まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

830 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/21(金) 02:43:44.91 0

一体どうしてこんなことになったんだっけ。
目の前で俯いたままの少女と、手つかずのままのレモネード。
それらを一通り眺めてみたが、かける言葉は分からなかった。
居心地の悪さを誤魔化すように含んだピーチティーは、既に少し薄まっていた。


過ぎ行く人々の中で、見覚えのある顔が通り過ぎた気がした。
会社帰りの黒や紺色がひしめく中で、真っ白なブラウスはひどく場違いだったから。
後ろ姿だけしか見えなかったけれど、間違いない。
そう確信した時には、もう足が向きを変えていた。

——近所で誘拐事件あったらしいですよ。

今朝、いつものようにスムージーをすすりながら、有加が言っていたのが蘇る。
怖いね、とひかるが眉を下げたのも、まじで、と自分が顔をしかめたのも覚えていた。
そんなことがあったばかりなのに、彼女を放っておくことなどできるはずがない。

人の波を縫うようにして、どうにか追いついた肩を掴む。

「ひゃあっ」

びくうっ、と肩が跳ねて、小柄な体がさらに縮こまった。
そんなに驚かせるつもりはなかったのだけれど。

「……あ、こ、の前の」

素早く振り返った彼女——結と目が合った。
やはり間違いではなかったと安堵しかけて、その瞳がやけに赤い気がして雅の胸がざわりと騒ぐ。

「こんなところで、何してるの?」

何も気がつかなかったという顔で雅が尋ねると、結はぱちぱちぱち、と高速にまばたきをした。
その様子は、悪いことをしていて親に見つかってしまった子どもそのもの。
結の口はぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返していたが、適切な言葉は見つからなかったらしい。
しゅんとした様子で、結はそのまま目を伏せてしまった。

「迷子?」

仕方なく助け舟を出すと、結はゆるゆると首を横に振った。
だとすれば、何だと言うのだろう。
雅の脳内で、いくつかの可能性が浮かんでは消えていく。
いずれにしたって、彼女が帰るべき家とは逆方向に向かおうとしていたことに変わりはない。
やがて、雅がたどり着いた答えは。

831 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/21(金) 02:44:19.02 0

「ま、まさか……家出?!」
「ち、ちゃいます……っ」

けれど、理由は言いたくない。
否定をしたきり俯いてしまった結を見ていると、そんな気持ちがビシビシと伝わってきた。
雅は結の保護者ではないし、無理に問いただすべきでもない。
そう判断して、雅はそれ以上の詮索することを止めた。

「送っていこっか」
「え、ええです」

先ほどよりも力強く、結は首を横に振った。
今は帰りたい気分でもない、というところだろうか。
不意に自分の思春期が重なって、そんな時期もあったなと雅は小さく苦笑した。

「じゃあ、お姉さんとお茶しよ?」
「へ……?」
「どっか座ろ。もうだいぶ疲れてるんじゃない?」

後半は、ちょっとしたハッタリだった。
何か理由があった方が、差し出した手を取りやすい。そう思っただけ。
結がこくりと頷くのを確かめて、雅はお気に入りのカフェへと進路をとった。


そんなことがあったのが、数十分前のこと。
飲み物を注文する以外に会話はほとんどなく、雅の飲み物だけが着実に減っていた。
目の前で俯く少女は、前に桃子の家で会った時と印象が全く違う。
こんなにも緊張した様子で、視線を逸らすような子だというのは意外だった。
どうして、家に帰りたくないの?
どうして、泣いていたの?
浮かんでは消える質問を、形にするのは躊躇われた。
むき出しの場所に踏み込んでしまって、本当に良いだろうか。

「そろそろ、中学校って夏休み?」
「あ……はい」
「そっかー、じゃあいっぱい遊べるじゃん」

努めて能天気に言ったつもりだったのに、テーブルの上で
ぽたりと光るものがテーブルクロスに落ちて、小さな染みを作る。
それが何であるかを認識した瞬間、雅はさあっと青ざめた。
まさか、こんなところで地雷を踏み抜くとは。

「えっ、ご、ごめん」
「ちゃ、ちゃうんです、あの、ホンマ、ちゃうんで」

そう言う間にも、語尾はどんどんと滲んでいく。
ちゃうんです、と結の手のひらが目の前で開かれる。
ひらひらと揺れるそれを、雅は思わずそっと両手で包んでいた。
その手が振りほどかれる気配はなく、結がくすんと鼻を鳴らす音が小さく響いた。

129名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/27(木) 01:43:47.400

しばらくそのままの状態で、結の呼吸が少しずつ緩やかになっていくのを聞いていた。
雅がそっと手を離すと、結の顔がゆっくりと持ち上げられる。

「あの、ホンマすいませんでした。いきなりで」
「ん? 何のこと?」

何も見なかったし、聞かなかった。
雅がそんな顔をして見せると、赤くなった大きな瞳が震えた。
誰にだって、何かが抑え切れずに溢れてしまうことはある。

「そろそろ……帰れそうかな?」
「えっと、はい」
「ももに、連絡しても大丈夫?」

結に確かめると、再び小さく「はい」と言うのが聞こえた。
促すようにレモネードを押しやると、結はようやくストローに口をつける。
それを視界に収めてから、雅は店の外に出た。

この前の帰り道、別れ際に交換した連絡先。
こんな状況で最初に使うことになるとは思わなかったな、と思いつつ雅は画面の上に指を滑らせる。
1コール分の呼び出し音が鳴り終わるより早く、回線が繋がる音がした。

「も、もしもし? みや?」
「うん。ももで合ってる?」

受話器の向こうから届く音声は、確かに桃子のもの。
表情が見えないのに、声だけが響いてくるのはなぜだか少々気恥ずかしい。

「あのさ、結ちゃんのことなんだけど」
「えっ、結ちゃん?」
「うん。今、一緒にいるんだけ」
「ど、どこっ!」

この様子だと、帰らない結をよほど心配していたらしい。

「ごめんね、連絡遅くなって。駅前のBuono!ってカフェなんだけど」
「わかった、すぐ行く」

桃子の簡潔な返事の後で、ぶつりと回線の途切れる音が続く。
桃子もこんな風に余裕を失うことがあるのか、と思うと結をはじめ他の子らの顔が頭をよぎった。

130名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/27(木) 01:44:58.990


雅が店内へと戻ると、結のレモネードは半分ほどに減っていた。

「もも、すぐ来るって」
「はい。あの……今日はありがとうございました」

グラスを握りしめたまま、結が頭を下げる。
いいって、と言いかけた雅は、結の背後に現れた人物に意識を奪われた。

「はぁ、はぁ、やーっと見つけた」
「え、もも?」

大きめの紙袋をぶら下げて、簡単にまとめた一つ結びの髪型で現れた桃子はコンビニ店員の余韻を漂わせていた。
確かに「すぐ行く」とは言われたけれど、まさかこんなに到着が早いとは。

「もも姉……」
「もう。心配したんだからね」
「はい。あの、ごめんなさい」
「ほんとね。めっちゃ探したんだから」

疲れたぁ、などと言いながら、桃子は結の隣に滑り込む。
近くを通りかかった店員に注文を告げると、桃子は改めて、といった様子で雅と向き合った。

「ありがとね。結ちゃんと一緒にいてくれて」
「や、全然。大したこと、してないし」
「そんなことない。ありがとう」

まっすぐにそう言われては、素直にその言葉を受け取る以外になかった。
気圧された雅が頷く間に、桃子の視線は結へと移される。

「で、結ちゃんはどうしてこんな時間にお外にいたのかな?」
「それは、その」

投げかけられた質問に、結の肩が小さく跳ねたのが目に映った。
予想以上に厳しい色を帯びた桃子の声に、一瞬にして空気の温度が下がっていく。

131名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/27(木) 01:45:39.150

「……今日返ってきたテスト?」
「うっ」

ぎくりと結の体が固まるのが見えて、なぜか雅まで体の芯がきゅっと縮まった気がした。
結の涙の理由がテストという可愛らしいものだったことに安堵する一方で、自分がいる前で話すことではないのではないか、という気持ちが浮かんでくる。

「もも、あの」

何も今問い詰めなくたって、と口を挟みかけた雅を制止するかのように突き出される手のひら。

「ううん、これは大事なことだから」

ちゃんとしなきゃいけないの、と言い放つ桃子の横顔に、雅はそれ以上何も言えなくなった。

「いいから、見せて」
「うぅ……」

逃げ場はないと判断したのか、結の手がカバンの中へと向かう。
中から現れたのは、いたるところに折り目の入った数枚の紙。

「わぁ……なかなか派手な赤ペンだね」

それを受け取って目を走らせた桃子が、ぽつりとつぶやく。
きゅっと結が渋い顔をするのが見えて、雅の表情もつられて苦くなった。
学生時代、同じような経験がある者にとっては耳が痛い。

「点数のことで、怒られるって思ったの?」

頷きが、一回。
それを見た桃子が、小さく息を吐き出す。

「この前、私点数のことで怒ったっけ?」
「……ちゃう」
「でしょ? それに、今回はちゃんと自分の力で頑張ったんじゃないの?」

ふわりと柔らかい声で言いながら、桃子の手がぽんと結の頭に乗せられた。

「せやけど……悔しい」
「悔しいって思えるなら、まだまだできるよ」

結の頭をゆるゆると撫でつつ、頑張ったねともう一度桃子が言ったのが聞こえて、雅の心臓がとくんと脈を打った。

「今回はしょうがないとして、復習ちゃんとやれば大丈夫だから。ね?」

最後の方はほとんどあやすような言い方で、桃子の横顔に母親に似た何かを垣間見た気がした。

132名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/07/27(木) 01:46:11.590


その後はほのぼのとした雑談が続き、三人で店を出ると街はゆったりとした時間に包まれていた。
一通りの帰宅ラッシュも終わり、今はちょうど夕飯時というところ。
自然に手を繋ぐ結と桃子を眺めていたら、これまた自然に結がもう片方の手を差し出してくる。
そのあまりの自然さに、雅は何の抵抗もなくそこに自分の手を重ねていた。
誰かと手を繋いでゆっくりと歩くなんて、しばらくしてない。
不意に、雅はそう感じた。

「あ、りゅうくんや!」
「おー、ほんとだ」
「りゅうくん?」

唐突に叫ぶと、結が一人でタタタッと駆け出す。
その先には、白い猫の姿。

「りゅうくんって、あの猫?」
「そうそう。舞ちゃんに懐いてるの」

桃子の口から出た名前を手掛かりに、どうにかこうにか記憶を引っ張り出す。
確かショートカットの、と確認をすると、そうだよ、と肯定が返ってきた。

「うちじゃペットは飼えないんだけど、ちょくちょくうちに来るんだよね」

猫と戯れる結を見つめていた桃子が、そうだ、と雅に振り返る。

「うち寄ってかない? 今日のお礼の意味も込めて」
「え、え?」

迷惑じゃなければ、と付け加えられた一言には首を振った。
迷惑などではないし、どちらかといえばむしろ嬉しい。
そう伝えると、じゃあ決まり、と桃子がにやりと笑う。

「でも、いきなりじゃそっちが迷惑じゃない?」
「ううん、大丈夫。晩ご飯も一人分くらいなら何とかなるし」

帰るよ、と桃子が声をかけると、猫と戯れていた結が顔を上げるのが見えた。
猫に駆け寄って行った時と同じように、パタパタとした走りで結がこちらに戻って来る。
ふと、桃子に似た走り方をしているな、なんてことを考えた。

「あんな、もも姉。1個足りひんと思う」
「……それは、私のと半分こするから大丈夫」

二人の会話にきょとんと首を傾げると、桃子は徐に提げていた紙袋を持ち上げてみせた。
先ほどは気がつかなかったが、そこに印刷されているのは雅もよく知る洋菓子屋のロゴ。

「……ケーキ?」
「正解。結ちゃんが頑張ったからと思って」
「え、うちのため?」
「そうだよ。だから早く帰ろ」
「か、帰る! はよ帰ろ!」

再び繋がる手のひらが、今度は少し強引に引っ張られる。
こらこら、と諌めているはずの桃子の声も、どこか穏やかだった。

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