最終更新: centaurus20041122 2014年06月22日(日) 21:02:55履歴
12月も暦が進み、23日となった。
貴樹のプロジェクトはまだ終わらないが、なんとか終わりの見通しが見えてくるまでにはなっていた。
ようやく。
ここまでが長かったのだから、終わるというのが社内では驚異的ととらえられていた。
「これで終われそうだ」
独り言を思わず言ってしまった。
この日は天皇誕生日で休日だ。しかし、例によって貴樹は休日出勤中。
最後にサルベージすべきプログラム片を特定する作業を続けている。これさえ終われば、他人に任せられる。ディスプレイをにらむ。
デスクの上で不意に携帯がはねた。
音を切ってたのでバイブ機能が働いたのだ。
見てみると、理紗からのメールだった。
「昼食を一緒に食べませんか」
いつものように、貴樹は「じゃあ、いつもの店で」と返信した。
明里は市ヶ谷にある印刷会社の、出張校正室で色校の山に埋もれていた。
この色はねむい、もっとビビッドに!
版ずれなおす!
マゼンタ強く!
色校にどんどん赤字を入れていく。
そのほか、文字修正の赤入れ。
おかしいなあ、ゲラでちゃんと赤入れしたのに、まだこんなに気になるところがあるなんて。
忘年会での、青葉の告白のことは貴樹には言ってなかった。
自分が受け流せばいいだけのことだ。
ただ、心のどこかに、あの告白をうれしく思っている自分がいて、そのことに驚き、嫌悪している自分がいる。
頭を抱えながら、作業を続けて朝になっていた。
まあ、校了日っていうのは、こんなものだ。
今日は休日だけど、印刷会社は眠らない。この先、わずかにある年末年始の休みのために、あらゆる出版社の定期刊行物の締め切りが前倒しされ、編集者たちがきりきり舞いしている。
かなり切羽つまっていたので、念校は出せなかった。だから、この校了でしっかりとチェックするしかないのだ。
忙しかったから、今年のクリスマスの予定は何もなかった。
だから、せめて何か記憶に残るようなことをしてやりたかった。
貴樹くんに。
今日は貴樹くんも休日出勤しているから、お昼ごはん時に襲撃しようかしら。
朝9時の朝食代わりのサンドウィッチをほおばりながら、明里はプランを練っている。
校了はもうすぐ終わる。
いろいろ準備。
今日と明日は休みだ。まあ、今日は完徹明けで帰っても寝るだけだけど。
その2時間後に、校了は終わり、「じゃあ、明日はみんなお休みで」と田村が通達し、明里はその足で、市ヶ谷の坂を下り外堀を渡ってJRの駅へ向かい、立川行きの電車に乗る。
明里が三鷹駅に着いたのは11時40分ころだった。
そのまま徒歩5分ほどの貴樹の勤務先へ向かう。
てくてくとと歩いていて、貴樹の勤務先が入っているビルのエントランスが見えるところまで来たあたりで、貴樹らしい人影が入口から出てきた。
思わず駆け寄ろうとしたそのとき、貴樹は軽く別の方向へ向けて手をあげた。
誰かに合図を送っているようで、明里は不快になる。
貴樹が歩いていく、その先に一人の女性が立っていた。
それだけで明里に愕然とした気持ちが急速に湧きだす。
貴樹が浮気する、というのはありえないと思っていた。
それこそ、いま隕石が落下して世界が終焉を迎えることよりもありえないと思っていた。
しかし、現実は自分の恋人が、知らない女性のところに歩いていっている。
じっと見る。
背の高さは自分と同じくらいだ。
眼鏡をかけているよう。
パッと見た感じは地味な印象だ。
ただ、明里もモデルを3年半やり、ファッション誌の編集を2年やっているから、その地味な印象の奥底に敢然としている輝きがあることに気付いている。
「あの人、美人だ……」
自分とは違うタイプだと思った。
貴樹とその女性は落ち合い、慣れた感じで並んで歩いていく。
腕を組んだり、手をつないだりはしていない。
微妙な距離を保ちつつ歩いている。
まるで好意を持ちあっている中学生が緊張しつつ一緒に下校している、といった感じで着いたのは何の変哲もない喫茶店だった。
探偵のように尾行していた明里は、外に出ていたメニューを見る。
「カツカレーって、ここのだったのか……」
ずいぶん前に「お昼はちゃんと食べてるよ」と言っていた言葉を思い出していた。
(つづく)
貴樹のプロジェクトはまだ終わらないが、なんとか終わりの見通しが見えてくるまでにはなっていた。
ようやく。
ここまでが長かったのだから、終わるというのが社内では驚異的ととらえられていた。
「これで終われそうだ」
独り言を思わず言ってしまった。
この日は天皇誕生日で休日だ。しかし、例によって貴樹は休日出勤中。
最後にサルベージすべきプログラム片を特定する作業を続けている。これさえ終われば、他人に任せられる。ディスプレイをにらむ。
デスクの上で不意に携帯がはねた。
音を切ってたのでバイブ機能が働いたのだ。
見てみると、理紗からのメールだった。
「昼食を一緒に食べませんか」
いつものように、貴樹は「じゃあ、いつもの店で」と返信した。
明里は市ヶ谷にある印刷会社の、出張校正室で色校の山に埋もれていた。
この色はねむい、もっとビビッドに!
版ずれなおす!
マゼンタ強く!
色校にどんどん赤字を入れていく。
そのほか、文字修正の赤入れ。
おかしいなあ、ゲラでちゃんと赤入れしたのに、まだこんなに気になるところがあるなんて。
忘年会での、青葉の告白のことは貴樹には言ってなかった。
自分が受け流せばいいだけのことだ。
ただ、心のどこかに、あの告白をうれしく思っている自分がいて、そのことに驚き、嫌悪している自分がいる。
頭を抱えながら、作業を続けて朝になっていた。
まあ、校了日っていうのは、こんなものだ。
今日は休日だけど、印刷会社は眠らない。この先、わずかにある年末年始の休みのために、あらゆる出版社の定期刊行物の締め切りが前倒しされ、編集者たちがきりきり舞いしている。
かなり切羽つまっていたので、念校は出せなかった。だから、この校了でしっかりとチェックするしかないのだ。
忙しかったから、今年のクリスマスの予定は何もなかった。
だから、せめて何か記憶に残るようなことをしてやりたかった。
貴樹くんに。
今日は貴樹くんも休日出勤しているから、お昼ごはん時に襲撃しようかしら。
朝9時の朝食代わりのサンドウィッチをほおばりながら、明里はプランを練っている。
校了はもうすぐ終わる。
いろいろ準備。
今日と明日は休みだ。まあ、今日は完徹明けで帰っても寝るだけだけど。
その2時間後に、校了は終わり、「じゃあ、明日はみんなお休みで」と田村が通達し、明里はその足で、市ヶ谷の坂を下り外堀を渡ってJRの駅へ向かい、立川行きの電車に乗る。
明里が三鷹駅に着いたのは11時40分ころだった。
そのまま徒歩5分ほどの貴樹の勤務先へ向かう。
てくてくとと歩いていて、貴樹の勤務先が入っているビルのエントランスが見えるところまで来たあたりで、貴樹らしい人影が入口から出てきた。
思わず駆け寄ろうとしたそのとき、貴樹は軽く別の方向へ向けて手をあげた。
誰かに合図を送っているようで、明里は不快になる。
貴樹が歩いていく、その先に一人の女性が立っていた。
それだけで明里に愕然とした気持ちが急速に湧きだす。
貴樹が浮気する、というのはありえないと思っていた。
それこそ、いま隕石が落下して世界が終焉を迎えることよりもありえないと思っていた。
しかし、現実は自分の恋人が、知らない女性のところに歩いていっている。
じっと見る。
背の高さは自分と同じくらいだ。
眼鏡をかけているよう。
パッと見た感じは地味な印象だ。
ただ、明里もモデルを3年半やり、ファッション誌の編集を2年やっているから、その地味な印象の奥底に敢然としている輝きがあることに気付いている。
「あの人、美人だ……」
自分とは違うタイプだと思った。
貴樹とその女性は落ち合い、慣れた感じで並んで歩いていく。
腕を組んだり、手をつないだりはしていない。
微妙な距離を保ちつつ歩いている。
まるで好意を持ちあっている中学生が緊張しつつ一緒に下校している、といった感じで着いたのは何の変哲もない喫茶店だった。
探偵のように尾行していた明里は、外に出ていたメニューを見る。
「カツカレーって、ここのだったのか……」
ずいぶん前に「お昼はちゃんと食べてるよ」と言っていた言葉を思い出していた。
(つづく)
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