新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

ゴールデンウィークも特に外出をねだることがなく、それでいて、何かを言いたそうな娘の様子を、父は感じていた。
妻からは「小学校時代の同級生で、九州に転校していった男の子と文通している」ということは聞いていたが、この日、初めて娘の、その強いを思いを聞くハメになった。

「お父さん、10月にロケットの打ち上げがあるの」

唐突にそう言われて、なんのことかわからなかった。
そういえば、最近、Newtonという科学雑誌を読んでいるな、と思い起こす。
中学2年生になって、新聞もこまめに読むようになっていることも気づいていた。
それは喜ばしいことであり、とがめることもないので黙っていた。

「私、それを見に行きたい」

「ロケットの打ち上げ?」

明里の父は家電メーカーに勤めていたが、それなりに宇宙開発には関心があった。
NHKの宇宙関連の番組は必ず見ていたし、ロケットの打ち上げシーンは必ず注視したし、軌道上から地球の様子を眺めるのは心が安らいだ。
その様子を娘も観察していたのかと思う。

だから、娘から「ロケットの打ち上げを見に行きたい」と言われると、心が揺らいだ。

「10月のいつ?」

「17日」

それは娘の誕生日だった。しかし、その日は平日だ。

「学校はどうするんだ。休むのか?」

言いにくそうにはしていたが、「うん」と小さくうなづいた。

明里の父は昔の人ほど教条主義ではなかった。学校の授業よりも得るものがあるのだったら、そちらを体験させることもアリだと考えるほうだ。

「夏休みはどうするんだ。お父さん、お盆あたりに一週間ほど休めそうだから、どこか旅行に行こうか」

そう逆提案したけれど、すぐに却下された。

「夏休みは勉強してるから、いい。10月のロケットの打ち上げに行きたい」

妙に執着するのを変に思いながら「わかった、考えておく」と話を保留にする。

その夜、その話を妻にすると、その種明かしをされた。

文通している男の子は種子島に住んでいる。その、ロケットの打ち上げは種子島の宇宙センターからだから、彼に会いたいのではないか。

そう言われて複雑な気分になる。

まだ13歳。ちょうどロケット打ちあげの日に14歳になる愛娘が、男に会いたいがためにそんなことを言っているのか。

「お父さん……夏休みに旅行に行くつもりがあったのだったら、10月に行ってあげましょうよ」

「なんだ、お前はなにか、知っているのか」
そう問われて。

「明里と……貴樹くんは、好きあってるんですよ。それは子供の淡い気持ちというわけじゃなくて、本当に強い強い気持ちなんです」

明里の母が強くいう。文通相手が九州にいるのは覚えていたが、種子島にいるのは初耳だった。

なぜ、お前までそんなに後押しするのだ?

その疑問を心の隅に押しとどめる。

何かを知っているのだろう。
娘と女親にしかわかっていない事柄。

思春期のこの時期だから、そろそろ出てくるのだろう。
理性ではそう思うが、割り切れない寂しさもまたあった。

複雑な、少し寂しげな表情になっているのを見た、明里の母が春先にあったことを話した。そろそろ話しておいたほうがいいと思ったからだ。
ただし、一晩帰ってこなかったことは伏せた。羽田空港での話に留めておくことにした。

「3月にお見送りに、羽田まで行ったんです。そのとき……」
妻から聞く、娘の激しい一面。

信じられなかった。
娘のほうから……?

「い、一時の、はしかみたいなものじゃないのか」
そういうことで自らを慰めていたのかもしれない。

「二人は小学校4年からの仲ですよ。もう5年目です。そんな長い"はしか"なんて聞いたことがありません」

妻にそう言われて、明里の父は黙り込む。

「……先方にご挨拶する、いい機会かもしれないな」

そういうことで明里の父は、種子島行きを決めた。

(つづく)

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