最終更新: centaurus20041122 2014年05月28日(水) 10:16:58履歴
中野坂上の明里の部屋に、貴樹、理子、花苗の四人が集合したのはその日の夜9時だった。
明里から「【緊急】相談事」というサブジェクトのメールが届いたのは初めてのことで、何事かとかけつけたのだ。
「いったい何?」
「どうしたの?」
みんな口々に言う。
全員分の紅茶をいれたあと、明里はその日、会社から提示されたことを説明した。
まず、貴樹が種子島へ転勤になること。
だから、自分は退職してついていこうと辞意を示したら、意外な提案を受けたということを。
それは、「サーフィン雑誌に異動となり、種子島や南九州・沖縄の情報を送る地方特派員」と、「初心者企画の体験モデルになる」という二つだった。
これまでは前者だけで、それはアルバイトや契約社員の業務範囲だったけれど、今回は後者も加えることによって、業務量バランスや難易度をクリアし、正社員が行うべき業務であると、全社に説明できうるようにした、ということだった。
「とても……いい条件だと思うけど。明里がその話を受けてくれるんだったら、僕としては何の文句もない。ただ、サーフィンうんぬんのことについては、僕がやることじゃないから何とも」
貴樹が控え目に言う。妻が水着姿を晒すということに関しては複雑な気持ちだったが、夏はラッシュガード、その他の季節はウェットスーツを着るという話を聞いたので、「その程度だったら……」とあえて心にしまった。
「種子島でサーフィンしてお金もらえるんだなんて!! 変わってほしいくらい!!」
発言主はもちろん理子。JAXAで仕事しながらも、サーフィンは続けているという。
「種子島宇宙センターは世界一美しい射場って呼ばれてるからね。波もいいし……」
遠い目をしながら語り始めたので、明里が「だめだこりゃ」と話を続ける。
「問題は、私、本当に素人だから、初心者体験企画だとしても、カメラマンとかチューター役だとか」
黙ってきいていた花苗が口を開いた。
「四宮編集長はよく知ってるから、そのあたりはうまく根回しできるよ。編集部だって考えてるだろうし。明里さんはどうしても編集者視点で考えちゃうからだろうけど、今回、明里さんは体験モデル役だから、裏方の仕事は編集部に任せればいいよ。チューター役をやりたがる人は種子島にはいっぱいいるけど、例えば私の姉なんてどうかな。福岡大サーフィン部だったから、腕はばっちり」
「澄田先生か……」
貴樹が少し遠い目をする。
「貴樹くんは知ってる人?」
「直接教えてもらったことはないけれど、母校の先生だよ。日食のあのとき、俺たちに声をかけてくれた人」
「あ、あの、きれいな人……」
「それ聞いたら、きっと喜びます」
花苗が苦笑しながら言う。
「澄田先生は今、どうしてるの?」
「同僚の教師と結婚して、この間、3人めが生まれたの。きっと、育児休暇中なのに産後ダイエットだと称してサーフィンしまくってると思うよ。元々おっきい胸が授乳でさらに張ってるのにビキニ着てさ」
呆れながら花苗が言うが、一人男性の貴樹が赤面している。
「じゃあ……この話、私、受けようと思います。花苗さん、近々、一緒にうちの会社に来てくれるかな……」
明里が決意した。会社がここまでしてくれるのだから、少々の恥ずかしさなんてかなぐり捨てないといけない。
「うん、いつでも。というのは……あ、私もちょっと報告」
花苗がするりと言った。
「昨日、学校に辞表だしたの。ハワイに、行くことにした」
一同、沈黙のあと、「ええええええええっっっっっ」という声が響きわたった。
(つづく)
明里から「【緊急】相談事」というサブジェクトのメールが届いたのは初めてのことで、何事かとかけつけたのだ。
「いったい何?」
「どうしたの?」
みんな口々に言う。
全員分の紅茶をいれたあと、明里はその日、会社から提示されたことを説明した。
まず、貴樹が種子島へ転勤になること。
だから、自分は退職してついていこうと辞意を示したら、意外な提案を受けたということを。
それは、「サーフィン雑誌に異動となり、種子島や南九州・沖縄の情報を送る地方特派員」と、「初心者企画の体験モデルになる」という二つだった。
これまでは前者だけで、それはアルバイトや契約社員の業務範囲だったけれど、今回は後者も加えることによって、業務量バランスや難易度をクリアし、正社員が行うべき業務であると、全社に説明できうるようにした、ということだった。
「とても……いい条件だと思うけど。明里がその話を受けてくれるんだったら、僕としては何の文句もない。ただ、サーフィンうんぬんのことについては、僕がやることじゃないから何とも」
貴樹が控え目に言う。妻が水着姿を晒すということに関しては複雑な気持ちだったが、夏はラッシュガード、その他の季節はウェットスーツを着るという話を聞いたので、「その程度だったら……」とあえて心にしまった。
「種子島でサーフィンしてお金もらえるんだなんて!! 変わってほしいくらい!!」
発言主はもちろん理子。JAXAで仕事しながらも、サーフィンは続けているという。
「種子島宇宙センターは世界一美しい射場って呼ばれてるからね。波もいいし……」
遠い目をしながら語り始めたので、明里が「だめだこりゃ」と話を続ける。
「問題は、私、本当に素人だから、初心者体験企画だとしても、カメラマンとかチューター役だとか」
黙ってきいていた花苗が口を開いた。
「四宮編集長はよく知ってるから、そのあたりはうまく根回しできるよ。編集部だって考えてるだろうし。明里さんはどうしても編集者視点で考えちゃうからだろうけど、今回、明里さんは体験モデル役だから、裏方の仕事は編集部に任せればいいよ。チューター役をやりたがる人は種子島にはいっぱいいるけど、例えば私の姉なんてどうかな。福岡大サーフィン部だったから、腕はばっちり」
「澄田先生か……」
貴樹が少し遠い目をする。
「貴樹くんは知ってる人?」
「直接教えてもらったことはないけれど、母校の先生だよ。日食のあのとき、俺たちに声をかけてくれた人」
「あ、あの、きれいな人……」
「それ聞いたら、きっと喜びます」
花苗が苦笑しながら言う。
「澄田先生は今、どうしてるの?」
「同僚の教師と結婚して、この間、3人めが生まれたの。きっと、育児休暇中なのに産後ダイエットだと称してサーフィンしまくってると思うよ。元々おっきい胸が授乳でさらに張ってるのにビキニ着てさ」
呆れながら花苗が言うが、一人男性の貴樹が赤面している。
「じゃあ……この話、私、受けようと思います。花苗さん、近々、一緒にうちの会社に来てくれるかな……」
明里が決意した。会社がここまでしてくれるのだから、少々の恥ずかしさなんてかなぐり捨てないといけない。
「うん、いつでも。というのは……あ、私もちょっと報告」
花苗がするりと言った。
「昨日、学校に辞表だしたの。ハワイに、行くことにした」
一同、沈黙のあと、「ええええええええっっっっっ」という声が響きわたった。
(つづく)
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