ー真の被害者救済につづく道ー

第33回ダイオキシン国際会議 カネミ油症患者スピーチ

自らもカネミ油症被害者である宿輪敏子さんが、ダイオキシン国際会議(2013年8月25日、韓国大邱(テグ) で開催)でなさったスピーチを
宿輪さんのお許しを得て、日本語で全文掲載しています。
このスピーチは会議では英語で発表されました。
海外の研究者にとっては、めったに聞くことのできない被害者の生の声だったようです。
英語の原稿は英語版の方でご覧いただけます。→ On the real state of Kanemi Yusho



皆さん、
私は45年前、100種類以上ものPCB及びダイオキシン類を食べさせられた「カネミ油症被害者」です。

私たち被害者は 2000 年頃までダイオキシンを食べさせられた事実を知りませんでした。
自分に起きてきた様々な奇妙な病は、全て生まれつきだと思わされてきたのです。

しかし、2000 年頃、ダイオキシン問題に取り組んでいた方々が来られ、
「カネミ油症の主たる原因はダイオキシンなのよ。いまだに被害者たちはとっても苦しんでるの。
 仮払金問題で自殺者や離婚者が続出しているのよ。」
と、私が知らなかったことを教えてくださいました。
これをきっかけに、私はカネミ油症事件のことを調べ始めました。

私が最初に確かめたかったのは、
私に起きてきた奇妙な病がカネミ油症と関係があるのかということでした。
それまでカネミ油症は皮膚症状ばかりが強調されてきました。
私は被害者に会うたびに、症状を詳しく聞き取りました。

調査が進むに連れ、私に起きてきた奇病な病や症状は、カネミ油症に由来するものだと確信しました。

私がPCB及びダイオキシンを食べたのは6歳の頃です。
母が何も知らず安売りされていたカネミ油を買ってきたのです。
私たちはその油に猛毒が入っているとは夢にも思わず、
いつものように美味しい母の手料理を数ヶ月間食べ続けました。

しばらくして、健康だった家族全員に異変が起こりました。

顔や背中に、大小さまざまな吹き出物ができ始め、
朝起きると大量の目やにで目が開かないほどになりました。
顔のむくみも尋常ではなく、ブヨブヨになった歯茎からは、歯を磨く度にだらだらと血が出ました。
爪は黒っぽくなり、波を打つように変形しました。

体が異常にだるく、小学校の階段は手すり無しでは上れませんでした。
特にご飯を食べた後はお腹がムカムカして具合が悪くなり、食べたらすぐに横たわるようになりました。

カネミ油を食べ始めて1年半後、母が、40 度の熱を 40 日間出して死にかけました。
点滴も薬も効かず、何が原因でどこが悪いのかもわからない中、母は死を覚悟で、開腹手術をうけました。

お腹にメスを入れると執刀医の顔に飛び散るほど、大量の膿が肝臓に溜まっていたそうです。
その膿を取り除いて肝臓に触ってみたところ、「ザクッ」と音がしたそうです。
肝臓に砂のような石が大量にできていたのです。

医師は、驚いた様子で「こんなことは医学書にも載っていない。」と、父に言ったそうです。
母は一命を取り留めましたが、その後も入退院を繰り返し、苦しい日々を送りました。
そのときの石は、今でも母を苦しめています。

母の苦しみは、体の被害に止まりませんでした。
家族に毒を食べさせたと今でも時々涙を流し、悔やんでいます。

更に母を苦しめたのは、当時、母が経営していた食堂でもカネミ油を使ったことでした。
頻繁に来てくれていたお客さんの中に、体中の毛が全て抜け落ちた人がいました。
髪の毛はもちろん、眉毛やまつ毛、鼻毛やすね毛に至るまで全ての毛が抜け落ちたのです。

母の証言とその症状によって彼はすぐに認定されました。
その後も彼は、5年に一度、毛髪が、全部が抜けてはまた生えるという奇妙な症状を繰り返しています。
常連さんの中には、未認定のまま若くして亡くなった方が何人もいると、今年、母は初めて告白しました。
母は、そのとき食べさせたカネミ油が原因ではないかとずっと胸を痛めてきたそうです。

知らなかったとは言え、人様に食べさせたその苦悩はだれもはかり知ることはできません。

ダイオキシン入り油を食べたために、子どもを産むという女性の夢を叶えられなかった被害者もたくさんいます。

福岡のある被害者は、「私の娘は醤油色のおしっこをしたのよ。」と、話してくれました。
血尿が出た被害者はとても多かったですが醤油色のおしっこはこのとき初めて聞きました。
その後、その方の娘さんと会う機会があり、被害の状況を聞くと「私は20代で生理がなくなったの。」と話してくれました。
子宮も摘出し、離婚になったそうです。

とても美しい方でした。
子どもが欲しかったと言っていました。本当に無念だったと思います。
カネミ油症被害者は、子宮や卵巣を摘出した方が驚くほど多いです。

しかし、子どもを産んだ被害者の運命も過酷でした。
3年前にやっと認定された被害者は、油を食べて8年後に肛門のない赤ちゃんを生んでいました。
人工肛門をつけ、一生懸命愛情を込めて育てましたが、4ヶ月で亡くなってしまいました。
この赤ちゃんに肛門がなかったことは、親にも知らせず、ずっと、夫婦だけの秘密にしてきました。
しかし、認定された今、
あの子はこの社会に大事なメッセージを伝えるために生まれてきたのではないかと考えるようになり、
勇気を出してメディアの前でこの事を証言するようになりました。

今年の3月にやっと認定された女性被害者に電話しました。
すると、彼女は、こう言いました。
「今年認定された私の弟が初めて私に告白したのよ。
 弟の子どもには歯が8本生えて来なかったんだって。」

私は絶句しました。

油症被害者の子どもには永久歯が生えてこない子どもがあり得ないほどたくさんいます。
私の知っているある女の子は、下の前歯が2本足りず、その妹も1本足りません。
しかし、8本というのは初めて聞きました。

その女性は、孫のことも泣きながら訴えました。
「二男の子はペニスが異常に小さいの。
 もう一人はあまりにも大き過ぎるの。
 常に興奮したときのまんまで小さくならないのよ。
 二女の子どもは、黒い赤ちゃんだったの。
 カネミ油症はね、外からはわからないけど、体の内部の身体障害者なんだよ。」

ダイオキシン食中毒のカネミ油症事件は、決して過去の事件ではありません。
次世代まで続く被害は、
カネミ油症被害者支援センターや被害者自信による聞き取り調査によって次第に明らかになり、
勇気ある被害者の訴えによって、マスコミにも取り上げられるようになって来ました。

しかし、次世代にわたる被害は深刻であればあるほど被害者は真相を隠します。
子どもや孫を結婚差別から守るためです。

全身的に病んでいる私の親戚は、電話をすると、よく「死にたい」と言います。
「苦しむためだけに生きているようなものだ。」と言うのです。
彼女の子どもたちも、原因不明の高熱や大量の鼻血、婦人科系疾患などで入退院を繰り返し、
まともに働けないほど病んでいます。
それでも彼女は、子どもたちが結婚を諦めてしまうのではないかと、
自分がカネミ油症の被害者であることをずっと隠してきました。
彼女の子どもが、「何で、私はこんなに体が弱いの?」と、何度聞かれても「わからない。」と、答えてきたのです。

これがダイオキシンを食べたカネミ油症被害者の実態です。
被害者の血液やレントゲンなどではわからないことがたくさんあります。

現場に足を運んでください。
できれば1年間くらい住み着いて真実を暴き出してください。

カネミ油症には、これに専念してくれる医師も研究者もいません。



【参考資料】朝日新聞の記事 → 「真実知って」 長崎・五島の油症患者、国際会議で訴え


























 

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