新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

しばらく明里は、手紙を凝視したままだった。

ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
ただ、明里のことが好きだという感情。なにも欲しくない、ただ伝えたいという気持ち。
そういう気持ちは挫折することによってスポイルされ、リミッターがかかり、どんどん鈍っていってしまう。

しかし、この手紙は初恋の季節を共に過ごしたままの感情のかけらが、まちがいなくそのまま保存されていたから。

共振する。
明里の心の中心にある、あの頃の季節と感じていた想いに。
それが震えることによって涙がわきあがる。

「明里……」

「私も……私にも……あるの」

「え?」

「手紙……あの日、貴樹くんに渡そうと思ってた手紙……結局、渡せなくて……お守りみたいにずっと学校のかばんの中に入れて……中学の卒業のときに、大切なものを集めた箱に入れたの」

「その手紙は、どうしたの?」

「ちょっと待ってて」

明里が隣室に行き、収納の扉を開けて、一抱えもある段ボール箱を取り出した。
その箱を開けて、なにかを探している。お菓子が入っていたと思われる金属製の箱を取り出し、蓋を開けてそこから一つの封書を取り出した。

「これ……」

ピンク色の封筒に「遠野貴樹さま」という宛名。
少しくたびれているのは、ずっと持ち歩いていたからだろう。

「読んでいい?」

明里がうなづく。

並んでいる明里の文字は今とそう変わりがなかった。
端正な、きれいな文字だ。

読み進むにつれ、この手紙があの日、大雪で到着が4時間以上も遅れた3月4日の、岩舟駅の待合室で書かれたことを知った。

明里の手紙は、とてもきれいにまとまっていて、伝えたいことが加不足なく書かれていて、この手紙が下書きもなしに即興で書かれたことに驚く。

しかし、それ以上に心を揺さぶられたのは。

「私は貴樹くんのことが好きです。いつ好きになったのかはもう覚えていません。とても自然に、いつのまにか、好きになっていました。初めて会った時から、貴樹くんは強くて優しい男の子でした。私のことを、貴樹くんはいつも守ってくれました。
貴樹くん、あなたはきっと大丈夫。どんなことがあっても、貴樹くんは絶対に立派で優しい大人になると思います。貴樹くんがこの先どんなに遠くに行ってしまっても、私はずっと絶対に好きです。
どうかどうか、それを覚えていてください」

13歳の少女の、純粋な気持ちの結晶。二人が過ごして積み重ねあった4年間の気持ちの塊が、そのまま具現化したようで、それが貴樹の心の中心にある、魂の芯と共振する。

涙がこぼれた。

あの日、もし僕たちがこの手紙を渡しあっていたら。
もしかしたら、こんなに苦労はしなかったのかもしれない。

もっと素直に。もっと忠実に。
気持ちを伝えあうことができていたなら。

「僕たちは、かなり遠回りをしていたみたいだ……」
手紙を広げたまま貴樹が言った。

「あの日、……キスをして、世界が変わった気持ちになったの。さっき、貴樹くんが言ったのと同じように。だから、渡せなかった。あれから毎日、岩舟駅を通るたびにあの日のことを思い出してたの。でも、それも、時間が経つにつれて薄くなっていってしまってた……」

「明里、僕たちはもう二人ここにいる。それはこれからもずっと変わらない。だけど、あの5年間のことは、こんなふうにして時折思い出して、埋めなきゃならないと思うんだ」


「埋める?」

「うん……、なんていうか、あの5年間の痛みや苦しみの気持ちは、クレーターのように、俺たちの心に大きな穴を開けてると思う。それを今日のように思い出して、丁寧に埋めていってあげる作業が必要なんだと思う」

「それは、でも、辛いことだと思うよ?」

「うん……辛いと思う。まだ、俺たちが東京に来て8か月。思い出を重ねているとはいえ、小学校のときみたいに毎日そばにいるわけじゃないから。でも、それでも俺たちはこれからずっと一緒にいるんだから。辛かったあの日々を逆に燃料にすることだってできる」

「わたし、……大丈夫かな」

「これから、今日みたいに昔のことを思いだすことがあると思う。そのときは自分の中に抱えないで、言ってしまおう。そのときに何があって、どう思っていたか。何がつらかったのか。ぜんぶ分かち合おう」

「二人で分ければ、貴樹くんに聞いてもらえれば、がんばれる気がする」

「俺も、だよ」

「なんだか、せっかくのイブなのに湿っぽくなっちゃったね」

「別にかまわないよ。だいたい、本番はクリスマスなんだから」

そう貴樹がいうと、「それもそうね」と明里も笑った。


(つづく)

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