エスペラントの修正版として開発された人口言語、国際補助語です。

所有代名詞

所有代名詞は、形容詞語尾を付け加えた以外は、人称代名詞とおなじです。
(単数)人称代名詞所有代名詞
一人称memea
二人称vuvua
三人称iluilua
eluelua
oluolua
再帰代名詞susua
(複数)人称代名詞所有代名詞
一人称ninia
二人称vivia
三人称lilia
iliilia
elielia
oliolia
注意)「me」の所有代名詞は「mea」となり、「vu」の親称形「tu」の所有代名詞は「tua」となります。しかし、三人称の「il」「el」「ol」は便宜的な省略形であるため、正式な「ilu」「elu」「olu」から「ilua」「elua」「olua」が作られます。
Me vizitis mea dentisto.
私は自分の歯医者に会いに行きました。
Ilu vizitis lua (sua) matro.
彼は自分の母に会いに行きました。
Elu perdis ilua parapluvo.
彼女は彼の傘を失くしました。
Li admiris sua chapeli.
彼らは自分たちの帽子を褒めました。
Ili admiris elia chapeli
彼らは彼女らの帽子を褒めました。
所有代名詞にはいつも、定冠詞が含蓄しています。したがって、「mea amiko」は「私の友達」であり、「私の話した友達」なのです。一方で「a friend of mine」という英語は、「amiko di me」と翻訳されます。

仮定法(接続法)

仮定法(接続法)は語尾「-us」をつけて作ります。仮定法(接続法)を理解するのは、日本人には少し難しいです。実際、スペイン語やポルトガル語の様に仮定法(接続法)が発達した言語を母語とする人間でも仮定法(接続法)の使い方を間違える事は良くある事です。仮定法(接続法)は、事実と違った状況を頭の中で想像して、そうだったら良いなとゆう 《感情》 を表現する場合に使われます。日本語では普通、〜かも知れない、と訳されるのですが、心の中では、〜だと良いのにな〜との感情が渦巻いた表現です。また、直接法の発言の遠慮のなさを和らげる場合にも使われます。それは、実際には無理でしょうけれども、何とかなりませんか?とゆうニュアンスが加わりますので、相手にはとても丁寧に聞こえるのです。
Me venus, ma me ne havas biciklo.
私は来たいのですが、自転車がないのです。(実際は来ない)
Ilu manjus.
彼は状況が変われば、食べるでしょう。
Elu drinkus.
彼女は事情が許せば、飲むでしょう。
このように、「-us」は英語の「would」を意味しているようですが、同じ構造を使った異なった英語の時制を混同しないように注意すべきです。
When I was young, I would swim in the river.
私が若かった頃、その川で泳いでいたものでした。
上記の「would swim」は「よく泳いでいた」という過去の習慣を表しています。したがって、この場合は過去時制なのです。
Kande me esis yuna, me natis en la rivero.
とイド語に翻訳します。
そのことが示すように、過去時制における条件ということもあるわけです。
英語の 「I would run if...」(もし〜なら走るかもしれない…)、「 I would sing, but...」(私が歌うかもしれないが、しかし…)というタイプのものが、イド語の語尾「-us」を使うべきものです。
語彙
alongealtrabaldebalnar
〜に沿って別のやがて水浴させる
desegnarfiliinofinarimajo
設計する終える、終わる画像
komencarlavarnazopaketo
始める、始まる洗う小包
obliviar [ob-li-VYARR]perdar [perr-DARR]repozarruptar
忘れる失う休息する破る
sendarspeguloservar[serr-VARR]
送る使える、役立つ
voyopovarpovus
できるできるかもしれない
例文
Me komencus la laboro.
私は事情が許せば、仕事を始めるのだがな。
Elu perdus la pekunio.
彼女はもう少しで、お金をなくす所ですね。
Ilu ruptus la spegulo.
彼は油断すると、鏡を壊す所です。
Lia onklino oblivius ol.
彼の叔母はそれを忘れそうですが、実際は大丈夫です。
Olua nazo esus tro mikra.
その鼻は小さ過ぎるかもしれませんが、マア何とかなるでしょう。
Li finus la drinkaji.
彼らは状況が許せば、飲み物を飲み終えられるのですがね。
Me venus balde, se me povus.
私は、もし出来るなら、すぐに来たいのですがね。
Vu desegnus altra imajo.
あなたは油断すると、他の図を描くかもしれません。
Me ne servus altra damo.
色々あっても、私は他の夫人にはお仕えしませんよ。
La muso manjus la banani.
油断したら、そのネズミにバナナを食べられちゃうよ!
La viro ganus tro multa karti.
君達が油断したら、その人はカード(トランプ)勝負に勝ちすぎるぞ。
La matro sendus sua filiino.
事情が許せば、母は自分の娘を行かせるのですがね。
Me oblivius irar alonge la voyo.
油断したら、あたしはその道沿いに行くのを忘れそうですね。
Se me povus, me komprus altra domo.
もし出来たら、私は他の家を買いますね。
La klerko komencus laborar se ilu povus.
可能ならば、その事務員は仕事を始めるのでしょうが、マアやらんでしょ。
Mary repozus, ma elu ne havas la tempo.
メリーは休憩したいんですが、実際、彼女には時間がないのです。
Elua filiino irus, ma la voyo esas/es tro longa.
道のりが遠過ぎなければ、彼女の娘は行くのでしょうがね。
Vu balnus en la rivero, ma esas/es tro kolda.
そんなに水が冷たくなければ、あなたはその川で水浴びができるのですがね。
Me lavus la hundo, ma me ne havas la tempo.
私は犬を洗いたいけれども、私には時間がありません。
Li sendus la paketo, ma John perdis ol.
ジョンは小包を送りたい所なんですが、実際は小包を無くしていますからね。

形容詞の比較表現

英語とイド語の比較表現を比べてみましょう。
原級比較級最上級
英語bigbiggerbiggest
イド語grandaplu grandamaxim granda
英語beautifulmore beautifulmost beautiful
イド語belaplu belamaxim bela
上の例からも分かるように、英語では形容詞の比較表現には二つのやり方があります。
ですが、イド語では英語△領磴冒蠹する比較表現は一つしかありません。
無理やり英語に当てはめてみれば、「bigger」=「more big」、「biggest」=「most big」となるわけです。
また、イド語の比較の慣用表現は、英語との比較してみるとわかりやすいので、以下のように図表にしてみました。
イド語英語日本語訳
plu . . . kammore . . . than〜より以上のもの、〜して余りある
min . . . kamless . . . than〜より少ない
tam . . . kamas . . . asと同じくらい〜
ne tam . . . kamnot so . . . as「・・・ほど〜ではない(同等比較の否定)
maxim . . . demost . . . of最も多くの、最高の
minim . . . deleast . . . of最も小さい、最小の
treveryとても
El esas PLU granda KAM me.
彼女は私よりも大きい、
Me esas TAM richa KAM ilu.
私は彼と同じくらい金持ちだ。
Ol esas la MAXIM bela de omni.
それは全ての中で最高に美しい。
Il esas TRE brava.
彼はとても勇敢です。
Me preferas ico KAM ito.
私はあれよりもこれが好きです。
「as good as possible」*1をイド語にすると、「 maxim bona posible」(できるだけ最高の)にしたほうがいいかもしれません。

もう少し、例文を見てみましょう。
Me esas/es leda.
私は醜い。
Ilu esas/es tam leda kam me.
彼は私と同じくらい醜い。
Elu esas/es plu leda kam vu.
彼女はあなたよりも醜い。
Elu esas/es la maxim leda.
彼女は最も醜い。
イド語の「kam」という単語は、英語の「as」と「than」の両方を意味することに注意して下さい。
「kam」は、英語が「than」を使わない場合でも、比較のために使われているのです。
イド語では副詞の比較表現は、形容詞語尾「-a」を副詞語尾「-e」に変えることで作ることができます。
bonabone
finafine
これらは、形容詞のように比較表現になります。
Ilu lektas plu bone.
彼はもっと上手に読みます。
語彙
altachipadanjerozafresha
高い安い危険な新鮮な
inteligentainteresantakontentakurta
理性的な興味深い満足した短い
larjaledamolapovra
広い醜い柔らかい貧しい
plena (de)puraquietasimpla
(で)一杯の清い静かな単純な
stupidavakua [VA-kwa]
愚かな空っぽの
例文
La arbori esas/es alta.
その木は高い。
Ta rivero esas/es plu larja.
あの川はもっと広い。
La pomi esas/es chipa.
そのリンゴは安い。
Ca laboro esas/es plu simpla.
この仕事はもっと単純だ。
La banani esas/es plu chipa.
そのバナナはもっと安い。
Ta aquo esas/es la maxim pura.
あの水は最も澄んでいる。
Ca buxo esas/es plena de banani.
この箱はバナナでいっぱいだ。
Ca voyo esas/es tro danjeroza.
この道はとても危険だ。
Ilu desegnas la vakua botelo.
彼は空の瓶の図を描いている。
Ta infanto esas/es tam quieta kam muso.
あの子どもはネズミよりも静かだ。
La karno esas/es plu fresha kam la fisho.
その肉は魚よりも新鮮だ。
Mea domo esas/es plu alta kam vua domo.
私の家はあなたの家よりも高い。
Ilua hundo esas/es la maxim feroca en la urbo.
彼の犬は街の中で最も凶暴だ。
Elu esas/es la maxim leda puerino en la butiko.
彼女はその店の中で最も醜い。
Ilu esas/es la maxim povra instruktisto en ca urbo.
彼はこの街の中で最も貧しい教師だ。
La nazo di Jane esas/es plu kurta kam la nazo di Mary.
ジェーンの鼻はマリーの鼻よりも低い*2
Li esas/es la maxim kontenta viri en la drinkerio.
彼らはその居酒屋の中で最も満足している男たちだ。
Ca berjero esas/es plu mola kam ta berjero.
この肘掛け椅子はあの肘掛け椅子よりも柔らかい。
Me lektis la maxim interesanta libro en la butiko.
私はその店の中で最も興味深い本を読んだ。
Nia filiino esas/es la maxim inteligenta yuno en ta skolo.
私たちの娘はあの学校の中で最も理性的な若者だ。
語彙(建物の名称)
edifico [e-di-FI-co]arto-galeriobalno-basenobiblioteko [bi-blyo-TE-ko]
建物美術館スイミングプール図書館
drinkerio [drin-KE-ryo]fabrikerio [fa-bri-KE-ryo]farmo-domo [FARR-mo-DO-mo]incendio-domo [in-CEN-dyo-DO-mo]
居酒屋工場農場内の家屋消防署
kirko [KIRR-ko]policeyoposto-kontorohospitalo
教会警察署郵便局病院
restorerio [res-to-RE-ryo]urbo-domo [URR-bo-DO-mo]bankobutiko
レストラン市庁舎銀行お店
cinemodomohotelodometo
映画館家屋ホテル小屋
faromoskeopalacomuzeo [mu-ZE-o]
灯台モスク宮殿博物館
teatro [te-A-tro]gareyokafeerio [ka-fe-E-ryo]kastelo [kas-TE-lo]
劇場ガレージカフェ
katedralo [ka-te-DRA-lo]kazerno [ka-ZERR-no]kontorolaverio [la-VE-ryo]
大聖堂兵舎事務所クリーニング店
staciono [sta-ci-O-no]templokapeloskolo
駅(建物および場所)寺院礼拝堂学校

造語法「-estr」

接尾辞「 -estr」は、組織・集団などを表す語根について、その長や指導者を表します。
polico (警察)policestro (警察署長)
skolo(学校)skolestro(校長)
urbo(市)urbestro (市長)
語彙
alaltraapologiarkom
「a + la 」の短縮形他の、別の弁明する〜のように
cheradejunoesperarmaro
(値段が)高いランチ希望する
facarforsanfru-dejunetogarsono [garr-SO-no]
作るおそらく朝食ウェーター
intencarjajeristojuar [ju-ARR]
〜するつもりであるすでに経営者楽しむ
kelkakelkekomprenarkredar
いくらかのある程度理解する信ずる
omnibusolasar falarpanoparolar
バス落とすパン話す
pasarper [perr]quala?quik
通行する〜を用いてどんな今すぐに
satsonartotelefonilo
十分に響くあの電話
neglijaradibe
無視する、なおざりにするそこへ

会話(ホテルにて)

J = jeristoM = Sioro Morgan
支配人モルガン氏
JBon jorno, Sioro Morgan!
こんにちは、モルガンさん!
Me esperas ke vu pasis bona nokto hike en la Rejala Hotelo.
ここロイヤルホテルにてすばらしい夜をお過ごしになったと思っております。
MYes, sat bona. Ma la lito ne esas/es tre mola. Olu esas/es kelke harda.
はい、十分でしたね。でも、ベットは柔らかくなかった。ある程度、固かったな。
JMe apologias. Me ne komprenas pro quo. Forsan ulu neglijis sua laboro.
お詫びいたします。なぜなのか、分かりません。おそらく誰かが自分の仕事をさぼったのです。
Ni donos a vu altra chambro kun nova lito.
私どもは新しいベットの別のお部屋を用意いたします。
Ka vu ja manjis fru-dejuneto? Me esperas ke vu juis ol.
すでに朝食をお召し上がりなりましたか?お楽しみなったと思いますが。
MFakte no!
まったくそうじゃない!
La ovi esis kolda e la garsono lasis falar kelka kafeo sur mea pano!
卵は冷たかったし、ウェーターはパンの上にコーヒーはこぼすし。
Do, me intencas manjar mea dejuno en restorerio.
だから、ボクはレストランでランチを取るつもりだよ。
JMe parolos quik al garsono. Altra garsono servos vu.
すぐにウェーターに話します。他のウェーターがサービスすることでしょう。
MBone, forsan me manjos hike. Me ne savas. Me vizitas hodie la maro.
よろしい。おそらく、ここでたべるかもしれないな。私はわからない。今日は、海に行くよ。
Me prizas balnar. Me iras de hike per la treno.
水浴びが好きなんだ。列車でここから行きますよ。
JMe kredas ke la treno esas/es chera.
確か、列車は値段が高いと思います。
La omnibuso esas/es plu chipa. Ho! Pardonez a me!
バスのほうがもっとお安いです。ああ!ごめんなさい。
La telefonilo sonas. Til rivido, Sioro Morgan!
電話がなっています。それではまた、モルガンさん!
質問と答え
上記の「会話ーホテルにて」に関する質問です。イド語で答えてみましょう。
01)Quale nomesas la hotelo?
そのホテルは名前はなんですか?
Olu nomesas la Rejala Hotelo.
それはロイヤルホテルといいます。
02)Ka Sioro Morgan pasis bona nokto?
モルガンさんはすばらしい夜をすごせましたか?
Yes, sat bone.
はい、十分、よかったです。
03)Quala esis ilua lito?
彼のベットはどうでしたか?
Olu esis kelke harda.
かなり固かったです。
04)Quon Sro Morgan manjis kom fru-dejuneto?
モルガンさんは朝食として何を食べましたか?
Ilu manjis ovi.
卵を食べました。
05)Kad ilu juis ilua fru-dejuneto?
彼は朝食を楽しめましたか?
No, ilu ne juis ol.
いいえ、楽しめませんでした。
06)Qua lasis falar la kafeo sur ilua pano?
誰が、彼のパンの上にコーヒーをこぼしましたか?
La garsono.
ウェーターです。
07)Adube Sro Morgan iras hodie?
モルガンさんは今日、どこへ行きますか?
Ilu iras a la maro.
海へ行きます。
08)Quon ilu prizas facar?
彼は何をするのが好きなのですか?
Ilu prizas balnar en la maro.
彼は海で水浴びをするのが好きです。
09)Quale ilu iras adibe?
彼はそこに、どうやって行きますか?
Ilu iras per la treno.
列車を使って行きます。
10)Ka la treno esas/es plu chipa kam la omnibuso?
列車はバスより(料金の値段は)安いですか?
No, plu chera.
いいえ、高いですよ。
よくある質問
01)Kad elefanto esas/es plu granda kam muso?
ゾウはネズミより大きいですか?
Yes, multople plu granda kam muso.
はい、ネズミよりも何倍も大きいです。
02)Ka muso esas/es plu lejera kam hundo?
ネズミは犬よりも軽いですか?
Yes, plu lejera kam hundo.
はい、犬よりも軽いです。
03)Ka hotelo esas/es plu mikra kam domo?
ホテルは家よりも小さいですか?
No, genarale plu granda kam domo.
いいえ、家よりも大きいです。
04)Ka vu esas/es la maxim grava homo en vua domo?
あなたは自分の家の中で最も重要な人物ですか?
Kompreneble, yes!
もちろん、そうです。
05)Ka treno esas/es plu lenta kam biciklo?
列車は自転車よりも遅いですか?
No, treno esas/es plu rapida.
いいえ、列車はもっと速いです。
06)Ka homo esas/es plu forta kam gorilo?
人間はゴリラよりも強いですか?
No, homo esas/es multe plu febla kam gorilo.
いいえ、人間はゴリラよりもかなり弱いです。
07)Ka butro esas/es plu chera kam margarino?
バターはマーガリンよりも値段が高いですか?
Yes, margarino esas/es plu chipa.
はい、マーガリンはもっと安いです。
08)Ka vu preferas pomo kam piro?
あなたは梨よりもリンゴが好きですか?
Yes, pomo kam piro.
はい、そうです。なしよりもリンゴが好きです。
09)Ka la televiziono esas/es plu bona kam la cinemo?
テレビは映画よりもいいと思いますか?
No, kompreninde ne.
いいえ、もちろん、ちがいますよ。
10)Ka vu esas/es la maxim inteligenta homo en vua familio?
あなたは家族の中で最も頭の良い人ですか?
No, regretinde ne.
ちがいますよ、残念ですが、違います。

イド語の非公式的な世界

Al buen entendedor pokas palavras abastan.
(よく分かる人は少ない言葉で足りる)スペインの諺
この諺の説明はここhttp://ja.myecom.net/spanish/blog/2014/081791/

(Bebsonの追加注釈) 伊藤氏はいつも私が感心してしまう程、実に精力的に調べられて、私の教科書を翻訳されておりますが、これは実はラディノ語です。正しいスペイン語では、Al buen entendedor pocas palabras bastan. と言います。

さて、パルタカ・ウンテル教授(Partaka UNTEL)と、われらがベブソンさん(Bebson HOCHFELD)のイド語の「same quale」についての議論が展開されました。2007年7月、インターネットのヤフーグループ「IdoCatalaOccitan」上でのことです。
そのやりとりを見てみましょう。
パルタカ教授の疑問
Estimata samlinguani:
尊敬する(イド語を使う)同じ話者のみなさん。
Yen: "plu...kam, min...kam, tam...kam, same...kam".
「plu..〜kam」「 min.〜kam」「 tam〜kam」「 same〜kam」 という表現がありますね。
Omna to ya esas justa, ma... ka "same quale" es anke korekta che ula kazi?
この全ては実に正しいと思いますが、「same quale」もまたこの事例で正しいのでしょうか?
Kad ulu povas dicar ka yes o no, ed explikar la pro quo?
これは正しいか間違っているかをいえるのでしょうか、その理由を説明できますか?
Predanko por via intereso!
お世話になります(前もっての謝意)
ベブソンさんの最初の回答
これに対するベブソンさんの返答。
A piece of cake(英語)
朝飯前ですよ
Sro Andrea BOCELLI esas bona "same quale" me esas bona en mea Kungfu.
アンドレア・ボチェッリ氏は、私のカンフー(中国拳法)と同じほど、上手です。
Sro Andrea BOCELLI esas bona "same kam" Sro Luciano PAVAROTTI.
アンドレア・ボチェッリ氏はルチアーノ・パヴァロッティと同じ程度に(歌が)上手です。
Me lernas la Latina "same quale" Sro Jean MARTIGNON. =
私はジャン・マルティニョン氏と同じようにラテン語を学んでいます。=
Me lernas la Latina per la sama metodo Assimil quale Sro Jean MARTINON
私はジャン・マルティニョン氏と同様にアシミル(の語学教材)を使ってラテン語を学んでいます。
(lernas la Latina per la sama lerno'libro).
(同じ教科書でラテン語を学んでいる。)
Capisce Lei, Profesoro? (イタリア語)
お分かりですか、教授?
再び、パルタカ教授から返事が来ました。
Bebson skribis:
Bebsonさんは次のように書いていましたね。
Me lernas la Latina "same kam" Sro Jean MARTIGNON. =
私はジャン・マルティニョン氏を同じようにラテン語を学んでいます。
Amba personi lernas la sama linguo, la Latina.
二人とも、同じ言語、ラテン語を学んでいます。
Me lernas la Latina "same quale" Sro Jean MARTIGNON. =
私はジャン・マルティニョン氏と同様な方法でラテン語を学んでいます。
Me lernas la Latina per la sama metodo Assimil quale Sro Jean MARTIGNON.
私はジャン・マルテノン氏と同様に、同じアシミルの方法でラテン語を学んでいます。
Tamen, me sentas ke che "same quale" esas ulo stranja...
しかし、私は「same quale」のところで奇妙なものがあると感じています。
Quankam me lektabas kelka-foye expresuro qual "same quale" da adminime trio de Ido-maestri, me nule certesas ke ol esas tote korekta (tale > skribita, kun la du vorti ne-mediata, e sen komo).
少なくとも三人のイド語の巨匠たちによって(書かれた)「same quale」のような表現を何回も読んでみたにも関わらず、これが完全に正しいと、まったく確信できません。(コンマもなく直接の二つの単語で書かれているんですよ)
Voluntez serchar inter-rete "same kam" e "same quale",
ネット上で「same kam」と「same quale」を検索してみて下さい、
e konstatez l'ofteso di olta, e la desofteso di olca... Quale explikar...?
そうすれば、前者はよく出てくるけれど、後者は出てこないことを実証されますよ。どのように説明するのかな…?
Semblas a me, ke "same" sempre postulas "kam" (komparo), dum ke por "same quale", suficas "quale". Voluntez helpar per via komenti!
「same」は常に「kam」を要求している一方で、「same quale」は「quale」で十分であるように私には思えるんですが…。あなたたちの解説で、力を貸して下さい。
ベブソンさんの二度目の返答
上記のパルタカ教授に対して再度、ベブソンさんは次のように回答しています。
Quankam me ne esas Ido-maestro, me facile povas vidar l'importanta difero inter "same kam" e "same quale".
私はイド語の巨匠ではありませんが、「same kam」と「same quale」との重要な相違は簡単に分かりますよ。
Ma pro quo Ne' che vi importanta Idisti?
しかしあなた達のような重要なイド語話者たちにおいて何が「否」でしょうか?
Avan omno onu ne povas dicar quale vi per "same kam" ...
そもそも、「same kam」を使って、あなた方のように言うことはできないんですよ。
Sro Andrea BOCELLI esas bona "same kam" me esas bona en mea Kungfu.., pro ke la qualeso di boneso inter Sro Andrea BOCELLI e me ma lontane diferas.
「Sro Andrea BOCELLI esas bona "same kam" me esas bona en mea Kungfu」の「same kam」を使うと、アンドレア・ボチェッリ氏と「私」の間の上達の程度はまったく違う(離れてている)のです。
Onu darfas komparar un grado dil boneso ad l'altra.
別のものに対する上達のひとつの段階と理解しているのかもしれません。
Onu povas dicar ke la grado dil boneso similesas inter ni. Do "same quale" == "similesante ke".
上達の段階は私たちの間では似ていると言うことができるかもしれません。
Onu povas dicar quale vi per "same kam" ...
「same kam」を使って次のように言うことができます…
Sro Andrea BOCELLI esas bona "same kam" Sro Luciano PAVAROTTI....,
「Sro Andrea BOCELLI esas bona "same kam" Sro Luciano PAVAROTTI」とすれば、
pro ke onu referas la boneso dil kantado.
歌唱のうまさを言及しているのですから。
Onu facile povas komparar li. Kad Yes?
これは簡単にお分かりでしょう?
Sro Andrea BOCELLI esas bona same "en la grado di (= quale)" (ke) me esas bona en mea Kungfu. Do same quale = same "en la kondiciono di (= quale)".
アンドレア・ボチェッリ氏は私のカンフー(中国拳法)の上達とのような同じ程度で、上手だ。ゆえに、「same quale」=(条件において同じように)なのです。
Me lernas la Latina "same kam" Sro Jean MARTIGNON. =
「Me lernas la Latina "same kam" Sro Jean MARTIGNON」では
Amba personi lernas la sama linguo, la Latina.
「二人とも同じ言語、ラテン語を学んでいる」となります。
Same quale = same "en la maniero di"
ですから、「方法において同じ」ように=「same quale」です。
Kande me lernas la Latina per la sama metodo kun ta di Sro Jean MARTIGNON, me lernas la Latina same "en la maniero di (= quale)" Sro Jean MARTIGNON.
「me lernas la Latina per la sama metodo kun ta di Sro Jean MARTIGNON」という時は、私はジャン・マルティニョン氏の方法として同じにラテン語を学んでいるのです。
----> Me lernas la Latina "same quale" Sro Jean MARTIGNON. Kad Yes o No?
つまり、わたしはジャン・マルティニョン氏のようにラテン語を学んでいるのです。御納得行きましたか?

Bebson HOCHFELD の宣伝文句その10:


ディベートや討論の醍醐味は、自分と同程度の知識を持った相手と、丁々発止とやり合う事により、お互いに自分の以前に持っていた知識体系が磨かれて一つ上の段階へ行ける事です。私の頭脳も、世界各国の論争相手のジャブやストレートで、自分一人では気付けなかった自分の論理体系の弱さに気付かされる事が多く、大いに磨かれて参りました。私の論争相手にも、多分、同じ事が起きていたと思います。所謂(いわゆる)、好敵手に恵まれた人生でした。でも、自分よりも知識の貧弱な者や、自分よりも格段に知識の優れている者とは、論争になりません。
やっても詰まらない論争になるだけです。ですから、ディベートや討論で醍醐味を味わいたければ、好敵手を見付けなければなりません。日本語だけでは、チャンスがとても少ないですし、英語など外国語でディベートするには、普通の日本人には物凄い努力の年月が必要になると思います。

さて、世の中には、貴方がディベートしても自己の成長には全然繋がらない、貴方の貴重な時間だけを無駄に費やしてしまう、糞な相手に溢れております。私も貴重な時間を無駄に失う愚かな体験を積み重ねて、やっとこの糞な連中を避ける事を学びました。皆様方には、私の愚かな経験を繰り返して頂きたくはないモノです。この人間達に出会ったら、その場から全速力で逃げ出して下さい。決して関わっては行けません。

それは、正確な知識も無いくせに、己の愚かな感情を基盤に論争を挑んで来る人達です。例えば...
福島の放射能汚染は大変危険である。鼻血も出る様になった。子供達の甲状腺癌の罹患率が増えている...等。
私も、最初は親切心から、科学者として色々正確な情報を教えて上げていましたが、この人達は真実の知識を知りたい訳ではなく自分達の思い込みが正義だという感情を改める気も無いので、本物の知識を教えて上げる必要は全然無いのだとゆう事に気付いて、『放射能恐ろしい恐ろしい』派との論争を中止しました。

人生は大航海に似ております。出来るだけ正確な海図や気象情報を手に入れて、恐ろしい嵐や岩礁を避けて毎日を乗り切って行くのです。私がディベートや論争をする目的は、現在までに手に入れた自己の情報を絶えずより正しいモノに改めて行きたいからです。自己の脳プログラムの絶えざる改良が、現代の複雑な社会を巧みに乗り切って行く唯一の手段なのです。私が色々な言語を学んだのも、世界中から、自分の持っている情報よりも優れた情報を手に入れる為でした。でも人生の後半になって、イド語があれば、そんな無駄な時間は要らないのが分かりました。早晩、皆様方にも分かると思います。

正確な知識も無いくせに、己のちっぽけな知識と御身大切な愚かな自己の感情を基盤に生きている人達は、人生の航路の何処かで必ず暗礁に乗り上げているのを何度も見て、そんな人達を救って上げる義務は私には無い事を知らされました。それは、天が采配するからです。
私もこの歳になって漸(ようや) く『天網恢恢疎にして漏らさず』 の意味が理解できたのです。ですから、私は余り頭は良くないですね。(:−P

所で、上の連中よりも、更に悪質な人達がおります。この人達から逃げるのは、本当に大変に困難なんです。でも皆様方がイド語を知っていれば、悪意を持った人間の罠に掛からずに逃げられる可能性が高くなります。

或る目的があって、全く事実ではない嘘を巧みな情報操作を使ってこちら側に信じさせる為に、意図的にディベートや論争をしかけて来るグループがあるのです。深い情報を持っていない人間は、こりゃ本当かなとコロッと騙されてしまうのですね。皆様方がイド語に熟達すれば、ディベートに関連する事実を知っている世界中の人間に質問して相手の発言の裏を取る事が容易にできますので、そんな事にはなりません。私の様な多言語話者 (poligloto) にならなくとも、イド語一本で、騙されなくなります。イド語は現在、マイナーな言葉ではありますが、世界中に知的に高度なイド語話者が散在しておりますので、普段から仲良くして置けば色々な事件の背景を詳しく教えて貰えます。

残念な事に、エスペラント語を同じ目的で使う事はできません。エスペランティストの殆どが理想主義者の左翼ですので、情報にバイアスが掛かり過ぎていて、私の経験では余り使いモノになった記憶がありません。真実とゆうモノは厳しい目を持った現実主義者でありませんと見抜く事ができないのです。

余談ですが、多言語話者 (poligloto) になって良かった事は、世界中の色々な民族の人達と比較すると、高学歴のエリート人間を除く日本人一般大衆の精神的レベルの高さが実感できた事です。この人達がイド語を身に付けたならば、『鬼に金棒』 でしょうね。


イド語を勉強して、その素晴らしい世界を体験してみて下さい。キット後戻りできなくなります。

付録:http://bebson.livejournal.com/?skip=20 私の武術家としての顔が出ておりますね。

このページへのコメント

Idisti は皆、どうしても自分の言語の癖を持ち込んで来ますので、場合によって曖昧になる事があるかも知れませんが、Ido 語ではしっかりと区別したいモノです。

Posted by Bebson HCOFELD 2017年03月04日(土) 12:13:11
http://www.geocities.jp/hochfeld/

質問です。

Ilu vizitis lua (sua) matro. 彼は自分の母に会いに行きました。

とありますが、再帰代名詞がある他の言語では、

Ilu vizitis sua matro. 彼は自分の母に会いに行きました。
Ilu vizitis lua matro. 彼は、 "もうひとりの彼" の母に会いに行きました。

という違いがあると思いますが、イド語ではどちらも同じ「自分の母」という意味になりうるのですか?

Posted by Riusuke 2017年03月03日(金) 01:07:32

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