まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

765名無し募集中。。。2018/03/28(水) 19:28:39.330

何かを言うより早く、雅は肩に鈍い衝撃を覚えた。
素早く立ち上がる桃子を、雅は尻餅をつきながら目で追った。
桃子の耳の赤さは頬にまで達して、言葉にならなかった息が口から漏れる。

「……なに?」

ぎこちなく首を巡らせて、桃子はようやくそれだけを口にした。
桃子が戸惑っているのと同じくらい、雅たちも動揺している。
何から説明したものだろうか。
手応えのない空気に心細くなったのか、桃子は雅を見た。
助けを求められているのは分かったが、雅にも次の行動が浮かんでいない。

「はぁいっ!!!」

ねっとりと纏わりつく空気を、引き裂いたのは高めの声。
まっすぐに手を伸ばした結が、全身をぴんと張ってそわそわと辺りを伺う。

「……どうぞ?」

桃子に促されて、結はオーバーな動作で肩を上下させ深呼吸のジェスチャーをした。
たっぷりと吸った息に乗せ、結は勢いよく「ごめんなさい!」と吐き出した。

「夏焼さんに、うちらのこと、全部喋ってしもて」
「は?」
「最初に言い出したのは舞で!」
「まてまてまて……待って?」

険しい顔をした桃子が、流れ始めた空気に逆らうように手を開く。

「話したって……何を?」
「私たちの能力のこととか……ももち先輩のお仕事の話、とか」

舞がつっかえながら口にした言葉を耳にして、桃子は静かに俯いた。
眉間に寄った深い皺からして、結達の告白を快くは思っていないだろう。
そんな桃子の向こう側で、ハラハラしている結と舞が目に入る。

「言いにくいこと、聞いたのうちだから」

気づけば、先に口が出ていた。

「……やっぱみやは優しいね」

ぽつりと落ちたつぶやきは、きっと雅のためだけのものだった。
奥で体を縮こまらせている子どもたちには、およそ届かないような声だったから。

766名無し募集中。。。2018/03/28(水) 19:29:30.960

「……もも?」

さほど困ってもいないような顔で、桃子が「仕方ないなあ」と息をつく。
次に持ち上げられた顔には、穏やかな表情が浮かんでいた。

「そんな顔しないでよ、怒るつもりないから」

手をつないだ結と舞が、顔を見合わせてずるずると床に崩れ落ちる。

「勝手に言っちゃったのは褒められたことじゃないけどね」

でも、言っちゃったことは仕方ない。
人差し指を立て、桃子はにっこりと笑みを作った。

「1ヶ月間、掃除当番はみんなで回してもらおうかな」
「……そんなんでええんですか?」
「料理当番でもいいけど?」
「わ、私は掃除でいいです!」

結の口を押さえこむと、奈々美が叫んだ。
じたばたと暴れる結はハムスターのようで、桃子が堪えきれずに吹き出す。
それに子ども達の空気が和やかになった時、大きな破裂音が部屋を揺らした。

「ひゃあぁっ?!」

突然のことに、全員が音のした方を振り返った。

「今度は何?」
「あっ、あのっ! ももち先輩は、ソファで待っててください」

クラッカーを握りしめた梨沙は、やけに真面目な表情でそう言ったのだった。

「え、なに、」
「もも、こっち」

梨沙の言わんとしていることを察して、雅は桃子の手を取った。
ぽかんとしている桃子をそのままソファに押し込めて、雅もその隣に収まる。

「じゃあ、みんなよろしく」

雅がウインクを交えて言うと、子ども達はスイッチが切り替わったように台所へと駆け出した。

767名無し募集中。。。2018/03/28(水) 19:29:56.000

「何が始まるの……? ていうか、どうしたの、この飾り付け」

まごまごと辺りを見渡して、桃子はやっと部屋に施された装飾に気づいたようだった。
素直に漏れ出た桃子の「すご……」という言葉に、雅は小さく満足をする。

「ももの送別会、だってさ?」
「……そうべつかい?」

オウム返しにつぶやいて、ようやく桃子は納得したらしい。
先週から今までの準備の過程を話してやると、桃子は感心したように息をついた。
改めて部屋中を巡った桃子の視線は、台所へと注がれる。
少し前までしょんぼりしていたのに、今はすっかり元気にはしゃぐ様子が目に入る。
それを見つめながら、桃子の横顔が和らぐのを雅は見た。

「そんなに前から? 全っ然気づかなかった」
「そ? じゃ、大成功じゃん」
「こっちはほんとにびっくりしたんだけど?」

小さく頬を膨らませた桃子の声は、甘く拗ねた響きを伴った。
思わずその頬をつつきそうになったが、桃子がこちらを向く気配に雅は慌てて指を引っ込める。

「まだお尻痛いし」
「しっかりしたお尻してるのに」
「ちょっと!」

振りかざされた手のひらは、意外にも優しく雅の肩に着地した。

「ごーめんって」

そう言いながら、雅はその手を掴んだ。
すぐに手が出るのは変わらないよね。
不意にそんなことが浮かび、頭の隅がチリチリと痺れるのを感じた。
3月の風のように懐かしい感覚が、雅の息を詰まらせる。

「みや?」

怪訝そうな桃子の瞳に、雅の思考はぷつりと途切れた。
はっとして雅が指先を緩めたのと同時に、台所から流れてくるのは賑やかな会話。

「できましたよー!」

子ども達が手に手に運んできた料理を前に、桃子がかすかに身を乗り出した。
用意しておいた料理——特にカンパチの刺身——に、桃子は釘付けになっている。
どうやら、カンパチが大好物というのは本当らしい。

「みんなで準備したんです」

知沙希が言うのを聞いて、桃子が横目に雅を見た。

もちろん、うちも手伝ったし。

そんな気持ちを込めて、雅は小さく頷いた。

628名無し募集中。。。2018/04/10(火) 00:25:54.720

「では、改めまして」

それぞれが好きな飲み物を手にしたのを見計らって、梨沙が口火を切った。

「ももち先輩の送別会ということで、夏焼さんにも来ていただきまして」

梨沙がちらりとこちらに視線を寄越したので、雅はにっこりとそれに応じる。
元はと言えば、雅がこの送別会に参加しているのも梨沙の誘いがあってこそ。
つくづく、裏で立ち回るのが上手い子である。

「一生懸命準備したので、楽しんでもらえたら嬉しいです」

乾杯!と梨沙が紙コップを掲げるのに倣い、雅も持っていたコップを持ち上げた。
隣の桃子に目をやると、薄い唇が何か言いたげにむずむずと震えている。
今更、何照れてんのさ。
雅がコップを差し出すと、くすぐったそうに笑う桃子のコップがそこに軽くぶつかった。

雅にとっては何年かぶり——下手すると10年以上かもしれない——の手巻き寿司。
大人数でワイワイと具を選びながら食事をするのは、想像を超えて楽しかった。
最初はオーソドックスだった手巻き寿司も、徐々に冒険が始まるのが常というもの。
それでも意外な組み合わせがマッチするのだから、やってみなくちゃわからない。
カンパチの刺身をしっかりと確保した桃子は、満足そうに子どもたち(と、雅)が寿司を巻くのを眺めていた。

そういえば、と桃子が会話の流れを変えたのは、皆の腹もだいぶ落ち着いてきた頃のこと。

「明日って、みんな予定空いてるんだっけ?」
「空いてます、けど」

もしかして。子どもたちが交わす視線には、キラキラとした期待が滲む。
それを察したせいか、桃子の顔にも自然と微笑みが浮かべられていた。

「みんなでお出かけでも、しようと、」

続く語尾は、ワッという歓声が掻き消した。

「私、皆さまとお食事に行きたいです!」
「ちぃお肉食べたい!」
「舞はお買い物行きたい! みんなで!」
「はいはいはい、落ち着いて」

堰を切ったように溢れ出す希望に、可愛くて仕方がないといった様子で桃子の表情が緩む。
「一人ずつね」と人差し指が立てられて、その場は一気に静まった。
誰から話す?と視線だけで相談が行われ、最初に挙手をしたのは奈々美だった。

629名無し募集中。。。2018/04/10(火) 00:27:06.970

「はい。やなみん」
「私は、お食事に行きたいです」
「はいっ」
「知沙希ちゃん、どーぞ」
「ちぃ、お肉が食べたいです」

知沙希の発言を受けて、桃子はのろのろと腕を組んだ。

「……しゃぶしゃぶとか?」
「ちょ! そこは焼肉とかやないんですか!」

間髪入れず飛び出す結の指摘に、やっぱり?と桃子が苦笑する。

「いや、焼肉は胸焼けがさあ……」
「……おばあちゃんじゃん」
「ちょっと、みやに言われたくないんですけど!」
「うちはまだ焼肉ヨユーだし」
「もー!」

怒っているぞと主張する声にどこか芝居臭さを感じるのは、子どもたちの前だからだろうか。
奥の方で刺身をつつく梨沙の箸が、小刻みに揺れているのが見えて。

「ちょっと梨沙ちゃん、今笑ったの聞こえてるかんね」
「はぁい、ごめんなさーい」

こほんとわざとらしい咳払いを一つして、この話はおしまいと桃子がピリオドを打つ。

「で、えーと舞ちゃんは?」
「お買い物!」
「お買い物かあ……」
「あー、ももち先輩乗り気じゃない」
「冗談冗談、ちゃんと行くって」

「お肉と買い物ね」と、桃子が確かめるように繰り返すのを聞いて、雅はついついにやついていた。
どうやら桃子はちゃんとその気になっているらしい。しかも、その横顔はまんざらでもないようにさえ見える。

「じゃ、お台場にでも行ってみよっか」
「だったら観覧車も乗りたいです」
「ん、観覧車ね」

最後に挙手した梨沙の要望もきちんと受け止めて、桃子はOKサインを作った。

「……あんなに出不精だったのに」
「え?」

意外なほどあっさりと予定が決まっていくのを聞きながら、ぽろりとこぼれた感想。
桃子の瞳が徐々に見開かれていくのが見えて、雅はぎくりと体を凍らせた。

「……あ、れ?」

自然に出てきた言葉のはずなのに、雅自身も戸惑っていた。
桃子が出不精だというのは確かな記憶だが、果たしてそれを思ったのはいつだったか。
辺りを妙な空気が覆い始める。何か言葉を発しなくてはと焦る雅のポケットで、スマホが震えて主張した。

「ごめん、ちょっと電話」

それだけを言い置いて、雅は半ば逃げるように外へ出た。

630名無し募集中。。。2018/04/10(火) 00:29:02.830

「はい、なつや、」
「みやちゃあああんっ!」

受話口からの声がいきなり耳に刺さって、雅は反射的に端末を遠ざけていた。
おかげで相手の声は一瞬しか聞こえなかったが、誰のものかはすぐに分かる。

「にへ? なんかあった?」
「い、今! 今どこですか!」
「は? ど、どこって……」

雅が言葉に詰まった一瞬を、有加は見逃してはくれない。
こういうところばかり聡いのだ、彼女は。

「もももしかしてっ、嗣永さんちですかっ!」
「まあ……」

特に否定する理由もない――下手に否定するとむしろ面倒くさいことになりそうだった――ので、雅はぼんやりと肯定する。
電話の向こうからは、有加が心底ほっとしたように息を吐く音がした。

「えっと……なんか、心配されてた?」
「そりゃそーですよ! フラれた直後の休みなんて一人ぼっちで過ごしたくないじゃないですか!」
「ああ……そういう」

そういえばフラれたのだったと思い返してはみたが、それは全く他人事のように思えてならなかった。
桃子の態度にしたって、告白を断ったにしては普通すぎて拍子抜けしてしまう。
桃子が帰ってきた直後のハプニングやら好物のカンパチやらのせいで、一時的に忘れていただけかもしれないが。

「でも安心しました。一人じゃないみたいで」
「あはは、ありがと。大丈夫」
「なら、よかったです」

大型車のエンジン音のような音が、有加の声に重なった。
ざらついた雑音が雅の鼓膜に触れる。

「てか、にへはどこにいんの?」
「いやー……それはいいじゃないですか、どこでも」
「なーんで誤魔化すかな」

言ってよ、と少しだけ電話の向こうに圧力をかけた。
ある意味では職権乱用かもしれない、なんてことを考えながら。

「えっと……みやちゃんち、なんですけど」
「……は?」
「そのっ、メールはしたんですけどお返事なくって!」

有加の言い訳は、雅の耳へと滑らかに流れ込んだ。
掻い摘まむと、メールの返事がないことに不安になって、我慢できずに飛んできてしまったと。
そこにひかるまで巻き込まれていると知って、雅は吹き出すのを堪えられなかった。

「うちでひかると鍋でもします」
「ごめんね。また今度ご飯行こ」
「はいっ! あ、私たちのことは気にせず楽しんでくださいね!」

お邪魔しました!と元気の良い声と共に電話は切れて、小さな耳鳴りだけが残る。

632名無し募集中。。。2018/04/10(火) 00:31:05.890

「みや」

辺りの空気が静まったのも束の間、背後からの声に雅は文字通り跳ね上がった。
危うく持っていた端末を落としそうになって、慌ててそれを握り直した。

「……びっ、くりした」
「さっきの仕返し」

なんて冗談は置いといて、とジェスチャーをしながら桃子が近づいてくる。
くすりと笑う様子は幼いいたずらっ子のよう。
雅の隣に並んだ桃子が、雅と同じように手すりへともたれかかった。
どうやら、単に呼びに来たわけではないらしい。

「ごめん、食事中だったのに」
「ん? ああ、全然」

何か話したいこと、しかも他の人には聞かれたくないようなことでもあるのだろうか。
そう直感して、雅は桃子の言葉を待った。だが、桃子は薄ぼんやりと滲んだ月を見上げるばかりで話を切り出す気配がない。
静けさに息が詰まりそうになって、結局話を振ったのは雅の方だった。

「明日、楽しみだね」
「まあ、ね」
「ちゃんと考えてたなんて偉いじゃん」
「そりゃさ。みんなと過ごす最後のお休みだし」

桃子は相変わらず月を見上げたままで、そう口にする。
改めて言葉にされると、一気にその事実が重さを持った。

「本当に行っちゃうんだね」
「本当に行っちゃうんだよ」

だからさ、と桃子は続けた。ひんやりとした夜の空気が、雅の前髪を通り過ぎる。

634名無し募集中。。。2018/04/10(火) 00:32:08.980

「もっかい会えて、よかった」
「え?」

聞き返したのは、声が聞き取れなかったからではない。ただ、脳に届いた言葉が、あまりにも信じ難いものだったから。
雅の表情に何を思ったか、桃子の口からは盛大なため息が聞こえてきた。

「フツー来ないでしょ、フラれた相手の家なんて」
「まあ、そうだろうけど」

不思議なことに、桃子と顔を合わせることに苦痛は感じていなかった。
梨沙から桃子の様子を聞いていたのもあるが、たとえそれがなかったとしても桃子には会っていただろうと思った。
最初から、「会わない」なんて選択肢は存在しない。

「だってもも、うちのこと嫌いじゃないでしょ?」
「ほんっとに、みやって……」
「ん? なに?」
「……なんでもない」

今度こそ呆れたと言うように笑いながら、桃子の視線がゆっくり落ちる。
桃子の肩が小さく上下した。

「……ちょっとさ、話があるんだけど」

聞いてくれる?と持ち上げられた桃子の瞳が雅を映す。
あくまで穏やかな声は、逃げるなら今のうちだと警告しているようでもあった。
一体、何が飛び出してくると言うのだろう。ざわざわと騒ぎ始める胸を押さえつけ、意識していつもより深く呼吸をした。

「いいよ」

雅の返事に、桃子はすっと目を細めた。それは、微笑んでいるようにも、泣き出す瞬間のようにも見えた。

607名無し募集中。。。2018/04/24(火) 00:32:52.030

「場所移そっか」

雅が頷くと、桃子の踵が乾いた音を立てた。

「ちょ、もも?」

桃子が先立って歩き出すものと思っていたから、近くなる距離に雅は困惑した。
桃子の腕が背中に触れて、どきりと心臓が跳ねる。
咄嗟に、雅も同じように桃子の体に腕を回していた。

「ももが『いいよ』って言うまで離さないでね」

肩口のあたりに、桃子の額が擦り付けられる。
桃子の声がやけに真面目なものだったので、雅は腕に込める力を強めた。

桃子が、鋭く息を吸う。
かと思えば、内臓がふわりと宙に浮いたようだった。
思わず目を閉じると、今度は胃の辺りを絞られるような感覚が襲う。

「……っ、ぐ」

暴れる内臓を押さえつけようと雅が体を強張らせたのと同時に、足の裏が何か硬いものに触れた。

「いいよ」

桃子の腕がゆっくりと緩んで、雅はずるずるとその場に座りこんだ。

「おっ、と。大丈夫?」
「……大丈夫、だけど」

ぺたりと床に着地した太ももやふくらはぎに伝うのは、じんわりとした冷たさ。
恐る恐る瞼を開けると、全く知らない景色が飛び込んできた。
殺風景な窓のない部屋を、少し橙がかった蛍光灯が照らす。
事務机と、オフィス用の椅子。
それにベッドと、背の低い本棚。

「……ここ、どこ」
「ん? 私の仕事場」

呆然とする雅をよそに、桃子は椅子に座ってくるくると回る。
みやも適当に座ってよ、と桃子は言うが、残された候補はベッドか床の上。
少し迷ってから、雅はベッドの端に浅く腰かけた。

「ごめんね、わがままにつきあってもらって」
「それは……全然」

口ではそう言ってみたものの、頭はまだ追いついていない。
少し前まで、桃子の部屋の外で有加と電話をしていたはずだ。
それが、今はよく分からない部屋の中で桃子と向き合っている。

「ホントにだいじょーぶ? 酔った?」
「いや、酔った、とかじゃ……なくて」

そうじゃなくて、と叫びたいような、静かに桃子の言葉を待ちたいような、不思議な気分だった。

608名無し募集中。。。2018/04/24(火) 00:34:15.200

「ここ、どこ」

結局、探し回って見つけた言葉はシンプルなもの。
それを耳にした桃子は、そうだよねえ、と苦笑混じりに言った。

「まずは、私のことから話そっか」

くるり、と椅子を一回転させると、桃子は雅の方を向いてぴたりと停止した。

「何が起こったか、ピンときてる?」
「……シュンカン、イドウ?」
「お、正解」

ぴんぽん、と間の抜けた効果音を自分で言いながら桃子が指で丸を作る。
しゅんかんいどう。瞬間移動。
何度か反芻し、その意味を確かめる。
先程の体験は、確かにそうとしか言いようがなかった。

「私の得意技なんだよねー、瞬間移動」

桃子の言葉も、たとえば昨日の夜であったなら全く信じられないだろう。
だが、実際に体験した今となっては、疑う余地もない。

「……そっか、ももも」

子ども達に特殊な能力があるなら、桃子にだって備わっていても不思議ではない。
ましてやその使い方を指導する立場なのだから、使いこなせないはずはないのだ。

「では、みやびちゃんに問題です。私のお仕事は何でしょう?」
「へ?」

3本の指を立てた桃子の目は、雅を試すようにキラリと光る。
何をしろというのだろう。眉根を寄せる雅をよそに、桃子の言葉は続く。

「1番、捜査官。2番、研究者。3番、指導者」

選べと言うようにひらひらと動く指先を前にして、雅の眉間のシワは深くなった。
子どもたちから聞いたことを元にするなら、答えは3番になるだろうか。
しかし、桃子はマスターとやらで大学にも通っていたはずだ。
謎が深い桃子のことだから、1番だってありえない話ではないかもしれない。
脳内でころころと移り変わる桃子の姿に、雅は頭を抱えた。

「全っ然わかんないんだけど」
「そっかー。じゃ、強いて言うなら?」
「3、ばん?」
「ん、せーかい」

609名無し募集中。。。2018/04/24(火) 00:34:49.390

きゅっと折りたたまれた2本の指が、再びぴょこんと持ち上げられる。

「ま、全部せーかいなんだけどね」
「……はぁ?!」

思わず声を上げた雅の反応に満足したように、桃子はにやりと口の端を持ち上げた。

「さーて、どっから話そっか」
「……まって、ついていけてないんだけど」
「だよねー。ま、でも時間も限られてるからさ」

あっさりと言い放ち、桃子は何かを脇に置くようなジェスチャーをする。
理解は後回し、とでも言うように。
さて、と桃子が3本の指のうち1本を摘んだ。

「まずは、捜査官のお話でもしよっか」

捜査官なんて、海外のドラマでしか聞かないような単語だ。
黒いサングラスにブラックスーツを着た桃子が浮かんで、いやいや、と雅はその想像を追い払う。
桃子が捜査官なんて。ちょっとした段差にさえ躓いて転びそうなのに。

「基本は警察から依頼されて動く感じなんだよね。たとえば、誘拐事件とかで」
「誘拐犯のところに瞬間移動して人質を救う……ってこと?」
「お、どうしたの。今日は冴えてるね」

今日"は"、なんて余計ではないだろうか。
そんなことを思ったが、突っ込んだところで面倒臭いことになりそうな予感しかない。
だから、雅は代わりの疑問を口にした。

「危なくないの?」
「んー、まあ危ないっちゃ危ないよ。移動した先に、誰がいるか分かんないし」

桃子の声の軽さが、雅には信じ難かった。

「なんで、そんな仕事」
「共存のため、かな」
「キョウゾン?」
「そう。平たく言うと、私たち能力者が、一般の能力を持ってない人——非能力者と一緒に生きるため」

非能力者。
無機質な言葉の温度が、不意に雅の息を詰まらせた。

135名無し募集中。。。2018/05/26(土) 18:35:34.630

「き、共存とか言われても、わけ分かんないし……」
「まーそうだよね。全部は理解しなくても良いよ」

極力簡単に説明するからさぁ、と桃子は椅子に座り直した。
それはやけにのんびりとした口調で、捜査官だの誘拐事件だのという世界にはそぐわない。

「じゃあね、みやに質問。もし、電車で隣の人が拳銃持ってたらどう思う?」
「は? いきなりなに……」
「ほらほら考えて」

回答を促す桃子の視線は、どこか学校の先生を連想させた。
桃子の意図は知りようがないが、質問をそのまま受け止めるなら考えるまでもない。

「そりゃ、怖いけど」
「そ。強い力っていうのは、それだけで恐怖の対象なわけ」

じゃあ、と続けながら、桃子がひょこりと立ち上がった。
そのまま近づいてきた桃子は、拳銃を模しているらしい人差し指を雅に突きつける。

「……じゃあ、拳銃を持ってるのが、私だったら?」
「……なに、を」

桃子の指先から何かが発せられて、一直線に貫かれる様が雅の頭に浮かんだ。
なんちゃらビームとか、恐らくそんな技名がつきそうな。

「たぶん、怖く、ない」
「そう? ……よかった」

ほっとしたような顔になって、桃子がだらりと腕を下ろす。
そのまま雅の隣にやってくると、「よいしょー」と言いながら桃子はベッドに腰かけた。
ベッドのスプリングが軋んだ。雅の体は、小さく弾む。

「要はさ、よく分かんない力だけど、一般市民の安全には役立つよ、
 怖くないんだよってことを非能力者に分かってもらうのが私の仕事」
「それが、共存につながる、の?」
「そーそー。理解してもらえなきゃ、何も始まらないからね」

みやみたいにさ。
あっさりと桃子は言うけれど、ふと手の甲に重なった温度は熱い気がした。
これが桃子の感情であれば良かったのに。

「共存ってことはもも達の他にも?」
「そうだねえ……まあ、ざっと1000人に1人ってところかな」
「……へえ」

それは多いと取れば良いのか、少ないと取れば良いのか。
雅がぼんやりとした返事をすると、それを読んでいたかのように桃子が言葉を続けた。

「どう感じるかは人によるけど……街中ですれ違っててもおかしくはない、かな」

桃子のような能力者と、雅のような非能力者の日常は近いところにある。
それがふとした瞬間に重なったせいで、今、桃子がこうして目の前にいて。
触れられた手のひらがひどく不思議に感じて、雅はくるりと手のひらを返した。
雅がぎゅっと指に力を入れると、緩く握り返される。

137名無し募集中。。。2018/05/26(土) 18:37:29.320

「さて。じゃあ、なんで非能力者はその存在に気づかないんだと思う?」
「なんで、って」
「だって、みんな普通にその辺歩いてるんだよ? 絶対に会ったことあるのに、知らないのはなんでだろうね?」

同じくらいの高さにある桃子の瞳が、答えを急かすように光っていた。
思ったより、近い。
そんなことを考えてしまって、雅は慌てて顔を逸らした。

「……人前で、能力を使わないから?」
「せーかい。でもさ、もしも力を使っているところを見られちゃったら?」

付け足された問いかけを、そんなの知るわけがないと投げ出したくなる。
教室で不意にあてられて、答える言葉を持たない時の頬が火照る感覚。

「……ごま、かす」

雅がどうにか絞り出すと、隣からはぷっと吹き出した音がした。

「ちょっと! 本気で考えたのに!」
「ごめんごめん、みやっぽいなあと思って」

どういう意味、と挟む余地はない。
桃子の瞳が、一瞬のうちに温度を失ったような気がしたから。

「もっと簡単な話だよ、消しちゃうの」
「……は?」
「記憶の操作を専門に行うチームがいるってこと」

桃子の口から飛び出した言葉は、ふわふわと辺りを漂った。
飲み込んでしまえば楽になれそうなのに、雅の頭はそれを拒む。

「これも共存するための一つの方法なんだけど。
 記憶を消したり、つじつま合わせで別の記憶を植え付けたり」

道ですれ違っていてもおかしくないというのを信じるとしたら、日常的にそれは行われているということだ。
大量の小蝿が突然現れたように、甲高い耳鳴りが体の奥から押し寄せる。
思わず耳を守るように覆うと、桃子は「大丈夫?」と首を傾げた。

「身近なところだと私が働いてたコンビニの店長とか。顔、浮かぶ?」
「は? 何言って……」

毎日といっても過言ではないほど通いつめたコンビニだ、分からないはずがない。
そう言いたかったが、どれだけ記憶を探っても彼の顔はもやもやとしてはっきりしない。
強いて言うなら、中年の男性だったと言う印象が残っている程度か。

「店長も……ってこと?」
「あ、ちなみに店長は女の人なんだけどね」
「はぁ?!」

雅が言葉を失っている間にも、桃子の説明は続く。

「店長はほんとにプロだから。他人の記憶には常に介入してて、外見とかの印象を残さないようにしてんの」
「……信っじらんないんだけど」

桃子の話が、一気に重みを持って雅の体にのしかかった。
能力者は桃子の他にも多数いること。
それは、決して遠い世界のおとぎ話ではないということ。

138名無し募集中。。。2018/05/26(土) 18:39:14.140

「動物と話せるのはフツーに受け入れたのに?」
「え?」

ん?と問い返す桃子の瞳の奥は白々しい。

——舞、実は動物とお話ができるんです。

そう告げられた日の、舞の表情と猫の鳴き声と。
なぜか刺々しい言葉で雅を突き刺した桃子の声と、生ぬるい夜の風と。

「まさか……試したの?」
「やな言い方しないでよ。そんなんじゃないって」

桃子は手を振るが、かえってそれが気に障った。

「だって! あれはどう聞いたって、」
「確かめたかっただけだから」

話戻すね、という笑顔ひとつで、桃子は強引に舵を切った。
どうやら、今は深いところまで話すつもりはないらしい。
下手に踏み込むのはまずそうだ、と雅は飛び出そうになる声を抑えた。

「どこまで話したっけ?」
「店長が、女だってところ?」
「ああ、そうそう。店長はね、私と違って能力者が起こす事件とかを担当してて」
「やっぱ、あるんだ」
「ま、ね。どんな世界にも、力をコントロールできないおバカさんはいるからね」

呆れたように言い捨てて、桃子が肩を竦める。

「その辺で、私のお仕事、関わりあったりするんだけど」

3本指を立てて、雅の記憶を試すように桃子が笑いかけてきた。
だが、悲しいことに雅の頭には真っ白な旗が揺れるイメージが浮かぶだけ。

「……なんだったっけ」

覚えといてよ、と傷ついたように桃子は唇を突き出した。
だが、ただでさえ情報過多で整理が追いついていない。
勘弁してよ、と眉を下げた雅に何を思ったのか、桃子の息が鼻を抜ける。

「さっきの選択肢だと、3番目。まあ、いわゆる"先生"ってやつね」

言ってから、桃子の視線がちらりと机の方へ外される。
雅もつられて同じ方を向き、ふと机上にある時計に気がついた。
今日という日も、気づけばあと1時間ほどしか残されていない。

「細かいところは省くけど、私達の能力って生まれつきなわけ」
「何人かに1人?」
「1000人に1人ね。あと、絶対に何らかの症状は出ちゃうっていうか」
「……たとえば?」
「人の心が読める人は、ずーっと誰かの心の中が聞こえちゃう、みたいな」

139名無し募集中。。。2018/05/26(土) 18:41:27.970

桃子の言葉通りに想像を巡らせてから、雅は顔を曇らせた。
世の中には、知らない方が良いこともあるだろうに。
それが勝手に流れくるなんて。きっと、耐えられない。

「だから、どうしたってそれと上手く付き合う方法を身につけなきゃいけない、と」
「なんとなく、聞いた、かも。みんなが言ってた」
「お、ちゃんと説明できてた?」
「力をコントロールするのに、トレーニングが必要って」

うんうん、と相槌を打つと、あとね、と桃子は言葉を挟み込んだ。

「ちゃんと自分の能力を理解して、その使い方を考えるっていうところも入るんだけど」
「……っていうと?」
「例によって拳銃の話に置き換えるね。拳銃って、それだけで良いものかどうか判断できる?」

どう?と桃子が投げかけてきたので、雅は黙って首を振った。

「ってことは、使う人の考え方次第では、拳銃って良いことにも悪いことにも使えるってこと」
「まあ、そうなるよね」
「つまり、私がやってるのはさ。拳銃の使い方と使うための心構え、両方の教育ってわけ」

両手をパチンと合わせた桃子は、どことなく得意げに映った。
未来を担う子ども達を育てるなんて、これほどやりがいのある仕事もないだろう。
合わさった手の隙間から、キラキラと光が立ち上るのを見た気がした。

「さて、話としてはこんなところかな」

話し忘れたことはないよね、と自問自答する桃子を眺めながら、雅自身も記憶を振り返る。
何か、桃子に尋ねなければならないことはないか。
腕を組んだ雅の脳内で、ある光景が閃いた。

「あー……一個、聞きたいんだけど」
「んー?」
「稲場ちゃんのこと」

雅の口から出た名がよほど意外だったのか、桃子が踏まれた猫のような声を漏らす。

「……あの子たち、そんなことまで話したの?」
「ううん。うちがアルバムの写真を見かけただけ」

マンションの外で撮られたらしい写真の中で、桃子は見慣れた子どもたちに囲まれて笑っていた。
桃子と、6人の少女たち。
まさか赤の他人なんて言わないよね。
詰め寄るような気持ちで、雅は上半身を乗り出した。
それに合わせて桃子の体がわずかに後退り、そのせいでベッドがキシキシと鳴いた。

「……もも?」

あえて硬い声を作って、駄目押しのつもりで名を呼んだ。
あー、うー、と小さく唸っていた声が、ぴたりと止まる。

「……あんまり、話すつもりなかったんだけどなあ」

諦めの色をした桃子の言葉は、ぽとりとシーツに落下した。

141名無し募集中。。。2018/05/26(土) 18:47:34.640

「みやが見た通り、愛香ちゃんも昔一緒に住んでたよ」
「……じゃあ、あの子も?」

今更能力者が1人増えたところで、驚きはしない。
半ば頷きを期待した問いかけだったが、桃子の頭は迷うように揺れた。

「昔はそうだった、っていうのが正しいのかな」
「どういうこと? 今は違うの?」
「簡単に言うとそう、なんだけど」

説明、面倒くさいなあ。
髪の毛をくしゃくしゃと弄りながら、桃子がこぼす。

「ま、いいか……能力ってさ、たまーに消えちゃうことがあって」
「はい?」

落ち着きなく動く指先に、くるくると髪の毛が絡まった。

「ホルモンとかと関わりがあるっぽいんだけどね。
 特に思春期は能力が変化したり、不安定になったり……最悪消えちゃったりすんの」

くるん、と跳ねた毛先が気になって、桃子の指先を捕まえる。
そこで初めて気づいたように、桃子の手がおとなしくなった。

「もう分かったと思うけど、愛香ちゃんはそのケースだったわけ」
「そしたらどうなんの」
「適当な記憶を埋め込まれて、非能力者として生きるだけだよ」

触れた指先の冷たさが、雅の手のひらにも伝う。
淡々と置かれた桃子の言葉と同じ温度。

「能力っていっても、みやがイメージしてるよりずっと繊細で不安定なの」
「……うん」

カチ、と響いた音は時計の針か何かだろうか。
小さく日々の入った空気の中で、あ、と聞こえた音の無防備さに雅は息を詰まらせた。

「さて……そろそろ、良い子は寝る時間だね」

いつの間にか桃子の顔は机上の時計を向いていて、するりと指がほどかれる。
やけにのろのろとした動作で立ち上がると、桃子は中途半端に投げ出されていた椅子に戻った。

「ホントはね、今しゃべったこと全部機密情報なの」

時計を見つめているせいで、雅からはっきりと桃子の表情が伺えない。
ただ、突如として平坦になった声は雅の胸をざわつかせた。
こういう時は、大抵良いことなんて起こらない。

「なに、どうし、」
「全部、忘れてほしいってこと」
「いやムリで、しょ……もも?」

妙な流れに逆らおうと伸ばしかけた手が、あっさりと弾かれたのを感じた。
雅の目の前で、空っぽの椅子がくるんと独りで回転する。
首筋に触れた柔らかさは、きっと桃子の指の腹だった。

143名無し募集中。。。2018/05/26(土) 18:50:14.050

「動かないでね。変なとこ刺したくないから」
「はっ? なに、ちょ、やっ」

振り返ろうとした頭が、見えない何かに押し返された。

「……なんの、つもり」
「言ったじゃん。知られちゃ、駄目なんだって」

首の付け根あたりに何かがぽたりとぶつかって、雅の背中をするすると伝い落ちていく。

「……なんで、泣いてんの」
「泣くはずない、でしょ」

確かに声は震えているのに。
嘘つき、と桃子の顔に言ってやりたいところだが、相変わらず首は固定されていて動かせそうにない。
まるで、あえて見せつけるような方法だと雅は思った。

「じゃ……ね。みや、」
「まっ! まって! 最後、一個だけ」

閉じようとしている扉の隙間に、雅は慌てて体を滑り込ませた。
何を悩んでいるのやら、桃子から「何?」と返ってくるまでには少し間があった。

「ももの、ホントの返事、聞きたい」
「へ?」
「ちゃんと言ってよ」
「……みやって、本当におばかなの?」

呆れたような桃子の声を、遠い昔にも耳にしたような気がして雅はぎゅっと目を閉じた。

「いいから、聞きたい」
「忘れちゃうんだってば」
「じゃあ、いいじゃん。何聞いたって」

忘れちゃうんでしょ、と改めて口にすると、背後の気配がびくりと跳ねる。

「——……ん、なの、決まってんじゃん……」

注意して耳を傾けていなければ、聞き逃してしまうほど密やかな声で。
桃子の吐息が、雅の首を撫でた。

ひた、と肌に押し当てられるのはペン先のようなもの。
ぞくぞくと全身が粟立って、次に訪れる鋭い感覚に備える。

さよなら、と桃子の声がして、返事をしなきゃと思った瞬間に、雅の視界は黒く染まった。

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