このような状況に農林水産省から、仮払金返還の督促状が届いた。
何のことか解らず、父に聞いた。督促状は、父にも祖母にも来ていた。
仮払金はカネミ油症事件の裁判で国が二審で敗訴した時、一人約300万円が国
から被害者に支払われ、父は自分の分を含め受け取った。
その後の最高裁では国への訴えを取り下げることになり「仮払金は返還しなくて
もよい」との説明を一部弁護士から受け、和解に応じている。
父は油症になって、殆ど働くことが出来なかった。頭痛や腹痛、腰痛がともなっ
て家で寝ていることが多かった。医師は治療法も解らず投げ出すほどだった。
収入が途絶え、医療費や生活費、学費に仮払金は使い果たしたという。父は働け
ない状況での離婚や、一時危篤状態に陥ったことなどで、失意の中に居た。
度々子どもを連れて父の所を訪れることで、少しずつ元気を取り戻していた矢先
の督促状だった。
「なぜ今になって!!こんなことがあるものか!!」
と、こみ上げる怒りを訴えていた。
それでも律儀な父は、苦しい中になんとか工面をして払い続けていた。
そして力が尽き果て
1998年 父は 自殺をした
油症になる前、父は元気な体で漁に出ていた。水揚げは県で一位だったと、いつ
も自慢げに、懐かしそうに話していた。
「お前が生まれるのを楽しみに働いた」と、嬉しそうに語っていた。結婚して
初めての我が子の誕生を前に、父も母も幸せな日々であったに違いない。
そんな暮らしをカネミ倉庫のライスオイルが襲った。両親とも次々に起こる病魔
に苦しんだ。生まれた子どもは何度も死にそうになった。
幸せな生活から、いっきに谷底に突き落とされた思いだった、と父は言っていた。
なんの罪もない父が、企業、国の責任で起きた食品公害で、苦しみ続けた人生
だった。救われることがなく、一生を自分の手で終えた。
公害被害者を救うべく国が送り付けた督促状によって父は自殺に追い込まれた。
父は、その月も仮払金の支払いを済ませ、自殺している。
父の仮払金返還は、祖母に受け継がれている。死亡者の仮払金を含めて、返還は、
子ども、孫、親戚にまで及んで、請求される。当然祖母は支払える状態ではなく、
祖母が亡くなると自分の分を含めて三人分、約1000万円の返還義務が生ずる
ことになる。
公害の被害者をここまで苦しめる国と企業、に言いたい!!
父を返せ!!
健康な暮らしを返せ!!
健康な体を返せ!!
(2000年8月、2002年9月、2004年2月、7月訪問)
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