Dynamiteでの大和哲也VS西浦"ウィッキー"聡生についての感想&考察です。



逆説的になりますが、K-1の進化のためには「VS総合」の試合がもっと組まれるべきだと感じます。
そもそもK-1において"何が有効で何が有効でないのか"検証されていないからです。

仮にハリトーノフやムサシがK-1で戦っていなければ、ショートレンジのボクシングテクニックの重要性に気付くことはなかったでしょう。2008年大晦日(アリスター、ムサシ、川尻)ではフィジカルの重要性が叫ばれました。
進化のためのピースを探すためには、ステレオタイプなK-1タイプの選手同士よりも「VS総合」の方がコントラストになり、目につきやすくなります。

この試合においても同様です。
大和は試合を通してウィッキーに間合いを掌握されました。
その要因の一つは、大和はガードを固めつつ圧力を掛けてインファイトに持ち込むスタイルでもなく、はたまたステップを用いてロングレンジで戦えるスタイルでもなく、悪く言えば中途半端な間合いを持っていることです。

対してウィッキーは、総合格闘技らしく"この間合いなら踏み込まなければ攻撃があたらない"ロングレンジをキープします。
そしてノーガードスタイルに加え、アップライト構え、また上体の位置取りもそれに拍車をかけます。

ノーガードスタイルはグローブが眼前に置かれないために、懐を遠く感じさせます。この効果はアップライト構えや上体の位置取りも同じことが言えます。
上体の位置取りを詳しく説明すると、通常は前足と後ろ足を結んだラインに沿って上体を半身構えにしますが、ウィッキーはそのラインから外れて上体を正面に向けています。大和からすれば半身に構えてくれれば、(大和から見て)左半身が近くなりますが、正面に構えられてしまうと本来近いはずの左半身も遠く感じてしまいます。
もちろん(大和から見て)右半身は、半身構えと比べて相対的に近く感じますが、もともと懐を深く感じさせているだけに、多少近づいたところで当てやすいと感じさせるほどではないでしょう。

組み付かれることなく打撃を駆使することが望まれる総合格闘技の間合いが、従来のK-1スタイルよりも実は「K-1向き」であるのかもしれないことを示唆しています。

ではここでウィッキーの攻略法を考えてみましょう。

ウィッキーはアップライト構えでステップワークは上手くないので、圧力をかけられると脆いでしょう。
ガードを下げているので、ゴリゴリとローテンポであっても攻撃を出し続けていれば容易にパンチが当たります。
正面を向いているのでストレート系のパンチは左右どちらも有効です。フック系はショートフックが抜けやすくなります。
キックは前蹴りが効果的になりますが、サウスポーに対してセオリー通りに右ミドルを蹴っても抜けてしまうので、ストッピング効果は薄れます。

このことから大和が取るべき作戦は、適切な回転動作を用いたストレート系のパンチを使いながら前進を続けることだったと考えられます。
淀みない回転動作は、パンチを放った腕と反対側のガードが急所を守り、それだけで強固な盾となります。ウィッキーの大きく開いたフックを防ぐには十分な盾です。
本来サウスポーに対してジャブは抜けてしまいがちですが、体が極度に正面を向いたウィッキーに対しては苦せず当てる事ができます。ワン・ツー・スリー・フォーとゴリゴリな前進を続けていればウィッキーはいずれ捌けなくなっていたでしょう。

しかし大和はウィッキーの懐の深さの前に踏み込めずに、ミドルレンジからミドルキックを放ちます。
とはいえ極端に正面を向くウィッキーに対してセオリー通り右ミドルを放ったとしても、角度が噛み合わずにやや抜けるようにヒットします。
それゆえダメージを与えるには至らず、またイニシアチブを握れるほどのものではありませんでした。
それでもパンチと蹴りをミックスさせることで相乗効果が期待されますが、パンチを出さない限りは相乗効果が発生しようがありません。

大和が踏み込めなかったのは精神的な問題ではなく、技術的な問題です。
ストレート系のパンチが総じて手打ちであるように、大和の回転運動は未だ未熟でパンチの基本スキルはさほど高いものではありません。先程も書いたように、より精度の高い回転動作はそれ自体が固い防御壁になります。

ゲガール・ムサシ、アリスター・オーフレイムらのパンチは回転運動に優れています。とりわけブレーキ動作が既存のK-1ファイターと比べると際立ちます。
彼らのパンチは腰や肩が水平方向に円滑に回転することなく、パンチを打つ半身だけが回転し、逆半身は回転に抗うブレーキとして機能することで、関節を通してより高い運動量を末端部である拳に伝えることができます。

すると逆半身がブレーキとして固定されているがゆえに、ガードが落ちることがありません。
さらに適切な回転の末に腕が繰り出されると、半身姿勢が作られて被弾リスクが減り、腕がアゴを覆うので外観にも危なげのない攻撃を繰り出すことができます。

しかし大和は適切な回転動作がなされていないために、自動的に形成されるべき盾がなく、下手に飛び込んでしまうとカウンターを貰う恐れを感じてしまったのでしょう。
大和はディフェンス方法の改善よりもまず、基本スキルを向上させることが最もディフェンスを安定させる手段だと個人的には考えています。

こうしてウィッキーが間合いを掌握し、1・2Rは明確な差こそなかったもののウィッキーのペースで試合が進みます。

3Rにウィッキーの左ストレートがヒットしたことで試合が動きます。
大和がそれを挽回すべく手数を出し始めると、打ち合いに転じます。
打ち合いではお互い被弾するも、コンパクトにパンチを放つことができる大和に分があり、徐々に大和ペースになります。
試合終了直前にはダウン寸前まで追い込むもタイムアップ。1名が大和を支持するも、残り2名のジャッジによりドローに終わります。

打ち合いでは大和が打ち勝った、というよりもウィッキーが打ち合いを苦手としていることが大きかったように感じます。それはパンチの特徴から推測されます。

ウィッキーの右のパンチが上手く放たれた時には、異常なスピードと共に傍目からも高い威力を見て取れます。
ウィッキーの右は形こそセオリー通りではないものの、その実で効率的な体の使い方をしているのです。

右フックが特徴的で、上半身がつんのめりながらも、上半身が完全に伸びきるまでは前足を踏み出すことはありません。
仮に上半身が伸びきる間に前足を踏み出してしまうと、その時点で前足がブレーキ機能として働かなくなってしまいます。しかし前足の踏み出しをためらうとバランスを崩してしまうためか、多くの選手が十分にブレーキ機能が働く前に前足を踏み出してしまっています。

その点ウィッキーは上半身が明らかにつんのめりながらも、最後までブレーキ機能を果たしてから前足を踏み出すので、主に胸筋のSSCによるバネ作用を存分に生かし、末端部の腕や拳に高い運動量が伝わります。
そのため異常なスピードと脅威的な威力が傍目から伝わるのでしょう。

しかしウィッキーの打ち方は武器にもなり、弱点にもなります。
なぜならこのような全身をフルに使った打ち方がナチュラルに染み付いているために、接近戦では体を回転している最中に顔面を相手の正面にさらすことになり、相打ちでは完全に分が悪くなってしまうからです。

大和は近距離でのコンパクトなショートフックを得意としており、打ち合いで大和に軍配が上がるのは必然に思えます。
ですから大和としては、ウィッキーの懐の深さをいかにかき消すかが勝負の分かれ道だったのでしょう。しかしパンチの基本スキルが粗かったために、それができずドローに持ち込まれてしまいました。



本来K-1選手である以上、別競技である総合格闘技の選手に対して勝ちを逃すことはあってはなりません。
極端な例えになってしまいますが、王者である大和がウィッキーと引き分けるということは、ボクシングスーパーライト級で亀海喜寛に、DREAMフェザー級で高谷裕之とガップリぶつかった上で引き分けることよりも衝撃的な出来事のはずです。
しかし今のK-1を見る限り、大和がボクシングや総合王者と引き分ける方が衝撃的に感じてしまう事自体がおかしなことです。

K-1の競技性はまだほんの一部分しか開拓されていません。
「K-1」をK-1選手の誰もが体現できる時代になれば、他競技からの脅威など微塵も感じないはずです。

このページへのコメント

>ゆずマシュマロさん

ショートボクシングが本来のボクシング以上に重視される可能性が高いというのは驚きですよね。
おかげさまでゆずマシュマロさんのコメントから、考えさせられることばかりです。

K-1ルールがスタンダートとなり、継続的に開催されるのならば必ず技術革新は起こると思います。
しかしサッカーとフットサルが、ボクシングとキックボクシングが同じ練習場所で行われることがないように、純然たるK-1ジムが設立されなければなりませんね。

>話は全然変わりますが、もしかしてこのサイトは書籍化する前段階の元ネタですか?

そちらのサイトですけど、力学でひもとく格闘技の作者である谷本道哉氏が書いた「使える筋肉 使えない筋肉」という本の転載だと思われます。

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Posted by ruslan 2011年01月12日(水) 00:04:47 返信

ショートレンジボクシングの有効性は、ペトロシアン対ザンビディスで結構衝撃を受けました。掴み禁止で浮上した、新たな中核技術だと思います。ボクシングではあんなにクリンチに厳しく無く、アウトボクサーが興行サイドから糾弾される事も無いため、あそこまでショートレンジの重要性は高く無いと思います。

ルールが変わったのですから、今後は研究すれば伝統的なキックボクシングの距離で戦う必然性は薄くなるハズです。むしろ、相手の苦手な距離にどう相手を留め置くか、どう距離をゼロに詰めるかの戦術論が再構築される時期だと思います。

話は全然変わりますが、もしかしてこのサイトは書籍化する前段階の元ネタですか?
ttp://muscleforathletes.blog60.fc2.com/

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Posted by ゆずマシュマロ 2011年01月11日(火) 23:45:04 返信

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