真夏の夜の淫夢SSまとめサイト

690 ：水先案名無い人：2011/07/16(土) 17:11:04.29 ID:Q2D7o1cHO
人類が21世紀をその目前に迎えようとしていたある日、
日本で新種のヒト免疫性不全ウィルス《HIV-893》が確認された。
感染後僅か数日で肛門からの大量出血により死亡してしまう程の毒性を持ったこのウィルスは、
人類の予想を遥かに超えた凄まじい速さで日本中、やがては世界中に広まり、
ウィルスの拡散により生じた混乱や恐怖は人々の心の中に狂気を宿していった。
ウィルスにより人が次々と倒れていく中、世界中で人間同士の殺し合いが始まり。そして。
…ウィルスの発生より8週間と10日後。地球はすっかり静かになっていた。
地球上のありとあらゆる人類が暮らしていた場所は全て死体で埋め尽くされ、無人の廃墟はそれらの死体を墓標のように見下していた。
僅か２ヶ月半。
それが人類が積み上げてきた歴史が完全に崩れ去るまでの時間だった。
だが、そんな沈黙の世界で一人、生きている男がいた。

彼の名前はTDKR。彼はどこにでもいるような一人の平凡な男である。ただ、《HIV-893》に対する抗体を持っている、という点以外は。
彼の一日はひたすら孤独で単調だ。
日の出と共に下北沢にある自宅から出て、食料などを廃墟で探しながら同時に生存者を捜す。
夕方になれば自宅に戻り、街から拾ってきて置いてある何十台ものラジオを操作して、どこかから生存者が飛ばす電波が流れてこないか調べる。
そして寝る前には彼の恋人《TON》からのメッセージが無いかパソコンをチェックする。それが彼の毎日の全てだった。
彼の恋人である《TON》は現在、地下510Mにある政府の隔離施設にて、彼の血液を元に《HIV-893》のワクチンを研究している筈だったがその隔離施設との連絡も暫く前から途絶えていた。
だが、彼はそれを自分の家の通信環境のせいだと思い込んでいた。もはや《TON》すら生きていない、と考えるのは彼にとって恐ろし過ぎたからだ。

―世界は広いから同じように生き残ってる人は必ずいる筈だ。
―それに、TONのワクチンが完成したらまた人類は繁栄できる。
―そうだ。明日にもTONがワクチンを持って迎えに来るさ
―だから…

そうして日が暮れていき一日が終わる。明日も彼は同じような一日を送り、明日こそは、と希望を抱きながら眠るのだろう。
彼はTDKR。地球にたった一人だけ残った人間である…。