新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

4年生になった。
景気は回復せず依然として就職氷河期が続いている。
そんな中、比較的まだマシである理系の貴樹は、OB訪問やセミナーなどを経て、比較的いい感触を得ていた。

「大丈夫、いける。いけるはず」

「航空宇宙産業を仕事としている企業は日本ではそう多くありませんが、幼いころからの夢をかなえたいと思い、御社を希望しました」

作文ではなく本心の言葉だ。

「うち以外にもロケットや衛星関係を作っているところはあるが、そちらはどうなのかな?」という当たり前の質問には、素直に「M社さんにはお話をうかがっております」と答えた。

就職活動のかたわら、当然卒業論文を仕上げなければならないから、そちらのことも進めなければならないし、バイトの講師はしばらく休ませてもらうことにした。貴樹は生徒達から人気があったので惜しまれてのことだ。

しかし理由はもう一つあった。いや、こちらのほうがメインだったかもしれない。学習塾の講師仲間だった、早稲田の女の子から熱烈なアタックを受けたからだった。

事の始まりは、彼女の発作だった。
坂口という名の、その女性は恐ろしいほど美しい女性だった。
めったなことでは女性の容姿で心を動かされない貴樹でさえ、そう思った。
だが、本質的に危険な匂いを感じた貴樹はあまりかかわり合いになることを避けていた。
しかし、ある日の夜、どうしても仕上げなくてはならない仕事があり、坂口と二人で作業をしていた。そのとき、発作が起きたのだ。

乞われるままに彼女のカバンから薬を取り出し、買ってきたお茶で飲ませて事なきを得たが、それから彼女は妙になついてきた。

だが、坂口がその学習塾の主宰者(妻子持ち)とつきあっていることを知っていたので、「自分には婚約者がいる」とはねつけた。もともと、激しい気性だったのか、容姿とともにプライドも高かったのか、いさかいとなってしまったので、主宰者に事情を話して撤退した、というのが本当のところだ。そのあと、主宰者と坂口がどうなったかは知らない。

明里には段階段階で報告していたが、「やっぱり貴樹くんはモテるんだね」とにこやかに話す。完全に貴樹を信頼しているのだろう。


今は、明里への道は自分の部屋の玄関と、明里の部屋の玄関の2枚の扉で隔てられているけれど、いつか同じ部屋に住めたらいいなと貴樹は念じていた。


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明里は昨年末でモデルを引退して編集者のバイトに切り替わった。だが、あまりにも人気が高くて、プロダクションからの契約話まで舞い込んできた。年間の契約額を聞いて一瞬、心が動いたのは正直なところだが、容姿をうりにした仕事はいつかなくなってしまう。
それを一定水準にキープしておくというのは並大抵な苦労ではない。
たぶん、自分には無理だと判断して断ってしまった。


春先の○○出版のセミナーに参加し、明里は正規の採用ルートで勝ち進んでいった。
その際のモデル経験と編集経験はもちろん大きなアドバンテージになる。
それはコネではなくて、「経験者」としてのものだ。

5月の最終週、明里は社長面接まで進んだ。


「篠原明里さんね。……ああ、伊勢島の件ではホントありがとうね」

島田社長がにこやかに言う。

「ああいう人のために大好きな先輩がモデルを辞めたと思うと悔しくて、普段はあんな危険なことは避ける性格なんですけど、友人や彼氏の支えもありましたので、がんばれました」

「今は、Vivoで編集のバイト中? 他社は?」


「正直にお話しますと、S社とK社は二次面接を通過していまして、最終面接待ちです」

「なるほどね。田村が言ってたとおりのコね」



その夜、明里は○○出版から「内々定」の連絡を受けた。
それで、水曜日だったけれど、貴樹の部屋に行ってしまった。

「どうした? なにかあった?」

玄関先に顔を出した貴樹はまず心配した。連絡もなしに平日夜に明里が部屋を訪れるなど、この3年2か月で初めてだったからだ。


「貴樹くん、内々定取れた!! ○○出版から、連絡来た!」

満面の笑みで報告する明里に、「おおっ、よかったー!! そうか、明里、やったじゃんか!!」


「うん、ねえ、今日は、今日だけは、約束破っても……いい?」

「ん?」

「貴樹くんと、この気持ちをわかちあいたいの……」

「そっか……いいよ。じゃあ、俺が内定取れたら、お返しに行くからね」

明里を招き入れると、「白ワインでいい?」と貴樹は聞いた。

(つづく)

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