福岡県の郷土のものがたりです。

  • 宮若市(旧若宮町)

昔、昔のことたい。若宮にへり山ちゅう村があってな。昔ゃ、そうな(たいへん)田舎じゃったげな。

このへり山に太平どんちゅう、人をからかう癖はあるが、とっても、物知りの人がおったげな。

やり山ん衆は毎日、山で働く、木こりたちじゃったもんなき、何か分からんことがあるたび、

太平どんに、しょっちゅう相談に行きよったげな。

ある年んこと、へり山ん娘が宗像ん野間に輿入れが決まってな。へり山ん衆、全部ば祝儀の本客に

よんだげな。

野間ちゅう村はへり山より、ずっと、ひらけとったうえ、娘の嫁入り先が分限者(ぶげんしゃ)の

庄屋どんの所やったもんなき、礼儀、作法を知らん衆は、どげんしたもんかと、ほとほと困りよったげな。

そこで村ん衆は太平どんに相談に行きよったげな。

「太平どん、わしら田舎もんで何も分からん。今度、祝儀の本客によばれて行くごとなったが

恥ばかかんでよかごと、礼儀、作法ばいろいろ、よう教えちくれ」

ち頼んだげな。

すると太平どんは、

「よか、よか、俺のするとおりすりゃ、間違いなか、俺の真似ど、しちょきなさい」

ち言うたげな。

いよいよ娘の輿入れん日、へり山ん衆は太平どんを先頭に、ぞろぞろと野間にやっち来たげな。

途中、太平どんが立ち止まりゃ、みんな立ちどまり、太平どんが立ち小便すりゃ、みんな大真面目で

立ち小便ばする始末たい。

さて野間の庄屋どんの屋敷に着くとみんなすぐに本客の膳に座らされたげな。今まで、見たことも、

食べたこともなか、ご馳走ば前にして、村ん衆は目ば皿んごつして、太平どんば見よるげなもん。

そりき、太平どんなつい、いつもの悪か癖が出ち、

「ようし、いっちょ、村んもんばひょうくらかしちゃれ(からかってやれ)」

と思い、前のまんじゅうば取るなり、ぽーんと頭の高さまじ、投げ上げち、手で受け止めるなり、

パクッち口に入れち、ムシャ、ムシャやりながらへり山ん衆ば見渡したげな。

すると、どうな。村ん衆は後れちゃならんと、いっせいに前のまんじゅうば取っち、ぽーんと

投げ上げち、受け止めるなり、口ん中にパクッ、パクッ……。

これば見た太平どんなおかしゅうて、おかしゅうてたまらんざったげなばって、こらえち、

こうなりゃもういっちょとばかりに、こんだソーメンのすまし汁椀を取り上げ、箸でソーメンば

つまみ上げち、鼻ん高さまじ持ち上げ、ちょいと耳にはさんで、口に持ってきて、ツルツル、

ソーメンばすすったげな。

そしたら、これも負けじと村ん衆はみんな太平どんの真似ばしたげなたい。

それから先ゃ、太平どんが鼻かみゃ、出らん鼻ば無理してかむし、盃んさしかた、箸の

あげおろしまじ、そりゃもう、一糸のみだれもなく、整然たるもんじゃったげな。

これにゃ、さすがの太平どんもおかしさを通り越して、あきれるやら、腹の立つやら。

とうとう、居たたまれんごつなって、息ぬきにと便所へ立ったげな。すると村ん衆も

立ちあがり、ぞろぞろ、太平どんについて来るったい。

「わしゃ、便所じゃ。便所までいっしょについて来るもんがあるか」

「ばってん、わしら太平どんがおらんと、どげんしてええのか分からんのじゃ」

「そんなら、わしが便所から出てくるまじ、そのあいだ座敷で、待っちょれ」

ち言うて、太平どんは便所に、入ったげな。

やがて、太平どんが村ん衆が待っとる座敷にもどると、村ん衆が六枚屏風に

へばりついとるったい。

「どげんしたんじゃ」

「甚吉のやつがこりば倒してしもうて……。どげんしたっちゃ立たんとです」

見りゃ、びょうぶばまっすぐにして、みんなで倒れんごと支えとるったい。

甚吉は情けない声で

「太平どん、頼むけん、こりの立て方ば教えちくれ」

「さあ、わしもこりがびょうぶちいうことは知っとるが見るのは初めてじゃけんのう……。

まあ、そげんして支えちょくほかに、手はあるめえなあ」

と太平どんな、にやにや笑いながら、本客の席にもどったげな。

―村ん衆には気の毒じゃがしばらく、ああしておってもらおう―と太平どんはゆっくり

ごちそうば食べたげな。

そりでん無事本客が終っち、帰る道すがら、太平どんがひやかして、

「甚吉、どげんじゃったか、おもしろかったか」

「何がおもしろうかい。耳かけソーメン、投げまんじゅう。夜は夜とて、ひっぱりびょうぶの

立ちんぼうにゃああきれっしもうた」ち甚吉は言うたげな。

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