まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

170名無し募集中。。。2018/01/16(火) 18:29:04.810

送別会の日取りは次の土曜日に決まった、と梨沙からメールが届いた。

「……早いな」

メールを読み返しながら、雅はついついそんなことを呟いていた。
桃子が発つのは2週間後、と舞に聞いた日から数日が経ち、その数字は1週間半に減っている。
それが、送別会の日には1週間に減るのだ。
送別会はもちろん楽しみにしている。
けれど、桃子と顔を合わせて平静でいられるかは自信がない。
桃子に告白を断られたのは事実だが、梨沙の言葉を聞いてしまったせいできっぱりと気持ちを切り替えることもできていなかった。
雅が微妙に漂わせていた空気を感じてか、有加もひかるも雅の恋の進展を尋ねてはこなかった。
ただ、今度飲みに行きましょうね、と力強く言われたので察されてはいるのだろう。
あの時の有加の顔には、確かに「落ち込まないでください」と書いてあったはずだ。

171名無し募集中。。。2018/01/16(火) 18:29:33.320


昼休憩にコンビニへ通う習慣は、相変わらず続いていた。
ただ、食事に誘われた日以降、コンビニで桃子の姿を見かけてはいない。きっと留学の準備でもしているのだろう。
店長がかつて桃子ちゃんも忙しいみたいだから、と言っていたのが、ようやく頭の中で繋がる。
その代わり、新しく入った愛香と顔を合わせる頻度が高くなった。

「あ、こんにちは!」
「こんにちは」

コンビニの常連客だからか、愛香もすぐに雅の顔を覚えてくれていた。
愛香はいつもしっかりと目を合わせ、雅に挨拶をしてくれる。
両手を添えて釣銭を返してくれる仕草に、弾けるような笑顔。
手の甲に残る柔らかな愛香の手のひらの感触に、彼女のファンは多いだろうなと雅は思った。

「最近桃子ちゃんいなくてごめんなあ」
「あ、いえ、全然」

隣のレジから、店長が声をかけてきた。ちょうど、客が途切れたのだろう。
桃子目当てでコンビニを訪れていたことが、店長にも伝わっていたのかと思うと少し面映ゆい。

「聞いてるかい、留学の件」
「この前ちらっと」
「そうかあ。残念だよ、長く勤めてくれてたのに」
「ももち先輩、どのくらいになるんですか?」
「大学1年生の時からだから……もう5年は経ってるかな」

へえ、と感心したように愛香が声を漏らす。
5年。そのうちの1/5も自分は知らない。不意に、その事実が雅の肩にのしかかった。

「次のシフトは今度の土曜でしたっけ?」
「そうだなあ。あと1回か2回で終わりだな」
「なんだか、寂しいですね」

愛香が静かに言う。寂しいと口にするのはこんなにも簡単なのに、雅はまだ心から寂しいと言える自信がなかった。

「土曜はいると思うからさ、会いに来てやっておくれよ」

土曜はちょっと予定が、と言いかけたが、どこから桃子に漏れるか分からない。
否定とも肯定とも取れるような曖昧さで首を動かすと、店長の表情が一瞬だけ陰ったようだった。
数え切れないほど会ってきたはずなのに、雅はこの時初めて店長の名札に書かれた「里田」という文字を意識した。

526名無し募集中。。。2018/01/19(金) 12:41:04.290


送別会の当日、桃子がバイトに出かけたという梨沙からの報告を待って、雅は家を出た。
サプライズにしたいという子どもたちの要望で、事は全て桃子には内密に進められている。
子どもたちが目をキラキラさせて計画を話し合っていたのが、まるで昨日のことのようだった。
その様子を思い返し、雅は一人にやつきながら鍵を回した。
ちょっとした秘密を持つ今の自分は、さながら女スパイといったところか。
道を行く足取りは自然と軽くなり、流行りの歌をハミングしながら雅は通い慣れたマンションへと向かった。

目指す部屋に着くと、既に準備は開始されていた。
事前の打ち合わせ通り、飾り付けと料理担当に分かれた子ども達はパタパタと走り回っている。
のんびりしている時間はない。
雅も自分の担当に取り掛かるべく、台所へと向かった。

「あ、おはようございますっ!」

先に台所に入っていた結と知沙希が同時に振り返る。
二人の姿を見て、雅は忘れ物をひとつ思い出した。
はりきって昨晩のうちから机の上に準備しておいたというのに。

「ごめん、エプロン忘れてきた」
「じゃあ、もも姉の使ってください」

知沙希が差し出してきたのは、きれいに折り畳まれた薄桃色のシンプルな胸当てエプロン。
布の感じからして、新品というほど真新しくはない。
雅がエプロンを広げると、やけにくっきりとした折り目が目に留まった。

「もしかしてこれ……しばらく使ってない?」
「実はそうなんです」
「何事も形からやー!言うて、結たちにも色違い買うてきてくれたのになあ」

二人のエプロンを観察すると、確かに今雅が手にしているものと同じ形をしていた。
どちらのエプロンにも入っているピンクのハートのワンポイントが、また微笑ましい。

「もも、姉が最初に使わなくなったよね」

ニヤリとしながら知沙希が言ったのを、結も唇をムズムズさせながら首肯する。

「なにそれ、超ももっぽい」

雅の一言に、二人が同時に吹き出した。

527名無し募集中。。。2018/01/19(金) 12:41:52.020


華やかなもの、みんなでワイワイ食べられるもの、準備が簡単なもの、そして、桃子が好きなもの。
様々な条件を考慮して、メニューは手巻き寿司(と、刺し身として食されるであろうカンパチ)に決まった。
デザートにはショートケーキ。飲み物にはお茶とジュースを。
雅が少し奮発して買ってきた桃とぶどうのジュースを取り出すと、子どもたちからは歓声が上がった。

「買い出しと準備、ありがとね」
「その辺は梨沙ちゃんが全部やってくれたんだよね」
「せやね」

いつだったか、大きなビニール袋を両手に提げた梨沙に出会ったこともあった。
あの日、彼女が持っていた袋も肩がもげそうなほど重たかったはずだ。

「見かけによらず力持ちだよね」
「まあ……そうですね」

すっきりしない雰囲気の中、知沙希がちらりと結に目をやる。何かまずいことでも言っただろうか。

「あっ」

結が切っていたきゅうりが、包丁の軽い音と共に転がってぽとりと落ちた。
卵をかき混ぜていた手を止めて、知沙希がそれを拾い上げる。

「あっ、洗えばっ、食べられるんじゃないかな!」
「え、ええかなあ」

若干オーバーな演技でこちらを伺う二人分の視線。
ほんのりと懐かしい気分に襲われて、雅は小さく苦笑した。

「しょーこいんめつ、しちゃったら?」

雅のセリフを聞いた知沙希の動きは素早かった。水で洗われたきゅうりは、半分になって二人の口へと消え去った。
もぐもぐと咀嚼しながら、二人は何事もなかったかのように調理へと戻る。
ちゃっかりしているのは、一体誰の影響なのやら。
雅は中途半端になっていた赤身にそっと刃を入れた。

854名無し募集中。。。2018/01/31(水) 14:16:21.000

雅たちが手巻き寿司の具材を準備し終える頃には、リビングの飾り付けも終わったところだった。
折紙の輪を繋げた飾りや色紙で作られた星やハート、薄紙で作られた大輪の花が散りばめられた壁。
カラフルな異国の街並みのような色彩に、室内は一気に華やいだ。
見上げるような高い位置にまで配置された装飾に、雅だけでなく知沙希や結からも感嘆の声が上がる。

「あちらとそちらのお星様は私が作ったもので」
「はいはいはいっ! あれは舞が切ったやつ!」
「二人とも落ち着こ? だいたい飾り付けたの私だから」

自分がやったことを主張する3人はやけに嬉しそうで、雅はついつい吹き出していた。
普段から、桃子に対してもこんな接し方をしているのだろうか。

「結もな、ちゃんときゅうりの細切り作ったんやで!」
「ちぃも卵焼き作ったし」
「あ、ちょっと焦げてるー」
「もうっ舞ちゃんそういうこと言わないの!」

知沙希にぺしんと背中を叩かれて、えへへと舞が頭をかく。

「マジみんなすごいって。もも絶っ対喜ぶと思う」

力強く言った雅に、視線を交わした5人の顔がくすぐったそうにふにゃりと緩んだ。

855名無し募集中。。。2018/01/31(水) 14:17:19.270


一通り送別会の準備を終え、次に取り掛かったのは桃子に贈るアルバム作り。
今までに撮りためた写真を切り貼りし、空いたスペースには思い思いの言葉やイラストを。
机に広がる写真の海の中で子ども達が自由に泳いでいるのを、雅はソファの上から眺めていた。
おどけたような表情。満面の笑み。ふざけて怒った顔。
やけにレンズとの距離が近いものもあれば、勝手に撮られたのか遠くに写るものもある。
こちらに向けられる眼差しがどれも柔らかく感じられるのは、レンズの向こうに子どもらを見ていたからだろうか。

「……ん?」

大量に折り重なった写真の中で、ある1枚に雅の目はぐいと吸い寄せられた。
この部屋で撮られたらしい集合写真だが、写っているのは7人。
「えっ」と飛び出そうになった雅の声は、「結!?」と響いた奈々美の叫びにかき消された。

「てぃ、ティッシュ!」
「なっ、泣いてへん!」
「いやでも」

立ち上がりかけた奈々美を制し、結が鼻を啜る。

「泣いてないのは分かったから、とりあえず鼻拭こ?」

梨沙に手渡されたティッシュで、結は雑に自分の顔を拭いた。

「……舞ちゃんがいきなり」
「舞はほんとのこと、」
「ほんでも『あと1週間かあ……』なんて今言わんでもええやんか」
「仕方ないじゃん!思っちゃったんだから!」

舞のセリフを言う時の、顔の角度や声マネがやけに上手いことはさておき。
言葉の応酬はヒートアップしていくばかりで、このままでは埒が明きそうにない。
そう判断した雅は、熱くなった二人の頭にぽんと手を置いた。

「寂しいよ、みーんな。ね?うちも。……うちも、寂しい」

ようやく吐き出せた言葉は、くっきりとした形で腹にすとんと落ちた。
静まり返った空気の中で、小さく漏れた舞の嗚咽。
それをきっかけに、張っていた糸がぷつりと切れる音がした。
舞が泣き始めたかと思えば結や奈々美も後に続き、知沙希も梨沙もぐすんと鼻を鳴らしたのだった。

856名無し募集中。。。2018/01/31(水) 14:17:53.670


今のうちに泣いときなよ、と雅が言ったせいもあってか、全員の呼吸が整うまでには少し時間が必要だった。

「どうせお別れするんやったら、笑顔がええもん」

桃子の写真を切り抜きながら、結がきっぱりと発した一言に頷きが揃う。

「後でみんなで撮りましょうね、写真。夏焼さんも一緒に」
「舞も思った!」
「え?」

知沙希の提案に、舞の無邪気な声が重なった。

「ここに貼ると良くないですか?」

すかさず、奈々美がアルバムの最後のページを広げて見せてくれる。
ページの真ん中に、鉛筆でしっかりと囲われた写真1枚分のスペース。

「えっ本当に?」
「むしろ入ってほしいです!」

食い気味に身を乗り出す奈々美の眉がくいっと持ち上げられて、真剣さを物語った。

「だから言ったじゃないですか、私たち」
「夏焼さんのこと、大好きやもんな」

結と梨沙が少々演技がかった調子でそう言って、視線を合わせてくすりと笑う。

「あーもうっ」

じわじわと目頭が熱くなるのを止められなくて、雅は思わず全員を抱き寄せていた。
こんなにも慕ってくれていたなんて、とこみ上げる愛おしさに任せて腕に力を込める。
全員が泣き止んだところで自分が泣くわけにはいかないと思ったが、一筋溢れたものは許してもらおう。

「……うちだって、みんな、だいすき」

もちろん「みんな」の中には桃子のことも含まれている。
腕の中で子ども達が照れ臭そうにはにかんだ。

雅が落ち着いた頃に再開されたアルバム作りも、そろそろ佳境というところ。
彩られていく最後のページを目にして、雅の中で一つの疑問が首をもたげた。
1枚の写真のために空けられたスペースは良い。にくいことをしてくれる。
だが、その上に元気よく書かれた「ももち先輩へ」という文字には触れても良いものかどうか。

「ところで、さ」

――みんなとももって、ホントはどういう関係?

341名無し募集中。。。2018/02/07(水) 17:24:42.610

「へっ?」

梨沙がぱちぱちとまばたきしながら、間の抜けた声を上げた。

「どう、って、いとこ、」
「従姉妹なんて、ウソだよね」

初めてこの部屋を訪れた時に受けた説明は覚えている。
ちらりと頭をよぎった疑念を、まあそういうこともあるかと握りつぶしたことも。

「あっ、いや、えーっとですね」

梨沙の口の端がぐにゃりと捻れながら、尚も言い訳を探すように震える。
室内の和やかな空気は一転、緊張したものへと変わっていた。
踏み込むべきではなかったか、と内心うっすらと後悔したが、溢れた水は元に戻らない。

「……舞、本当のこと夏焼さんになら言っても良いと思う」

その空気を小さく、しかし確かに動かしたのは舞のつぶやきだった。

「舞ちゃん、それは」

芯の通った舞の声とは対称的に、梨沙の声は頼りなく揺れる。

「だって……舞はずっと隠し事したくないって言ってるもん」
「……うちも、そう思う」

舞に加勢するようにボソリと結の低めの声が静かに響き、さざめきのように空気が流れ始めたのを感じた。

342名無し募集中。。。2018/02/07(水) 17:25:54.300

「ふ、二人ともっ」
「うち、嫌や。やなみんもちぃちゃんも同じこと思っとるやろ? ……梨沙ちゃんも」

焦ったように両腕をあたふたと動かす梨沙の隣で、奈々美と知沙希が顔を合わせた。

「ちぃは……ももち先輩の言ってることも、分かるし」
「ちぃ!」
「あっ! えっと、もも姉の言ってることも」

しまったと丸くなった目が、きょろきょろと泳ぐ。
アルバムの宛名然り、いつだか偶然耳にした子どもたちの会話然り、桃子が普段は「ももち先輩」と呼ばれているのは間違いない。

「……舞だって、分かるけど」

でも納得はいっていない、と言いたげに語尾を濁らせ、舞の唇が突き出た。
再び部屋を包む沈黙は、音こそないものの騒がしい。
皆の視線があちらこちらを行き来して、どうしようと相談しているのが肌を通して伝わってきた。

「えっと……無理には聞かないけど」

これ以上彼女らを問い詰めるのも、気の毒ではなかろうか。
そう考えた雅が退こうとすると、引き止めるように舞の瞳が雅を映した。
きゅっ、と音を立てて空気が膠着する。

「わ、分かったってば。もう、そんな目で見ないでよ」

少しの間をおいて、根負けしたように梨沙がこぼした。
梨沙は肩を竦めて一息つくと、仕切り直すようにこほんと咳払いを一つ。
それが合図だったかのように、子ども達が姿勢を正した。

345名無し募集中。。。2018/02/07(水) 17:32:06.840

「もも姉……ももち先輩はなんていうんでしょう、先生みたいなものですかね?」
「先生?」

先輩の次は先生ときた。
ころころと桃子のイメージが変わるのは今日に始まったことではないが、その度にまだ知らぬ顔があるのかと驚かされる。
桃子はただの大学生、いやマスターではなかったのか。

「ええっとですね。私たち、ちょっと人と違う能力がありまして」
「人と、違う?」
「その力って、コントロールするためにはちょっとトレーニングが必要でして。ももち先輩は、その指導をしてくださってるんです」

たとえば、と続けながら、梨沙は人差し指をピンと立てた。

「私は、手を触れずに物を動かすことができます」
「……は?」
「あまり重い物は無理なんですけど。あそこのペットボトルくらいなら……ほら」

指差しに導かれて目を移すと、ローテーブルに並べられていた2L入りのペットボトルが、2本仲良く宙に浮く。
理屈よりも先に目の前の現実が直接頭に飛び込んできて、雅はくらりと目眩を覚えた。
人と違う能力とは、つまり。

「……これ、あれ? なんだっけ、チョーノーリョク?」
「簡単に言えば、そうなりますね」

雅の腕の中へやってきたペットボトルは、はい、という言葉と共に糸が切れたように落下した。
慌てて掴んだペットボトルは、どちらも確かに存在していて、ずっしりとした重たい。
混乱する頭にパンチを食らわされたような感覚のまま、雅は顔を上げた。

「……もしかして、買い物の、とき」
「そうですね」

軽々と両手に提げていたビニール袋を支えていたのは、梨沙の細い両腕ではなかったのだ。
天井近くまで飾り付けられた壁もまた、梨沙の力によるもの。

「あとは、掃除の時も活躍するんや」
「たまに集中してなくて落とすけどねー」
「ちぃは余計なこと言わないの!」

ほのかに染めた頬のまま、梨沙が次どうぞ、と奈々美の背を叩く。

347名無し募集中。。。2018/02/07(水) 17:34:43.270

「私は少々遠隔視を」
「エンカクシ?」

茶道や華道を嗜む老婦人のような佇まいだが、口から出た言葉は少々雰囲気が異なる。

「簡単に言いますと、遠くの場所の透視を行うことができるんです」
「……はあ」
「たとえば……そうですね、夏焼さんのエプロン、台所のテーブルの上ですよね?」
「あー、確かに」

昨日、家を出る準備をしていた時にはちゃんと覚えていて、目につくところに置いておこうと考えたのだった。
言うべきことは終えたらしく、奈々美のバトンは知沙希に渡る。

「ちぃは、軽く火を起こせるんですけど」
「火?」

少々ぎこちなく頷くと、知沙希は握りしめた手のひらをパッと開いた。
たちまち手のひらの中央からオレンジの炎が立ち上り、どこか恥ずかしそうにゆらりと揺れる。

「……どこから火出てんの」
「ちぃも詳しくないんですけど、空気中の何かが燃えてる……っぽいです」
「ももち先輩言っとったけど、よう分からんかったな」

バーナーなくても、自家製クリームブリュレができるじゃん。
思いつきで口から出た言葉に、全員がくすりと笑いをこぼす。
雅も自分で言いながら、段々と可笑しくなってきた。
次から次へと新しい刺激がやってくるせいで、頭がまともに働くのを放棄しようとしている。

348名無し募集中。。。2018/02/07(水) 17:35:37.250

「舞は前も言いましたけど、動物とおしゃべりできます」
「あ!前聞いた!」

りゅうくんという名の猫との邂逅。あの時の体験は、やはりすべて本物だったのだ。

「今日は、かーくん紹介しますね」

弾む足取りで窓際に向かった舞が、ベランダに遊びに来たらしいカラスを示す。
舞がガラス戸を開けると、かーくんと呼ばれたカラスは挨拶するように一声鳴いた。

「ねえねえかーくん、ももち先輩、今どうしてる?」

舞の問いかけに、かーくんはかぁかぁ、かぁ、と特定のリズムで声を発する。
あれが舞には意味のある音として聞こえているのだという現実に、雅の胸は高鳴った。

「『マンションの下にいたよ。あと30秒もすれば部屋に着くだろうさ』、だそうです」
「待って、それ」
「あかん! ももち先輩帰ってくるやん!」
「えっまって、まだちょっと準備が残って」

慌てふためく梨沙の背後で、かちゃかちゃと金属やプラスチックの擦れ合う音がした。
宙に浮く、調理用具の数々。

「梨沙ちゃんっ、落ち着いて」

知沙希の声で、はっとしたように浮かんでいた道具がガシャリと不時着する。
唯一、勝手に玄関へと飛び出していったプラスチックのボウルを除いて。

え、やばくない?

「あ、あかんっ!なつやきさ、」

空飛ぶボウルと、鍵の開く気配と、傾くドアノブと。
全てがスローモーションで流れていく世界の中、ボウルを弾き飛ばす華麗なフライングレシーブが決まった、ところまでは良い。
着地までを想定していなかった体は、開くドアにそのまま突っ込んだ。
柔らかなものにぶつかったが、それを避けられるほど雅は器用ではない。
自分の体重が相手にのしかかったかと思えば、くぐもったうめき声。
ごめん、と雅は心の中で合掌した。

「げほ、……なんなのもうっ! ……え?」
「……もも」
「ももち先輩……」

雅を認識したらしい桃子の口が、ぽかんと開く。
あ、耳真っ赤。
床に転がったボウルが、からかうようにケラケラと笑っていた。

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