新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

ホテル最上階のラウンジは間接照明で薄暗い中、ピアノの演奏が流れていた。
かなり落ち着いた空間になっている。眼下の夜景を楽しむためにそうしているようだ。

明里たちが入店したあと、すぐに理子と祐一の二人がついて入っていった。ターゲットの場所を確認するためだ。幸い、それほど広い店ではなかった。

店の前で貴樹と田村が待機していると、理子からの携帯メールが入った。

「入店どうぞ。ターゲットは入ってつきあたりの右奥、窓際席です」

監視チームがターゲットを囲むように座る。

伊勢島は何やらカクテルを勧めているようだ。

「篠原さんは就職はどう考えているの?」

ねちっこい感じで伊勢島が聞き始めた。マイクの感度は良好だ。

「まだ、なんとも……ただ、状況が厳しいのはわかっているつもりです」

「どうだろう……きみぐらい美しければ、そのままモデルでやっていけるだろうし、その気があれば世話もできるよ」

「本当ですか?」
明里がワザと乗り気な声を出した。

「モデルエージェンシーにはいろいろあって……」と、ここから伊勢島のうんちくがしばらく続く。田村は露骨に「あのクソやろう」と言い放っていた。「たぶん、ああやってうんちく語ってるうちに飲ませてその気にさせてたんだね。とんでもないヤツ」

「ああ、グラス空いたね。次はこれはどう?」と何やら勧めている。

聞きなれないカクテルの名前に、「なんの酒ですか?」と貴樹が田村に聞いている。

「ウォッカベースのキツいヤツ。でも、口当たりがいいんだよね。だから、後から酔いが回っちゃう。そういえば、明里ちゃんってお酒、強いの?」

「……うーん、僕と一緒のときは結構ヘロヘロになってるんですけど……」

「マズいわね……。会話もできないくらい落ちちゃったら……」

貴樹は一瞬も見逃さないと、じっと見つめている。

「明里ちゃん、僕もきみの将来をぜひバックアップしたい。そのためには僕たちはもう少しわかり合う必要があると思うんだけど」

いつの間にか、呼び方が「篠原さん」から「明里ちゃん」になっている。

貴樹が拳を握りしめる。あのハゲチビデブめ。日本海溝に沈めてやる。


「どういうことですか?」
意外にしっかりした口調の明里が返事している。

「あ、この続きはたとえば、客室でゆっくりしながらというのはどうだろう」

監視チームに緊張が走る。

「お部屋に?……どういうことですか?」
しらばっくれた感じで明里が答えている。

「きみも子供じゃないんだろう? 私が言っている意味がわかると思うのだが」

「客室にご一緒するということは、お泊りするということだと思うんですけど」

「まあ、君がそう思うのであれば」

「それはできません」
明里がピシャリと言った。

「私には婚約者がいますから。そんなことはできません」

強い口調で明里が答えたので、伊勢島が鼻白んだようだが、たたみかけるように問うてくる。

「その彼はきみの将来を保障してくれるのかな。文系女子にとっては、かなり厳しいご時世だ。私のような立場の者と知り合いという幸運で、将来を自分の力で切り開く、その一歩とも言えると思うのだけど」

「そういうことで切り開いた未来なんていりません」

明里の返答はまるで斬鉄剣のようだった。しかし、なおも、伊勢島は喰らいつく。
抵抗する相手ほど、入手しがいがあると思っているのだろう。

「モデル、いや、きみくらいの器量があればタレントの道も考えられる。そういう未来はいらないのかね?」

「別に。私は平凡でかまいません。好きな人の奥さんになれればそれでいいです」
返す刀でぶった切っていく明里に業を煮やしたのか、伊勢島がわざと凄みを利かせて口に出す。

「ふむ……。そういうことであれば、さしあたって、我が社の商品を着てのモデル活動はなかなか難しくなると思うが」

伊勢島がついに決定的な言葉を吐いた。

「伊勢島さん、セクシャル・ハラスメントってご存知ですか?」

「あ?……う……」
ここ最近、新聞紙上をにぎやかせているこの単語を、伊勢島ももちろん知っていたが、愚かなことに自分がやっていることがそれに該当するとは思っていなかった。

「雇用関係や上司と部下、または取引関係にかこつけて、性的関係を強要する犯罪行為です。あなたがやっているのはまさにそれです。そういうことであれば、私はモデルなんて辞めます。もう二度とお会いすることもないでしょうから、メールも送らないでください。それでは」
機関銃のように言い放って明里は席を立ち、颯爽と出口へ歩いて言った。

取り残された伊勢島の表情は見てとれないが凍ったように動かない。

「任務完了、かな」
田村が合図をして監視チームも撤収をはじめた。



エレベーターホールにて全員が合流し、伊勢島が来ないうちに階下へ誘導した。

「明里ちゃん、お疲れ様。大丈夫?」

「平気です。ちゃんと録音できてるかなあ……」

マイクロレコーダーを操作すると、明瞭な会話が聞こえてきた。

「最後に、誰があんたみたいなハゲチビデブとそんなことするもんかって言いたかったけど、目的のために障害になるかと思ってやめました」
しれっとして明里が言う。

「ああ、言わないでよかったと思うよ」理子が言う。

「きっと、私、爆笑したと思うから」

一同笑い、ようやく緊張がほぐれた。

「ここからは私の番。あいつともう会わなくなるようにいろいろ仕掛けを考えてるから、こうご期待」

田村がそう言った。

(つづく)

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