当wikiはアニメ、覇穹封神演義を検証するwikiです。

◆脚本:池田臨太郎 ◆絵コンテ:小寺勝之 ◆演出:浅野景利 ◆作画監督:堤谷典子・井本美穂・遠藤大輔・高井里沙・山中いづみ

仙界大戦の行く末を見守る申公豹。黒点虎にどちらが勝つのか問われ、聞仲が勝つだろうと予測する。殷が滅亡へと向かいつつある中で、なぜ聞仲は殷のために戦い続けるのか、なぜ殷の親となったのか、その過去を語り始める。
その頃、聞仲との話し合いが決裂してしまった普賢は一人、聞仲に立ち向かっていた。しかし、聞仲の圧倒的な強さの前に傷一つつけることすらできず――。
為す術のなくなった普賢に聞仲の禁鞭が容赦なく襲い掛かる!
(アニメ公式サイトから引用)

手書き兜




殷軍は満足な装備も整わなくなっているらしく、王宮に抗議しに集まった民衆を城門前で追い返す衛兵たちの兜は「殷」の字がどれも不揃いな手書き文字で、台詞のある兵士の兜には中央から右に寄った位置に書かれている始末。
ある意味リアルな描写か。

武王最高や!軍師なんて要らんかったんや!


冒頭、周軍の侵攻状況と、殷の内政が壊滅状態にあることが描写される。追い打ちをかけるように姿を消したはずの妲己が再び紂王の元に現れ、さらなる状況の悪化が匂わされる。
こうなることを恐れていた聞仲は九竜島の四聖たちを禁城に駐留させ妲己一味の襲来を警戒させていたのだが、妲己に改造された紂王をけしかけられ、四聖はあっという間に全滅、封神されてしまった。

原作と異なるのは、これが仙界大戦後でなく最中に起こっている点である。おかげで人間界の現況が太公望や聞仲の思惑から大きく外れる事態になってしまった
禁城内で聞仲を心配する四聖の一名・李興覇の「俺たちも金鰲島に行って聞仲様を助けた方がいいんじゃ!?」という台詞から、覇穹ではこのとき仙界大戦の真っ最中ということが分かる(原作ではこのシーンは仙界大戦後であるため、四聖たちは敗死する直前に「聞仲様が封神されたのは本当らしい」という会話をする)。加えて、本ページ上部に公式サイトから転載した18話あらすじの文章からも、申公豹が聞仲の過去を語る場面と聞仲が普賢と対面している場面を「その頃、」という語で繋いでいることから、これら人間界と仙人界における時間軸はほぼ同じ、と考えてよいのだろう。

そうなると、人間界では仙界大戦中に周軍が殷国打倒のため進軍を続け、殷の最後の砦であるメンチ城を突破し、いまや王都・朝歌の目前にまで到達しているということになる。だが今の周は軍師・太公望も大将軍たる武成王・黄飛虎も不在のまま※。ここまで状況を進めてしまってよいのだろうか?
ひょっとすると軍師・太公望としては仙界大戦中の軍事行動を一任するつもりで武成王一族に地上待機を命じたのかも知れないが、その武成王は周軍内での軍務を放棄して金鰲島に上っている格好になる。そのうえで武王・姫発はそんなふたりの不在など気にせずガンガン進軍し続けて来たのだとしたら、両者とも組織内での存在感が無さ過ぎであろう。
原作漫画13巻では、史実における武王の謎の退却事件を元ネタとし、聞仲が操縦する金鰲島が接近して来た段階で太公望は周軍の豊邑(周国の都)への全軍退却を決定した。そして殷の方も周に攻め入る国力の余裕が無いので、仙界大戦中は人間界の戦況は膠着していたのである。史実と違って撤退を渋る武王にも太公望は「わしナシで朝歌を占領できるのか武王よ?」と迫って言うことを聞かせているので、太公望も武成王も不在の間に事態がどんどん進んでしまうような影響力の弱い立場にはされていない。

ひとまず以前の話からの矛盾点「人間界では何も起こってない」への辻褄合わせができたことにはなるのだが、いくら殷が弱っているとはいえ、軍師や武成王がいないことが問題になるような規模の戦闘は全く起きなかったのだろうか。それとも黄飛虎と共に亡命した四名の義兄弟たちがいずれも周軍中枢で非常に優秀な指揮官として活躍していると空想すれば良いのか。
そもそも最後に周が描写されたのも6話の宣戦布告演説の場面であり、その後に挙兵して朝歌に向けて進軍を開始した、といったような場面は絵でも台詞でも表現されていなかったはずだが。

また、原作でのこの場面は、妲己不在の間に賢君としての実力を取り戻した紂王が内政に励むことで殷国復興へのかすかな希望が見えてきたところへ、妲己が戻ってきてしまい台無しにされる、という無下エピソードである。聞仲が仙界大戦に自ら出陣すると決断できたのも、妲己が去って正気を取り戻した紂王ならば心配無用だと考えたからだった。また、人間兵士の攻勢に対しても、聞仲の腹心中の腹心・張奎を最終防衛線のメンチ城に陣取らせ、容易には攻略させないよう手を打っていた。
だが覇穹では、妲己がいなくとも紂王は優秀な為政者ではなかったらしく、側近たちの報告を聞いてもオロオロするだけ。そこに妲己が現れても、賢君から暗愚に戻る落差が無いので妲己帰還の重みが非常に軽くなっている。
また張奎も覇穹では(今の所)未登場なので、メンチ城を堅く守れる者がロクにいなかったらしく、軍師も武成王もいない素人指揮官同然の姫発率いる周軍によって難なく突破され、あっという間に朝歌は陥落の危機に追い込まれた。覇穹の聞仲が備えた留守中の作戦は四聖の禁城駐留だけで、人間の兵士の攻勢には無策のまま出撃してしまったのか。
序盤の炮烙の話が有耶無耶だったせいか協力してくれる官僚たちは辛うじて何名か残っているようだが、原作と異なり四聖を倒しただけですぐ妲己に見捨てられた紂王はCパートにて朝歌の道端で行き倒れてしまう始末。本作では後継者になれそうな子供がいる様子も無い。時すでに遅しか。

この2つの場面を経て普賢の「もう殷は立ち直れない」論に説得力を与えたかったのだろうが、むしろここまで一気に状況を悪化させる原作改変をしてしまっては、この挽回不可能なほどの国難の真っ只中で政務も国防も放ったらかしな聞仲があまりに間抜けである。たとえ崑崙に勝ったとしても金鰲島は墜落、朝歌も陥落では彼には最早帰る場所が無い。舐めきった態度でもやしっ子をムチで引っ叩いてイジメて遊んでいる場合ではないぞ!

※覇穹封神演義では、殷から亡命した黄飛虎が周でも武成王の地位を任じられる場面がカットされているが、13話で太公望から「武成王一族は」と呼びかけられているので、恐らく原作と同じように黄飛虎は周の武成王になっていると思われる。

あーあなたは殷と共に生きるのですね完全に理解しました(わかってない)


覇穹第2話にて、遠征から帰って早々に妲己の悪政の成果を破壊する聞仲の横に申公豹が現れ、会話する場面があった。
申公豹「分かりませんね、あなたがそこまで殷に拘る理由が。」
聞仲「殷は、私にとって子供のようなものなのだ。」
というやり取りであったが、申公豹はエスパー的な理解をしたらしく「あなたは殷と共に生きるのですね」とひとり納得したかのような素振りを見せて飛び去った。しかしやっぱりよく分かっていなかったらしく、別の機会に「やはり私には理解できませんね」と言って、改めて聞仲本人に彼と殷との絆の理由を尋ねたときの回想がこの第18話で流れる。

分かってないのに何故わかったフリをして引き下がったのか。原作でも申公豹はたまに”最強の道士”らしくないヌケた面を見せることが何度かあったが、それはこういう質のものではなかったはずである。
また、第2話の回想は原作4巻と6巻の場面を合わせて翻案したものだったのに対し、今回の第18話のものは、話をつなげるため「やはり〜」が足されている所等以外は原作6巻のやりとりほぼそのまま。同じ話をアニメオリジナルと原作通りで2種類流すのは果たして効果的な演出や意味のある脚本なのか?

一応、14話の哪吒と太乙のときのような矛盾を孕んだ回想にはなっていないようだが。

ちなみに、今回の回想シーンでも申公豹視点の回想シーンから聞仲視点の回想シーンを入れる、いわゆる「二重回想」になっている。しかも今回は最初に申公豹が回想していたはずが、回想が終わると聞仲と普賢真人が対峙している場面になり、まるで最初から聞仲が回想していたかのような構成にされてしまっている。

覇穹では以前から「二重回想をしない」「回想している人物の視点を変えない」というシナリオ構成のルールを犯してきたが、今回は回想の前後で回想している人物自体が変わってしまっている。物語も既に後半に入っているのだが、覇穹スタッフは未だに基本的な回想シーンのルールすら守れていないようだ。

エネルギー切れ!?←なんのエネルギー?


太公望の乗る黄巾力士が停止して途中で落下するというオリジナルシーンが挟まれる。
落下の原因はエネルギー切れらしい。
崑崙山からエネルギーを受け取れない今、黄巾力士は今現在太公望自身のエネルギーで動いている。
つまり太公望自身のエネルギーが切れた・・・ということになるが。
しかし太公望は、エネルギーを回復させる「豊満」を食べたばかりではなかったのか?
そして、仮に黄巾力士の操縦ができなくなるほどエネルギーが枯渇したとして、
その後に聞仲の攻撃を風の壁で防げるだけのエネルギーが残っているのはどういうわけなのか??
単に尺稼ぎをしたかっただけなのだとしても、もう少し整合性を気にしてほしい。

妲己はどこで何がしたいのか


冒頭にて再び禁城に舞い降り、四聖を抹殺した妲己三姉妹。
邪魔者の消えた聞仲不在の殷でまた悪事を始めるかと思いきや、次に画面に映ったときはどことも知れない空間でアロママッサージを楽しんでいる。背景の雰囲気からどう見ても王宮のどこかではなさそうだが、このようにすぐまた別の空間に移動してるならば妲己たちは一体何しに禁城へ戻ったのか?

この不可解な行動経緯は、原作では仙界大戦中に王天君を通じての暗躍を示す16巻の場面と、仙界大戦後に禁城へ帰還する17巻の場面を逆転させて1つの話の中にまとめてしまっているからである。

また、この場面で妲己に指示を仰ぐ通信相手はシルエットで隠されている。理由は、この相手が楊戩と戦って死んだはずの王天君であることを伏せるためである。
だが覇穹では通信の声が王天君の演技そのまんまの岡本信彦なのでもろバレである。味方同士で通信している状況なので、仮に加工音声にして隠すなどするのも不自然なので演出が難しいところなのかも知れないが、どの道なにがしかの工夫が少々されたところで、13話等の描写で王天君が簡単に死なないキャラクターであることは明かされてしまっているので、もはや大した驚きは生まれないだろう。

太師KIA認定

四聖を倒した紂王は忘我状態で禁城から走り去り、精根尽き果てたのかCパートでは市街地のどこかで行き倒れてしまう。
そして突っ伏したまま悲しげに、
「民、聞仲、妲己、みんな居なくなってしまった・・・」
と嘆く。支持を失った民衆や、己を見捨てた妲己と並べて語られるということは、空の上でまだ元気いっぱい戦っている聞仲だったが、紂王からはもういくら待っても帰ってこない存在と思われている模様。
冒頭の玉座の間のシーンでも、政府の重大な危機に最高執政官たる太師・聞仲の不在を悲観したり帰国を望む声をあげる重臣たちも居ない始末だったので、とっくに戦死扱いにでもされてしまったのだろうか。

原作でも牧野の戦いの後、紂王が独り朝歌を彷徨い悲嘆に暮れる描写はあるが、上記の台詞自体はアニメオリジナルである。恐らく原作20巻の、紂王最期のモノローグの翻案であろう。
殷こそ全て!と普賢に言い切る本人のはるか下の足元では守るべきものからこんな不信を呟かれているという流れはいささか翻案が効きすぎて悲惨な皮肉になっているが、これはこれで殷があらゆる意味で末期状態にあることが伝わる描写になっているのかも知れない。

今週も誤字



殷の旧首都「ハク」の漢字表記は「毫」ではなく「亳」が正しい。上記画像のように字の下部分が「毛」では横棒が一画多いので誤り。これでは「揮毫」の「ゴウ」である。
前回17話の回想シーンと同じ字幕を使いまわしているらしく、どちらも間違っている。

「亳」は現代日本の常用漢字ではないとはいえ、wikipediaにも記事があるなど、不足は無い程度に資料はあるのだから、文字入力ソフトから変換できなくともコピペ等をすれば間違えないはずなのだが、なぜ手書きのような誤り方をするのだろうか。まさか字幕を手で書いているのか。

ちなみに、本場・中国ではどちらの漢字も地名(亳州市)と単位(毫米=ミリメートル)の表記のため日常的に使う字らしいので、ひょっとすると中途半端に中国知識を持つ者が制作陣にいるがゆえの間違いなのかも知れない。

このページへのコメント

少し校正させていただきました。

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Posted by 名無し(ID:Y9bkndEE9w) 2018年05月28日(月) 00:45:07 返信

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