最終更新: centaurus20041122 2014年04月16日(水) 22:13:52履歴
僕が明里のことを特別な存在だと気づいたのは、小学校5年のある日のことだった。
トイレから戻ってくると、黒板の前に恥ずかしそうに、悲しそうに立ちすくんでいる明里を見つけた。
「何してるの?……!」
黒板には僕たち二人を冷やかす「相合傘」の落書き。
他愛のないものだけど、でも内気な明里には堪えているようで、カッとなった僕は落書きを消して、明里の手を取って二人で駆け出していた。カッとなったのは、その内容じゃなくて、僕がいないときを狙って、明里に狙いをつけてこういう嫌がらせをしたことについて、だった。
後ろからはやしたてる声が聞こえた気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。
僕が守らなきゃ。
僕は男で、明里は女の子で、だから。
そのときに僕は、自分の心の中に、それまでとは違う、特別な気持ちがあることに気づいた。そのあとの授業をさぼって、僕たち二人は図書室に隠れた。
まるで、二人だけの世界を探検している、そんな気分になりながら。
そのあと先生に見つかって、たっぷり叱られたんだけど。
僕たちはそのあともずっと一緒にいたから、クラスメイトも半ばあきらめたのか、あきれたのか、冷やかすこともなくなっていった。たぶん「公認」されたんだろう。
しかし、そういうことは僕たち二人にとってはどうでもいいことだった。
ただ、二人の世界がこのまま続いていけばいい。
そう思っていた。
僕は3年生から、明里は4年生からこの学校に来た、いわば中途参加者だ。
中学にあがるタイミングで、僕たちのことを誰も知らないところに行ければ、新しい二人の関係を誰にも邪魔されることなく作っていけるんじゃないか。
そう思って、明里に私立中学受験を誘ってみた。
少し驚いたようだったけど、僕たちは成績がいいほうだったので、見事合格。
二人の未来は何の迷いもなく、まっすぐ一直線に伸びている。
そう信じていた。
でも、それが崩れたのは明里の転校だった。
僕はどうしようもない事実の前で、沈み込み悲しんでいた明里のことを気遣う言葉さえかけられなかった。自分の小ささを思い知ったのは、それからずいぶんのあとのことで、ずっと心にひっかかっていた。
卒業式の日、最後に明里と会ったときでさえ、僕はまっすぐ彼女を見ることができなかった。
半年後に明里から手紙が来て、文通がはじまった。
明里は僕がしたことを責めなかった。
失ってからわかる大切なモノの存在。
一度はあきらめた明里のことを、僕は再び心の中に刻みこんでいった。
その後、転校が決まり、「もしかしたらもう永遠に会えないかもしれない」と感じた僕は、明里の住む遠い街まで会いに行ったのだけど、大雪に会い、到着は約束の4時間遅れになってしまった。
でも、深夜の駅で明里は一人待っていてくれた。
僕は「さよなら」の覚悟をして明里に会いに行った。
だけども。
僕たちは雪の降り積もる桜の木の下で、初めてのキスをした。
その瞬間、世界のすべてが変わり、明里の存在だけが唯一無二のものになった。
通学の途中に、一面を見渡せる丘があり、たまに一人で登っていた。
暮れていく海を見ながら、昔のことを思い出す。
小学校のころを思い出すと、今は一日一日が、はがゆいほど遅く感じていた。
かといって、過ぎ去った中学の2年間は、なんだかあっという間のような気もしていた。
地球の自転はもしかして一定していないのかな、なんてばかばかしいことを考えたり。
でも、これだけは言える。
あのキスのあと、僕の心はあれからある意味、止まったままなのだ。
(つづく)
トイレから戻ってくると、黒板の前に恥ずかしそうに、悲しそうに立ちすくんでいる明里を見つけた。
「何してるの?……!」
黒板には僕たち二人を冷やかす「相合傘」の落書き。
他愛のないものだけど、でも内気な明里には堪えているようで、カッとなった僕は落書きを消して、明里の手を取って二人で駆け出していた。カッとなったのは、その内容じゃなくて、僕がいないときを狙って、明里に狙いをつけてこういう嫌がらせをしたことについて、だった。
後ろからはやしたてる声が聞こえた気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。
僕が守らなきゃ。
僕は男で、明里は女の子で、だから。
そのときに僕は、自分の心の中に、それまでとは違う、特別な気持ちがあることに気づいた。そのあとの授業をさぼって、僕たち二人は図書室に隠れた。
まるで、二人だけの世界を探検している、そんな気分になりながら。
そのあと先生に見つかって、たっぷり叱られたんだけど。
僕たちはそのあともずっと一緒にいたから、クラスメイトも半ばあきらめたのか、あきれたのか、冷やかすこともなくなっていった。たぶん「公認」されたんだろう。
しかし、そういうことは僕たち二人にとってはどうでもいいことだった。
ただ、二人の世界がこのまま続いていけばいい。
そう思っていた。
僕は3年生から、明里は4年生からこの学校に来た、いわば中途参加者だ。
中学にあがるタイミングで、僕たちのことを誰も知らないところに行ければ、新しい二人の関係を誰にも邪魔されることなく作っていけるんじゃないか。
そう思って、明里に私立中学受験を誘ってみた。
少し驚いたようだったけど、僕たちは成績がいいほうだったので、見事合格。
二人の未来は何の迷いもなく、まっすぐ一直線に伸びている。
そう信じていた。
でも、それが崩れたのは明里の転校だった。
僕はどうしようもない事実の前で、沈み込み悲しんでいた明里のことを気遣う言葉さえかけられなかった。自分の小ささを思い知ったのは、それからずいぶんのあとのことで、ずっと心にひっかかっていた。
卒業式の日、最後に明里と会ったときでさえ、僕はまっすぐ彼女を見ることができなかった。
半年後に明里から手紙が来て、文通がはじまった。
明里は僕がしたことを責めなかった。
失ってからわかる大切なモノの存在。
一度はあきらめた明里のことを、僕は再び心の中に刻みこんでいった。
その後、転校が決まり、「もしかしたらもう永遠に会えないかもしれない」と感じた僕は、明里の住む遠い街まで会いに行ったのだけど、大雪に会い、到着は約束の4時間遅れになってしまった。
でも、深夜の駅で明里は一人待っていてくれた。
僕は「さよなら」の覚悟をして明里に会いに行った。
だけども。
僕たちは雪の降り積もる桜の木の下で、初めてのキスをした。
その瞬間、世界のすべてが変わり、明里の存在だけが唯一無二のものになった。
通学の途中に、一面を見渡せる丘があり、たまに一人で登っていた。
暮れていく海を見ながら、昔のことを思い出す。
小学校のころを思い出すと、今は一日一日が、はがゆいほど遅く感じていた。
かといって、過ぎ去った中学の2年間は、なんだかあっという間のような気もしていた。
地球の自転はもしかして一定していないのかな、なんてばかばかしいことを考えたり。
でも、これだけは言える。
あのキスのあと、僕の心はあれからある意味、止まったままなのだ。
(つづく)
コメントをかく