最終更新: centaurus20041122 2014年03月30日(日) 19:12:03履歴
その年のクリスマスイブは木曜日だった。
貴樹と明里はお互いの部屋に泊まる日を金曜と土曜に限定していたが、この日だけは特例扱いすることにした。
池袋のサンシャインでプラネタリウムを見たあと、水族館をめぐり、そのまま新宿へ。
小田急線に乗り換えて参宮橋まで行き、幼いころ二人で歩きまわった想い出の場所を巡ってみた。
あの日。
相合傘の落書きで冷やかされた事件を機に、二人で初めて手をつないだ日から、明里は「貴樹くん」と呼ぶようになった。
それは小学生の女の子でも意識する、ステージの上昇だ。
そして今、明里は19歳となり、少しの間だけお姉さんだ(貴樹の誕生日は2月22日なのだ)
。あのころ同じくらいだった背の高さも15センチほどの差がある。とはいっても明里も160センチあるから決して小さいわけではない。
貴樹の左側に並び、腕をからませながら踏切を越える。
駅近くのファーストフード店で、軽食を取った。この店も小学生のころ、何度も通った店だ。
あとは……。
「神社に行ってみようか」
代々木八幡の駅まで歩き、社への階段を昇っていくと、昔よく遊んだ参道が見えてきた。
12月末にしては暖かな陽射しで、木漏れ日を求めて猫が2匹丸まっている。
「チョビはどうしてるかなあ……もしかしたらチョビの子供だったりして」
「そうだったらいいね」
神社でしばらく散策したあと、代々木公園へ流れていく。
毎年、二人だけの花見をここでやることに決めていた。夜は宴会でうるさいので、昼間に静かに。とはいっても、昼間から騒いでる学生たちもいるのだけど。
風が冷たくなり始めた。日が傾く。冬至を過ぎたばかりで16時半には日没になってしまう。この日は抜けるような青空で、たぶん放射冷却のためだろう、冷え込みが激しかった。明里はより強く腕をからませてる。それが、しんしんと迫る寒さのためかと思った。
「大丈夫? 寒い?」
「平気。ね、原宿のほうへ行こう。表参道のイルミネーションが見たいの」
表参道へ続く歩道は、これでもかという数のカップルが歩いている。
小学生のころのクリスマスは、「プレゼントがもらえる」「ケーキが食べられる」の二つしか思い入れがなかった。中学と高校時代は苦い記憶と妄想に彩られていた。
だから、こんなふうに東京の景色の中で、イブに二人で腕を組みながら散歩しているのが、まるで夢のようなのだ。
日が暮れて群青色の空に月齢2ほどの細い三日月がかかり、街角からはクリスマスソングが流れ出す。表参道のイルミネーションが遠くまで続き、綺麗なパースペクティブを描いていた。
「毎年かかるあの曲って、歌詞をよく読んだら失恋の曲なのに、どうして毎年かかるのかなあ」
「よく考えたら、ハッピーなクリスマスの曲ってあまりないかも」
変なの、なんて二人で笑いながら歩いてると、追い抜きざま「あれ、明里?」と声をかけられた。
明里のバイト先の人らしい。ショートヘアにボーイッシュな出で立ち。服装は洗練されていてそつがない感じ。
「あれ? 彼氏? もしかして毎号書いてる、あの人?」
にこやかに明里に話しかけながら、ちらちらと貴樹を値踏みするように見ている。
明里がモデルをしている雑誌では、編集後記の欄に、モデルも一言コメントを書く場所があり、明里は毎号、「彼氏の話」を書いていたのだ。
「はい、二人で初めてのイブなんです」
さすがに雑誌のモデルだけあって、その人はきれいだった。
「野宮さんはこれから?」
「うん、彼氏と待ち合わせ。じゃあね」
速足で追いぬいていく。表参道方面らしい。
そうしたら、今度は向こうから歩いてきた男二人に「とーのー!」と今度は貴樹が声をかけられた。なんだかあたふたしている貴樹だ。
「あ、大学の同級生……」
野郎二人組に見つかって、面倒くさいことになったと顔で言っている。
「おお、彼女さん? こりゃ、かわいいなあ」
「どうも」
にっこりと笑顔で受ける明里。
「そっか、だから合コン断ったのか。お前さあ、あまり恋愛方面話さないからなあ。そうか、まあ、彼女いてもおかしくはないよな」
あちらが自分で自虐的な方向へ話題を振っていってくれたので、貴樹は内心ホッとする。
「幸せカップルの邪魔すると不幸になりそうなので行くわ、じゃあな」
あまり面倒くさくならずに通過できてよかった。
「貴樹くん、私のこと、友達に言ってないの?」
「聞かれたら言うけど、自分からは言わないよ」
「そりゃ、そうだろうけど……」
少し複雑な気分の明里だけど、ちゃんと合コンは断ってくれているようなので許すことにした。
それにしてもイブだからといって、こんなに人口過密な東京で知り合いに会いすぎだろうと貴樹は思ってしまう。ところが明里が、「今日はこんなに人が多いからたぶん大丈夫だけど、平日の午後とか歩いてたら、よく声かけられるよ」とびっくりするようなことを言う。
「え、ナンパ?」
「まあ、そういうのもあるけど、『雑誌に出てるモデルさんですよね』って」
「ああ……なんだか心配だなあ」
「大丈夫、たいていは誰かと一緒だから。あまり一人では出歩かないようにはしてる。それは編集部からもそう言われてるし」
「どうしてもヤバいと思ったら、俺に電話して。迎えに行くから」
「そんなこと言っていいの? 毎日電話しちゃうよ?」
笑いながら明里が言う。そして、「あ、ついた。ここ、予約してあるの」
と、ビルの2階にあるオシャレなレストランに連れていかれたのだった。
(つづく)
貴樹と明里はお互いの部屋に泊まる日を金曜と土曜に限定していたが、この日だけは特例扱いすることにした。
池袋のサンシャインでプラネタリウムを見たあと、水族館をめぐり、そのまま新宿へ。
小田急線に乗り換えて参宮橋まで行き、幼いころ二人で歩きまわった想い出の場所を巡ってみた。
あの日。
相合傘の落書きで冷やかされた事件を機に、二人で初めて手をつないだ日から、明里は「貴樹くん」と呼ぶようになった。
それは小学生の女の子でも意識する、ステージの上昇だ。
そして今、明里は19歳となり、少しの間だけお姉さんだ(貴樹の誕生日は2月22日なのだ)
。あのころ同じくらいだった背の高さも15センチほどの差がある。とはいっても明里も160センチあるから決して小さいわけではない。
貴樹の左側に並び、腕をからませながら踏切を越える。
駅近くのファーストフード店で、軽食を取った。この店も小学生のころ、何度も通った店だ。
あとは……。
「神社に行ってみようか」
代々木八幡の駅まで歩き、社への階段を昇っていくと、昔よく遊んだ参道が見えてきた。
12月末にしては暖かな陽射しで、木漏れ日を求めて猫が2匹丸まっている。
「チョビはどうしてるかなあ……もしかしたらチョビの子供だったりして」
「そうだったらいいね」
神社でしばらく散策したあと、代々木公園へ流れていく。
毎年、二人だけの花見をここでやることに決めていた。夜は宴会でうるさいので、昼間に静かに。とはいっても、昼間から騒いでる学生たちもいるのだけど。
風が冷たくなり始めた。日が傾く。冬至を過ぎたばかりで16時半には日没になってしまう。この日は抜けるような青空で、たぶん放射冷却のためだろう、冷え込みが激しかった。明里はより強く腕をからませてる。それが、しんしんと迫る寒さのためかと思った。
「大丈夫? 寒い?」
「平気。ね、原宿のほうへ行こう。表参道のイルミネーションが見たいの」
表参道へ続く歩道は、これでもかという数のカップルが歩いている。
小学生のころのクリスマスは、「プレゼントがもらえる」「ケーキが食べられる」の二つしか思い入れがなかった。中学と高校時代は苦い記憶と妄想に彩られていた。
だから、こんなふうに東京の景色の中で、イブに二人で腕を組みながら散歩しているのが、まるで夢のようなのだ。
日が暮れて群青色の空に月齢2ほどの細い三日月がかかり、街角からはクリスマスソングが流れ出す。表参道のイルミネーションが遠くまで続き、綺麗なパースペクティブを描いていた。
「毎年かかるあの曲って、歌詞をよく読んだら失恋の曲なのに、どうして毎年かかるのかなあ」
「よく考えたら、ハッピーなクリスマスの曲ってあまりないかも」
変なの、なんて二人で笑いながら歩いてると、追い抜きざま「あれ、明里?」と声をかけられた。
明里のバイト先の人らしい。ショートヘアにボーイッシュな出で立ち。服装は洗練されていてそつがない感じ。
「あれ? 彼氏? もしかして毎号書いてる、あの人?」
にこやかに明里に話しかけながら、ちらちらと貴樹を値踏みするように見ている。
明里がモデルをしている雑誌では、編集後記の欄に、モデルも一言コメントを書く場所があり、明里は毎号、「彼氏の話」を書いていたのだ。
「はい、二人で初めてのイブなんです」
さすがに雑誌のモデルだけあって、その人はきれいだった。
「野宮さんはこれから?」
「うん、彼氏と待ち合わせ。じゃあね」
速足で追いぬいていく。表参道方面らしい。
そうしたら、今度は向こうから歩いてきた男二人に「とーのー!」と今度は貴樹が声をかけられた。なんだかあたふたしている貴樹だ。
「あ、大学の同級生……」
野郎二人組に見つかって、面倒くさいことになったと顔で言っている。
「おお、彼女さん? こりゃ、かわいいなあ」
「どうも」
にっこりと笑顔で受ける明里。
「そっか、だから合コン断ったのか。お前さあ、あまり恋愛方面話さないからなあ。そうか、まあ、彼女いてもおかしくはないよな」
あちらが自分で自虐的な方向へ話題を振っていってくれたので、貴樹は内心ホッとする。
「幸せカップルの邪魔すると不幸になりそうなので行くわ、じゃあな」
あまり面倒くさくならずに通過できてよかった。
「貴樹くん、私のこと、友達に言ってないの?」
「聞かれたら言うけど、自分からは言わないよ」
「そりゃ、そうだろうけど……」
少し複雑な気分の明里だけど、ちゃんと合コンは断ってくれているようなので許すことにした。
それにしてもイブだからといって、こんなに人口過密な東京で知り合いに会いすぎだろうと貴樹は思ってしまう。ところが明里が、「今日はこんなに人が多いからたぶん大丈夫だけど、平日の午後とか歩いてたら、よく声かけられるよ」とびっくりするようなことを言う。
「え、ナンパ?」
「まあ、そういうのもあるけど、『雑誌に出てるモデルさんですよね』って」
「ああ……なんだか心配だなあ」
「大丈夫、たいていは誰かと一緒だから。あまり一人では出歩かないようにはしてる。それは編集部からもそう言われてるし」
「どうしてもヤバいと思ったら、俺に電話して。迎えに行くから」
「そんなこと言っていいの? 毎日電話しちゃうよ?」
笑いながら明里が言う。そして、「あ、ついた。ここ、予約してあるの」
と、ビルの2階にあるオシャレなレストランに連れていかれたのだった。
(つづく)
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