カネミ油症事件は終わっていない - PCBとダイオキシン類
カネミ油症は、当初、ライスオイル製造時に混入したPCBが原因だと考えられていましたが、しばらくしてから ダイオキシン類が重要な原因物質であると考えられるようになりました。
「PCB」「ダイオキシン」一度は耳にしたことはあっても、詳しく知らない方が多いのではないかと思います。
私たちもそうでした。ここでは、PCBやダイオキシン、そしてダイオキシン類というものについて私たちなりに調べたことを書いていきます。


1.PCB

PCBとは

PCBは、ポリ塩化ビフェニール(Polychlorinated Biphenyl)の略称で、炭素・水素・塩素からなる人工の有機化合物です。PCBは塩素の数や位置により209種類もの異性体があり、このポリ塩化ビフェニール化合物の総称のことでもあります。
PCBは自然界にはほとんど存在せず工業的に合成された物質で、化学的に安定して利便性も高いことから、様々な用途で――例えば、電気機器の絶縁油、熱媒体、塗料・印刷インキ、テレビの部品など――使用されました。カネミ油症事件においては、「カネクロール400」(鐘淵化学工業株式会社(現・株式会社カネカ)製造)という製品名のPCBがライスオイルに混入しました。

PCBの毒性

PCBは猛毒なのでしょうか?実は、PCB自体の急性毒性(化学物質を一回または短時間に繰り返し投与した場合の毒性)はそれほど高くないとされています。人体に悪影響のある物質ではあるものの、サリンのように、近くにあるだけで直ちに命にかかわるレベルではないのです。
しかし非常に分解されにくいことから、いったん環境内に放出されると残留性が高く、また、水に溶けにくく脂に溶けやすいことから、生物の体内に入るとなかなか排出されず蓄積されていきます。こういった性質の物質は、食物連鎖の中でさらに体内で濃縮されていくことになります。人体に直接取り込んだ場合も同様に、尿によって排出されず、体内に蓄積されていきます。そして、体内に少しずつ蓄積したPCBは、体の様々なところに慢性的な症状を引き起こすのです。油症事件は1968年に起こったことです。しかし、被害者の体内にとりこまれたPCBはなかなか排出されず、今も体に影響を及ぼしています。

コプラナーPCB

PCBは総称であり、たくさんの異性体が存在します。その中でもコプラナーPCB(以下、Co-PCB)というものは極めて毒性が高く、後述するPCDFやPCDDといったダイオキシン類と似た毒性をもち、健康被害や環境汚染で問題となっている物質の1つなのです。油症事件では、後述するPCDFとともに油症を引き起こした原因物質の1つとなりました。
現在、Co-PCBは、WHOの使用する用語ではダイオキシン様PCB(dioxin-like PCB、DL-PCB)と改称されており、後述するPCDD、PCDFとともに「ダイオキシン類」を構成する化合物群とされています。日本のダイオキシン類対策特別措置法ではコプラナーポリ塩化ビフェニル(Co-PCBのこと)という名称が使われています。

2.ダイオキシン類

ダイオキシン類

「ダイオキシン」という言葉は多くの方がご存じかと思います。多くの方は、ベトナム戦争で使用された枯葉剤の問題や、ごみ処理の問題で耳にされたのではないでしょうか。実は、一般的にダイオキシンの問題を語る場合は「ダイオキシン類」とされる複数の物質を指し、この言葉の定義は正確には一定していません。
WHOによれば、このダイオキシン類には3種類の化合物群に大きく分けられています。ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、ダイオキシン様ポリ塩化ビフェニール(DL-PCB,Co-PCBと同じ)の3つで、これらもまた単一の物質でなくそれぞれが化合物群の総称です。そして、これらの化合物群の総称が「ダイオキシン類」だと考えてください。DL-PCB(Co-PCB)は、PCDDやPCDFとは構造上の共通点は少ないものの、性質が似ていることから1998年にダイオキシン類に加えられました。

PCDDとPCDF

98年にダイオキシン類に加わったDL-PCB(Co-PCB)を除き、PCDDとPCDFを「ダイオキシン」として扱うこともあるようです。PCDDについては、その中でも最も毒性のつよい2,3,7,8-TCDDがベトナム戦争の枯葉剤に含まれていたことでも知られています。また、PCDFは、Co-PCBとともに、カネミ油症で健康被害を出した主原因物質として後に明らかになった物質でもあります。油症事件では、PCBが長時間200度以上に加熱されており、その間PCBは徐々にPCDFに変化していったと考えられています。1975年、九州大学で、問題となったライスオイルから一般のPCBの250倍のPCDFが検出されました。

ダイオキシン類の影響

ダイオキシン類の影響については様々な実験、研究がなされており、現在でもすべてが明らかになっているわけではありません。しかし、環境問題や健康問題において重要な要因として位置づけられ、世界規模で対策が練られています。
ダイオキシン類は私たちの周りの環境中に存在し、自然界でも森林火災などで発生します。自然界での発生以外では、かつては農薬等に含まれるダイオキシン類での環境汚染がありましたが、今では物の焼却や車の排気ガス、たばこの煙などが主な発生源です。また、体外に排出されにくく、脂肪にとけて蓄積されることから、動物性食品の中に含まれており、それを摂取した私たち人間の中にもダイオキシン類は蓄積されていることになります。
環境中のダイオキシン類は微量です。私達は毎日の食事や呼吸を通じて微量のダイオキシン類を摂取していますが、これはただちに健康や命に影響のあるレベルではないと言われています。
しかし、だからといってダイオキシン類が安全な物質だとは言えないと思います。前述したように、排出されにくく長く体内に残ることから、微量であっても長年の摂取により慢性毒性がみられると考えられています。発ガン性がある、胎児の成長期に奇形を引き起こす、免疫系に影響するなど、様々なことが言われ、今も研究されています。

環境ホルモンとしての作用

「環境ホルモン」という言葉があります。正式には「内分泌攪乱物質」といい、環境内に存在して、生物に対してホルモンのような影響を与える物質のことです。環境ホルモンの性質をもつ物質を摂取することで、体内の正常なホルモン作用が影響を受け、生理機能が正常に働かなくなることがあるのです。ダイオキシン類は、この環境ホルモンとしての作用も注目され、動物実験などでその影響が確認されていますが、人の内分泌系に対してどのような影響を与えるかは今も研究中です。

カネミ油症事件におけるダイオキシン類の影響

カネミライスオイルの脱臭工程は、200度以上に加熱したPCBをらせん状になった管に通し、その熱を利用してライスオイルを加熱することで特有の臭いをとる仕組みでした。PCBは長時間の過熱によって熱変性をおこし、少しずつPCDFを生成していました。そのPCBがオイルに漏れ出し、汚染されたオイルを摂取してしまった人たちは、通常の生活で摂取するよりも多くのCo-PCBやPCDFなどのダイオキシン類を摂取することとなりました。それも、1度とは限らず、多くの被害者は複数回そのオイルを摂取したことでしょう。そして体内に取り込まれたダイオキシン類は、長らく排出されず、体内に蓄積し、現在も様々な健康被害を引き起こしているのです。

3.POPs

POPs(Persistent Organic Pollutants)とは、日本語で「残留性有機汚染物質」と訳され、環境中で分解されにくく、生体内に蓄積して濃縮され、人体や環境に有害な影響を及ぼしかねない有機物を指します。また、その物質が使用されていない地域へも移動して環境に影響を及ぼす性質もあります。具体的には、ダイオキシン類やPCB、かつては農薬や殺虫剤に使われたDDTなどの化学物質が挙げられます。
このPOPsは、現在日本国内では製造・使用が禁じられていますが、PCB廃棄物に含まれていたり、焼却処理によってできるダイオキシン類のように意図せず発生したりする場合があります。また、国によっては現在もPOPsを使用する国もあり、十分なPOPs対策がとられていない地域もあります。POPsはその性質上、地球上を長距離移動して遠く離れた国にも影響することも確認されているため、地球規模での対策が必要とされています。90年代から各国が協力して対策に取り組むための話し合いがもたれ、2001年にはPOPsの削減・廃絶およびPOPsを含む廃棄物の適正処理を規定する「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」が採択されました。この条約では、日本は2002年にこの条約を締結しています。
POPsによる人体への影響については様々な研究がなされていますが、ガンや神経障害の一因となることや、免疫系を低下させる作用があると言われています。また、内分泌系をかく乱する「環境ホルモン」としての影響も注視されています。



カネミ油症事件のことから、PCB、ダイオキシン類、そしてPOPsへと調べが進むうちに、私たちは知らないうちに有害なものに囲まれ、そしてそれを摂取していることがわかってきました。廃棄物の処理方法や難しい化学のことはわからなくても、ひとりひとりがPOPsについて知り、学び、そしてできる対策をしていくことは可能だと思います。身近なところでは、まずごみ処理においてダイオキシン類を出さないようにごみの分別をしっかりとする、自動車の排出ガスをできるだけ少なくするために自転車などを利用する、そのような小さな行動の積み重ねだって、馬鹿にはできないと思うのです。関係ない世界の話と思わず、遠く離れた国の問題だと知らんぷりせず、みんなが自分の問題としてとらえることができればと願っています。



参考文献、参考ウェブサイト

小栗一太・赤峰昭文・古江増隆,2000,『油症研究30年の歩み』九州阿医学出版会 (当サイトカネミ油症ネット資料館にリンクがあります)
下田守, 2010, カネミ油症とは,『回復への祈り-カネミ油症40年記念誌ー』第1章,カネミ油症40年記念誌編さん委員会 長崎県五島市
環境省(2012)「ダイオキシン類2012」(関係省庁共通パンフレット)
環境省(2012)「POPs 残留性有機汚染物質」(パンフレット)
東京都環境科学研究所のウェブサイト(2013年10月アクセス)
日本POPsネットワークのウェブサイト(2013年10月アクセス)