エスペラントの修正版として開発された人口言語、国際補助語です。

伊藤氏の素晴らしい翻訳仕事に関して:


もう10年以上前に英語が分かる西欧人庶民の為に、英語でイド語教室( Ido for All) を作りました。
日本語でイド語教室を作る考えは全くありませんでした。日本語や西欧語の幾つかでモノを考える事ができても、西欧語を日本語へ翻訳するのは、実は私にとっても結構難しい事なんです。翻訳は或る種のテクニックを必要とする全然、別のプロセスなんですね。(私の親父は子供の私に、外国語を勉強する時には、できるだけ翻訳をしてはいけないよと良く言っておりました。)

ですから、伊藤氏が基礎工事から巧みに日本語版イド語教室を作られて行くのを、本当に感心して眺めております。でも一旦、建物が建ってしまえば、壁の此処のペンキが剥げてるから塗りなおして置くね (ニュアンスを修正して置くね) なんてゆうのは、意外に簡単な仕事なんです。しっかりした基礎工事があって建てられた教室だからこそ、わたしも多少のお手伝いができるとゆうモノです。

moligar(柔化)って何?


さて前の第19課で、伊藤氏がベブソンさんの moligar(柔化)って、イマイチ分かんないなとゆう影の声が聞こえて来ましたので、ちょっと解説して置こうと思います。https://goo.gl/k2Mq6W

人間の青年期は、皆さん、オシャレをしたり、格好を付けたり、自分の性的魅力を磨くのが普通です。自分の "魅力サーベル" の切れ味を良くして、自分の好きな人を手に入れなければなりません。でも段々、年を取ってくると、古い "サーベル" の様に切れ味が悪くなります。
私は老人ですから、この感覚を毎日実感しております。実際、若くて綺麗な娘さんを見ても何とも感じませんからね。つまり、自分の『性』が鈍化、または劣下して来るのです。でも、『鈍化』や『劣下』は余りに悲しい言葉なので、これを eufemismo(婉曲美化表現)で『柔化』と言うのです。

伊藤氏が解釈された様に、社会的儀礼として、私は貴方の『性』を殊更意識しておりませんよと振舞う事も必要な時がありますね。でも私などは、その必要もありません。既に『鈍化』や『劣下』しておりますからね。(:−P
lu には『性』がありますが、それを意識していませんよとゆう意味があるのです。『性』の無い olu には、lu にする必要は全く無いのがお分かりでしょうか?

元々、イド語は西欧語には珍しく始めから男女同権の言葉として作られました。エスペラント語などでは、生物的性のある言葉は先ず男性語が作られて、それに語尾を付けて女性語を作ります。男尊女卑なのですね。イド語では、生物的性のある言葉でも中性として扱い、男性の性を目立たせる時には、語尾に -ul- を付加し、女性の性を目立たせる時には、語尾に -in- を付けます。どちらの語尾も付かない時には柔化して中性になってしまいます。こんな素敵な言葉は、他には無いのでは?

pasinto を『過去』とゆう意味に使う愚について:


フランス語を知らない日本人には、前の19課の pasinto の議論は、『それ全然わかんない、意味が伝達して来ない』 だと思いますので、再度、御説明します。

フランス語では『過去』を le passé (前の課では活字の都合上、passe' と表しておりました) と言います。これは フランス語の動詞 passer (通り過ぎる) の過去分詞に定冠詞の le を付けて名詞にしたものです。それではイド語動詞 pasar の過去分詞 pasinta を名詞にすれば、『過去』の意味になるのでしょうか?イエイエ、それはなりませぬ!イド語では過去分詞と雖も、形容詞の仲間ですから、形容詞の -a を取って -o を付けますと、それは何々の性質を持つ人の意味になるのですね。ですから、イド語の pasinto は過ぎ去った人、つまり死人の意味になり、決して『過去』 の意味にはならないのです。でも、フランス語を母語とする人間には、ここの所が分からんのです。天才、ボーフロン氏と雖も、間違えてしまうのですね。

形容詞の語尾 -a を取って -o を付けて、人ではなく時間の意味にできるのならば、la prezento(現在)を la pasanto = la tempo pasanta と表せますし、la futuro(未来)を la pasonto = la tempo pasonta と表せる筈です。でも当のフランス語が未来の事をl'avenir (la venonto)と表現しますから、ティベリオ・マドンナに『お前の未来は la pasonto じゃなくて、フランス語風に la venonto と言わなきゃ駄目だろう?』 と嫌味を言ったのです。この嫌味に語学の秀才、ティベリオ・マドンナは反撃できない訳です。
そんな訳で現在の所、天才、ボーフロン氏のお蔭で、イド語には『過去』を表す適切な言葉がありません。そこで、私(Bebson)は過去を pasinto ではなくて、 paseo* [pa-SE-o]とゆう言葉にする事を提案しております。(* の付いた言葉は非公式な単語を表します。)

伊藤氏の説明によると、栗山仁先生の日本語イド語辞書では、『過去』は pasinteso と訳されているそうです。
pasinteso は純然たる『過去』の意味ではなくて、『過去の性質、性格』の意味になります。例えば...

La pasinteso di Francia esas monarkio. フランスは過って王政であった。
La paseo di Francia skribesas en ca libro. フランスの歴史はこの本に書かれている。

La paseo di ca Angla verbo "go" esas "went". 英語動詞 "go" の過去は "went" である。
La pasinteso di ca Angla verbo "go" esas ne'regula. 英語動詞 "go" の過去(形)の性格は不規則である。

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