最終更新: centaurus20041122 2014年08月04日(月) 14:54:40履歴
「明里……」
泣いてるのはわかっていた。だけど、何か声をかけると自分まで泣きそうになる。
だから、前を向いて歩くだけだった貴樹だったけれど、明里が袖をつかんで立ち止まったはずみで明里のほうを向いてしまった。
その刹那、明里は貴樹の胸に飛び込んでいた。
あの雪の日のように。
くっつきたいの。
できるだけたくさん、できるだけ長い時間。
明里の気持ちが伝わってくる。
あのときは深夜で、周りには誰もいなかった。
静かで、ただ雪の降り積もる音だけがかすかに耳に届いていた。
でも今は。
たくさんの旅人が行きかう喧騒に満ちている。
この国でいちばん大きな空港の真ん中で。
しかも、自分たちの母親がすぐそこにいるのに。
貴樹は少し焦った。
だけど、号泣する明里をなだめようと髪を優しくなでる。
鹿児島行きの最終コールが聞こえる。
「いかなきゃ」
貴樹が耳元で明里に伝えると。
抱きついていた腕を少し緩めた明里が貴樹に口づけをする。
それは13歳の男女にしては濃密な行為だった。
娘のほうからキスしたのを見た、明里の母親は目と口をまんまるに見開いて凍った。
貴樹にとって不意打ちだったのは、彼の目が見開かれたままなのを見ると明らかだった。
貴樹の母親も「あ」と思わず言ってしまって、そのまま動けなかった。
これから何年の間、この子たちは会えないのだろうかと思うと引き離すのは酷な行為だった。あと、数秒そのままだったら、無粋なことをしなければいけないのかと思うと心が沈んだが、その前に二人の唇は離れた。
明里は大きな瞳を見開いて貴樹を見つめていた。
涙腺にはこれほどまでに涙が入っているのかと思うほど、とめどなく涙が流れては頬を伝い落ちていく。
それでも、瞬きもせずに、明里は「こいびと」が遠くへ去っていく姿を1秒も見逃さないよう見続けていた。
振り向きながらセキュリティへ進む貴樹は、ゲートをくぐり最後の最後まで、明里の姿を焼きつけていた。
帰りの電車の中。
明里の母が尋ねた。
「明里、先週、……したのね」
それは、糾弾ではなく確認だった。
「え……」
「ファーストキスであんなに情熱的なことはできないわ。お母さんの経験上」
そういうことで、明里の母は特に怒ってないと伝えたつもりだった。
「先週も……私から、しました」
母親にはすべてを見とおされているのだと観念した明里は素直に答えた。
それを聞いて「大人しそうで、実は情熱的なところは私に似たのかな」と明里の母は思った。
(つづく)
コメントをかく