エスペラントの修正版として開発された人口言語、国際補助語です。

主要な副詞のリスト (イド語と英語の比較)

イド語英語日本語訳など
maxim(e)most最も多く
minim(e)least最も少なく
plusefurther, moreoverその上、しかも
maxim ... posiblemost ... possibleなるべく
maxim granda posblethe greatest possibleできるだけ
minim(e) ... posibleleast ... possible最小限の〜
tam ... kam posibleas ... as possibleできる限り〜
admaxim(e)at the most多くとも
adminim(e)at least少なくとも
proximeapproximately, nearおよそ
kelkea little少しばかり
pokelittleほとんど〜ない、すくなく
sat(e)enough充分
trotoo, muchあまりにも
sam-tempeat the same time同時に
nul-tempenever決して〜ない
semprealways何時でも
kunetogetherいっしょに
nunnowいま、その時、さて
ante nunago, before now以前に
olimonce upon a time, formerly以前は、むかしむかし
frueearly初期に、早くに
tardelate最近の、直前の
ersteonly, no earlier thanまず始に,より以前ではなく
ca-dietoday今日
hiereyesterday昨日
morgetomorrow明日
ca-vesperethis evening今日の夕方
pre-hierethe day before yesterdayおととい
pos-morgethe day after tomorrow明後日
jusjustほんの今
quikat once, immediatelyすぐに、直ちに
ankorestillまだ、いまだに
jaalreadyすでに、もう、既に
ne ... janot yetまだ〜ない
jaalreadyすでに
ne ... janot yet(今までのところでは)まだ〜ない
interneinside内部に、内側に
extereoutside外の、外側の
supreup, upstairs高く、上方に、頂上に
infredown, below下方に、下方で
avanein front前に、前方に
dopebehind後ろに、後方に
retrobackwards後方に
dextreon the right右手に、右側に
sinistreon the left左手に、左側に
forefar awayはるかに、遠くに
cirkumearoundのまわりに
forsanperhaps恐らく、多分
komprenendeof courseもちろん
komprenebleof courseもちろん
memeven, still(with comparative)〜さえ、じつに(強調)
yaindeed実に、全く、正に
nuronlyただ、〜だけ、〜しかない
precipechiefly特に、ことに、とりわけ、中でも、何よりもまず
aparteapart, separately離れて、別々に
itereanew, afresh, again新たに、再び
okazione (di)apropos (of)〜ついでに, 〜といえば
oportuneby the wayついでながら、ところで、(本題ではなく)ついでの話で、
parentezeby the wayついでながら、ところで、(本題ではなく)ついでの話で、

英語の多義語、あれこれ

英語の単語は、一つの形態を持ちながら、様々な品詞として文法的な働きをしています。イド語に翻訳する際、その語句の性格な品詞や、その意味を把握する必要があります。
「but」について
\楝鎧譟覆靴し、だが、けれども)
I like peas, but I do not like beans.Me prizas pizi, 'ma' me ne prizas fazeoli.エンドウ豆は好きだが、いんげん豆は嫌いだ。
∩庵峪譟覆鮟いて、のほかは、を別にして)
All but him like it.Omni 'ecepte' ilu prizis ol.彼以外のみんなは、それが好きだ。
I詞(ただ(〜だけ)、たった、ただの)
I had but one friend.Me havis 'nur' un amiko.私には一人しか友達がいない。
ぬ昌譟 「しかし」という言葉)
You'll do as you are told, no buts about it.Vu devas facar quole vu dicesar, sen 'kontre-dici' pri ol.つべこべ言わずに,言われたとおりにしなさい
テ飴譟 (〜に)「しかし」と言う)
But me no buts.No 'opozez' a me 'kontre-dici'.「しかし,しかし」と言葉を返すのはやめてくれ。
「ever」について
副詞「ever」は、 屬い弔癲⊂錣法廚鉢◆屬いなる時でも」という意味を持ちます。
‐錣砲い弔癲.ぅ標譴任蓮sempre」と翻訳
The Maple-leaf for ever.La acer-folio por sempre.カエデの葉よ、永遠なれ(メープル・リーフ・フォーエバー)*1
△いなる時でも イド語では「ul-tempe」と翻訳
If he ever comes, ...Se ilu ul-tempe venos, ...もし彼がいつ来たととしても、〜
また、「ever」が「whenever(いつであろうと)」「wherever(どこへ〜しようとも)」「whoever(だれであっても)」のような合成語に使われた場合、イド語ではそれぞれ「irge」「irga」などと翻訳します。
Do whatever you like.Facez irgo quon vu volas.自分が好きなことは何でもしなさい。
Whatever might be his anger...Irge quala/quanta esas ilua iraco.彼の怒りが何であれ、
Whoever they may be ...Irge qui ilu esas ...彼らが誰であろうと〜
Whenever I hear the birds singing,Irge kande me audas la uceli kantar,いつ、小鳥が歌っているのを聞いても、〜
Whichever is here,Irge qua esas hike,ここにどちらがあろうとも、
Give me anything whatever,Donez a me irgo.何でもいいから私に下さい。
Let it be ever so small,Irge quante mikra olu esos,それがどんなに小さくても、
We have bought ever such a tiny cottage,Ni kompris tote mikra rurdometo.我々は非常にちっぽけな小屋を買った。
「just」について
〃鼠道譟弊気靴ぁ法.ぅ標譴任蓮justa」と翻訳する
He made a very just remark.Ilu facis tre justa remarko.彼はとても正しいことを言う。
形容詞(正義の) イド語では「yusta」と翻訳する
Be just and fear not.Esez yusta e ne timez.正しくあれ、恐るな。
I詞(たった今、ついさっき、…したばかり) イド語では「jus」と翻訳する
She has just come.EL jus arivis.彼女はたった今到着したばかりだ。
ど詞(まもなく,すぐに) イド語では「quik」と翻訳する
She is just coming.Elu esas nun venanta (quik venonta).彼女はまもなく来る。
I will just do it, and then I am ready.Me quik facos lo, e lore me esos pronta.私はすぐにそれを行うだろう、準備ができたのだ。
ド詞( 正確に言えば、まさに、きっかり、ぴったり)
It's just the thing I want.Olu esas juste to quon me deziras.これがまさに私がほしいものだ。
「both」について
「both」は「両方とも」という意味で、二人の人、または、ふたつのものについた用いられます。
形容詞と代名詞と副詞として使われます。イド語では「amba」「ambe」と翻訳できます。
‖緻昌譟.ぅ標譴任老鼠道譟amba」で翻訳も可能
Both of his children went to New York.Du ilua filii iris a 'New York'.
Amba filii di ilu iris a 'New York'.
彼の子供二人はニューヨークに行った。
代名詞 「both」は「they」と同格 イド語では形容詞「amba」で翻訳可能
They both went to the station.Li du iris a la staciono.
Li amba iris a la staciono.
彼ら二人が駅に行った。
7鼠道譟,海海痢both」は主語「we」と同格として使われているが、位置が副詞的。イド語では形容詞「amba」で翻訳可能
We were both agreed.Ni du konkordis.
Ni amba konkordis.
私達二人は意見が一致した。
し鼠道 主語「the men」を修飾する「both」 イド語では「amba」で翻訳可能
Both the men were drunk.Omna du viri esis ebria.
Amnba viri esis ebria.
男たち二人とも酔っ払っていた。
ァ壁詞)相関接続副詞 「both ... and ...」(〜と〜と両方とも) イド語では下記のように翻訳できる
Both I and my brother think so.Me ed anke mea frato opinionas tale.
Ambe me e mea frato opinias tale.
私と兄は二人とも、そのように思っている。
All the tourists were both hungry and thirsty.Omna turisti sam-tempe hungris e durstis.
Omna turisti ambe hungris e surstis.
すべての観光客が空腹であり喉が乾いていた。
The address was both on the paper and on the envelope.La adreso esis sur la papero ed anke sur la kuverto.
La adreso esis ambe sur la pepero e sur la kuberto.
住所は便箋にも封筒にも書いてあった。

イド語の非公式的な世界

語彙の公認化よりも大切なもの

イド語語彙の公認化が必要と主張するジャン・マルティニョン氏に対して、ベブソンさんが反対する手紙を送りました。以下は、その内容です。
Por ganar nova vorti e pri l'akademio --- de letri da BYT
新しい語彙取得のためと、学会について(ベブソンからの手紙)
Me ne esas tam pesimista kam Sro JM pri la necesa vorti por moderna vivi.
私は、現代生活のために必要な語彙について、ジャン・マルティニョン氏のように悲観論的ではありません。
La oficaleso esas ya valida por la granda lingui quala la Franca edc.
公認されることは、フランス語のような規模の大きな諸言語にとっては価値のあることです。
Pro quo tamen l'oficaleso dil omna Idal vorti?
しかし、何故、全てのイド語語彙を公認せねばならないのでしょうか?
Por mikra e febla linguo quala Ido, qua havas nur manuedo de Idisti vere kompetenta, l'oficaleso esas ma simpla luxozeso, quan ni tote ne afordas posedar.
ごくわずかの優秀な話者しかいない、イド語のような小さく、か弱い言語にとって、公認性とは私達が持つ余裕がないような贅沢品なのですよ。
Quon do agar?
それでは如何したら良いのですか?
Unesme vu darfas uzar vorti pruntota de nia mi'frato Esperanto o vua nova inventuri e devos vidar ka la majoritato de Idisti sequos vu o ne.
第一に、異母兄弟のエスペラントから借用できますし、またはあなたの新造語も使えますし、それでイド語話者の大多数があなたの新造語に従うか、従わないか少し待ってみる必要があるでしょう。
Se la majoritato ne imitos vu, duesme vu povos serchar la vorti inventita de altra Idisti.
大多数の人たちがあなたの新造語を使わなければ、その時には、あなたは別のイディイストたちが発明した語彙を探せは良いのです。
Co esas anke la metodo dal majoritato del Japoni, qua uzesas en la Japona linguo, quankam existas autentika akademio dil Japona' mem granda linguo.
これは日本語でおこなれている、一般的なやり方でもあります。たとえ、規模の大きな言語である日本語の信頼できる学会が存在していてもです。
Ni imitez la Japoni kun suficanta komuna sajeso' pri quale uzeskar en Ido vorti necesa por nova e moderna koncepti.
新しく現代的な概念にとって必要なイド語語彙での使用方法について、共通する知恵でもって、日本の模倣をしましょう。
Me ipsa de'longe ignorabas ULI.
私自身は長い間、ULI(国際言語イド語同盟)を無視してきました。
Kompreneble ni mustas afrontar kelka konfuzeso, exemple pri "news" Angla: ni nun havas novajo, novumo e nuntio.
もちろん、私達はいくつかの混乱状態に立ち向かわなければなりません。例えば、英語の「news」、いま私達には「novajo」と「novumo」と「nuntio」という訳語がありますが…。
Tala konfuzeso des'aparos kande onu parolos Ido lore kom vere internaciona linguo.
このような混乱状態は、イド語が本当の国際語として話される時にこそ、解消されるでしょう。
Ni esez libera til ta dio.
その日まで、自由にしましょう。
Ka vu ankore insistas ke vua povra Ido esas pro vua manko di bona lexiki?
自分の乏しいイド語は良い辞書がないからだと、あなたは未だに主張するのですか?

ベブソンのコメント:
ドイツ標準語はドイツ人の日常で使う言語を余り規制していないのですが、フランスはアカデミーが認定するパリのフランス語が全土を規制しております。ですから、フランス人のマルティニョン氏は如何してもアカデミーの公認が欲しい気持ちが抑えられません。アカデミーを無視して言語生活をしているドイツ人や日本人の気持ちを分かれとゆうのが、少し無理ではあるのですね。

新しい語彙の採用は、マーケットに任せよう

Avan omno esas la uzado ta qua decidas prefere kam dekreti desupre.
何よりもまず、トップダウンよりも好まれる決定方法があります。
Dum ke Soviet-Uniono degeneradis sub projetita ekonomio desupre, landi di Kapitalismo prosperadis sub "laissez-faire *2", pro ke la merkati decidadis.
ソビエト連邦がトップダウンで運勢された経済の下で衰退していったけれども、資本主義諸国は”自由放任主義”の下で、反映している。なぜなら、それはマーケットが決定しているからだ。
BYT ne vartas irga dekreti por ganar vorti, pro ke lu fidas a la merkati.
ベブソンは、マーケットというものを信頼しているので、語彙を得るために、いかなる命令も待つことはできません。
Kande necesa, lu sempre pruntas nova vorti precipue e prefere de IdoStab: http://groups.yahoo.com/group/idostab/
必要な時は、彼(ベブソン)が常に新しい語彙を、特に「IdoStab」から好ましいもの借用いたします。
Do kelkatempe lu pozas ' * ' chel dezineci di tala vorti, ma kelkatempe ne.
ですから、しばらくの間、彼はそのような語彙の形式語尾のところに「 * 」(星印=アステリスク)を付加しますが、しかし、しばらくのしたら、やめます。
E mea steleto ne signifikas ke la vorto ne esas oficala, ma olu nur montras ke la vorto ne facile trovesas en ordinara vortari, pro ke olu esas nova.
私の「 * 」(星印)は、その語彙が公式的なものではないと意味するものではないが、新しいものであるため、普通の辞書では見つけづらいものだということを示しているにすぎません。
Ido ja havas suficanta vorti fundamentala.
イド語には充分な基礎語彙があります。
Por ganar nova vorti me kredas ke onu devas fidar a la merkati prefere kam ad ula akademio autoritatoza.
新語彙を得るためには、ある種の権威ある学会よりも、(イド語の)マーケットを信頼すべきだと、私は思っています。
Do ne l'akademio ma la merkato selektos apta vorto por "news Angla" inter novajo, novumo e nuntio.
ですから、アカデミーではなく、マーケット(イド語を使う人々の共同体)が、英語の「news」のための適切な訳語を、「novajo」「novumo」「nuntio」の中から、選択するでしょう。
Me uzis la lasta e vartos la decido dil merkato.
私はその最新の語彙を使ってきましたし、そのマーケットの決定を待っています。
BYT ne esas sub "projetita ekonomio" desupre, ma nur sub "laissez-faire".
ベブソンは上からの”計画経済”の下にいるのではなく、”レッセフェール”の下にのみ、生きているのです。
Ido bezonas kreskar en kondiciono ne Soviet-Union'atra ma libera Europal.
イド語は、ソビエト連邦ではなく自由なヨーロッパの社会状況の中で成長しています。
Do mem "kande" povus divenar "quande" en la futuro, se omni parolus tale.
ですから、みんながそのように話すならば、「kande」でさえも、「quande」になるかもしれません。

イド語には、方言は生まれるのか?

Pro quo Ido esas forta?
イド語はなぜ、強いのか?
ベブソンさんはイド語にはアカデミーの権威で新しい語彙をつくるようなことは必要ではないと主張していますが、これに対して、ジャック・デエ氏が異議をとなえました。
Sro Jacques DEHE'E: Parce que pluie du matin n'arre^te pas le pe`lerin.
ジャック・デエ氏へ:朝の雨は巡礼者を止めない(決心を固めている人間には困難は問題ではないので.....)
ジャック・デエ氏の主張は次の通り。
> La Ocitana esas un linguo qua sufras multe pro ke nultempe olu havis akademio.
オック語*3は、アカデミーがなかったので、大変苦労した言語です。
> La linguo esas dividita aden multa dialekti' ed omna dialekti aden multa sub'dialekti.
その言語は、多くの方言に分離して、その方言が多くの下位の方言になったのです。
これに対するベブソンさんの反論です。
Dialekti ne esas granda problemo.
方言は大きな問題ではありません。
En Norvegia trovesas du granda dialekti qui uzesas kom l'oficala lingui di Norvegia.
ノルウェーには、ノルウェーの公用語として使われている2つの大きな方言がありますよ。
Ed en Germania onu proklamas ke Germania havas un oficala linguo di Germania.
また、ドイツでは、一つの公用語だけがあると、宣言しています。
Ma fakte onu libere uzas sua propra dialekto omna'die ube lu laboras e manjas e pluse diskutas' ma uzas la oficala Germana nur kande lu mustas o devas esar specale formala.
しかし実際は、働いたり、食べたり、議論するところで毎日、独自の方言を自由に使っていますが、特別に改まらなければならない時には、ドイツの公用語を使います。
En Japonia onu audas multa dialekti parolata en TV, e facile komprenas la dramati od amuzivaji.
日本では、テレビ番組で話される多くの方言が話されていても、ドラマや娯楽も簡単に理解できています。
Nur en Francia onu devas adherar a Parisana linguo.
フランスだけは、パリの言葉遣いに、忠実でなければなりません。
En Idia onu anke darfas uzar kelke deviacata Ido.
イド語の国でもまた、基準から外れたいくつかのイド語が使われているかもしれません。
Lo esas perfekte okida!
それは、全く問題ありません!
Tamen lu gradope uzeskos plu modelatra Ido kande lu deziros esar populara inter Idisti plu talentoza kam su ipsa.
しかし、ある人が、自分よりも才能豊かなイド語話者たちの間で評判よくしたいと思った時に、より模範的なイド語を次第に使いはじめるでしょう。
Ido esas plu forta kam l'Ocitana.
イド語は、オック語よりも強いのです。
Pro ke en InterReto onu povas trovar sua mastro di Ido kande vere necesa.
インターネット上で、本当に必要な時、イド語の師匠を見つけることができます。
Quankam febla, lingui ne'oficial quala l'Ocitana havas de'naska parolanti de diversa dialekti.
弱々しいようで、オック語のような非公用の諸言語には、様々な方言出身の生来の話者たち(生まれながらの話者=ネイティブ・スピーカー)がいるのです。
Singla parolanti kredas ke la sua esas la maxim bona inter la dialekti pro ke li esas sua propra mastro di sua propra linguo e ne bezonas adherar a la normala linguo sur'plusita se l'akademio existus.
単一言語だけを話す人たちは、自分たちの言語が、諸方言の中で最も良いものだと信じています。なぜなら、もしアカデミーが存在していたとしても、彼自身が、自分たちの独自の言語の師匠であり、自らに追加された通常の言語に固執する必要がないからです。
Tamen Ido ne havas sua de'naska parolanti.
しかしイド語には生来の話者はいません。
Omna Idisti esforcas lernar la linguo "de pied d'une colline" per libro o sub la mastro.
すべてのイド語話者らは、書籍を読んだり、師匠のもとで”丘のふもとのから”この言語を努力して学んでいるのです。
Qua de li povus krear bona dialekto de l'Ido quan Sro Jean MARTIGNON, Sro Fernando TEJO'N e BYT esforcas polisar omna'die?
ジャン・マルティニョン氏やフェルナンド・テホン氏や、このベブソンが毎日々、努力して磨いているイド語から(それよりも)優れた方言を、一体誰が作り出すことができるのでしょうか?
Kad onu trovos tala genio en nia futuro?
私達の未来には、そんな天才がいるでしょうか?
Me ne kredas tale.
私はそんなことは信じません。
Maxim regretinde vu ne esas ta genio qua afordas ganor la granda majoritato del futura Idisti per vua ankore povra Ido, kad Yes?
大変、遺憾ながら申しあげますが、あなたのまだ貧弱なイド語でもって、将来のイド語話者たちの多数派を獲得する(方言を作り出す)余裕のある天才ではないでしょう、違いますか?


ベブソンのコメント:
日本人は論争で相手の胸にトドメを刺すような事は言えませんが、西欧人の論争は、この様に相手にトドメを刺しませんと論争自体に決着が付かずに、更にグダグダダラダラ続く事になります。この酷いベブソンの言葉で、ジャック・デエ氏は反論ができなくなりました。
韓国の捏造慰安婦問題でも、相手に反論ができなくなる程に論争で叩き潰しませんと、未来永劫、相手から醜い嘘を浴び続ける事になり、日本人の先祖や子孫が国際的に貶められたママになります。国際関係とゆうモノは大変に厳しいモノですから、国際語のイド語を民族の友愛の為に習うのも勿論必要なのですが、民族間での論争にも自由自在に使い熟す練習も必要とされます。日本の外交官は英語ですら、自国を弁護する事が全くできておりません。日本人の大衆がイド語を習得して、日本の外交官を凌ぐ活躍をして頂く事を祈っております。

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