最終更新: centaurus20041122 2015年06月09日(火) 10:54:29履歴
たくさんの元生徒に囲まれている状態では、タカオは近づくことができなかった。
タカオのクラスを直接はユキノは担当していない。つながりがないので不審に思われるだろう。少し遠巻きに見守っているとサトウのやや興奮した声が聞こえてきた。
「今でも腹が立ってますよっ! 私は! アイザワ先輩やマキノ先輩がやったこと!」
わっと同意するような声が聞こえて、かぼそいユキノの声がなだめるように流れてくる。
「でも、あの二人は罰が当たりましたから」
「そうだね」
「いい気味よ」
重なるような同意の声が流れる。
小さく見えるユキノの表情が不審な顔になる。
それはそのままタカオの顔でもあった。
タカオはおよそ人を憎むという性向を持っていなかったが、例外が二人だけいた。
アイザワとマキノだ。
マキノはユキノにちょっかいをかけ、拒否されると二人の間に「なにかがあった」ような噂を流した。アイザワはマキノと付き合っていたが、その話を信じて、ほとんど私淑していたユキノに対して反抗的な態度に転じ、その影響力を駆使してついにはユキノを退職せしめてしまったのだから。
思わずその輪のほうに歩を進める。タカオが声を出そうとした瞬間に、ユキノと視線があった。
その澄んだ目で制止されたと感じた。穏やかに微笑んでいるユキノが、少しうなづく。
「ま、こういう席でいう話でもないか」
いつのまにか、サトウは自分で放火した盛大な炎を一言で鎮火させてしまったのだった。
ひとしきり語ったあと、輪を離れたサトウを追いかける。
「あの、」
「ん……あ! 秋月くん! 聞いたわよ、とんでもない勘違いしてたって」
結婚相手の取り違えの話だろう。もうマツモトから伝わっている。
「さっきの話、詳しく聞きたいです」
「さっき?」
「アイザワとマキノ」
「ああ……」
少し考えている。
「いいけど、今日はダメ。晴れの席だからね。いつまで日本にいるの? 明日、時間ある?」
無言でうなづく。14時に宿泊していたホテルの喫茶店で会うことになった。
再び一人になって壁の花になりながら、行きかう人たちの足元を見ている。
いつもの癖だ。
「秋月くん」
顔を上げるとユキノが立っていた。
「今夜、いい?」
その言葉だけでタカオは天にも昇る気持ちになったのだった。
------------------------------------------------------------------
途中でパーティーを抜けた二人は宿泊先のホテルへ戻っていく。
ゆっくり話をしたいところだ。
「会わせたい人って……?」
「これから連れていくわ」
その一言でとたんに緊張度が増す。
どちらかの部屋へ行くのかなと思っていたが、ユキノはフロントに声をかけたあと、ゲストルームがあるのとは違うほうへと歩いていく。
「ついてきて」
そう言われていたので、無言で歩いていく。
やがてこじんまりとした部屋に到着した。
そこはホテルには似つかわしくない部屋だった。
壁に動物の絵が描かれ、フロアにはアルファベットがあしらわれたシートが敷き詰められている。テレビで見たことがある。
ここは保育園だ。
靴を脱いで部屋に上がっていったユキノは、そこにいたスタッフに小声で何かを言った。年配の女性がにこりと笑って奥で遊んでいた小さな子供に声をかけた。
「ママがお迎えにきましたよー。皐月ちゃん」
ママ……!?
これまでのどの衝撃よりも、考えられないショックが走り抜ける。
その言葉と、その情景が、うまりリンクしない。
すなわち、なにが起こっているのかがわからない。
ユキノが小さな女の子を抱いて戻ってくる。
「このホテルにベビーシッターのサービスがあってよかった。……私の部屋で話しましょうか」
そう告げられた。
タカオのクラスを直接はユキノは担当していない。つながりがないので不審に思われるだろう。少し遠巻きに見守っているとサトウのやや興奮した声が聞こえてきた。
「今でも腹が立ってますよっ! 私は! アイザワ先輩やマキノ先輩がやったこと!」
わっと同意するような声が聞こえて、かぼそいユキノの声がなだめるように流れてくる。
「でも、あの二人は罰が当たりましたから」
「そうだね」
「いい気味よ」
重なるような同意の声が流れる。
小さく見えるユキノの表情が不審な顔になる。
それはそのままタカオの顔でもあった。
タカオはおよそ人を憎むという性向を持っていなかったが、例外が二人だけいた。
アイザワとマキノだ。
マキノはユキノにちょっかいをかけ、拒否されると二人の間に「なにかがあった」ような噂を流した。アイザワはマキノと付き合っていたが、その話を信じて、ほとんど私淑していたユキノに対して反抗的な態度に転じ、その影響力を駆使してついにはユキノを退職せしめてしまったのだから。
思わずその輪のほうに歩を進める。タカオが声を出そうとした瞬間に、ユキノと視線があった。
その澄んだ目で制止されたと感じた。穏やかに微笑んでいるユキノが、少しうなづく。
「ま、こういう席でいう話でもないか」
いつのまにか、サトウは自分で放火した盛大な炎を一言で鎮火させてしまったのだった。
ひとしきり語ったあと、輪を離れたサトウを追いかける。
「あの、」
「ん……あ! 秋月くん! 聞いたわよ、とんでもない勘違いしてたって」
結婚相手の取り違えの話だろう。もうマツモトから伝わっている。
「さっきの話、詳しく聞きたいです」
「さっき?」
「アイザワとマキノ」
「ああ……」
少し考えている。
「いいけど、今日はダメ。晴れの席だからね。いつまで日本にいるの? 明日、時間ある?」
無言でうなづく。14時に宿泊していたホテルの喫茶店で会うことになった。
再び一人になって壁の花になりながら、行きかう人たちの足元を見ている。
いつもの癖だ。
「秋月くん」
顔を上げるとユキノが立っていた。
「今夜、いい?」
その言葉だけでタカオは天にも昇る気持ちになったのだった。
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途中でパーティーを抜けた二人は宿泊先のホテルへ戻っていく。
ゆっくり話をしたいところだ。
「会わせたい人って……?」
「これから連れていくわ」
その一言でとたんに緊張度が増す。
どちらかの部屋へ行くのかなと思っていたが、ユキノはフロントに声をかけたあと、ゲストルームがあるのとは違うほうへと歩いていく。
「ついてきて」
そう言われていたので、無言で歩いていく。
やがてこじんまりとした部屋に到着した。
そこはホテルには似つかわしくない部屋だった。
壁に動物の絵が描かれ、フロアにはアルファベットがあしらわれたシートが敷き詰められている。テレビで見たことがある。
ここは保育園だ。
靴を脱いで部屋に上がっていったユキノは、そこにいたスタッフに小声で何かを言った。年配の女性がにこりと笑って奥で遊んでいた小さな子供に声をかけた。
「ママがお迎えにきましたよー。皐月ちゃん」
ママ……!?
これまでのどの衝撃よりも、考えられないショックが走り抜ける。
その言葉と、その情景が、うまりリンクしない。
すなわち、なにが起こっているのかがわからない。
ユキノが小さな女の子を抱いて戻ってくる。
「このホテルにベビーシッターのサービスがあってよかった。……私の部屋で話しましょうか」
そう告げられた。
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