ー真の被害者救済につづく道ー



タイトル:カネミ油症、発生45年/続く苦しみ/次世代に影
掲載誌:中日新聞
掲載日:2013年7月24日
URL:http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/2013072...


記事







テキスト

異臭のする膿、倦怠感…類似の健康被害 実態調査や患者認定 国の腰重く


 45年前、西日本を中心に発生した国内最大級の食中毒のカネミ油症事件で、原因となった食用油を直接食べていない若い世代が健康被害に苦しんでいる。油に含まれた猛毒のダイオキシン類が母胎を通じて伝わったとみられるが、国は次世代への影響の実態を調べようとしない。「若者の被害を知って」と当事者が声を上げ始めた。(出田阿生)

風化した事件 若者は知らず

(画像:「左腕のこのあたりから白い塊が出てきた」と話す下田順子さん(右)と長女の恵さん=長崎県諫早市で)

 「おかゆみたいなドロドロの白い膿(うみ)が皮膚を破って出てくる。すごく臭い。私と同じそんな症状が、娘にも出た。ああやっぱりって…」

 長崎県諫早市のカネミ油症認定患者、下田順子さん(52)は振り返る。4年前、長女の恵さん(24)の腕のおできが腫れた。何げなく指で押すと、白い塊が突然出てきた。ダイオキシン類が体を蝕(むしば)むカネミ油症では、体が毒を排出しようと、こうした皮膚症状が出ることが知られる。
(地図:五島市−長崎県)

 順子さんは「臭い」と激しいいじめを受けた子ども時代を思い出した。長崎県五島市の奈留島に生まれ、6歳の時にカネミ油を口にした。顔の腫れや目やに、頭痛などに襲われた。その後、背中や尻から異臭のする膿が出始め、出血で服が染まるようになった。

 「恵が生まれた時、肌が巨峰みたいな黒紫色だった。私が油症になったのは20年以上も前。信じたくなかった」

 油症患者に多くみられたのが「黒い赤ちゃん」だ。赤ん坊の恵さんの頭皮には黄色い脂肪の膜が張り、取っても出続けた。幼少から体が弱く、医者に「普通の子と違う」と言われた。恵さんは今も、皮膚症状だけでなく、頭痛や原因不明の腹痛に襲われ、強い倦怠(けんたい)感が消えない。介護福祉士をしながら通院生活を送るが、勤務先で倒れることもあり、将来に不安が募る。

 「お母さんの油症の影響があると思う」と順子さんから聞いたのは恵さんが高校生の時だった。事件は風化していた。同級生はカネミ油症を知らなかった。

 「親から教えられなければ自分が油症とは分からない。知らずに苦しむ若い人は他にも大勢いるはずだ」−。恵さんは最近、若い被害者同士で連帯したいと、実名を公表して訴え始めた。

説明なく却下 「審査ずさん」

(画像:新認定患者らが損害賠償を求めた訴訟は、提訴が発生から40年後で賠償請求権が消滅したとして棄却。判決後、記者会見する原告の森田安子さん(左から2人目)ら=3月21日、北九州市で)

 恵さんの前に立ちはだかる壁は、油症の認定制度だ。次世代が患者に認定されることは近年、皆無となっている。例えば長崎県では、二世が認定されたのは1985年が最後。恵さんはこれまで5回申請したが、いずれも具体的な理由の説明がないまま却下された。

 油症認定制度は、九州大などでつくる油症治療研究班の医師が中心となり、診定会議で判断する。だが五島市出身の認定患者、森田安子さん(59)は「審査がずさんとしか思えない」と憤る。

 森田さんの長女(34)の血液から高濃度のダイオキシン類が検出されていたのに、一昨年に未認定とされた。長女は子宮筋腫が2つあり、爪の変形や倦怠感、皮膚の再生が遅い−といった油症患者に多発する症状に苦しむ。森田さんは3回流産しており、長男(32)や次女(28)にもさまざまな健康被害が出ている。

 長女について、油症治療研究班の古江増隆班長は「血液中のダイオキシン類の数値が高いので、却下ではなく保留の扱い。翌年また受診してもらって認定の方向で−と思っていたが、診定会議の中で横の連絡がうまくいかなかった」と話す。

 森田さんは「数値が低くても高くても認定されない。なぜすぐ再検査しないのか。どうなっているのか」。結果通知は「臨床症状や経過、血液中の所見を総合的に検討した結果、油症と診定できなかった」と書かれた紙だけ。検診も会議も年1回で、その年に認定されなければ、次の申請は翌年になってしまう。

胎児への影響「大人の10倍」


 ダイオキシン類の人体への影響は未解明だが、時間の経過とともにある程度は排出される。なぜ次世代に影響するのか。

 長年油症の研究を続けてきた宮田秀明・摂南大名誉教授(環境科学)は「体の組織が完成した大人と違い、子どもは微量でも影響を受ける。特に、母親の胎内で受精卵が細胞分裂して体の器官が作られる時の影響は甚大。胎児への影響は大人の10倍以上という研究がある」と説明する。

 79年に起きた台湾油症事件では黒い赤ちゃんなどの日本の先例が参考にされ、次世代の実態調査や対策が取られた。被害者の母親から生まれた子は、申請すれば患者と認定されて医療費が免除される制度が整った。

 一方、日本では、多くの被害者の訴えがあるのに、国は次世代への影響を詳しく調査しようとしない。カネミ油症被害者支援センター(東京)が、厚生労働省の2008年度油症被害調査を分析した報告書では、認定・未認定を問わず、被害者の子や孫、ひ孫まで、さまざまな類似の病状がみられた。

 へその緒からダイオキシン類を検出する研究をした長山淳哉福岡工大客員研究員(環境分子疫学)は「科学的にダイオキシン類にさらされた証拠があっても認定しない。現行の認定制度はおかしい」と批判する。

 昨年9月施行のカネミ油症被害者救済法では、認定患者の同居家族は認定することになった。だが長山氏の調査で、へその緒からダイオキシン類が検出されたある患者は、当時、母親のおなかの中だったため、「胎児は同居家族ではない」として認定されなかった。

 岡山大大学院の津田敏秀教授(疫学)は「今の認定制度は、よく分かっていないことを『総合的に検討』という言葉を使って、被害者を切り捨てている」と断言する。さらに「水俣病も同じだが、カネミ油症は食中毒事件。食品衛生法では、原因の食べ物を口にして症状が出れば患者となり、本来、認定制度など必要ない。まずは油を食べて症状が出ている未認定患者を、すべて食中毒患者として認定しなくてはいけない」と指摘。そして次世代への影響については、国による実態調査が急務だと説く。

 前出の下田恵さんは訴える。「私の体に起きていることは何なのか。次世代の被害を、ないことにしないでほしい」
(画像:カネミ倉庫製の米ぬか油(ライスオイル)の瓶)

 カネミ油症事件 1968年、北九州市のカネミ倉庫が製造した米ぬか油を食べた約1万4000人が健康被害を訴えた。油の製造過程でダイオキシン類が混入。全身の吹き出物や色素沈着、頭痛、免疫力低下などさまざまな症状が出た。厚生省(当時)が対策本部を設置したが、被害者の大半が油症の認定から漏れた。2012年8月、被害者救済法が成立。認定患者と同じ油を食べた同居家族も患者と認定し、カネミ倉庫は医療費を負担するほか、年5万円を支払い、健康実態調査名目で国からは年19万円が支給される。しかし、新法で増えた認定は228人。今年5月末で認定患者は2210人にとどまる。

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