新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

新宿の雑居ビルにあるこじんまりと落ち着いた居酒屋の、部屋席を花苗は用意していた。以前、サーフィン大会の打ち上げで使った店で、料理がとてもおいしい。
席は8つあるが当日集まるのは6人になる予定だ。

花苗、佐々木、貴樹の種子島組3名。
貴樹の恋人である、篠原明里さん。
明里さんの高校時代の親友で、なんと東大に通っているという飯田さん。
そして、その彼氏で東大卒の木村さん。

なんだ、カップル2組+自分と佐々木か……。

佐々木は在学中、かなりモテていた記憶があるから、きっと東京にきてもそうだろう。自分だけが一人身。そう思って、ふっと、近田からの言葉を思い出す。

私だって、もうすぐ仲間入り。

そのための今日は通過儀式。

一人ぽつねんと待っているとまず現れたのは佐々木だった。

「澄田さん、おひさしぶりー」

島にいるときは派手な印象だったのだが、かなり落ち着いた清楚なイメージになっている。そう言ってみると「こっちの人はこういう方が好きみたいだから」と笑っていた。

花苗たちの年は現役での東京進学組が3人も出て「奇跡の年」と言われていた。母校の教師がそう喧伝するのだから呆れるのだけど。しかも、遠野と佐々木は「まあ、確実」と思われていたところ、ダークホースどころかまったく意識されていなかった花苗が半年間で覚醒して金星を挙げたのだ。

そこに、懐かしい顔がやってきた。
少し大人びたかな。
やっぱりかっこいいな。

貴樹が顔を出した。

「やあ、ひさしぶり」
にこやかな笑顔に心の底がしわくちゃになりそうな感じになる。

しかし、その後ろから現れた美少女を見たとき、心は急落した。

あの泣き顔の写真でさえ、かわいいと思ったのに。

柔らかな微笑みを浮かべているその姿……驚くべきことにほぼスッピン……は、まるで芸能人のようなかわいさで、鉛が心の中に落ちていく。

そうそう、こうならないといけないの。
私はこの人に叩きのめされないと、先に進めない。

「こんばんわ、佐々木さん、お久しぶり」

「篠原さん、ご無沙汰〜。みんな東京にいるんだから、もっと早くに会えばよかったよね」

事情を知らない佐々木が言う。

「こちらが澄田」
そう紹介されて慌てて頭を下げた。

「篠原です。はじめまして。種子島では貴樹くんがお世話になったみたいで」

「いえいえいえいえ、お世話になったのはほとんど私です……」

あははははと笑いが漏れる。

「理子たち……あ、飯田さんカップルは彼氏の仕事が押してて、1時間くらい遅れるってメールが入ってます。先にやっててって」

「じゃあ、お言葉に甘えて……はじめようか」



初めての人もいるので、まずはそれぞれの自己紹介と近況報告。

貴樹は立教の理学部に行っており、進学塾で講師のバイトをしているという。
佐々木は中央の法学部。今のところバイトはしていないとのこと。彼氏はやっぱりいた。
そして、驚くべきは貴樹の恋人の明里さん。なんとファッション誌のモデルをしているという。学習院に通っているというから才色兼備とはこのことだなあ、と自分の浅黒い肌を見つめた。ああ、やっぱり私はこの人にはかなわない。

そう、それでいいんだ。


「澄田は、けっこうがんばったよね」
そう貴樹に言われて恥ずかしくなる。

「そういえば、一緒に帰ることもあったのに、あまりそういう話、しなかったよね」
花苗が言う。

「一度だけ、進学先聞いて。遠野くんが『やれることをやってるだけ。余裕、ないんだ』って言ったとき、なんだかホッとしたというか」

「どうして?」と明里が聞く。

「だって、高校時代はここにいる遠野くんと佐々木さんがずっと席次のトップ2。そんな人だから、なんでも完璧にできると思ってたら、そうでもないんだなあって思って」

「ねえ、貴樹くんってモテた? 転入して1年めに4人に告られたって以前聞いたんだけど」
明里が尋ねる。

「え、そうなの!?」その話は花苗も初耳だった。

「いったい誰?」

「いや、まあいいじゃないか……」言葉を濁す貴樹に、

「時効よ、時効。もう8年も前のことなんだから」と花苗に言われて、4人の名前をしょうがなしに話す。

「へえええええええ。全然知らなかった……そうなんだ」

「でも、ある段階から告白されなくなった。その理由は貴樹くんに彼女らしき人ができたって噂が出たからってことだけど……」

明里がいたずらっぽい目で言って、貴樹がわずかに迷惑そうな目をした。

「ああ、私のことかなあ」と佐々木。
「話の内容はいつも色気のない受験情報ばっかりだったんだけどね。でも、うちの組では3組のコとつきあってるって話になってたよ。よく一緒に帰ってるって」

「……あたしのこと?」
花苗が自分で自分を指した。

「うらやましいなあ。中学や高校時代に制服で一緒に下校っていうの、ちょっと憧れてたんだけど」と明里が言うと、「でも、バイクに乗って一緒に走るだけで会話なんてないですよ」と花苗が答えて、しばらくのあいだ、種子島の通学事情の話になり、「そういえば、就職のためには運転免許は取っておかないとダメだよね」と話が変転していったので、花苗と貴樹は内心ホッとしていた。

「澄田さんは、彼氏いるの?」
佐々木が唐突に聞いて、花苗は言葉に詰まってしまった。

「あれ、地雷踏んだ?」とごまかそうと佐々木が言ったけれど。

「サークルの先輩につきあってほしいって言われて、今、保留してる。でも、たぶんつきあうことになると思う。とても、気持ちが大きな人だから、安心できるんだ」

その言葉を聞いて、一番安堵したのは貴樹だったのかもしれない。

そのとき、「ごめんごめんごめん、遅れちゃったー」と騒がしい女性が入ってきた。

「理子、初めての人もいるんだよ」と明里にたしなめられている。

花苗が「あれ?」って思った。どこかで会った気がする。

(つづく)

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