エスペラントの修正版として開発された人口言語、国際補助語です。

不定の代名詞・形容詞など

次に取り上げる単語は、語彙集に属するものであるものの、とても頻繁に使われるものなので、ここで少し触れておきます。
ula, ulu, ulo (未知、未定の人・もの)*1
「ula」は、形容詞です。「ula libro」(ある本)は、ある種の本ですが、どんな本なのかを知らないし、伝えることもできないでしょう。
「ulu」は、ある人を指す代名詞です(人称代名詞)。「ulu dicis」(誰かが話した)
「ulo」は、事物を指す代名詞です。「ulo mankas」(何かが、不足だ)
Irga, irgu, irgo (無差別の意味)*2
「irga」は、形容詞です。「どんな〜でも」という意味です。
「irgu」は、無差別の人を示す代名詞、「どんな人でも」という意味になります。
「irgo」は、無差別の事物を示す代名詞、「どんなものでも」という意味です。
例)
Irgo konvenos
どんなものでも、似合うだろう、役に立ちます。
kelka, kelko (不確定の数・量)
kelka homi
数人の人たち
Donez ad me kelko.
私にいくらか下さい
「kelka」と「poka」の違い
「kelka」と「poka」はどちらも「数や量の少ない」ことを表す形容詞です。
「kelka」は、「nula」の反対語で、「少しはある」という意味で肯定的な表現です。
これに対して「poka」の反対語は「multa」となるため、「少ししかない」という否定的な意味になります。
omna, omnu, omno (全体的なものを表す)
「omna」は全体的なものを表す形容詞です。
単数形の名詞を修飾する時は「それぞれの」という部分的な意味になりますが、複数形の名詞を修飾する時は「すべての」という意味になり全体を表します・
「omnu」は「それぞれの人」を表す代名詞となります。「omni」は「omnu」の複数形で「すべての人」という意味。
「omno」は「すべてのもの」「すべて」を表す代名詞になります。
Omni dicis
すべての人が言った
Omnu kantis.
それぞれの人が歌った
Omno esas hike.
すべて(のもの)がここにある
altra, altru, altro(「不同」を表す)
「altra」は、「他のもの」という意味の形容詞です。
「altru」は、「別の人」という意味の代名詞。
「altro」は、「別のもの」という意味の代名詞。
altra foyo
別の機会
Altru parolos.
別の誰かが話すだろう。
Altro montros ke ...
別のことが〜を示しているだろう
nula, nulu, nulo (「否定」を表す)
「nula」は、否定の形容詞「決して〜ない」
「nulu」は、否定の人称代名詞「だれも〜ない」
「nulp」は、否定の代名詞「少しも〜ない」
singla, single (「分配」を表す)
singla karti
それぞれのカード
Li venis single.
彼らは一人ずつできた。
dek centimi*3 po singla
一個10セント
「omna」と「singla」との違い
「omna」と「singla」との違いは微妙だが、明確です。「omna」は全体的なものであり、「singla」は配分的であるということです。
すなわち、「omna」は集合から1つずつ全部取り出す意味ですが、「singla」は同じく集合から1つずつ全部取り出すものの、取り出した1つ1つの個体が皆違ったものという含みを持つのです。
Omnu parolis, singlu en sua linguo.
全ての人は話したが、各人は自らの言語で話した。

「お互いに」(「una la altra」「nui la altri」)という表現について*4
英語の「each other(お互いに)」という表現*5は、イド語で「una la altra」と訳せます。複数では、「uni la altri」となります。接頭辞「inter-」が使えない(適切でない)場合に、使います。
Amez uni la altri.Amez kom uni la altri.
互いに愛し合いなさい。
Li interparolis long.
彼らは長い間、話し合った。
「inter」は前置詞だが、しばしば接頭辞として使われます。
Sro Max parolas inter Sro Mix e Sro Mox. Do li inter-parolas.
マックス氏は、ミックス氏とモックス氏の間で話をする。すなわち、彼らは話し合っている。
なぜ、「inter-」が適切でない場合があるかといえば、次のような例があるからです。
例えば「inter ni」といえば、「私たちの間で」となり、「inter li」といえば、「彼らの間で」という意味になります。この場合は、「私たちの間」「彼らの間」という具体的なイメージを想定しているのです。
ところが、「Amez uni la altri.」(お互いに愛し合いなさい)といえば、特定の人間ではなく、不特定の人間同士の関係までイメージされるため、「inter」を使ったものでは、表現できない(適切でない)わけです。
Li donis donaci uni a l'altri.
彼らは互いに贈り物を交換した。
上記の例でも、不特定の人たちと不特定の他者との関係をイメージしているので、「inter」を使った表現は不適切と考えられるのでしょう。

ところで、「uni la altri」という表現の問題点が2つあります。
まず「un」という単語です。本来ならば「un」は数詞で「ひとつ」を意味するものです。しかし「un」には数詞以外に「代名詞」という性質も併せ持っています。すなわち、先行する名詞の繰り返しを避けるために使われます。この用法では「uni」という複数形も使用できます。
Ek elua infanti, uni esas bona ed altri esas mala.
彼女の子どもたちの中のある者は良い子だが、ある者は悪い子だ。

「unu」は「誰か一人の人」という意味ですから、その複数形「uni」はチョッと不規則な言葉です。あえて訳せば、「誰か各々の人の集団」となります。
また、冠詞「la」を使わずに、「una altra」や「uni altri」でも良いのですが、「una la altra」とすれば、「la altra」は自分ではない別の人達となり、「uni la altri」は、誰か不特定のそれぞれの人たちが、自分ではない別の人たちとの間の関係を、強調することになります。
本当は英語の様に「una (la) altra」 だけで全てのケースを網羅できるはずです。しかし、あえて「uni la altri」 と言うならば、その複数性をかなり強調したいのだ、と思われます。 

さらに、重要なことがあります。「uni a l'altri」や「uni la altri」は名詞句であり、副詞句ではないことです。
実用的には、「お互いに」という副詞的に使われている例も多数あるのですが、文法上、厳密に考える人は、”これは副詞句だよとハッキリさせる為に”「kom」という前置詞をつけて、「kom uni a l'altri」や「kom uni la altri」を、全体として副詞句にして使用するのです。
Amez kom uni la altri
互いに愛し愛し合いなさい。
Li donis donaci kom uni a l'altri.
彼らは互いに贈り物を交換した。

「kom」のない次の文章を見て下さい。
Amez uni la altri
互いに愛し合いなさい
「Amez "nui"(あなたは誰かを愛しなさい)」という意味に取ってしまいがちですが、そうではありません。
繰り返しますが、「uni la altri」は副詞句なのです。「Amez」の後の「uni」は「amez」の目的語ではありません。「uni la altri」 の副詞句を正しく解釈すると、「"Uni" amez la altri」という構造になります。誤解を生じないように書き換えれば、「Amez kom uni la altri」または「Amez "en la maniero ke" unu a/por la altri」となります。一番短い「Amez uni la altri」よりも、少し長く(冗長に)なってしまいますが、意味するところは、同じです。
N.B.*6注意点
Kande vua "unu" o "uni" ne esas irga persono/i ma specala persono/i en vua penso, vu povas dicar "la una la altra/i" o "la uni la altra/i"
「unu」あるいは「uni」が、任意の人ではないが、あなたの思考の中での特定の人である時に、あなたは「la una la altra/i」あるいは「la uni la altra/i」と言うことができます。

「unu / uni」は、代名詞としての性格を持つ単語です。先行する名詞の繰り返しを避けるために使われます。その「unu / uni」に冠詞「la」がついているので、特定の誰かを指しています。「altra/i」につく冠詞「la」は自分以外の存在を強調するためのものですが、「unu/uni」につく冠詞「la」は、話者の想定する特定の人を明示するために使われます。
不定の代名詞・形容詞一覧
形容詞人称代名詞代名詞
-a-u-o
未知・未定ulauluulo
無差別irgairguirgo
全体omnaomnuomno
不同altraaltrualtro
否定nulanulunulo

接辞 -aj-, -ur-, -ar-, ex-, -um-,

-aj-動詞語根について、その動詞の表す行為の対象を示す
manjajo(食べ物) drinkajo(飲み物) chanjajo(変化したもの)

自動詞では、行為の主体を示します。
rezultajo(結果) restajo(残ったもの)

非動詞の語根につく場合は、ある材料によって作られたものとか、ある性質をもつということを意味します。
lanajo(羊毛製) belajo(美しいもの) molajo(柔らかいもの)

その拡張として、語根の意味する行為を表すものもあります。
amikajo(親切な行為) infantajo(子供らしい悪戯)
-ur-動詞で表さられる行為の具体的な結果を示す
pikturo(絵画) imituro(模造品) 比較)imitajo(真似されたもの)
imprimuro(印刷物) fotografuro(写真)
-ar-集団
homaro(人類) vortaro(語彙)

「-un」は、塊の一つを表します。greluno(ひょう粒、あられ粒)
要素が個体よりも断片であるときは、「」が使われます。 sukropeco(角砂糖)
ex-「元の、かつての、前職」を示す
exkonsulo(元領事) exoficiro(元将校)
-um-決まった意味のない不定接尾辞
現れる単語を辞書で調べて下さい。
mondumo(一般的的な社会、団体、当世の社会)
foliumar(ページをめくる)
kolumo(襟) nukumo(首隠し)

チェスをめぐる会話

Ka vu esas shak-ludero?
あなたはチェス好きですか?
Olim me savis la stroki.
以前は駒の動かし方を知っていたんだがね。
Me obliviis la nomi di la peci*7.
私は、駒の名前を忘れてしまったし。
Me ne povus mem roquar korekte.
それに今はちゃんと(チェスの)キャスリング*8さえもできないかもしれないよ。
Ka vu preferus ekirar e juar la fresha aero?*9
あなたは(チェスなんかやらないで、)むしろ外に出かけて新鮮な空気を楽しみたいのですか?
*ここを preferas とすると、『チェスなんかしないで、外に出たいの?』と一寸きつい感じになります。
Yes, certe; la pluvo cesis.
その通りです、雨がやんだのでね。
Bone*10; ni prenos nia parapluvi, kaze ke olu rikomencus.
いいさ。でも万一また雨が降り始めると困るから、傘を持って行こう。
Se vu sentos vu kom kolda, ni ne restos longatempe.
もし、あなたが寒いんだったら、僕らは外で長居はしないよ。

スイスからの手紙 LETRO DE SUISIA

Geneve, Suisia, la 19ma di mayo
ジュネーブ、スイス、5月19日
Kara Sanne: Danko pro tua letro.
サネさん、お手紙ありがとう。
Me ne povis respondar ante nun, pro ke me esis for-heme dum monato e nur recente retrovenis.
今まで返事を書けませんでした。というのは、一ヶ月間、家を留守にして、最近、戻ってきたばかりだからです。
Do voluntez exkuzar me.
ごめんなさい。
Yes, me asistos la Ido-konfero en Groningen. Me jus regardis la programo.
はい、私はフローニンゲンでのイド語会議に出席しますよ。いま、プログラムを見たばかりです。
La organizeri*11 havas nombro de bona idei*12.
世話人たちは、何人かの素晴らしい同志たちからなっていますね。
Me previdas ke la koncerto ye la jovdio esos granda afero.
木曜日のコンサートはとても素晴らしい催し物になるだろうと、予見しています。
Jim Lipton prizentos sua nova Ido-kansoni (songs).
ジム・リプトンが新しいイド語の歌を発表しますね。
Ka tu rimemoras la kansoni di Jim en Elsnigk?
エルスニククでのジムの歌を覚えていますか?
Ka tu recevis la koquo-libro quan me sendis de Venezia, e la du karti postala de Roma?
私がヴェネツィアから送った料理の本と、ローマからの二枚のハガキを、受け取りましたか?
Yes, me pasis la monato en Italia.
そうなんですよ、イタリアでのひと月が過ぎ去ったのです。
Recente me skribis artiklo por 'Progreso' pri ekologio. Ka tu lektis ol?
近頃、私は「(雑誌)Progreso」のためにエコロジーについての記事を書きました。お読みになりましたか?
Me recevis plura letri gratulanta (congratulating) me pro ol.
お祝いの手紙を何通か受け取りました。
Un Idisto en Japonia volas tradukar la artiklo aden la Japona linguo por Japona revuo.
ある日本のイディストが、その記事を日本の雑誌ために日本語訳したいと希望しています。
Me donis mea permiso, naturale.
当然、許可を与えました。
Quale tua genitori standas? Tua patro retretas cayare, ka ne?
あなたのご両親はお元気ですか? お父様は今年、定年退職でいらっしゃいますね、違いますか?
Quon ilu intencas agar?
お父様は何をするおつもりでしょう?
Se me ne eroras, ilu pasos la tota jorno sur la golfo-tereno.
おそらく(私の考えが間違ってなければ)、お父様はゴルフ場で一日中、お過ごすになるでしょうね。
Mea onklulo Albert esas ankore depresita pos sua operaco.
私の叔父、アルバートも自分の手術の後、落ち込んでします。
Me ne kredas ke ilu asistos la Ido-konfero.
彼はイド語会議には出席するとは思っていません。
Me avide vartas rividar tu. Mea maxim kordiala saluti ad omni.
再会を待ち望んでいます。皆様にくれぐれもよろしくお伝え下さいね。
Afecionoze tua*13, Erich XXX
敬具、エリック・☓☓☓
質問と答え
1.Ka Erich esis en Italia dum du monati?No, dum un monato.
エリックは二ヶ月間イタリアにいましたか?いいえ、一ヶ月です。
2.Ka ilu asistos la Ido-konfero?Yes, ilu asistos.
彼はイド語会議に出席しますか?はい、出席します。
3.Quo eventos ye jovdio?La koncerto.
木曜日には何が催されますか?コンサートです。
4.Qua prizentos kansoni?Jim Lipton.
誰が歌を発表しますか?ジム・リプトンです。
5.Ka Erich skribis artiklo pri Japonia por 'Progreso'?No, pri ekologio.
エリックは「Progreso」に日本についての記事を書いたのですか?いいえ、エコロジーについてです。
6.Ka Erich sendis posto-karto de Venezia?No, ilu sendis koquo-libro.
エリックはヴェネツィアからハガキを送りましたか?いいえ、料理の本です。
7.Ube esas Roma?Roma esas/es en Italia.
ローマはどこにありますか?ローマはイタリアにあります。
8.Qua retretos ca yaro?Patro di Sanne.
誰が引退するのですか?サネの父です。
9.Qua esas Albert?Onklulo di Erich.
アルバートとは誰ですか?エリックの叔父です。
10.Kad Albert standas bone?No, Ilu esas ankore depresita pos sua operaco.
アルバートは元気ですか?いいえ、彼も手術のため元気がありません。

仮定法

1.Se me esus richa, me ... komprus la kompanio ube me laboras.
もしも、私が金持ちだったら、私は…自分の働いている会社を買収するんだがなあ。
2.Se me povus selektar irga vakanco, me ... selektus vakanco en Grekia.
もしも、どんなバカンスでも選べるならば、私は…ギリシアのバカンスを選ぶのだがなあ。
3.Se me povus renkontrar ...fantomo, me olun kaptus e vendus por pekunio.
もしも、私が…幽霊と出くわすことがあれば、お金のためにそいつを捕まえて売り払ってやるのになあ。
4.Se me esus en karcero (prison)..., me divenus ucelo ed eskapus.
もしも、私が刑務所に入っていたら…、鳥になって逃げ出すのになあ。
5.Me habitus en ...Grekia, se ...me retretus.
もし引退したら、ギリシアに住んでいたのになあ。

一般的な質疑

01.Qua koloro esas vua okuli?Oli esas o bruna o blua o avelanea*14.
あなたの目は何色ですか?茶色か、青色か、薄茶色です。
02.Ka on tragas*15 pijamo en la nivo?Komprenende ne!
雪の中でパジャマを着ますか?もちろん、そんなことはない。
03.Ka vu sentas vu kom varma prezente?Yes, suficante varma apud herdo.
今、暖かく感じますか?はい、暖炉のそばは、十分暖かいです。
04.Quante facile vu respondis a la unesma questiono?Sen irga problemo.
あなたは最初の質問に(どれほど)簡単に回答しましたか?何の問題もなく(回答した)。
05.Quante ofte vu lektas biblioteko-libro?2 o 3 foyi en la semano.
図書館の本をどれほどの頻度で読みますか?週に二、三回です。
06.Quante kustas marko postala por letro ordinara?Forsan 2 o 3 marki.
普通郵便の切手はいくらですか?たぶん、二、三マルクです。
07.De ube vua familio venas?La mea ne esas de aristokrataro.
あなたの家族の由来は何ですか?私の家族は貴族階級ではありません。
08.En qua komtio vu habitas?En Idia di Japonia.
あなたはどの群に住んでいますか?日本のイデアです。
09.Quanta kuzin vu havas?10 kuzi.
あなたには従兄弟は何人いますか?10人です。
10.Ka vu skribas per vua dextra o per vua sinistra manuo?Per mea dextra.
あなたは右手で書きますか、それとも左で?右手です。
イタリア人の教科書から(その9) De lernolibro Italiana:-09
Quante evas ca puerulo?
この少年は何歳ですか?
Ilu evas ok yari, e lua fratino esas dekk-e-un-yara.
彼は10歳で、彼の姉妹は11歳です。
Ye qua kloko li arivos?
彼らは何時に来るでしょう?
Ye dek e tri kloki.
午後1時です。(13時です)
Kande la treno departos?
列車は何時に出発しますか?
Ye du kloki kinadek e sep (minuti). - 2:57
2時57分です。
Qua kloko nun esas?
今、何時ですか?
Esas dek e un kloki e tri quarimi. - 11:45
11時45分です。
Quala arborin vu plantacos?
どんな木を植えますか?
Me plantacos querki e fagi.
私は樫の木とブナの木を植えます。
Quantesma dio di la monato esas?
その月の何日ですか?
La duadek e nonesma (29th) o la triadekeesma (30th), me ne plu savas.
29日か、30日か、よく分かりせん。
Kad vu kompris sigareti?
あなたは紙巻たばこを買いましたか?
Yes, sigareti po sisadek centimi ye singla pako.
はい。一箱6セントで紙巻たばこ(を買いました)
Me manjis tre poke, un bokedo, en la imprimerio.
私は印刷所でほんの少々、一口だけしか食べなかった。
Ho! Qual infantalajo!
おや!なんて子供らしいの!
Ta trovajo esas precoza.
その発見物は高価です。
La paroko (priest) di ta parokio (parish) esas tre zeloza, quankam olda.
その教区の司教は年をとっているけれども熱心だ。
Ilu restis dum tri hori. Irgu qua venos, ne aceptez lu.
彼は3時間休んでいた。来る人は誰でも、彼を受け入れさせるな。
Kinople ok esas quara-dek. 5 x 8 =40
5掛ける8は40である。
La triimo di dek e kin esas kin. 1/3 x 15 = 5
15の3分の一は5である。
イタリア人の教科書から(その10) De lernolibro Italiana:-10
Qua pozis to aden la manjo-chambro di nia gemastri?
誰がそれを私たちの主人夫妻の食堂へ置いたのですか?
Tre bel aer-navo pasis super nia kapi ca-matine.
とても美しい航空機が私たちの頭上を今朝、通り過ぎていった。
Ka la tir-kesti di ta moblo ne plu havas klefo?
その家具の引き出しはもはや鍵がない。
Quon vendis a vu ta moblisto?
その家具屋はあなたに何を打ったのですか?
Nur quar stuli ed un mikra skribotablo.
椅子4脚と小さな事務机1台だけ。
Kande la pluvo cesabos, forsan aparos en la nubi ciel-arko.
雨がやんだら、おそらく雲の中に虹が表れるだろう。
La ter-pomi (potatoes) esas manjajo precoza precize pro ke li esas chipa.
じゃがいもは安いので、価値のある食べ物だ。
Bon jorno, kar amiko, quale vu standas ca-die?
こんにちは、友人よ、今日は元気ですか?
La horo di la morto esas nekonocata da oomna vivanti e tamen olu venas a li pokope.
死の時間は生きている人たちにはわからないが、少しずつ彼らにやってくる。
Ilu esas la viro maxim maligna, quan me til nun renkontris.
彼は、私が今まで会った人の中でも最も悪い男だ。
Arivez maxim rapide kam posible.
できるだけ最高に早く到着せよ。
Vu esas min laborema kam vua kuzulo, ma la minim laborema ek omni esas la filio di la vicino.
あなたは自分の従兄弟よりも仕事好きでないが、みんなの中で最も仕事好きでないのは、隣人の息子(娘)だ。
Nulatempe, no, nulatempe on vidis tanta homi en nia vilajo.
決して、否、決して、私たちの村の中では、そのような人間には会うことはありません。
Donez a me kelka pekunio por komprar dekeduo de ovi.
卵一ダースを買うためのお金をいくらか、私に下さい。
Regardez ta grosega greluno.
あの巨大な雹を見なさい。
La skolanin laborema ni rekompensos, ma le ocieman ni punisos severe.
私たちは勤勉な門下生たちに報いるが、不精な人たちを厳しく罰するだろう。
Lektajo 14 (読み物14)
La kin mondoparti nomesas: Afrika, Amerika, Australia, Azia ed Europa.
世界の五大州は、アフリカ州、アメリカ州、オーストラリア州、アジア州、ヨーロッパ州という名称です。
Ultre la Franca e la Germana linguo, ilu savas la linguo internaciona.
フランス語とドイツ語に加えて、(世界には)国際言語があります。
Dum un yaro e sis monati me habitis en Paris, dum un yaro me esis en Berlin, e nun me esas/es en Zuerich.
私は1年6ヶ月間、パリに住み、1年間はベルリンに住んだことがあり、そして今はチューリッヒにいます。
Tolstoy esis Rusa poeto. Sokrates vivis en anciena Grekia.
トルストイはロシアの詩人です。ソクラテスは古代ギリシアに生きていました。
Le Goethe esas/es rara.
ゲーテのような詩人はまれにしかいません。
Yen pomi, prenez le bona e lasez le mala.
ここにリンゴあるよ。良いものは取って、悪いものは放っておきなさい。
Tu devas skribar plu bele, precipue le 'o' e le 'u' esas/es tro male skribita, on ya povas konfundar li.
君は、もっと美しく書くべきです。まずは「o」「u」という文字は逆に書かれることが多いので、それらを混同しやすのです。
Me ne amas la homi qui sempre uzas le 'se' e le 'ma', me preferas ti qui uzas le 'yes' e le 'no'.
私は「se(=もし)」と「ma(=しかし)」をいつも使う人たちは好きではありません。私は「yes」と「no」を使う人たちの方が好きです。
Alexandro Dumas, qua ne savis la Germana linguo, voyajis sur la dextra rivo dil Rheno*16.
ドイツ語を知らなかったアレクサンドル・デュマは、ローヌ川の右岸の上を旅行した。
Uldie ilu eniris albergo en la Foresto Nigra por dinear.
ある日、彼は食事をするために「la Foresto Nigra(黒い森)」の中の宿屋に入っていった。
Ilu deziris manjar fungi, ma quale komprenigar su (make himself understood)?
彼はきのこを食べること決めたが、しかし、どのように自分の考えを人に分からせてようとしたのか?
Pos kelka reflekto (reflection) ilu desegnis fungo sur peco de papero, e montris olu al albergestro.
しばし考えた後に、彼は一枚の紙の上にキノコの絵を描き、宿屋の主人にそれを見せた。
Ica facis vivaca (lively/spirited) signi ke ilu bone komprenis ed adportis - granda parapluvo (umbrella) ad Alexandro Dumas.
それが合図となって、彼はよく分かり、アレクサンドル・デュマに対して、大きな傘を持ってきたのだ。

イド語の非公式的な世界

イド語のアスペクトについて(Pri l'aspekto en Ido)
ここでは、イド語のアスペクトという文法事項を説明しています。「エスペラント日本語辞典」の中で説明している動詞分類でのアスペクト(瞬間的な点動詞と継続的な線動詞というもの)までは、踏み込んではいませんが、「時制」と「アスペクト」の違いを説明しています。
具体的には、接辞「-ad-」と「-ab-」の使い方の説明のようです。若干、複雑な議論になっていますが、「-ab-」の使い方を習得すると、イド語の表現力が高まりそうです。
Yo Idistaro: Onu esforcez plear e sonigar Ido tam bele/a kam posibla.
やあ、 イド語グループの皆さん。できるだけ美しくイド語を奏でましょう。
Ca'die nur hazarde me lektis linguolisto e ridis multe por mea saneso.
今日、偶然に過ぎないけれども、「linguolisto」(Yahoo! Groupsの中のグループ名)を読み、自分の健康増進の為に、大笑いしてしまった。
E trovesis nula Ruso ibe pro ke omni konfundis l'aspekto kun la tempo.
そこにはロシア人がひとりもいなかったので、時制とアスペクトを混同してしまったのでしょう。
西欧言語のアスペクトは貧弱ですが、ロシア語や日本語はアスペクトを自在に活用しておりますので。
Ab- nule esas tempala dezinenco ma aspektal quale -ad-, quankam olu ya havas vokalo -a- en olu.
「ad-」は、その中に母音「-a-」があるけれども、アスペクト的な「-ad-」であって、時間の形式語尾ではないのです。
Do onu jame*17 darfas havar -id- ed od- quale..me studi-id-as, studi-od-as ma nur studi-ad-as Ido, ka No? Ha, ha, ha.
だから、次のように「-id-」と「-od-」を使ってはいけません。「me stui-id-as」「studi-od-as」。イド語では「studi-ad-as」だけですよ(笑)
"a" (ne'dependanta!) en -ab- tote ne koncernas -as en -is, -as ed -os.
「-ad-」の中の「a」(これは非依存的だ!)は、「-as」「-is」「-os」とかとは全く関係ないのです。
Kad oni ja renkontris en Ido' nacionila, nacionola apud nacionala?
イド語の中で、「nacionala」の傍らで、「nacionila」や「nacionola」という単語に出くわしたことがありますか?

Geraldo*18 BOZ Junior dicas .....
ジェラルド・ボス・ジュニアは言う…
Do -ab- esas dezinenco ne tempala, ma aspektala...
すわなち、「-ad-」はアスペクトであって、時間の形式語尾ではないとすれば…
Ad qua aspekto -ab- relatas? Koloro? Maniero?
「-ad」は何と関係するのか?色ですか、それとも様相?

Sro Hermann PHILIPPS tre "ecelante" explikas quale ....
ヘルマン・フィリップ氏は、次のように、とても”すてきに”説明しています。
Kara Geraldo, "Tempala" relatas al pasinta, prezento e futuro, "aspektala" relatas al maniero di evento: kompletita o duranta (p.e. Slava lingui qui havas prefixi o mem kelke variita verbi por ta aspekti).
ジェラルドさん。”時制”は過去、現在、未来に関係しているもので、”アスペクト”とは出来事の様相(完了か、継続か)に関係するものです。(例えば、アスペクトのための幾つかの派生単語や接辞をもっているスラブ諸言語)
Altra lingui havas plusa aspekti, p.e. Turka: Evento esas faktala o nur raportita; evento esas kustumala od instantala.
別の諸言語では他のアスペクトがあります。例えば、トルコ語。出来事とは事実なのかまたは単なる報告なのかであり、ですから事実は慣習的に起きている事なのか、実際にその場で起きているかのどちらかです。
Ti nur esas kelka exempli por "aspekto" vice "tempo".
これらトルコ語等のケースは”時制”よりも”アスペクト”を使うほんの数例なのですがね。
世界中には、時制よりもアスペクトを好む沢山の言語があります。例えば、アラビア語、日本語等。
また動詞に時制システムの無いマライ語・インドネシア語の様な言葉もあります。そこでは時制は全て副詞で表します。
Lingui konstruktita ne devas igar la kozi tro komplexa.
人工言語はそれを複雑にしてはなりません。
人工言語に、単純な時制システムに加えて複雑なアスペクト・システムを持ち込んではいけません。簡単なモノならOKですけど。
Onu tre simple povas expresar "aspekti" per apta adverbi quale "jus", "sempre", "kustumale", "dure", "olim" e c.
「jus(たった今)」、「sempre(いつでも)」、「kustumale(通例)」「dure(続けて)」、「olim(かつて)」などのような適切な副詞を用いて、簡単にアスペクトを表現できます。
Quale Bebson deskribis, Ido havas du aspekti quin onu povas expresar per sufixi:
ベブソンが書いたように、イド語には接尾辞を用いて表現することができる二つのアスペクトがあります。
1. -ab- por expresar ke un evento ja esis (-as, -os) kompleta kande altra evento realeskis (-as, -os).
1. 「-ab-」:別の出来事が実現された(実現している、将来実現する)時に、ある出来事がすでに完了した(完了する、将来完了する)ことを表現するもの。
2. -ad- por expresar ke irgu facis (-as, -os) irgo dure.
2. 「-ad-」:だれでも続けて何かを行った(行っている、将来行う)ことを表現するもの。
Kordiale, Hermann
心をこめて、ヘルマンより

Tamen l'expliko da Sro Hermann PHILIPPS ankore restas kelke des'facila por la Latinida populi.
しかし、ヘルマン・フィリップス氏による説明もまたラテン系の人々とっては相変わらず少しむずかしいのです。
Me humile ad'juntas plusa explikajo por ke oni povez libere manipular ca -ab-, dezinenco tempatra ma fakte aspektala.
この「-ab-」(時制のような形式語尾、実際はアスペクト)をうまく使えるようにさせるために、私は謙虚に追加の説明を加えます。
Kande oni vehigas Indo-Europana lingual automobilo, li fakte koaktesas kontrolar olua forta verbal motoro.
人々がインド・ヨーロッパ言語という”自動車”を運転する時、彼らは実際に、その強力な動詞という”エンジン”を調整しているのです。
Ma quale? Per atencoze regardar la takimetro e la gazolino-indikilo.
しかし、どうして? タコメーターとガソリン・インジケーターを注意深く見るのでしょうか?
La tempal sistemo dil verbi esas ula takimetro qua koncernas la rapideso, nome, la tempo e la disto.
動詞の時制体系は、速度(いわゆる時間と距離)に関係するタコメーターに相当します。
Tamen, la Latinidi esas tante emocoza populi ke li tro ofte oblivias regardar la gazolino-indikilo, pro ke li ne povas ne regardar nur la takimetro.
しかし、 ラテン系は、タコメーターだけしか見ないので、ガソリン・インジケーターを見るのを頻繁に忘れてしまうほど情緒的な人々です。
Tamen la gazolino-indikilo indikas ka la kombusteblajo ankore restas o tote perd'esas.
しかし、ガソリン・インジケーターは燃料がまだ残っているのか、まったく不足しているのかを示しています。
Kande la tanko divenas vakua, la motoro mustas haltar.
燃料タンクが空になる時、エンジンは止まらざるを得ません。
Exemple:
Kande l'(aspekto-)indikilo montras -ad-, la verbal motoro fakte movas.
(アスペクト)インジケーターが「-ad-」を表すとき、動詞のエンジンが実際に動きます。
Se l'(aspekto-)indikilo montras -ab-, la verbal motoro ne pluse movas.
もし、(アスペクト)インジケーターが「-ab-」を表すならば、動詞のエンジンはこれ以上、動きません。
Kande Geraldo lern-ad-is Ido, la verbo "lernar" ne haltis ma movis.
ジェラルドがイド語を学び続けた(lern-ad-is)とき、動詞「lernar」は止まらずに動いていました。
Ma kande gazolino restas, oni ne necese bezonas indikar lo per -ad-.
しかし、ガソリンが残っている時、そのことを「-ad-」を使って必ずしも示す必要はありません。
Kande Geraldo lernis Ido. la verbo movis o haltis segun la situeso.
ジェラルドがイド語を学んだ時、動詞は、状況によって動いていたり、止まったりしています。
Ma kande onu emfazas ke olu movis, lu ad'juntas -ad- quale lern-ad-is.
しかし、それが動いていたことを強調する時、「lern-ad-is」 のように「-ad-」を付け加えるのです。
Tamen, kande Geraldo lern-ab-as Ido, la verbo "lernar" ne pluse movas, pro ke la tanko por lernar nun esas vakua.
しかし、ジェラルドがイド語を習得している(lern-ab-as)時は、動詞「lernar」これ以上、動きません。なぜなら、学ぶためのタンクは今、空であるためです。
Do kande oni mustas montrar l'energio-indijeso di irga verbo, li bezonas uzar -ab-.
したがって、任意の動詞のエネルギー欠乏状態を表さなければならない時、「-ab-」が使われる必要があります。
Yen l'aspekto.
それが、アスペクトです。
Do l'aspekto esencale ne koncernas la tempo ma l'existo o ne'existo di ula energio-indijeso por la verbi.
アスペクトは本質的に時制に関係なく、関係あるのは動詞のエネルギー・インジケーターが存在するか、存在しないか、なのです。
Kad oni nun povas libere uzar -ab-?
それでは、自由に「-ab-」を使うことができますよね?
ジェラルド・ボス・ジュニア氏の提案と反論
ベブソンさんが、イド語のアスペクトの説明を行った契機は、ブラジル人のジェラルド・ボス・ジュニア氏が新しい挿入辞(-id-,-ad-,-od-)の提案を発表したことでした。
この項では、ジェラルド氏の提案の詳細を掲載しています。

Recente ed unesme Sro Geraldo BOZ Junior skribis en Idolisto quale ...
最近、最初にジェラルド・ボス・ジュニアはヤフーグループの「Idolisto」の中で次のように書いていました…。
Me propozas la sufixi -ib*-, -ab*- ed -ob*-
私は、接尾辞「-ib-」「-ab-」「-eb-」「-ob-」を提案します。
Kara idisti: On lektas en "Nova Radikaro Idala":
イディストの皆さん。「新イド語語根集」の中では
-ab-: Sufixo qua indikas, che verbo, la anteso kompare a tempopunto di epoko pasinta o futura.
「-ab-」:過去あるいは未来の時点と比べての能動態現在分詞性(anteso)を指す、動詞につく接尾辞。
Pro quo ica sufixo ne esas quale la altra sufixi olqui koncernas pri tempo, en Ido?
この接尾辞はイド語で、時間に関係する他の接尾辞のようにならないのは何故なのか?
"a" relatas a prezento (-ar, -as, -ant-, -at-)
「a」は現在に関係する (-ar, -as, -ant-, -at-)
"i" relatas a pasinto (-ir, -is, -int-, -it-)
「i」は過去に関係する (-ir, -is, -int-, -it-)
"o" relatas a futuro (-or, -os, -ont-, -ot-)
「o」は未来に関係する (-or, -os, -ont-, -ot-)
Do, Ido povus havar anke:
従って、また、イド語は次のようになっている:
-ib-: Sufixo qua indikas, che verbo, la anteso kompare a tempopunto di epoko prezenta, pasinta o futura
-ib-:現在、過去、未来の時点と比べて能動態現在分詞性(anteso)を指す、動詞につく接尾辞。
-ab-: Sufixo qua indikas, che verbo, la kontinueso di ago en epoko prezenta, pasinta o futura
-ab-:現在、過去、未来の行為の継続性と示す、動詞につく接尾辞。
-ob-: Sufixo qua indikas, che verbo, la futureso kompare a tempopun to di epoko prezenta, pasinta o futura
-ob-:現在、過去、未来の時点に比べて未来性を指す、動詞につく接尾辞。
laboribis* = esis laborinta
laborabis* = esis laboranta
laborobis* = esis laboronta
laboribas* = esas laborinta
laborabas* = esas laboranta
laborobas* = esas laboronta
laboribos* = esos laborinta
laborabos* = esos laboranta
laborobos* = esos laboronta
laboribus* = esus laborinta
laborabus* = esus laboranta
laborobus* = esus laboronta
Kelka exempli:
幾つかの例*19
Kande tu telefonis, me jus arivibis* heme.
あなたが電話をかけた時、私は家についたばかりだ。
Kande tu telefonis, me jus arivis* heme.
Kande tu venis, me ankore laborabis*.
あなたが来た時、私はまだ仕事をしていた。
Kande tu venis, me ankore laboradis
Kande tu plendis, anke me ja plendobis*.
あなたが訴えた時には、私もすでに訴えようとしていた。
Kande tu plendis, anke me ja esis pronta plendar.
La komputoro laboribas pri la kalkuli dum du dii (ma nun la laboro finigesas).
そのコンピュータは二日間、計算していた(しかし、今は終わっている)
La komputoro ja laboris pri la kalkuli dum du dii (ma nun la laboro finabas).
Me pensabas* pri ta ideo.
私はその思想について考え続けている。
Me pensabas pri ta ideo ed ankore pensas.
Me voyajobas* ad Europa nexta Novembro.
私は次の11月、欧州に旅行することにしている。
Me voyajos ad Europa ye nexta Novembro.
Morge, ye 8 kloki me ja finigibos* la laboro.
明日の8時に、私はすでに仕事を終えているだろう。
Morge, ye 8 kloki me finigabos la laboro.
Ye 7 kloki, me ankore laborabos* por finigar la laboro.
7時に、まだ私は、仕事を終えるために仕事をしているだろう。
Ye 7 kloki, me ankore laborados por finigar la laboro.
Ye 7 kloki, me ankore finigobos* la laboro.
7時に、まだ私は仕事を終えてようとしているだろう(まだ終わっていない)
Ye 7 kloki, me ankore finigados la laboro.
Me pensas ke to esas evidenta ideo (segun la logikeso idala) e me ne savas quale ido ne uzas lo.
私は、(思考論理に従って)明白な概念だと思っていますが、どのように使うかわからないし、使っていません。
Ka ica ideo esis ja prizentita e refuzi ta pro ula problemo?
この概念はすでに発表されているのでしょうか、何か問題があって拒否されているでしょうか?
Geraldo Boz Junior (Brazilia)
ジェラルド・ボス・ジュニア (ブラジルより)
ここまでが、ジェラルド氏の提案の内容です。

次から、ベブソンさんの反論となります。
先の項で説明している、イド語を車に例えたものは省略しました。というのは、その後に、ジェラルド氏の再反論の中で、説明を繰り返しているからです。また、先の項で説明が重複していることろもありますが、ご了承下さい。
E multa savoza Idisti detaloze diskutadis ca temo en linguolisto.
そして、ヤフーグループ「linguolisto」の中で、このテーマを知識のある多くのイディイストたちが詳細に議論してきました。
Do me respondis quale ... ma en Idolerneyo por mea lernanti din Ido.
したがって、次のように返答しました…でも(「linguolisto」の中ではなく)イド語を学んでいる私の生徒達の(別のグループ)「Idolerneyo」の中ですが…
Ca'die nur hazarde me lektis linguolisto e ridis multe por mea saneso.
今日、偶然に過ぎないけれども、「linguolisto」(Yahoo! Groupsの中のグループ名)を読み、自分の基準からみて、大笑いしてしまった。
E trovesis nula Ruso ibe pro ke omni konfundis l'aspekto kun la tempo.
そこにはロシア人がひとりもいなかったので、時制とアスペクトを混同してしまったのだ。
Ab- nule esas tempala dezinenco ma aspektal quale -ad-, quankam olu ya havas vokalo -a- en olu.
「ad-」は、その中に母音「-a-」があるけれども、アスペクト的な「-ad-」であって、時間の形式語尾ではないのです。
Do onu jame*17 darfas havar -id- ed od- quale..me studi-id-as, studi-od-as ma nur studi-ad-as Ido, ka No? Ha, ha, ha.
だから、次のように「-id-」と「-od-」を使ってはいけません。「me stui-id-as」「studi-od-as」。イド語では「studi-ad-as」だけですよ(笑)
"a" (ne'dependanta!) en -ab- tote ne koncernas -as en -is, -as ed -os.
「-ad-」の中の「a」(これは非依存的だ!)は、「-as」「-is」「-os」とかとは全く関係ないのです。
Kad oni ja renkontris en Ido' nacionila, nacionola apud nacionala?
イド語の中で、「nacionala」の傍らで、「nacionila」や「nacionola」という単語に出くわしたことがありますか?

ここから、ジェラルド氏の再反論の内容になります。
Ma kelk'esme Sro Geraldo BOZ Junior respondis quale .....
しかし、ジェラルド・ボス・ジュニア氏は数回目に次のような返答を寄せてきました…
Me lektis la expliko di S.ro Bebson.
私は、ベブソン氏の説明を読みました。
Il facis komparo segun qua (se me bone komprenis):
彼は次の例えを作っていました(私がよく理解していればの話ですが…)
Se "Ido" esus quale vehilo, "tempo" esus la tak-imetro dil vehilo e "aspekto" esus olua gazolino-indikilo.
「イド語」が乗り物だとするならば、「時制」がその乗り物のタコメーターであり、「アスペクト」がそのガソリン・インディケーターかもしれない。
Do il dicas ke on ne povas uzar gazolino-indikilo (-ab, -ad) quale takimetro(-is, -as, edc.).
そこで彼が言うには、タコメーター(-is, -as,など)のように、ガソリン・インディケーター(-ab, -ad)が使われることはない、と。
Me ne esas linguisto ma me pensas ke ica esas nur una formo vidar la kozi.
私は言語学者ではありませんが、これは事柄を理解するための一つの形だと考えます。
Altra formi esas posibla e ne necese erora.
別の形が可能であり、必ずしも間違いではありません。
La infixi propozita da me (-ib-, -ob- e nova -ab-) forsan esas sensenca segun ta vidmaniero, e forsan li esas konfuzigiva e do dispensenda (segun altra kritiki, olci konstruktiva), ma la ideo esas facile komprenebla, logikoza e plu klara kam vehilala paraboli.
私が提案した挿入辞(-ib-, -ob- そして新-ab-)その観点から見ればおそらくナンセンスであり、おそらく混乱を招き、除外されるべきものかもしれません(他の批評によれば、建設的とも言われますが…)、しかし、この概念は理解しやすく、論理的で、乗り物の例えよりも明確なのです。
Pro to, me ne komprenis quon Sro Bebson trovis tante ridinda en ca propozuro. Geraldo
それ故に、この提案の中に、ベブソン氏が、そんなに笑うに値するものを見出したということを私は理解できません。ジェラルドより。

ここからベブソンさんの再々反論です。ですが、ジェラルド氏への説得は、半分諦めていますね。
Mea Indo-Europana lingual automobilo tote ne esas parabolo.
私のインド・ヨーロッパ言語の自動車(の話)は、全く喩え話ではありません。
Co montras fakte la esenco dil aspekto en diversa lingui en la mondo. Ay-yay-yay!*20
これは世界の様々なアスペクトの本質を実際的に示したのですが…おやおや!
Do me itere devas dicar mea favorata frazo quale ....
そこで、私はつぎのお気に入りの言葉を言わなければなるまい…
Wem nicht zu raten ist, dem ist auch nicht zu helfen. (Germanajo)
助言を受け入れない人は、救いようがない(ドイツの諺)

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