ゴッドイーターでエロパロスレの保存庫の避難所です

 おそらく、根が真面目だということもあったんだろう。

『催眠術、ですか?』
 アリサの事情は、例の感応現象とやらでなんとなく知っていた。
 なので非番の暇を使って、アナグラ内の資料庫を巡り、そういう書物をかき集めた。
 意識の制御や、催眠にかかりにくくなる自己暗示などを書き綴ったいくつもの本の束、束、束。
 あからさまに過去の傷に触れるのは、少し無神経かとも思ったけれど、
『……ありがとう、ございます』
 彼女は嬉しそうにほほ笑んでくれたので、まあ、いいとしよう。

 さて、俺としてはあそこで本を彼女に押し付けて、そのまま残りの非番を満喫しようと思っていたんだけど。

『じゃあ、どこで読みましょうか?』
『は?』
『私の部屋……は、散らかってるし、リーダーの部屋でもいいですか? あ、そうだ! 私、飲み物買ってきますね』
 彼女の中では、俺が一緒に読むことを前提に話が進んでいたらしく。
 嬉しそうな顔でパタパタと自販機へ走っていく姿に、それを拒否する言葉をかけられるはずもなく。

「……」
「……」

 そうして、今に至るわけである。
 正直、暇だ。

 ソファの隣には、真剣な表情でページを進めるアリサ。
 女の子が自分の部屋にいるというシチュエーションは、男としてはかなりクルものがあるというか。
 談笑に耽ったり、いい感じの雰囲気になりたいという希望はあったんだけど。

 でも、
「……」
 俺の勧めた提案に真剣に向き合ってくれている彼女の集中を、声をかけて邪魔することは出来ないのだった。

 根が真面目なアリサは、ミッション並に読書に集中している。
 そこまで本に興味を見いだせない俺としては、暇でしょうがない。
 うーん、これならコウタとバガラリーでも見ていた方が、まだ有意義な休日になったかも。

 はあ、と思わずため息を吐くと、
「……リーダー、ちゃんと真剣に読んでますか?」
 むっ、とした顔を本から覗かせて、アリサがこちらを見た。

 読んでますよ、真剣ですよ。
 掌をひらひらと振ってアピールしてみる。

「…もう。そもそもはリーダーの発案なんだから、退屈そうにしてないでちゃんと読んでください」
 俺は別に一緒に読むだなんてイッテナインダケドナー。
「ジュース代は私持ちなんだから、付き合ってもらっているのはそれでチャラです」
 付き合わせてるって自覚はあったのか。
「……せっかく二人っきりなのに」

 ぼそ、と呟かれた言葉は、聞こえなかったということにしておこう。
 俺の聞き間違いかもしれないし、その言葉にそういう意図が込められているとは限らない。

 顔が赤いのは、たぶん部屋がちょっと暑いからだろう。俺も暑い。

 パタン、と。
 隣で本を閉じた音がした。
 とうとう彼女も飽きたのだろうか、と、本に目を通すフリをしながら思う。
 アリサが立ちあがったのが、ソファーの沈み具合でわかる。

 トイレか何かだろうと思っていたら、なにやら俺の部屋を物色し始めた。

 冷蔵庫の中を開けたり、ベッドの下を覗いたり。
 首を傾げたかと思えば、ふんふん、と、納得したように呟いたり。
 特に面白いものは無いと思うんだけど。

「……考えてみれば、リーダーの部屋に入れてもらうの、初めてなんですよね」
 まあ、用事がある時は俺からアリサの部屋に向かうから、当然だろう。
 アリサに限らず、あまり他人をこの部屋に入れたことはない。
 というか、読書は?
「……」
 俺の追及の視線から逃れるように、アリサはデスクを挟んでベッドの向こう側へ。
 人に真剣に読めだの何だの言っておいて、結局自分も飽きてしまったようだ。

 さて、ベッドの下には何も置いていないけれど。
 骨組みとマットレスの間には、リンドウさんや怪しいよろず屋から買い取った、ウフフなお楽しみ本が隠されている。
 そんな所にアリサをふらつかせて、万が一でも見付けられたらたまったもんじゃない。

 デスクの裏に隠れた彼女を呼び戻そうと立ち上がり、
「……リーダー」
 逆に、アリサが俺のことを呼んだ。

「ちょっと、来てください」

 彼女の声音が真剣なので、もしかしてもう見つかったのか、なんてドギマギしてみるが、
 ベッドの上に座っているアリサの手には、そんな物騒なものは抱えられていない。

 その代わりに、どこから取り出してきたのか小さなコインと、それに括りつけられた紐を握り締めていた。

 ベッドをぽふぽふと叩いて隣を示され、その通りに座る。
 まさか、そんな、ベタな展開はないだろう、と、必死に想像に抗ってみるも、

「――い、いいですか…このコインを、じっと見つめてくださいね」

 震えだしそうなほど真剣な声で、ロシア少女はお約束の言葉を言ってのけたのだった。

「……ぷ、くくっ」
 思わず吹き出してしまうと、心外だと言うようにアリサが顔を赤く染める。

「な、なんで笑うんですか?」
 いや、だって、まさかあんなインチキ臭い文献に出てきた方法を、そのまま使ってくるだなんて。
 頭が良いように見えて、意外と単純でカワイイ所があるなぁ、と。
「な、か、カワ……!?」
 そう言ってみせれば、耳まで赤くして怒る。
「私は真剣に、あの本の信憑性を検証しようとしているんです!」
 なるほど、信憑性ね。

「そ、そうです!どこかの誰かさんが真面目にやってくれないから、その分私が頑張らないと…」
 っていうか、だから。
 別に俺はもともと読むつもりはなかったというか、よかったら参考にどうぞってつもりだったんだけど。
 それに、その手のものはだいたいインチキだって相場で決まっているもんだ。

「馬鹿にして……いいです。絶対リーダーに催眠かけて、あんなこともこんなこともさせちゃいますから」
 拗ねたように頬を膨らませ、アリサはコインを突き出してくる。
 いや、なんか趣旨変わってるんですけど。
 っていうか、アリサがどれだけ頑張ったところで、まずその手法が間違っているというか。
「いいですか、このコインをじっと見ていてくださいね」
 振り子のようにコインを揺らし、アリサは俺に暗示をかけようとする。
 完全無視でもいいのだが、それだと流石に可哀想なので、俺も付き合って渋々コインに目をやる。

「眠くなる…あなたはだんだん、眠くなる…まぶたが落ちる…すーっと落ちる…」

 コインが右へ、左へ。
 その振り子に合わせて目を動かしていると、少しずつ意識が薄れてきて、
 不思議とまぶたが重力に逆らえなくなり、だんだん、だんだん眠くなってきて、

 なんてことは、もちろんなかった。


 そもそもこの手の催眠術とは自己暗示の一種だろう。
 この方法はインチキだ、と心の底から信じ切っている俺に対しては効果がないというのは目に見えていた。
 けれども、まあ、アリサに合わせてせめて目を瞑ってやろう。
 どうせ読書にも飽きていたし、彼女をからかってやるのも上等な暇つぶしにはなる。

 両目を閉じて肩の力を抜くと、アリサが息をのむ音が聞こえた。

「え、嘘…ホントに?」
 自分であれだけ言っていたのに信じてなかったのか、催眠状態になった俺を見て驚いている。
「あ、えっと……催眠状態のあなたは、私には決して逆らえません」
 戸惑いながらも暗示をかけようとするアリサ。
 なんだ、絶対服従ってか。
 まあ、多少の無茶なら面白そうだから付き合ってやるけど。
 ツバキ教官に悪戯して来いとか、博士の新開発ジュース一気飲みとか、そういう無茶なのはお断りしたい。

「私が手を叩くと、あなたは催眠状態のまま目を覚まします。もう一度手を叩けば、催眠状態での出来事は全て忘れます」
 はいはい、それが命令ね。
 一回目で起きて、二回目で催眠術から覚醒すればいい、と。

「で、では……起きてください」

 頭で指示の内容を確認して、アリサが手を叩くのに合わせて目を開けた。

「えっと…リーダー?」
 目下のところ演技中の俺は、いつものように声では返事せず、緩慢な動きで目線だけをアリサに向けた。
 我ながら稚拙な演技だけど、アリサはどうやら半信半疑というところ。

「あー…、右手をあげてください」
 催眠状態にかかっているかどうかの確認なのだろう。
 言われた通りに、俺は右手をあげる。
「……次は、左手を」
 釈然としないというような顔で、アリサが続ける。
 操り人形にでもなった気分で、俺はアリサが誘導する内容の通りに体を動かしてやる。
 自分の年齢や名前を言わされたり、指を複雑に動かしたり。

「うーん…これだけじゃちょっと、信憑性に欠けますね」
 そう言いながらも、俺が言いなりに体を動かす度に、アリサは目を輝かせる。
 まるで、悪戯を思いついた子どものようだ。

「じゃあ……リーダーが隠しているものを、見せてください」

 …具体性を欠いた質問に、俺は首を傾げた。
 はて、隠しているもの。
 うちの部隊の前隊長から密輸入した酒や煙草のことか、それとも10歳まで姉貴と風呂に入っていたという秘密か。

「え、えっと、だから、例えば…男の人がよく読んでいるような、女の人の、裸とかの…」
 ああ、なるほど。
 エロ本出せってか。

 さて、どうしよう。
 ここで素直に応じて、マットレスの下のお気に入りを手渡せば、おそらく無事には帰ってこないだろう。
 そしてそれ以上に、今後の彼女からの信頼も危うくなってしまう。
 十五歳の少女には、ちょっと刺激が強すぎる内容の逸品だ。

 ふむ、コウタの部屋から借りパクしたグラビア本でも生贄に捧げようか。

 ふらりと立ち上がり、さっきまで座っていたソファーの裏の、一番下の棚を開ける。
 アリサの追及するような視線を背に受けて、数冊の写真集を手に取り、ベッドまで戻る。
 その表紙の水着の女の子を見るなり、彼女はまた眉をひそめる。

「やっぱり、読んでましたか……どん引きです」
 俺の手から本をひったくり、いそいそとそれを読み進める。
 しかし、水着の写真集でこの程度だ。俺のお宝コレクションなど見られたら、一たまりも無かっただろう。
 アリサの反応にやや落胆気味の俺は、そうやってポジティブに考えることで自分を慰めた。

「…むぅ」
 難しい顔でアリサは写真集を読み進めていくが、

 不意に、空いている手で自分の胸へと手を伸ばした。

「ぶっ…!!」
「?」
「…、……」
 危うく反応しそうになるのを、慌てて押しとどめる。

 そうだ、アリサは俺が催眠状態だと思っているんだ。
 つまり、今の俺には明確な意識はない。アリサの言動に自分から反応を示すのはおかしい。
 アリサもそう思っているから、俺の目の前でもあんなあられもないことをしてのけるのだろう。

 一瞬訝しげにこっちを見たが、アリサは再び本に目を戻して顔をしかめた。
 やわやわと程よい大きさに実った胸が、アリサの指に合わせて形を変える。

「みんな、スタイルいいなぁ……」
 そりゃ、グラビアで売っているお姉様方なんだから、スタイルがいいのは当たり前だろう。
「どうせリーダーも、こういう…」

 アリサは写真の水着姿のアイドルと、自分の体を比べているようだった。
 柔らかそうな胸を形を確かめるように撫でたり、腰のくびれに沿って手を当ててみたり。
 殊更気になるのは二の腕のようで、何度か摘まんでみたり、指を回して太さを測ってみたりすると、
「…はぁ」
 酷く傷ついたような顔つきをして、溜め息を吐いた。

 …いかん、フォローしたい。
 男がみんなそうじゃないとか、そもそもお前まだ十五歳だろ、とか。
 だいたいアリサだって十分スタイル良いんだし、それで落ち込んでたら世の中の女の子泣くぞ、とか。

 言いたいんだけど、言えば催眠にかかっていないことがばれてしまう。
 なんとももどかしい。

「…とにかく。これは没収です」
 そう言って、アリサはグラビアを引っ込めてしまった。
 許せ、コウタ。

 さて、次の命令は何だろうか。
 こういう秘密を晒す系なら、別にいくらでも来いというものだ。
 そもそも本当に知られて恥ずかしい過去は、感応現象で彼女に伝わってしまっている。
「……」
 少しの間、アリサは逡巡していた。
 俺が本当に催眠状態にかかっていると信じて、溢れ出る好奇心と戦っているのか。
 意識のない状態の俺を自分勝手に操っていいのかという、そのモラルに囚われているのか。
 まあ、言うなら催眠にかかったふりをしてアリサの様子を見ている俺の方がたちが悪いのだが。

 けれど、やっぱり好奇心には抗えないようで、

「次の……命令です」

 そう言うと、俺に向かい合うようにして座り、帽子を取って頭をこちらに向けてきた。
 綺麗な白雪色の髪が、ぱさ、と肩に落ちて、柔らかそうに揺れる。
 アリサは少しだけ頬を染め、けっしてこちらの目を見ずに、少しだけ言い淀んでから、

「頭を、…撫でてください」
 恥ずかしそうに、そんなことを命令した。

 なんだ、それくらいならお安い御用だ。
 右手を頭の上に乗せて、わしわしと撫でまわす。
「きゃっ!? ちょっ、そんな乱暴な…」
 アリサは抗議の声をあげたけれど、別段拒むわけではなかったので、俺もそのまま頭を撫で続ける。
 最初こそ不服そうに眉をしかめていたが、満更でもないのか、俺が撫でやすいように頭を垂れた。

 それにしても、頭を撫でろ、だなんて。
 想定外とまでは言わなくとも、普段の彼女からはとても結び付けられない子どもっぽさ。
 やっぱり、小さい頃に両親を亡くしたことから、無意識的な欲求不満があったのだろうか。
 甘えたくても誰にも甘えられず、気丈に振舞ってはいたけれど。
 そういう子供らしい欲求も、今まで満たせていなかったのかもしれない。

 そう考えると、どことなく感慨深い気持ちにさせられた。
 自分の妹の面倒を見ているような、そんな優しい気持ち。

 アリサの髪はすごく綺麗で、さらさらしていた。
 ふわり、と、トリートメントの香りが鼻孔まで届いて、

 ああ、女の子なんだな、と、
 当たり前のことを意識させられる。

「ん…ぅ……」
 撫で方に緩急をつけてやると、アリサはまるで猫のように、気持ちよさそうに目を細めた。
 くすぐったそうに、そして羞恥心に抗いながらも、顔を赤くして嬉しそうに。


 …なにこの可愛い生き物。


 ちょっと悪戯心が働いて、手を滑らせたふりをして耳を弄ってみる。
「……あっ…?」
 驚きはしたようで、困惑した顔で俺を見つめてくるけれど、別段拒まれる様子はない。
 そのまま髪を梳いたり、首筋をくすぐったりもしてみる。
「んっ!? やっ、ちょ…ま、待ってください…! ストップ!」

 と、腕を掴まれた。
 流石にやりすぎたかな、と、顔色を伺ってみると、


 アリサの顔には、熱が灯っていた。

「つ、次の命令です…」
 心なしか、表情が蕩けているように見える。

「肩を…肩を、抱いてください…強く」

 さっきよりも、大胆な命令。
 それはまるで、恋人のような。

 緊張からか、それとも他の何かからか、声は震えている。
 目元は微かに潤み、半分は期待、半分は不安で縁どられていて、時々おずおずと俺の方を見ては、視線を反らす。
 頬は赤くなって、というよりは上気していて、


 その仕種が扇情的で、

「――え?ちょ、やっ…!!」


 気付けば俺は、アリサを押し倒していた。

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