新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

明里が取り出したのは平たい板だった。
包装紙が巻かれ、リボンがつけられている。

「開けていい?」

「もちろん」

慎重に包装紙を取り外す。
欧米ではこういうとき、豪快に破る方がいいのだそうだけど、せっかくきれいに巻かれたものを破くのは美意識に合わないなあ、と貴樹は思いつつ、ほどいていった。

中から出てきたのは大判の写真集だった。

しかも、ハッブル宇宙望遠鏡や、ボイジャー探査機がこれまで撮影してきた天体写真集だ。欧米で人気が出て、さきごろようやく日本版が出たと聞いていたもの。


「うわー、これ、欲しかったんだ」

貴樹は心の底からそう言った。

「ありがとう! 落ち着いたら、気合い入れて熟読する」

「写真集なのに?」

ふふふと笑う明里に、鞄の中のものを渡すタイミングは今だと思った。

貴樹は今回のプレゼントについてものすごく悩んだ。2か月前の、明里の誕生日にはシルバーのリングをプレゼントしている。今回も装飾品だけでいいのだろうか……。

「んと、じゃあ、俺からも……」

わくわく、といった感じで明里が見つめている。

「二つ、あるんだ」

「二つ?」

「ん……ものすごく迷って……まずはこれ」


貴樹の手の中から現れたのは小ぶりの箱だった。
独特の色。見る人が見たらすぐわかる。貴金属品が入っているケース。

Tiffanyだ。

「開けていい?」

「もちろん」

中から出てきたのはオープンハートのネックレスだった。二つのハートが絡み合う造形になっている。

「指輪は贈ったから、俺の大好きな明里がもっともっときれいになるようにっていうのと……手を見たら指輪、正面や胸元を見たらこれが明里を見る人の視界に入るようにって」


「貴樹くんがいつも私のそばにいるように?」

「まあ、そんなところかな……」
実は貴樹の心持ちはそんなものではなく、ほとんどこれを害虫駆除アイテムだと思っていたのだが。

「嬉しい!! 私、ネックレスは持ってなかったから。ね、これつけて撮影してもいい?」

「もちろん」

貴樹から送られた指輪をそのままつけて明里は撮影に臨んでいた。それは、雑誌に掲載されるといういろいろなしがらみの中では避けるほうがいい場合もあったけれど、明里は当初から、頑としてそうしていた。

「もう一つは?」

そう促された貴樹が取り出したのは一つの封筒だった。

「これは?」
不思議な顔をして明里が聞く。

「あの雪の日に、実は明里に手紙を書いていったんだ。……でも、小山駅で突風に吹き飛ばされてしまって……。そのあと、キスしたことで、世界のすべてが変わったように思って、そのことは言わなかったんだけど」

明里は無言で貴樹を見つめている。

「2週間かけて書いたんだ。……俺が生まれて初めて書いた、たぶんラブレターだったから……家に帰ってから、復元したんだ。俺、手紙はレポート用紙に書くから、下の紙にうっすら筆圧で残ってたんだよね。だから、鉛筆でうすーく塗ると文字が浮かんできて。2週間かけて考えたから、文面はほとんど覚えてたし」

「これが、あの日、貴樹くんが私に渡したかった、手紙?」

渡された白い封筒を両手で大切そうに捧げ持ち、明里は見ていた。
表には「明里へ」の文字。

「うん。……復元してずっと持ってた」

「読んでいい?」

貴樹はうなづいた。

「明里へ。

元気ですか? 今は夜の九時で、僕は自分の部屋でこれを書いています。窓の外には小さくビルの光が見えています。明里の部屋の窓からは、今は何が見えるんだろう? 僕にはちょっと想像がつきません。

本当は数学の宿題があるんだけど、最近はさぼることが多いです。同じサッカー部のと友達にも宿題をちゃんとやっているやつなんていないし、それにどうせあと少しで引っ越してしまうんだからと思うと、べつにいいやという気持ちになります。
二週間後に会う約束をしただろ? その時にこの手紙を渡そうと思っています。

僕が引っ越すことになっている九州のむこうの島はものすごく田舎みたいだけど、NASDAのロケットの打ち上げ場があるそうです。ぼくはそれだけは楽しみです。打ち上げを見たら、それがどんなにすごかったのかを明里に伝えようと思います。でも今のところ楽しみはそれだけ。正直に言えば、僕はそんなに遠くに行かなければいけないことが不安です。僕はやっぱり早く大人になりたい。今はすごく中途半端なような気がする。今になって、もっと早く明里に会いに行けば良かったと思っています。どうしてそうしなかったんだろう。僕は中学に入ってから明里と話したいことがたくさんあった。僕はずっと明里に会いたかった。僕は明里のことが好きです。

大人になるということが具体的にはどういうことなのか、ぼくにはまだよく分かりません。
でも、いつかずっと先にどこかで偶然に明里と会ったとしても、恥ずかしくないような人間になっていたいとぼくは思います。
そのことを、ぼくは明里と約束したいです。
明里のことがずっと好きでした。
どうかどうか元気で。
さようなら」


(つづく)

注……貴樹の手紙の全文は小説「秒速5センチメートル one more side」に掲載されていますが、こちらに引用させていただきました。

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