新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

年が明けた早々に、貴樹は退職願を事業部長に出した。

「どうした。あの仕事はお前のおかげで、もうすぐ終わるじゃないか。上も十分、お前の力を認めている。なにか不満があるのなら、できるだけ聞く。四月の発令で、役付きにする予定だったんだ」

事業部長はそう言って引きとめる。かなり意外だったようで、どうして辞めるのかがわからないといったふうだった。
しかし、貴樹は決意を変えなかった。

「待遇に不満はないです。ただ、かなり疲れました。それに、ここではない別のことをしたいと思ってるんです」

すべての説得を「申し訳ないですが」と断ると、今度は再就職先の世話をする、という。
それも「しばらく休みたい」と申し出て、とにかく「普通に」退職手続きを取らせてほしいとお願いした。それほど、貴樹は疲弊しており、すり減っていた。
心の中の芯が凍っているようなイメージで、それを溶かすには休養しかないと思っていた。

いろいろごちゃごちゃとしたことはあったが、貴樹は2月末に退職ということになった。泥沼案件は1月末に終わり、残り1か月は、細々とした雑件や後始末、別のプロジェクトの細かい仕事を請け負った。そのために、退職1か月前にして社内に知り合いが増えたのは皮肉なものだ。

泥沼案件が終わったと、全社一斉メールで通達が出たその日、前プロジェクトリーダーの藤井がやってきた。

「遠野……いろいろすまなかったな。お疲れ様」

たぶん、藤井にとっては最大限の謝罪だったのだろうと思う。



明里にも年明けに大きな変動があった。
正確には、その誘い、だ。

4月から新雑誌創刊プロジェクトが立ち上がる。創刊予定は半年後の10月。そのスタッフにならないか、という話だ。いうなればオープニング・スタッフ。それらのスタッフで雑誌の方向性が決まる。

編集長は田村が着くことになっていると聞いて、明里もついていくことに決めた。

年末にスカウトした理紗のことは田村に伝えていたが、しばらく『Vivo』で預かることにした。理紗は年明けに「やってみたい」と連絡してきていたのだ。

新雑誌はコンサバな『Vivo』よりもカジュアルな路線を考えていた。
これから、さまざまなことを決めていかなければならない。
忙しくなる。



「忙しくなるんだったら、俺、主夫しようか」

明里との夕食の席で貴樹が言う。山を越えて、今はこまごまとした件をこなしているだけなので、ここ最近は帰りが早い。

貴樹は退職したあと、1か月はなにもせずゆっくりしようと思っていた。
そのあとは……そのときだ。
本当は明里と小旅行にでも行きたいと思っていたけれど、明里のほうがそれどころではなくなってきていた。

「ん……本当につらくなってきたら、お願いするかも……」

貴樹は3月末で2年勤めていたサムド・システムズを退職した。
明里は4月1日付けで「新雑誌プロジェクト」に異動となった。
内示は2週間前に出ていたので、『Vivo』に残るスタッフに引き継ぎをしていったが、唯一、それにクレームをつけてきた人がいた。

加賀だ。

「田村、冗談じゃねえよ。俺はお前と篠原だから引き受けたんだ。いまさらトンズラこくのか?」

かなりヒートアップしている加賀に、淡々と田村が応答している。

「つまり、私と明里ちゃんと仕事したいわけね」

「おうよ」

「半年待って。それまではVivoで撮ってて。すぐにパイロット版の制作に入るから、その撮影も頼むし、秋に出る創刊号から表紙巻頭は加賀ちゃんって決めてるから」

そう言われて加賀が鼻白む。

「……たく、きたねえ奴だ。しょうがねえなあ……」

加賀もめでたく新雑誌のオープニングスタッフに加わることになった。

青葉ももちろん、その一員だ。

忘年会の件は、未だに二人の心の間にうずいていた。

「遠野、仕事辞めたんだって?」

「ん……いろいろあって。今は休暇中」

それを聞くと、青葉が言う。

「仕事が大変だからって2年でやめるなんて……」

そういいかけた青葉に、明里がぴしゃりと言う。

「青葉くん、なにも知らないのにそういうことを言うのはやめて。私はプライベートと仕事は分けて考えたいけど、度を越したらそうも言ってられない」

そのときの明里の目を見て、青葉は「こわい」と素直に思った。

「仕事を辞めてって言ったのは私だから。貴樹くん、本当におかしくなる寸前だったんだから」

「……ごめん。もう遠野のことは言わないよ……」

青葉は自分の思いが閉ざされたことを思い知った。

(つづく)

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