ー真の被害者救済につづく道ー

【新認定裁判】や【ゆーりっくの油症検診】のところでたびたび出てきた「認定制度」
どうもよくわかりません・・・
汚染されたカネミライスオイルを食べて健康を害した人や、
自分は食べていなくても2世・3世で症状のある人は、全員被害者だと思うんだけど
「認定」とか「新認定」とか「未認定」とか、立場の違う人がいるみたい
どうしてこんなことになってるのかしら?
調べてみました。



認定制度のなりたち

国は、カネミ油症事件を「食中毒」として扱っています。
食中毒が発生すると「食品衛生法」という法律に従って対策が取られます。
食品衛生法は、おおざっぱにいえば、国民の食の安全を守るための法律です。
有毒な食品によって健康被害を受けた人を発見した医師は、被害が広がらないようにするために
そのことを保健所に届けることが義務付けられています。
届けが出されて症状がある被害者は、そのまま食中毒患者として認められ「認定申請」などの規定はありません。
また、食品衛生法では食中毒の被害者に対して「誰が」「どのような」補償をするかというようなことも規定されていません。

つまり、カネミ油症において現在行われている認定制度にはなんの法的根拠もないのです。

なぜこのような「認定制度」がとられるようになったのでしょう。

1968年の10月10日に朝日新聞がはじめてライスオイルが原因として疑われる「奇病」を報道して以来、
届出数は一週間で5000人を超え、地域も近畿から九州まで広がっていました。
この時点では病気の原因は特定されておらず「食中毒」としての対策はとられませんでした。
早急に、広範囲に及んでいる被害の実情をつかむため、届け出た人が「奇病」の患者かどうかを見極めるための基準が必要でした。
そこで国は、九州大学医学部付属病院(以下九大)に結成された「油症研究班」に診断基準の策定を依頼しました。

「奇病」は油症研究班によって「油症」と名付けられました。
その年の4月頃から皮膚の症状に悩む人たちは九大皮膚科をはじめ、各地の病院を受診していました。
特に8月頃からは同じような症状を示す患者が増加、家族で受診するケースも増えていました。
医師らはそのころから、米ぬか油と「奇病」の関連を疑っていたのではないかといわれています。
この時、医師の一人からでも「食中毒」として届出が出されていれば
これほど被害が広まらずに済んだかもしれませんし
カネミ油症事件の様相もずいぶんと違ったものになっていたかもしれません。

油症研究班は10月18日に油症外来を開設し、106人が受診して11人を「油症」と診断しました。
この時の診断基準を元に、10月19日、「油症診断基準、油症患者の暫定治療指針」を発表したのです。
以後、この診断基準に基づいて、被害者らは 認定/保留 にふりわけられることになりました。

この基準はあくまで「暫定的」なものだったはずなのですが、その後何度か見直しがあったものの、
認定制度そのものは法的裏付けのないまま、今も実施され続けています。

認定基準の変遷

油症研究班の古江増隆氏ほかによって2010年に著された『油症研究供戞ι嬾に診断基準が掲載されています。
以下に、これまでの診断基準の変遷を簡単にまとめてみます。

1969年 〜皮膚症状中心の診断〜

初期の診断基準では、「米ぬか油を食べていること」 という条件が第一にあげられています。
症状としては上眼瞼野の浮腫(腫れ)、眼脂(目やに)の増加、食欲不振、爪の変色、脱毛、両肢の浮腫、嘔気、嘔吐、四肢の脱力感・しびれ感、関節痛、皮膚症状があげられ、
「特に、目脂の増加、爪の変色、座瘡様皮疹は、本症を疑わせる原因となりうる」と書かれています。

1969年7月2日までの届出患者数は14627人、そのうち何人が検診を受けたかはわかりませんが、
その時点での認定患者数は913人です。

昭和47年(1972年)10月26日改定 〜全身症状、血中PCBへの着目〜

この改定では「PCBに汚染されたカネミ製米ぬか油を摂取していること」が発病条件にあげられています。
全身症状が、「自覚症状」「他覚症状」「検査成績」の3項目に分けて記述され、
血中PCBの性状および濃度の異常が診断に取り入れられています。(濃度の基準値は明確にされていません)

昭和51年(1976年)6月14日補遺 〜皮膚症状中心 血中PCBが重要所見に〜

発病条件に「油症母親を介して 子にPCBが移行する場合もある」という記述が入りました。
全身症状は参考所見となり、重要所見としては皮膚症状と 血中のPCBの性状と濃度が取り上げられています。

昭和56年(1981年)6月16日追加 〜血中PCQが追加〜

1976年に出された重要所見の下に、「血液中PCQの性状及び濃度の異常」が追加されました。
ここで初めて PCQの濃度の基準が示されました。

PCQとはPCBの過熱によって生成された物質です。
化学工場などで職業的にPCBにさらされた人の血中にもPCQは検出されないことから、
PCQは、油症に特徴的な指標だと考えられています。
血中にPCQが基準値以上存在するということは、PCBが環境などから体内に入ったのものではなく、
ライスオイルから来たものだと考えられるということです。
油症研究供‖茖栄堯\限稜仕

平成16年(2004年)9月29日の改定 〜ダイオキシンが検査項目に〜

前の改定から23年ぶり、事件発生から36年経て、PCDFの性状と濃度が重要所見として追加されました。

平成24年(2012年)12月3日追補 〜同居家族が対象に〜

この年、通常国会で成立した「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」や
同法に基づき策定された「カネミ油症患者に関する施策の推進に関する基本的な指針」に基づき、診断基準の見直しが行われました。
その結果、
「油症発生当時、油症患者と同居し、カネミ倉庫製の、PCB等が混入していた当時の米ぬか油を摂取した方で、
現在、心身の症状を有し、治療その他の健康管理を継続的に要する場合には、油症患者とみなす」
という文言が付け加えられました。
油症診断基準(平成24年12月3日追補)

これまで油症研究班の「医学的見地」によって策定されてきた診断基準に、初めて法律による変更が加えられました。
この基準により平成25年5月末までに、新たに228人の患者が認定されました。
カネミ油症認定患者数 平成25年5月31日現在

現在の油症認定の流れ

2013年現在、油症検診は毎年一回行われています。
日程は厚生省のホームページで見ることができます。
検診は、カネミ油症の被害者の方々の健康状態の把握及びその管理等のために行われていますが、希望すれば誰でも受診することができます。

検診による油症認定を長崎県の例で見てみると、
 1.油症研究班が計画を立て県知事を通じて自治体に検診の実施を委託
 2.自治体は検診場所と日程を受診したことのある人に郵送で通知。(初めて受診する人は、希望すれば検診を受けられる)
 3.検診は、医師らが構成する油症対策委員会を中心にした検診団が、全国統一の検診票を用いて診察を行う。
 4.検診後、すでに認定されている患者の受診データは油症対策委員会がひらく「健康調査会」で検討され、健康管理指導の内容が患者に通知される。
 未認定患者のデータは、油症対策委員会の「認定審査会」で検討され 認定/棄却の方針が県知事に提出される。
 5.最終的に県知事が認定または棄却を判断し、未認定者へ通知する。

以上は長崎県の場合ですが、ほかの県でも同様の認定作業が年1回行われます。


平成24年の診断基準の改定によって、認定患者と同居家族で条件を満たす場合には検診によらず、書類での認定が行われるようになりました。
同居家族の申請書類は各都道府県のホームページからダウンロードできるようになっています。
(参考:大阪府のホームページより

診断基準の問題点

水俣病に長年取り組んできた原田正純医師は、1974年と1981年に五島の玉之浦町(現五島市)を訪れて小児の油症患者の調査を行いました。
また2000年から2010年にかけて 玉之浦町と奈留町(現五島市)で検診と聴き取りを行いました。
そこで明らかになったのは、油症は単に皮膚や目といった限られた場所に起こる病気ではなく、様々な症状が多彩に表れる病気だということです。
皮膚症状のほかに、頭痛やめまい、関節の痛み、咳など気管支の症状、月経異常、抑うつなどの精神的な症状・・・。
それぞれの症状は、油症でなくても起こる病気ですが、ひとりの人に同時にいくつもの症状が現れる
「病気のデパート」と称されるような特徴があることがわかったのです。
症状をばらばらにしてしまえば油症はみえなくなってしまう と原田医師は訴えています。
原田医師らは、油症研究班が作成した診断基準では多くの被害者が救われないことを指摘し、その問題点を明らかにしました。

【診断基準の問題点】
人類初の経験であったから、教科書も手引書もなかった。
したがって、最初に作成された診断基準はあくまでも仮説であって、さらなる事実によって変革されねばならなかった。
認定の証拠をPCDFの血中濃度に求めたことはPCBの性状と濃度の異常を診断の基準とした時と同様に誤りであった。
血中濃度はあくまで参考であり、高い場合には確かに1つの証拠となりうるが、低い場合に否定の根拠にはならないのである。
しかも、比較的早期ならまだしも、発生から35年近く経過してから血中濃度を診断の根拠とするのは合理的でない。
摂取した量や年齢、性別、治療、症状の経過、排出機能の差などによって千差万別であるのが常識であろう。
なかなか認定されないために新しい基準を求めた患者の期待に背く結果となった。
臨床や患者の訴え、経過などすでに明らかになっている医学的所見がどうして生かされないのであろうか。
ー2006年の人権申し立て手続きに関して原田医師が日弁連に提出した意見書よりー


調べれば調べるほど、診断基準にも、
認定制度そのものにもいろいろな矛盾があることがわかりました。
ほんとうに被害者の救済につながる制度を みんなの知恵と力で作り上げること
できないはずはないって、思いませんか?


参考文献
倉垣匡徳,2000,「“奇病”の発生」小栗一太・赤峰明文・古江増隆編,『油症研究30年の歩み』九州大学出版局

古江増隆・赤峰昭文・佐藤伸一・山田英之・吉村健清編,2010,『油症研究供ЪN鼎噺Φ罎虜覗粟』九州大学出版会

原田正純・浦崎貞子・蒲池近江・荒木千史・上村百合子・藤野糺・下津浦明・津田敏秀,2006,「カネミ油症事件の現況と人権」『社会関係研究 第11巻 第1・2号』

原田正純・浦崎貞子・蒲池近江・田尻雅美・井上ゆかり・堀田宣之・藤野糺・鶴田和仁・頼藤貴志・藤原寿和,2011,カネミ油症

被害者の現状−40年目の健康調査」『社会観駅研究 第16巻第1号』

宇田和子,2012,「カネミ油症事件における「補償制度」の特異性と欠陥」『社会学評論 63(1)』

カネミ油症40年記念誌編さん委員会編集,2010,『回復への祈りーカネミ油症40年記念誌ー』五島市

Webページ(リンク)
カネミ油症について 〜正しく知る。温かく支える。〜(厚生労働省ホームページ)
油症診断基準 (2012年12月3日追補)
油症研究30年のあゆみ
油症研究
カネミ油症事件の現況と人権
カネミ油症被害者の現状 ― 40年目の健康調査
カネミ油症人権救済勧告書

このページへのコメント

コメントありがとうございます。
また、貴重な情報ありがとうございました。

Posted by Y&F 編集室 2013年12月30日(月) 22:04:14

うちの父は初期の認定基準で認定されています。
皮膚症状が強力に出た時に検診があったのでわかりやすかったようです。
もしも母親が食べていたら私は油症二世だったでしょう。

長崎市で定期的に油症被害者の雑談会的な物を開催している方がいると聞いています。
一度参加してはどうでしょうか

あと過去の油症裁判の経緯等詳しい方が福岡県におられます
油症福岡訴訟の原告団長をされており
訴訟終了後の仮払金問題に関してほぼ独力で戦ってきた方です
矢野忠義さんといいます。

連絡先はいずれも五島市役所の健康政策課谷尾さんに
聞いてください
ただ矢野さんはご高齢なので早いうちが良いと思います。

Posted by 被害者家族 2013年12月22日(日) 22:22:14

コメントをかく


ユーザーIDでかく場合はこちら
「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

Twitter



メンバーのみ編集できます