京都検定の学習ノートです。 興味がある方は、ご自由に覗いてみてください。

安土桃山から江戸期の京都

戦国の荒廃からの復興の兆し 公式テキスト[増]27ページ [新]21ページ要約

☆室町時代に商工業都市としても自治都市としても大きく発展したが、応仁・文明の乱の戦火やその後の100年にも及ぶ戦国時代を経て、京郊外も含めて京都全体は焼き払われ華麗な都の姿は失われた

☆16世紀に入って復興の兆しが見えてきたが、上京は一条通の北域に、下京は三条通の南から五条通辺りに都市部が見られた程度だった
 ◦ 鎌倉時代以降、都の中心だった二条大路近郊はほとんど田園化していた
 ◦ この頃、上京と下京は分断され、それを繋いでいたのはわずかに室町通の一本のみだった

豊臣秀吉による復興政策 公式テキスト[増]27〜28ページ [新]22〜23ページ要約

☆永禄11年(1568年)に織田信長は将軍足利義昭を奉じて上洛し、長い戦乱に終止符を打とうとしたが明智光秀が主導した本能寺の変により道半ばで死去

☆その後、光秀を討った豊臣秀吉が天下統一を果たすと、天正13年(1585年)の関白就任をきっかけに京都に政権基盤を置くことを決定

☆秀吉はかつての平安京の内裏跡である内野(うちの)の地に、聚楽第(じゅらくだい)の建設に着手
 ◦ 聚楽第は本格的な城郭で、周辺に諸大名を集住させる構想で造立
 ◦ その規模は諸説あるが、北は一条通・南は丸太町通・東は堀川通・西は千本通にまで達する、現在の京都御所に匹敵する規模であったとの説もある

☆天正18年(1590年)、秀吉は京都全体の都市改造に着工
 ◦ 上京と下京の広大な隙間を繋ぐ新たな道路を貫通
 ◦ 高倉通・寺町通間の東部域、堀川以西の西部域にも新しい街区が誕生
 ◦ 南北の通りでは、半町ごとに新道を貫通させる「短冊型」町割計画を実施

☆天正19年(1591年)には、京都全体を囲む「御土居(おどい)」を建設
 ◦ 御土居は、その規模から「京廻ノ堤(きょうまわりのつつみ)」とも称された
 ◦ 全長5里26町(約23km)、土塁の高さは約3.6〜5.4m、厚さ約18〜20数m

☆同時に秀吉政権は、社寺の復興にも着手
 ◦ 社寺経済の安定のため、領地を安堵するなど保護政策を執る
 ◦ 洛中散在の寺院を強制的に移転させ、寺町通と寺之内通という寺院街を完成

徳川幕府下における京都政策 公式テキスト[増]28ページ [新]23ページ要約

☆慶長5年(1600年)、関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康は江戸に本拠地を置きながら、その翌年には京都に二条城を築城
 ◦ 京都を江戸幕府の直轄都市としながら、秀吉が進めた京都復興の方針を受け継いだ
 ◦ 「京都所司代」や「町奉行」を置き、同時に京都の社寺復興にも力を注ぐ
 ◦ 家康の死後も、2代将軍秀忠、3代将軍家光の頃には年間銀5000貫という膨大な投資を行った

☆徳川政権は、同時に京都の都市産業にも手厚く保護
 ◦ 特に西陣織への保護は大きく、それをきっかけに京都は大きな復興を遂げる

☆これら秀吉と徳川3代による京都再興政策により、京都の人口も次第に増加していき、江戸・大坂に続く35万人規模の第三の都市となった

☆同時に町数も増加して町区も拡大し、町組の増大改編が進む
 ◦ 上京では室町時代の5組から12組に増加、下京では同じく5組から8組に増加
 ◦ 町数は合わせて1666町に達した

江戸後期の京都観光ブームと産業の発展 公式テキスト[増]28ページ [新]23ページ要約

☆江戸時代後半には、京都への観光ブームが起こり「古都」の意識が高まり、観光都市として発展
 ◦ 産業面でも京呉服・京紅・京白粉・京菓子・京人形・京袋物・京仏壇・京焼といった、京都を意識した産品が多く作られるようになった
 ◦ 滝川馬琴は自らの著書『羇旅漫録(きりょまんろく)』の中で、京都旅行の思い出として「京のよきもの三ツ。女子賀茂川の水寺社」を挙げている
 ◦ また、あしきものとして「人氣の吝嗇(ケチな気質)。料理。舟便。」、たしなきものとして「魚類。物もらひ。よきせんじ茶。よきたばこ。實ある妓女。」を挙げている

要点チェック

  1. 応仁・文明の乱や、その後100年にも及ぶ戦国時代により、京都全体が焼き払われて華麗な都の姿は失われた。この頃、上京と下京を繋いでいたのは、○○通のみだった。
  2. 関白に就任した豊臣秀吉は京都に政権の基盤を置き、かつての平安京の内裏跡である○○に本格的な城郭である「○○」を建設した。周辺に○○を集住させる構想だったという。
  3. また、荒廃した上京と下京の間に新しい道路も作り、南北の通りでは半町ごとに「○○型」町割計画も敢行した。
  4. さらに京都を取り囲むように「○○」と呼ばれる壁を造営するなど、大規模な都市改造を行った。また、その規模から「○○」とも称された。
  5. その後、関ヶ原の合戦で秀吉に勝利した、徳川家康は江戸に本拠地を置きながら、その翌年には京都に○○城を築城。京都を江戸幕府の直轄都市としながら、秀吉が進めた京都復興の
    方針を受け継いだ。
  6. 家康は京都の治安維持と統治のために「○○」や「○○」といった役職を置き、同時に都市産業も手厚く保護し、特に「○○」への保護をきっかけに京都は大きな復興を遂げた。
  7. これら秀吉と徳川3代による京都再興政策により、京都の人口も次第に増加していき、江戸・大坂に続く○○万人規模の第三の都市となった。
  8. その勢いに乗って産業面でも京○○・京○○・京○○・京○○・京○○・京○○・京○○・京○○といった、京都を意識した産品が多く作られるようになった。
  9. 江戸時代後半には、京都への観光ブームが起こり「○○」の意識が高まり、観光都市として発展した。その様子は○○が著した『羇旅漫録』にも、京のよきものとして「○○・○○・○○」の
    3つが挙げられている。


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第14回京都検定

実施概要

▽試験日
平成29年12月10日(
[3級]10:00〜11:30
[2級]13:30〜15:00
[1級]13:30〜15:00
※開始20分程度、注意説明あり
▽受験料(予定)
[3級]3,240円(2,600円)
[2級]4,320円(3,460円)
[1級]6,480円(5,190円)
※カッコ内は団体割引適用額
▽試験会場(予定)
◦ 京都学園大学 太秦キャンパス
◦ 同志社大学 新町キャンパス
◦ 龍谷大学 深草キャンパス
◦ 明治大学 駿河台キャンパス

出題範囲

▽歴史・史跡

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