まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

682嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:38:12.220

その日、3月6日は雅にとってあまりに冴えない日だった。
近所のケーキ屋で「季節限定!白桃ジュレ」の文字を見たからかもしれない。
気づけば雅はケーキ屋に吸い込まれていた。
季節柄か、店内は白やピンクを基調とした装飾に溢れている。
桃子が好きな色だったな、と不意に考えてしまった。
"桃子"という名前は罪だ、と思う。
嫌でもこの時期になれば目にすることになるし、その度に思い出してしまうからだ。

「……だっさ」

つぶやいた瞬間、肩のあたりに軽く何かがぶつかった。
慌てたように謝罪をしてきた女性と目が合って、雅は小さく会釈を返す。
彼女の手を引く男性が目に入り、雅は目を逸らした。
人でごった返す店の中は、雅のようにふらりと迷いこんだ客に優しくない。
白桃ジュレなるものをちらりと見てから去ろうと思っていたのに、一気に気分が萎んでしまった。

――カラオケでも行かね?

雅の彼氏からメールが来たのは、ちょうど店から出た時だった。
なんとも軽いノリの誘いだったが、一人でいるよりはマシかもしれないとOKした。

683嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:39:23.980

指定された時刻までの空き時間を、少し迷ってから近くの雑貨屋で潰そうと決める。
安価ながらセンスの良い小物が揃えられた雑貨屋は、雅のお気に入りの場所だった。
店内を満たす上品な香りは、アロマによるものだろうと雅は思っていた。
いつも店員さんに聞いてみようと思うのに、居心地の良さからついつい忘れてしまう。
チャームに小さなクリスタルが光るネックレスや、様々なカラーが揃えられたポーチ。
文具からキッチン用品まで、雑貨というだけあって売られている物も幅広い。
その中で、特に雅の気持ちを一層惹きつけたのは、ヘアアクセサリーのコーナーだった。
鮮やかな赤から始まり、大人っぽい紫に至るまで。
グラデーションのように配置されたアクセサリーを前にして、雅の視線は端の方にあったピンク色でぴたりと止まった。
ヘアピンや飾りのついたヘアゴム、かんざし。そしてシュシュ。

「……かわいい」

ピンク色に淡い黄色や水色が混ざりあったシュシュは、春を切り取って閉じ込めたようだった。
ちょうどこの時期の、柔らかな陽射しを連想させる色合い。
きっと艶やかな黒髪に映えるだろう。
そんなところにまで想像が至って、雅はぶんぶんと首を振る。
渡すあてもなくプレゼントを買うなんて、冴えないにも程がある。
一度は手に取ったシュシュを戻しかけた時、雅の指先に躊躇いが舞い降りた。
これが、最後の一つだったら。次は、もうないかもしれない。
ちくりと細い針で胸を刺された気がして、雅は改めてシュシュを引き寄せる。
自分で使っても良いわけだし。
そう思いながらレジに運んだシュシュは、数分後にはきちんとラッピングされて雅の手の中にあった。
買い物を終えてしまうと、店の中をうろつくのも気が引けて店の外へ出る。
すっかり春めいた風が頬に触れて、雅の鼻の奥をツンとさせた。

684嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:40:36.160

雅が初めて桃子の誕生日を知ったのは、小学校の卒業式当日。
何がきっかけだったかは覚えていないが、雑談の中でそんな話になったのだろう。
春休みの間は会えないと聞いたので、「じゃあ次会ったとき渡すね」と雅は言った。
もっとも、桃子は春休みにどこかへ転校してしまったとかで、次の機会なんてものはやってこなかったのだけれど。
そんなわけで、去年のプレゼントはクローゼットの隅に押し込められていた。

右手に紙袋をぷらぷらさせながら、適当に足を進める。
桃子にとってどうだったのかは不明だが、少なくとも雅にとってあの日の言葉は約束だった。
行き着く先もないまま思考を巡らせていると、肩をトントンと叩かれた。

「ごめん、待った?」

変声期を経た低い男性の声が、雅の耳を撫でる。
彼の名はアツシといった。3学期の初め頃に告白されて付き合い始めたから、2ヶ月くらい経っただろうか。

「行こーぜ」

彼の声はざらざらしていると雅は思う。さっぱりとした麻の布のように。

685嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:41:39.230

カラオケ屋は、雅たちと同じように暇を持て余した学生たちで混み合っていた。
「ダイジョーブ」とアツシは軽く口にして、受付で何やら店員と会話を交わす。
どうやら予約をしてくれていたらしく、雅たちはスムーズに部屋へ案内された。
基本的に、彼は抜かりがない人だった。
他人を喜ばせるような話題をいつも2つ、3つは用意していたし、どこかへ遊びに行く時はきちんと気を回してくれる。

「なんだよ、なんか凹んでる?」
「……ううん、大丈夫」

良いヤツ。彼に対する雅の感想はそれに尽きる。

「それ何?」

部屋のドアを開けながら、アツシが尋ねてきた。
それ、と彼が指差すのは雅の右手に提げられた紙袋。

「誕プレ」
「えっ、誰かいたっけ」
「しょーがっこうの……友だち」
「へー」

アツシの興味は、すぐにデンモク移ってしまったようだった。
彼とて、本気で雅の持っている紙袋が気になったわけではないだろう。
雅もそれを理解していたからそれ以上は何も言わなかった。

アツシの良いところは、何にしても軽いところだ。
フットワークも軽ければ、ノリも軽い。その分、一緒にいて楽だった。

「……良い声してるよな」
「そ?」
「うん。好きだ」

普通なら照れて口にできないようなことも、彼は易々と口にしてしまう。
ありがとう、と言おうとして横を向くと、アツシはやけに真面目な顔をしていた。
にわかに重たくなった空気が、方にのしかかる。
やっぱり冴えない日だ、と不意に思った。
彼の求めていることは理解しているし、恋人というものはそういうことをするものだとも知っていた。
けれど、それを考えると大声で叫びたくなるのはなぜだろう。
まさか喚声を上げるわけにもいかないので、代わりに彼の胸をやんわりと押し返し、荷物を手に取る。

「ごめん、帰る」
「えっ、ちょっ」

財布から取り出した札を2枚、彼の手に押し付けて雅は部屋をあとにした。
アツシは追いかけて来ないだろう。去るものを追うような重たい人ではないから。

686嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:43:23.640

勢いのままに歩いて、気づけば雅は駅にいた。
空は夕方から夜へと移り変わろうとしていて、駅は家路を急ぐ人の流れができている。

「あれぇ、みや?」
「……愛理」
「どしたの、怖い顔」
「ん、ちょっと」

そっかあ、とのんびりした返事があって、雅の心は少しだけ和らいだ。
塾の帰りだとかで、愛理の肩には大きなトートバッグがかけられている。
ひらがなで吠える熊のキャラクターが、何とも間抜けに映った。

「がおー」
「へ? あ、これ? いいでしょー」
「うん」

雅の言葉に満足したのか、愛理の顔がふにゃふにゃとふやけた。
首を傾けた拍子に、愛理の黒髪が揺れるのを見た。

「あのさ……これ、もらってくんない?」
「え?」

右手の紙袋を持ち上げると、愛理の視線が紙袋と雅の顔とを行き来する。

「だってこれプレゼントじゃ」
「いい。渡す予定ないし」

紙袋の中身は、雅が身につけるよりも愛理の方が似合うだろう。
ひょっと浮かんだ考えからの行動だったのだが、愛理は顔を曇らせる。

「もらえないよ」
「……そ、か」
「その、誰かさんに悪いもん……その人のために選んだんでしょ?」
「まあ、そうだけど」

愛理の眉が、しょんぼりと下がっているのが目に入った。
困らせたかったわけではないのに。

「……どうせ、会う約束、してないし」

ぽろっと滑り落ちた言葉が、雅をはっとさせた。

「なんでもない。ごめん忘れて」

早口でそう言いながら、口にしてしまった言葉を打ち消そうと試みる。

「あ、あのね! みや!」

急いでその場を離れようとした雅を、愛理の手が引き止めた。

「会いたいって思ってたら、会えると思うよ」
「そんなの、」
「会えるよ」

愛理が思いがけず力強く言うものだから、否定の言葉は引っ込んでしまった。

687嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:45:05.360


その日、3月6日はすっきりとした快晴だった。
結論から言えば、愛理の言葉は正しかった。
高校1年生でいられるのもあと少し。
雅は桃子の部屋にいて、桃子はローテーブルの上に並んだプレゼント(と、白桃ジュレ)に目を丸くしていた。

「こんなに……いいの?」
「うん」

桃色のしおりと、シュシュ、それに手鏡。今年はそこにファイルが加わった。
楽譜を入れるのにちょうど良いだろう。
そう予感して、購入したファイルだったが、桃子がファイルを手にしているのを見て予感は確信に変わった。

「髪、させて?」
「いっ、いい、けど」

目を輝かせながらしおりを眺めていた桃子が、やたらと瞬きをしながら顔を持ち上げ。
コームを手に雅が近づくと、桃子はなぜか背筋をピンと伸ばす。
肩につかない程度の長さで揃えられた髪の毛は、雅の想像した通りしなやかな手触りだった。
晴れやかな心地で、雅は髪の毛にコームの歯を通して毛の流れを整える。

「あのさ、もも」
「ん?」
「来年も、お祝いさせてね」
「そ、んなの……」

良いに決まってるじゃん、と答える桃子の耳が赤みを増す。
思わずそこを摘むと、桃子が「ひゃんっ」と体を跳ねさせた。

「ななな、何!」
「ん、ちょっと」
「ちょっとじゃないよ!」

桃子の抗議は形だけ。雅が何度か頭を撫でてやると、途端におとなしくなった。

688嗣永桃子誕生日祭2018/03/11(日) 03:48:18.850

髪の毛の束を器用に編み込み、最後にシュシュを添える。
桃子の透けるような白い肌と、光沢のある黒髪と、華やかなシュシュと。

「うん、いい」
「本当?」
「すっごくいいよ」

髪の出来栄えを確認しようと、プレゼントした手鏡を桃子が手にする。

「おめでと、もも」
「……あり、がと」

鏡ごしに桃子と目が合ったので笑いかけると、桃子の視線は照れたように脇へと流れていった。

「今度、それしてどっか行こ」
「どっか?」
「うん。……デート、しよ?」
「デ?! デ、デー……?」
「うん、デート。行きたいとこ、うち考えるから」

ゆるりと振り向く桃子は頬を染めていて、唇が開いては閉じてを繰り返す。

「いこ?」
「い、く」

髪の毛に春を宿した桃子は、小さく小さく首を縦に振った。

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