覇穹封神演義検証wiki - 二十話 星降る時
◆脚本:高橋ナツコ ◆絵コンテ:小寺勝之 ◆演出:川奈可奈 ◆作画監督:遠藤大輔・井本美穂・高井里沙・堤谷典子・近藤律子・塚越修平・湯本雅子・渡邉亜彩美

圧倒的な強さで十二仙たちを一蹴する聞仲。
そんな中、太公望が普賢に「星降る時がわしらの最後の好機だ」と、
作戦を告げる。
その頃、殷では紂王が変わり果てた姿になっていた。
それを黒点虎の千里眼で見届けていた申公豹が、ある話をし始める。
それは歴史の道標に関わる話でーー。
一方、金鰲島では、普賢が『太極符印』を使って、太公望の指示を十二仙に伝える。しかし、それは太公望の指示とは少し違うもので……。



全く容赦のないシャッフル


ただでさえ時系列等が混乱しがちな覇穹においても殊更に場面転換が多い今回。
今回行われた場面と時系列のまとめを下に箇条書きにする。
なお1にあるVS聞中の描写が始まるのはアバンにて2から5までの場面を経てのOP明け、順番としては本来5の下に入るべきだが時系列の基準点として1としている。

1.VS聞仲(←ここがメイン 以降途切れ途切れで入る)
2.傷に苦しむ天化(本来は仙界対戦前の場面だが場所から察するに大体同じ時系列に改変 回想の可能性も)
3.趙公明戦で傷を負う天化(アニメではやってない場面 ↓の後の戦い ↑の天化による回想)
4.魔家四将戦で負傷し崑崙に戻った天化(アニメではやってない場面 四聖戦の後の戦い ↓の道徳による回想)
5.↑を回想する道徳と玉鼎(恐らく↑の直後? 台詞自体は原作と類似しているがアニメオリジナル描写 回想)
6.牧野(ばくや?)に進軍する周軍(原作での7や8の少し前の時系列のはずだが恐らく同じ時系列に改変…?)
7.朝歌で行き倒れる紂王(1の大分後のはずだが恐らく同じ時系列に改変されている模様)
8.それを遠くから覗き見る申公豹(同上だが本来は↑よりも少し前 ↓の考察を始める)
9.始祖の到来から妲己と女媧の邂逅まで(すごく前 回想扱い)
10.太上老君との会話?(本来彼?と出会うのは仙界大戦後 台詞は原作と同一だが時系列等どういう扱いなのか不明のオリジナル描写)
11.いつもの釣り(場面自体は幾度となく繰り返された釣りの場面だが普賢の情景描写だろう)

このように時系列シャッフル・場面転換・アニメオリジナル改変の嵐で原作既読であっても整理が非常に困難である。
特に、OP前のいわゆるアバンで行われた場面2から5は、アニメではやってない場面の回想二連発であるうえ3と4は時系列的には逆であり、また回想と回想の間の切れ目がかなり短い。
その為これが誰の回想でどの時系列か、ということが極めて分かりづらい。むしろ誤解させようとしているようにすら映る。
まあそもそもそれがいつの話なのかなどといった説明は一切無いので原作未読の視聴者には伝わるはずがないのだが。

作監8人がかりでも微妙な絵


今回は仙界大戦でも見せ場の一つとなる重要な部分だったためか、15話同様に8名もの作画監督が参加するという力の入れようであったが、そのアニメーションの評価は総じて芳しいものではない様子である。

例えば、聞仲の猛攻を道徳真君は黄天化の師匠らしい実力の剣さばきで凌ごうとするも叶わず・・・という場面は、鞭と二刀流双刃剣の激しい打ち合いを想像していた者もいたようだが、今回いざアニメになってみれば、道徳真君は☓字に剣を構えて棒立ちで耐えるだけ、というなんら動きの見られない静止画同然のものでしかなかった。

この鞭で滅多打ちにされているさなかにも回想シーンが入る有様なので、時系列的には”非常に動きのある”シーンだったとも言えるが。

剣先ひとつでダウンさっ



冒頭、金鰲島内の物陰で、上着を脱いだ黄天化が左脇腹に受けた呪いの傷の悪化に苦しむさまが映る。
そこから回想に入り、ようやく9話以来正体不明のままだった、謎の傷を負った経緯を明かす。

この回想内で語られる、趙公明の召使いの一名にとどめを刺したときに砕け飛んだ剣先が天化に呪いをかけた、という流れは原作11巻の通りなのだが、この傷を訝った太公望が「太乙(真人)に診てもらえ」と命じて天化を趙公明の居城から離脱させると、ほぼ間髪入れずに満身創痍になった天化が自身の師匠・道徳真君の元に帰還し息も絶え絶えに治療を求めている場面が続く。あのカスリ傷が移動する間に一気に悪化して両碗や両足にもダメージを与えたとでも言うのだろうか?だが問題の左脇腹は無傷ではないか?一体何が起きたというのか???

とても つらい(左脇腹以外)

これは上述した原作11巻の呪いの傷のシーンの直後に、覇穹ではカットされた、原作7巻にて魔家四将との戦いで敗北するもすぐ再戦を挑もうとする黄天化の別の名シーン(8巻)を連続させているからである。原作既読者でなければこれは余りに難解、いやあるいはひょっとするとアニメだけ観ている者でも「太乙に診てもらえ」と太公望に言われたにも関わらず天化は道徳真君に助けを求めているせいで別々の回想かもしれないと理解できる者が1357名中1人くらいはいるかも知れないが、かなり厳しい。
どうやら太公望が戻れと指示してから崑崙山に画面が変わる間に、金鰲島の苦しむ天化に場面が一瞬戻るので、ここが回想の継ぎ目であり、また別の回想が始まる、と制作側は表現したいらしい。だが次の崑崙山側のシーンでは道徳真君の「オレはその時、筋トレをしていた。」という、太公望との会話の中で使われた原作由来のセリフが第一声で発生される。これでは前後関係から登場人物同士の会話でなく視聴者に向けたナレーションとしてしか聞こえないので、これら2つの場面が時間的に連続しているとしか思えず、大変に分かりづらい。
さらに、金鰲島内でひとりの天化、という現在時点から回想が始まっているのに、何の前触れもなく「オレは」という別の主語が示され、その場にいないはずの道徳真君の視点からの回想に切り替わってしまうところも分かりにくさに拍車をかけている。


また、このアバンタイトルの開始部分である半裸の黄天化は、上記原作13巻の、趙公明戦後に周軍の野営テント内で、彼がひとりこの傷の恐ろしさを認める印象的な一コマがこの場面の元になっている。
だがこれを金鰲島内でのシーンとして映してしまうのはどうか?現在、金鰲島内の天化は父の黄飛虎と共に行動中なのだから、いきなり1人で負傷に苦しむ姿を映しては飛虎がまるで天化のことを気にかけていないように見えないだろうか。9話で彼らがいきなり金鰲島内に現れたときの飛虎のセリフにもあるように飛虎は既にこの傷のことを知らされ、かつ父親らしく具合を心配しているのだから、その後の場面として天化がまるで飛虎から隠れるようにして痛がっているさまはどういう状況なのか想像しにくい。
例えば飛虎が周辺を偵察している間か何かの出来事だった、飛虎の前では強がっているが次第に耐えられなくなってきた、などと想像で補うことも可能だろうが、そうであればそのための会話などを一つくらいは挟むべきだろう。

なお、この回想の語り出しにおいて、
金鰲三強の一人、趙公明。その召使いたちと戦ったときだった。
という天化のセリフによって、今まで明言されていなかった趙公明の部下たちとの戦いが、ようやく覇穹封神演義でも「アニメ本編では描かれなかったが起きていたこと」として確定した
だが、ちゃんと起きていたことだったならば、これまで頑なに趙公明編の痕跡を出したり出さなかったり、ハッキリさせなかったのは何故なのだろうか。

 7話にて彼の妹・雲霄三姉妹が登場した際も言及は無かったし(だが趙公明の変わり果てた姿=鉢植えには「お兄様」と書かれていた)、「趙公明」という名が劇中に初めて登場したのはこのwikiでも述べているように元始天尊の回想が流れた17話である。
 そうかと思えば以後に方針転換するわけでもなく、原作16巻にて禁鞭を防御した太公望を見て聞仲が「趙公明と戦って器が広がったか。」という感想は同じ場面の覇穹19話にて「器を広げてきたということか。」という具合に意図的に趙公明の名を消すような改変を行っており、まるで軸が見えない。
 企画段階から最も丁寧に描写したかったであろう仙界大戦編の始まる7話でさえ、竜吉公主が撃った崑崙山の元始砲が想定外のエネルギー不足で金鰲島のバリアを破れなかった場面にて、その原因が全く不明のまま話が進んで行ったが、これも原因は事前の太公望と趙公明との戦いによるもの。まだ百歳にも満たない太公望が数千年を生きる大仙人・趙公明の力に追い付くため、ある宝貝を使って崑崙山のエネルギーを大量に吸収しパワーアップしたという経緯があったからである。

結局こうなるのであれば、最低でも一気に作品内時間が飛んだ6話で何がしかの説明を入れておくべきだったろう。

電話型拡声器?

いつの間にかメンチ城を突破し、いつの間にか西岐地方だけでなく殷北部や東部、南部の諸侯たちが率いる軍勢とも合流しようとする大軍になっていた周の反乱軍。
周の武王・姫発はいつの間にか加入していた北の領主・崇黒虎や蝉玉のパパことトウ九公(※)やお供の妖精・竜鬚虎、そして2話で領地が紂王の体で隠されてしまっていた東の領主・姜文換らに、いつの間にか手に入れた携帯電話のような通信機を使ってノリノリで行軍の指示を出している。
だが、
姫発「いいかテメェら!祭りに遅れんじゃねーぞ!」
と話を結ぶや否や、姫発の周りの周軍兵士たちが一斉にウォォォー!と気勢を上げるのはなぜなのか?
姫発が通信機で話しかけていたのは各方面軍の指揮官たちであって、兵士全体に向けた演説などをしていたわけではない。それともこの命令は進軍中の周の部隊全員にも同時に届くほど馬鹿デカい声で発されていたのだろうか?まさか通信機兼拡声器の機能がある道具だとでも言うのか。

無論、原作ではあくまで指揮官同士の通信として終わるため、兵士が雄叫びを上げるような余計な演出はつけられていない。

原作18巻より


また、この場面で姫発の指示の中で殷軍との決戦の場所として想定されている地名が謎である。
原作では殷周革命のクライマックスとなった「牧野の戦い」の名の通り、牧野(クヤ)がその戦場となるのだが、姫発のセリフからは多くの視聴者の耳には「クヤ」としか聞こえないようだった。
何らかの事情があって牧野でなく架空の地名をでっち上げたのか、姫発の担当声優である小野大輔の演技のクセでそう聞こえてしまうようになったのか、本気で制作側が間違えているのか、不明である。

ちなみにこの覇穹でも仙界大戦中に登場した通信機は、原作14巻では「宝貝でんわ」という設定名が明かされるコマがあるのだが、だとすると道士の崇黒虎は良いとしても仙人でも道士でもない人間・姫発(&トウ九公&姜文換)が使える理由が謎である。紀元前の世界で数十あるいは数百キロも離れた相手に話しかけられるような奇跡をもたらす道具なのに宝貝ではないのか?それとも彼ら3名が使っているものだけ特別製なのか。
実際には演出重視で生じてしまった、原作由来の矛盾点であろう。




※娘の蝉玉の表記同様、本wikiでは彼らの姓名の漢字「トウ」が表示できないので、このように表記する。

まとめにかかる申公豹


面白いことが大好きで仙界大戦も観客に徹していた申公豹だが、長々と歴史の道標について説明しだす。
仙界大戦を観戦していたのではなかったのか?と申公豹のキャラにはあわない展開であり、もう尺がないからラスボスの説明させとこと作り手の意識が透けて見える説明であり、ファンはげんなりした。

弱った紂王マジパネェー。

黒点虎「あの人、どんどん人間離れしていってない?」
フラフラと街を徘徊し道端に倒れて悲しげに涙をこぼし、背中が変形してボコボコと何かを沸き立たせ、体に包丁を突き立てられても跳ね返す紂王の様子を遠い空から千里眼で眺めてのち、黒点虎は上記のような感想を述べる。

確かに今の紂王の様子は”異常”には違いないが、最強の道士・申公豹に仕える最強の霊獣という設定から多少のことには歯牙にもかけないであろう黒点虎にとって、このような衰弱した、仙人でもない者は仙界大戦の佳境を尻目にしてまで注目するに値する存在なのか?
この世界ではこれまでにも武吉や黄飛虎が、仙人でもない存在ながらもっと人間離れした無茶苦茶な挙動を何度もやってのけてきたはずである。
それとも千里眼とは仙人界側も同時に見えるマルチディスプレイ的な機能も備えた力なのか。

元々は、原作19巻の牧野の戦いにて、妲己に改造された紂王が周軍の仙人道士の軍勢を単独かつ徒手空拳で圧倒し、羽根を生やすわ宝貝を食いちぎるわの衝撃的な戦いぶりを目の当たりにした申公豹の驚嘆する感想に応える黒点虎のセリフ「あのヒト、戦ってゆくにつれてどんどん強くなってない?」という台詞がある。これを改変し、ここに差し込んだのがぎこちなさの原因だろう。
その後の原作では黄天化の活躍によって形勢は逆転し、紂王は敗れ、そして戦闘後に現れた改造の後遺症から紂王は衰弱して今回の覇穹のような状況に繋がる。
最強コンビの彼らから見ても異様なほどの戦闘力を見せているからこそ注目する理由が生まれるのだから、覇穹のように弱った後に言わせるのでは原作セリフの翻案だろうと全く各キャラクターの設定が活きない。
もしも18話で紂王が四聖全員を薙ぎ倒した戦いの直後にこの会話シーンが来ていたなら、まだ少しは理解できる描写になったかもしれないのだが。

ちなみに、布団越しに腹部へ包丁を刺された紂王だったが、出血も無く服も布団も破れもしていないのに、いかにも肉を突いたかのようなグチャッ!という効果音を鳴らす。こんな奇妙な術を使うという意味では確かに人間離れしているのかもしれない。

誰も応援しないチアガール


申公豹の一連の台詞の中で、チアガールコスプレをした妲己が映る。
しかし妲己が何を応援してるかは不明であり、断崖を背景に独り立っているだけではどういう状況なのか推察できる余地も無い。

これは原作にもあるコスチュームなのだが、原作19巻の牧野の戦いで、周軍の仙人・道士たちを単独かつ生身で蹴散らす改造紂王を応援するための必然性ある衣装チェンジであった。
覇穹の紂王は原作と異なり、四聖を殺戮するも改造の後遺症の悪化から既に妲己に見捨てられてしまっているので、牧野の戦いでボスキャラを務める展開が描かれるかどうかが怪しく、従って妲己が応援する理由も無くなんら必然性の無い仮装になってしまった。

2017年秋の制作発表後、相澤伽月監督はアニメ情報誌『PASH!』誌上のインタビューにて「原作での妲己のコスチュームは全て覇穹でも登場させる」という意味合いの発言をしたそうだが、このような前後の文脈を無視して「ノルマだからただ映せばいいだろ」とでも言いたげなやっつけ仕事ぶりを喜ぶファンはどれほどいるのか。

会話不成立(再)


太公望の作戦は、聞仲を包囲した全員が星が落下するタイミングに合わせ、混乱に乗じて一斉攻撃を仕掛ける、というものであった。
だが作戦を伝令する普賢真人は崑崙十二仙たちだけに敢えて師表のプライドを賭けた異なる提案をし、その意志を汲んだ十二仙たちは太公望や弟子たちを守るように各個に突撃してゆく。
師匠の仙人と弟子の道士、崑崙側のそれぞれの師弟関係が映る本作の名シーンのひとつだが、そういう大事な瞬間に、
武吉「お師匠様! ぼくもお供します!」
太公望の護衛を申し出る武吉に、
普賢「いや武吉くん、きみは望ちゃんを守ってて。」
と申し出を断って太公望の護衛を頼む

…だから武吉は初めから太公望に向かって太公望を守る、と言っている(も同然)ではないか。なぜ普賢は横から話に割り込んでトンチンカンな指図をするのか?

この会話不成立の原因は、原作では普賢の弟子という立場でこの場に現れたキャラクター・木吒の存在をまるまる武吉に置き換えたことでセリフ中の「師匠」を指す人物が変わってしまったからである。元は下記画像のように、弟子として一緒に総攻撃をかけようとする木吒に、普賢は師匠として太公望の護衛を命じる、というやり取りだった。だがその木吒を、普賢とは何ら個人的な関係が無い武吉と入れ替えてしまっては筋が通るわけがない。言うまでもなく武吉の”師匠”は普賢ではなく太公望なのだ
対して、太公望の方のセリフは一字一句そのままで普賢にだけ話しかけているので、まるで太公望は普賢が武吉に命令することを当然と受け入れているかのようである。”愛弟子”がちゃんと忠誠を示してくれているのだから、武吉本人にも直接返事するなどして師匠らしく応えてやれと思わざるを得ない。

原作16巻、普賢と木吒の会話シーン


木吒は覇穹でも未登場というわけではなく、11話にて蝉玉や土行孫、兄弟の金吒ら4名でE班を組んで、仙界大戦にも参戦していることが分かる。なので原作通りこの場に登場させようとすればできたはずだが、なぜここだけ無理に武吉に替えてしまったのか?声優の割当さえ無い背景キャラの扱いだったが、同じようにここまで一切セリフ無しだった土行孫は今回ようやく声優がついてたった一言「師匠!」と叫ぶことが許されている(それも日野聡という声優ファン内では比較的知名度の高い経験豊富な方である)。

そもそも、このように木吒が不在な一方で同じE班の蝉玉&土行孫がこの場にいるのも腑に落ちない。覇穹のE班は木吒(と金吒もか)だけ仙界大戦のどこかで妖怪仙人と戦って戦死したか、あるいは負傷し崑崙山で治療中だったので間に合わなかったとか?健在なのに師匠の危機に参上しようとしない弟子では、まるで師弟関係に不仲があるようで普賢の沽券にも関わるのではないだろうか

9話の蝉玉→ビーナスの場面同様、あるキャラのセリフを別のキャラに振り替えるなら、手を抜かずちゃんと前後関係も合うように改変しろと言いたい。