽。
玄徳が、趙雲らをつれて劉表に挨拶にくる。
伊籍が、白竜に目をつけるぞ。凶相の馬だから乗り換へた方がいい、と、玄徳に助言する。
でも、玄徳は例によつてがんこだから、「縁のあつた馬だから、馬から去らねばそのまま乗り続ける」とか答へる。人の云ふことはすなほに聞いた方がいいんだが、なあ。しかし、伊籍は「なんか、云ふことが立派」とか云ふて、感心するのだつた。得だなあ、主人公は。
それにしても、「悪いことならもう何度も起きてゐる」といふ玄徳のセリフが、見てゐるこちらにも実感を持つて感じられるのが玄徳だよなあ。

玄徳は、劉表に、曹操が袁紹を攻めてゐるあひだに許昌を襲へ、と進言するが、劉表は気が乗らない。「曹操が攻めてきたといふのならいいが、こちらから攻めるといふのはどうも……」とか、「わたしはもう年だ」とか云ふて、玄徳のことばをしりぞける。ここののらりくらりとした劉表の態度がすばらしい。ゐるゐる、かういふ、優柔不断な感じのオヤジつて感じ。

そこに劉表の妻・蔡夫人が、酒など持つてやつてくる。
劉表は、蔡夫人に、いま玄徳とふたりで話してゐるから、と、さがらせておいて、玄徳に相談を持ちかける。
跡継ぎを決めかねてゐる、といふのだ。
長男の劉琦と、次男の劉琮と、どちらがいいか、といふのである。
先妻の子である劉琦はちよつと気が弱い。劉琮は蔡夫人の子で、蔡夫人の兄・蔡瑁は軍をにぎつてゐる。劉琮の方がいいんぢやないかなあ、と、劉表は、さう云ふ。
玄徳は、最初は「むづかしい問題ですね」と無難に答へてゐるが、外で蔡夫人が聞き耳を立ててゐるとも知らずに、「やはり長幼の序をまもらないと。袁紹も長男をさしおいて末の息子を跡継ぎにしたせゐで、内紛が発生した」といふやうなことを云ふ。
まあ、そのとほりなんだけどね。やつがれでも、おなじことを云ふたと思ふが、蔡夫人に聞かれてゐたといふのがまづかつたね。

玄徳はここで厠に立つ。部屋の外にゐた伊籍に、たれか来なかつたか訊く。蔡夫人がとほつた、と聞いて、「聞かれてしまつたか」と悟る玄徳。まづいことになつたな、とは思ふものの、まつたく悪びれないところが玄徳である。

蔡夫人はさつそく兄・蔡瑁のもとにこのことを告げにいく。
蔡瑁が悪役丸出しで、なあ。このあとさらに悪どい感じになつていくのだが、ちよつとうすつぺらい感じの悪役つて感じがたまらんよ。

ここで、「髀肉の歎」。
玄徳の食のすすまぬのを見て、劉表が、どうしたのかと聲をかけると、さきほど厠にたつたときに、腿に肉のついてゐるのを見まして、と、答へる玄徳。これまで、戦場を馬に乗つてかけめぐつてをりましたので、腿に肉のつく暇などなかつたのですが、とか云ふてゐる。新野のくらしはそんなによかつたのかのう。劉表のおかげで、とか云ふてゐるが、それつてもしかして、さつき許昌攻めをのらりとはぐらかされたことへのイヤミか、と思はないでもない。

「玄徳どのと話してゐると楽しくて時のたつのを忘れるな」つていつたいどんな話をしてゐるんだ、劉表。

闇夜に手下たちに命令をくだす蔡瑁がまたいい。「こ・ろ・せ」つてセリフの云ひかたとかね。睨むやうに視線を右側(蔡瑁から見たら左側)に流した表情とか、もー、如何にも安い悪、といふ感じだ。

会食を終へて、部屋の外に出て、伊籍に寝所の場所をたづねる玄徳。すると、伊籍は、寝所には行かぬやうにと云ふ。蔡瑁が玄徳を殺さうとはかつてゐる、といふのだ。
西側しか開いてゐないと聞いて、白竜に乗つて、こつそり逃げる玄徳。
しかし、突然白竜が云ふことをきかない。
玄徳は、「やはりおまへは主に悪をもたらす馬なのか」とか疑ふ。さつきえらさうなこと云つたばかりぢやないかよー。しつかりしろよ、玄徳。4回にもそんなことがあつたよな。
そこは、白竜、行き止まりかと思はれたところ、ひらりと檀溪を飛び越える。このとき、月をバックに跳ぶのがまた念入りな感じだ。

玄徳は、背後から矢を射かけられる。
蔡瑁は、「なぜ帰られるのか」とか、最初のうちはやさしさうなセリフを口にするが、すぐに底が割れる。
蔡瑁たちは、さすがに檀溪を飛び越えるわけにもいかず、玄徳は、そのまま危機を逃れるのであつた。
で、今回はちよん。

このあと、いよいよ水鏡先生に会ふぞ、といふところなのだと思ふが、次回のタイトルは「玄徳の結婚」。
さて。

脚本

田波靖男

初回登録日

2012/12/16