現地時間4月30日、UFC129で行われたUFCフェザー級タイトルマッチジョゼ・アルドVSマーク・ホーミニック」の考察です。
当サイトは立ち技系列ですので、UFCは興味ないという方もいらっしゃると思いますので、少し両選手の紹介を。

ジョゼ・アルドは現役フェザー級王者で、柔術黒帯でありながら、むしろムエタイをベースにしたスタンドに長けており、とりわけローキックはMMAで最も強烈なものをもっています。
パウンドフォーパウンドに挙げる声もあったほど、フェザー級戦線において絶対的な存在でした。

マーク・ホーミニックはアルドの持つフェザー級タイトルに挑戦しました。
キックボクシングのタイトルを保持したこともあり、シュートボクシングでは体格に勝る菊池浩一を華麗なボクシングテクニックで破っているほどスタンド能力に秀でた選手です。

戦前はアルドの圧倒的優位は揺るがないだろう、と言われており、実際に序盤はアルドが勢いで圧倒します。
中盤以降、ホーミニックもパンチで対抗するも、アルドのパンチで2度ダウンを喫します。
しかしホーミニックが息を吹き返したのか、アルドが突如失速したのか、最終5Rにはホーミニックがテイクダウンを取り、そのままラウンド終了までパウンドを当て続け、あわやという展開を作りました
それでも4Rまでのリードからアルドが判定で勝利しています。

といったスペクタクルな展開により、この興行のファイトオブザナイトも獲得した名勝負です。
私自身、MMAに関してはズブの素人ですので、ここでは打撃の応酬にフォーカスして考察していきます。



アルドの構えは正面を向き、ややアップライト気味に構えています。
これは懐が深く、蹴りを放ちやすい反面、ストレート系のパンチを対処するのが非常に困難となります。
ホーミニックは鋭いジャブを突いてくることが予想されるため、このジャブを防ぐには「ヘッドスリップまたはバックステップ」の2択に絞られることになります。
*そもそもMMAではグローブなどの特性上ブロッキングが難しく、では"そもそもブロッキングが出来ないならばヘッドスリップ・バックステップ以外にどんな手段があるのか"と思われるかもしれません。
しかし実際にディフェンスはそのような紋切り式になされるのではなく、例えば半身姿勢ならば前側の腕が自然と障壁になったり、懐の深さが目に見えぬプレッシャーとなったりするものです。
アルドの構えは体躯の割に、そのような自然なディフェンス態勢が作られていないのが欠点となります。ですから対戦相手は容易にストレート系のパンチを繰り出すことができ、アルドはそれに対して逐一何らかの対処をしなければならない、ということになります。

ホーミニックはアルドと比較すると左肩を全面に出した半身姿勢で、背中を少し丸めています
これによりジャブを軽快に放ち、ストレートにおいて体のタメを活かすことができる反面、蹴りを放つことが困難になります。
つまりアルドと比較すると、パンチを重視した構えとなっています。

戦前アルドの圧倒的優位が囁かれていましたが、ホーミニックにも優位があり、それはボクシングテクニックです。
軽快なステップと、ボクサーと見紛うほどのボディーワーク、そして脱力されたパンチは迫力こそありませんが、キレがあり的確にアゴを捉えれば一撃で倒す威力があります。
しかし打投極の全局面でオールラウンドに戦えるアルドと比較すると、余りに「限定された優位」であると言えます。
つまりアルドからすれば、ホーミニックとパンチを交換することだけ避ければ良いと考えていたでしょう。

そのため、序盤アルドはパンチの間合いを外すことで、ホーミニックのパンチを封じます。
先ほど書いたように、アルドの構えからしてホーミニックのストレート系のパンチを防ぐには「ヘッドスリップかバックステップ」に絞られます。そして試合開始直後には対戦相手の情報が不完全なことから、リスクのあるヘッドスリップではなく、バックステップを選択したと推測されます。
そしてアルドはバックステップで距離を作りつつ、機を見てキレのあるローキックで揺さぶりをかけます。

アルドのローキックは立ち技選手を含めても、世界トップレベルのスピードがあります。
確かにそのスピードから結構な威力がありますが、実際の威力は見た目の迫力ほどではないでしょう。

なぜならフォロースルーを利かせておらず、慣性の小さい外モモの深部までダメージを与えることが出来ないからです。
むしろフォロースルーを利かさず、ビンタのような蹴りであるからこそスピードに長けており、威力とスピードがトレードオフの関係になっています。
そのスピードから相対的には強い威力であるのは間違いないですが、性質上はダメージを与えにくい蹴りであるということです。

アルドはホーミニックの前進に対してバックステップすることで、相手の優位を封じ、機を見てパンチからローキックへつなげます。
特性上、一発で明確に効かせることはできませんが、それなりのダメージと何より意識を蹴りへ分散させることにおいて効果を発揮します。

アルドはローキックを交えた上下のコンビネーションで揺さぶりつつ、1R中盤に差し掛かる頃にはテイクダウンも奪います。
この辺の機微に関してデリケートな論点になるのですが、このテイクダウンも打撃の攻防に大きな影響を与えたでしょう。

UFCでは打撃よりも、テイクダウンによりトップをキープすることが採点上有利となります。
そして判定決着も多いことから、現にテイクダウンによるポイントゲームに終始することも少なくありません。
ですからパンチの交換で優位を発揮したいホーミニックにとって、トップを取られることはアルドにとってのそれ以上に警戒すべきものであり、必然的にホーミニックはスタンドの攻防においても「テイクダウンを取られないように立ち振る舞う」という大きな制約が発生します。

言葉では薄っぺらく感じるこの「制約」ですが、おそらくこれはゲーム自体を大きく左右させる要因であると考えています。

例えばボクシングよりも、蹴りが許されるK-1の方がパンチによるダウン・KOが発生しがちであることを考えてみてください。
もちろんそれはクリンチ禁止・ファイトスタイルの偏りといった要因もあるでしょうが、何より「蹴りがある」ということがディフェンス手段を大幅に制限し、それがパンチの応酬を激しくしているのです。

ですから「テイクダウンされると採点で大きく不利になる」という制約は、心理的にも物理的にもホーミニックを縛り付け、逆にアルドは様々な場面で相乗効果を発揮させることになったでしょう。
そして制約はテイクダウンだけではなく、直接ゲームを動かさないローキックにおいても「蹴りへの意識分散」という形で発生しています。



2Rに入るとアルドはホーミニックのパンチを見切ります。
バックステップで距離を外すことなく、ヘッドスリップでホーミニックの鋭いパンチをほぼ完璧に避け続けます。
今までバックステップで距離を取ることで攻防を分断していたのが、ヘッドスリップで避けることにより即座に攻撃に移れるため、攻防一体の流動的な戦いを可能にしました。

攻防一体の戦いは、パンチだけでなくローキック、タックルにも生かされ、さらなる制約と相乗効果を生み出します。
この時点でジョゼ・アルドという選手の能力が全面的に生かされる場面となったと言えるでしょう。

現に2Rからは攻防が分断されることなく、アルドは回避しつつカウンターを奪ったり、テイクダウンを取るような場面が生まれます。
意識を分散され、組ませない戦いをせざるを得ないホーミニックにとって十分に実力を発揮できる展開ではなく、パンチの応酬でも被弾するなど、あたかもボクシングテクニックですらアルドが上回っているようにすら見受けられます

そして3Rにはアルドが左フックのカウンターでぐらつかせ、右ストレートをテンプルに当ててダウンを奪います。
4Rにも続けて右ストレートでホーミニックを倒しますが、"ここだけ切り取ればなぜ被弾したのか"と思えるような場面でディフェンスの上手いホーミニックからダウンを奪っている要因は、これまで書いてきた制約とそれによる相乗効果によるものであることは明白です。
「打投極の融合」という非常に曖昧漠然としたものが、このようなダウンシーンに凝縮されているのではないでしょうか。



ここまで主にアルド目線で書いてきましたが、少しホーミニック目線から見てみましょう。

ホーミニックの誤算(?)はアルドの絶妙なボディーワークであったと思います。
あそこまでパンチを的確にかわし、なおかつローキックやタックルに繋げられてしまうと為す術がありません。
せめて1Rのようにバックステップでかわしてくれるような展開であれば、3R・4Rの展開はなかったでしょう。

それを封じるためにも、ハイキックを放つべきでした。
アルドが体を左右に振って攻撃を避ける感覚を完璧に掴んでいたからこそ、ハイキックを不用意にもらう確率は高まりますし、一度ハイキックを刷り込ませれば、多少なりともボディーワークを封じることができます。

もちろん蹴りを放つことで強引にテイクダウンされるリスクはありますが、少なくともあの場面でハイキックを"あえて蹴らない"という選択をする必要性は全くありません。
展開をガラっと変える可能性がある以上、機を見て1度か2度でも勇気を出してハイキックを蹴るべきでした。



技術的な考察は以上となりますが、実はこのような堅苦しい説明以上に特筆すべきものがあり、それは動きの洗練具合です。
特にアルドの方が驚異的ですが、ホーミニックも黒人選手のような(動きの)柔軟性があり、それだけ脱力がされ、効率的に体を使っています

堅苦しい説明に比べ、こうして文字にすると凄く呆気無く感じてしまうのですが、これこそ立ち技格闘技における最重要項目の一つです。
そして両者の打撃における体使いは、昨年開催されたK-1ライト級選手たちのそれとは比にならないほど洗練されています

確かに先天的な身体要素も看過すべきではありませんが、それを差し引いても、最も基本的なスキルにおいてK-1選手の方が劣っているのも事実です。(こちらは日本人限定となっているので、比較対象に偏りがあるのですが)
やはり最先端のMMAと比較すると、立ち技格闘技とは練習環境・指導の質に大きな差があることを改めて実感させられます。

外敵と思われたアリスター・オーフレイムやゲガール・ムサシこそ、実はK-1ファイターよりもK-1スタイルを体現しているように、競技人口の偏りから視野が狭くなっている立ち技格闘技の可能性は、案外UFCにあるのかもしれません。

このページへのコメント

>タイタンさん

私もその情報を見たのですが、やはり確証がないので判断が難しいです。

ただアルドの1Rの動きはベストにみえたので、急な失速の原因はその他にも、「始めて明らかなワンサイドゲームではなかったこと」「初のUFC、そしてタイトル戦」「アウェーの雰囲気」なども考えられます。
もちろん複合的な理由かもしれませんね。

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Posted by ruslan 2011年05月20日(金) 01:33:06 返信

>ゆずマシュマロさん

SBでの試合の解説でタイトルを持っていると紹介されていました。
立ちの展開ではホーミニックのストレート系のパンチがもっと冴えるかな、と思っていたのですが、予想外にアルドのボディーワークが上手く、逆にビッグパンチをもらってしまいましたね。

組み制限のないSBでもホーミニックのスタイルは際立っていたので、ましてK-1ルールなら彼のようなスタイルが開拓される余地はあると思いました。

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Posted by ruslan 2011年05月20日(金) 01:27:59 返信

これは話半分うわさ程度のネタなんですがインターバル中にアルドのセコンドが「抗生物質がきかなかったんだ!」とか言ってたらしいです、
何かのウィルスに感染してたからベストパフォーマンスは叶わなかったとの噂です。

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Posted by タイタン 2011年05月18日(水) 22:19:08 返信

ホーミニックはキックのタイトル持ってた事もあるとは、知りませんでした。OFGではジャブは有効ですね。アルドのローは今回は少ない気がしましたがそれでも結構ホーミニックの膝が流れる位の威力があって、キレ重視のローの中では非常に重そうでした。カットをあまり意識していない気配だったので、もう少し打てばいいのになあと思って見ていました。

ホミーニックはご指摘の通りハイキックは打ちにくい構えで、ジャブへの依存度が高かったですね。むしろ立ち技系でこういうステップワークとジャブを軸とした選手が見たい気がします。

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Posted by ゆずマシュマロ 2011年05月16日(月) 01:47:23 返信

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