最終更新: centaurus20041122 2014年05月27日(火) 10:30:54履歴
明里は田村とともに社長室に呼ばれていた。
内ポケットには辞職願を入れている。
一身上の都合により……という定型文しか書いていないが、自分がこんな文章をこんなにも早く書くとは思ってもいなかった。
「篠原さん……我が社としても、私個人としてもあなたを失うことは痛切の極みです。なんとか翻意願えませんか?」
島田社長、自ら説得してくださるとは。
明里は湧き出してくる涙をこらえながら「もうしわけありません」と頭を下げるしかなかった。
「たとえば、」
田村が言う。
「ウチを離れて、仕事を続けるというのは?」
そう言われても明里には意味がわからない。
「ど、どういうことでしょうか……」
「ちょっと待っててね」
島田社長が内線をかけている。
ほどなくしてドアがノックされ、招き入れられたのは焼けた肌の四宮由香子だった。
○○出版から出ているサーフィン雑誌『Onshore』の編集長だ。
「四宮さん、先日相談されていた人材の件ですが、適任と思われる人が見つかりました」
招き入れられた四宮も、きょとんとしている。
四宮と明里は「面識がある」程度だ。
社歴15年の四宮は、サーフィン業界大手雑誌の名物編集長で、花苗の記事の件で幾度か明里と会話したことがある。明里のことは、ファッション誌業界での勇名が漏れ伝わっていて知っているという程度だ。
しかしまあ、全日本を6連覇し、パイプラインを制覇した選手の知己というのは、代えがたい人だと思っていた。
「篠原さんは毎号読んでると聞いてるから知ってると思うけど、『Onshore』には地方特派員という制度があります」
島田が説明をはじめる。
「はあ……」
正直なところ、花苗のページ以外は流し読みだったのでよく覚えていない。
「湘南や仙台新港、外房から海外まで、主なサーフポイントに駐在していて、四季折々の情報を伝える役目。種子島特派員だった、太田亮プロが辞任したあと、空席が半年続いているのね。その仕事はどうかと思って」
「いや、でも、私、サーフィンなんてしたことないですよ?」
明里がかなり焦って返事をする。
やり取りを聞いていた四宮がひらめいた。
「初心者から始める講座企画っていうのは、似たり寄ったりだから、ファッション誌のモデル上がりの篠原さんが体当たりチャレンジするっていう企画は面白いかもですね」
四宮の言葉を受けて島田が続けた。
「本来なら、特派員はアルバイトや外部委託扱いなんだけど、そのくらいの体当たり企画をやりつつ、種子島を含む南九州から沖縄のサーフスポット情報を毎月提供するっていうくらいの業務量なら、正社員が行っても社内的には説得できるかな」
「とくに南九州には最重要スポットの宮崎がありますから」
とどめに四宮が言う。
外堀が埋められつつある。
「明里ちゃん、ジムに通ってるくらいだから、泳げるんでしょ?」
田村がやりとりを聞きつつ、促す。
「はあ、まあ……でも、こんなに特別扱いされたら、あとあと逆にいずらくなりそうで。それに……初心者講座はやはり、写真ありですよね。水着姿ですよね……」
「まあ、ビキニ姿のほうが受けはいいだろうけど、夏以外はラッシュガードやウェットスーツ姿が普通だから。それから、特派員の任期は任意だから、やり続けたければいつまでやってもいいから。遠野君がこっちに戻ってくるまで、やってみたら? 会社がここまで譲歩するのは珍しいことだけど、ファッション誌業界の中のあなたの位置は、想像以上に大きいのよ。手放すわけにはいかない」
田村が特別扱いの理由をこんこんと説明した。
「少し、考えさせていただけますか」
明里は珍しく貴樹、理子、そして花苗に「【緊急】相談事」と召集メールを送った。
(つづく)
内ポケットには辞職願を入れている。
一身上の都合により……という定型文しか書いていないが、自分がこんな文章をこんなにも早く書くとは思ってもいなかった。
「篠原さん……我が社としても、私個人としてもあなたを失うことは痛切の極みです。なんとか翻意願えませんか?」
島田社長、自ら説得してくださるとは。
明里は湧き出してくる涙をこらえながら「もうしわけありません」と頭を下げるしかなかった。
「たとえば、」
田村が言う。
「ウチを離れて、仕事を続けるというのは?」
そう言われても明里には意味がわからない。
「ど、どういうことでしょうか……」
「ちょっと待っててね」
島田社長が内線をかけている。
ほどなくしてドアがノックされ、招き入れられたのは焼けた肌の四宮由香子だった。
○○出版から出ているサーフィン雑誌『Onshore』の編集長だ。
「四宮さん、先日相談されていた人材の件ですが、適任と思われる人が見つかりました」
招き入れられた四宮も、きょとんとしている。
四宮と明里は「面識がある」程度だ。
社歴15年の四宮は、サーフィン業界大手雑誌の名物編集長で、花苗の記事の件で幾度か明里と会話したことがある。明里のことは、ファッション誌業界での勇名が漏れ伝わっていて知っているという程度だ。
しかしまあ、全日本を6連覇し、パイプラインを制覇した選手の知己というのは、代えがたい人だと思っていた。
「篠原さんは毎号読んでると聞いてるから知ってると思うけど、『Onshore』には地方特派員という制度があります」
島田が説明をはじめる。
「はあ……」
正直なところ、花苗のページ以外は流し読みだったのでよく覚えていない。
「湘南や仙台新港、外房から海外まで、主なサーフポイントに駐在していて、四季折々の情報を伝える役目。種子島特派員だった、太田亮プロが辞任したあと、空席が半年続いているのね。その仕事はどうかと思って」
「いや、でも、私、サーフィンなんてしたことないですよ?」
明里がかなり焦って返事をする。
やり取りを聞いていた四宮がひらめいた。
「初心者から始める講座企画っていうのは、似たり寄ったりだから、ファッション誌のモデル上がりの篠原さんが体当たりチャレンジするっていう企画は面白いかもですね」
四宮の言葉を受けて島田が続けた。
「本来なら、特派員はアルバイトや外部委託扱いなんだけど、そのくらいの体当たり企画をやりつつ、種子島を含む南九州から沖縄のサーフスポット情報を毎月提供するっていうくらいの業務量なら、正社員が行っても社内的には説得できるかな」
「とくに南九州には最重要スポットの宮崎がありますから」
とどめに四宮が言う。
外堀が埋められつつある。
「明里ちゃん、ジムに通ってるくらいだから、泳げるんでしょ?」
田村がやりとりを聞きつつ、促す。
「はあ、まあ……でも、こんなに特別扱いされたら、あとあと逆にいずらくなりそうで。それに……初心者講座はやはり、写真ありですよね。水着姿ですよね……」
「まあ、ビキニ姿のほうが受けはいいだろうけど、夏以外はラッシュガードやウェットスーツ姿が普通だから。それから、特派員の任期は任意だから、やり続けたければいつまでやってもいいから。遠野君がこっちに戻ってくるまで、やってみたら? 会社がここまで譲歩するのは珍しいことだけど、ファッション誌業界の中のあなたの位置は、想像以上に大きいのよ。手放すわけにはいかない」
田村が特別扱いの理由をこんこんと説明した。
「少し、考えさせていただけますか」
明里は珍しく貴樹、理子、そして花苗に「【緊急】相談事」と召集メールを送った。
(つづく)
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