まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

943名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/13(日) 03:03:36.520

待ちに待った土曜日の空は、雲一つなく真っ青だった。
懸念していたプレゼンも無事に終わったと聞いて、雅は晴れやかな気持ちで桃子を待っていた。
コンクールの会場は、市街地の中心部に位置する区民ホール。
休日の午前中だと言うのに、そこは人々でごった返していた。
出演者と思しき学生グループや、保護者、ちびっこから大人まで。
そんなに大規模なコンクールなのだろうか。
入り口に大きく張られた横断幕を見ながら、雅はぼんやりと考えた。

「お待たせ、みや」

現れた桃子は、つい数日前に会った時よりもラフな格好だった。
ざっくりとした風合いの、薄い桃色のワンピース。
足元の真っ白なスニーカー。
少し緩めな桃子の雰囲気は、逆に雅の目を釘付けにさせた。
だが、それ以上に雅をどきりとさせたのは。

「えっと……うちらだけ?」
「え? うん、そうだけど」

少しだけ硬く響く桃子の声には、なぜそんなことを聞くのかという空気さえ含まれている。
確かに他の子らが来るとは聞いていなかったが、二人きりの可能性はすっかり頭から抜け落ちていた。

「みんな部活とかサークルで来れなくってさ」
「ああ、そう」

二人きりだと分かっていたら、もう少し心の準備をしてきたものを。
そんなことを言えるはずもなく、雅はおとなしく桃子に差し出されたチケットを受け取った。

944名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/13(日) 03:05:08.030

スタスタと先を行く桃子の後を追って、ホールの中へ。
入場と共に手渡されたパンフレットをめくってみて、雅は改めて規模の大きさに驚いた。

「結構ちゃんとしてるでしょ? スポンサーもついてるし」

桃子の言う通り、ステージ上に掲げられているのは見覚えのあるロゴの旗。
席は自由らしいので、真ん中からステージが眺められる場所に陣取った。
フカフカとした座席に腰を下ろすと、場内のざわめきは柔らかなものへと姿を変える。
本番前の浮き足立った雰囲気に誘われ、自然と雅の気分も高まった。

「みや、何か良いことでもあったの?」

椅子の座り具合を確かめてみたり、簡易テーブルを引っ張り出してみたりしていた雅はぴたりと動きを止めた。
隣に座る桃子と、まっすぐに目が合わさる。

「仕事が上手くいったとか?」
「よく分かるね」
「まあね」
「後輩の案件なんだけどさ。昨日の夜、報告があって」

よかったね、と返ってくる語尾が、わずかに掠れたのを聞いた。

「ももこそ、何かあった?」
「え? なんで?」
「なんとなく」
「そんなもん?」
「そんなもんでしょ」

たとえば、いつもより少しだけ声に張りがなかったとか、表情が暗かったとか。
もしくは、もっと些細な違和感とか。
拙いながらもそれらを言葉にすると、桃子は数回ほどまばたきをした。

「そっか。分かるもんなんだね」

噛みしめるようにそう言って、桃子は小さく笑い声を漏らした。
その意味を捉えかねて雅が首をかしげると、桃子はくるりと瞳を巡らせた。

945名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/13(日) 03:06:31.620

「うちの子たちと、ちょっとした喧嘩っていうのかな? うーん、なんて言ったらいいんだろ」
「え、喧嘩したの?」
「というよりは、口論? それもちょっと違う気がするけど」

まあいいや、と桃子はそれ以上の単語を探すのを諦めたようだった。
あんなに仲が良さそうに見えるのに、喧嘩なんて起こるのか。
意外に思いながら、雅は桃子の話の続きを待った。

「いやいや、言い合いくらいするよ」
「だって、かなり年離れてない?」
「そうだけど、それはまた別かな」
「そう……」

一緒に暮らしていると、単純に年齢だけではくくれないものがあるのだろうか。
詳しいことは省くけど、と桃子が言葉をつなぐ。

「それで、私がどこまで口出しするかって難しいなあって思っちゃって」
「口出し?」
「これはこうした方がいいよとか、これはしない方がいいよ、みたいな」
「アドバイスってこと?」
「良く言えばそんな感じ」

アドバイス自体は、口論の種になるようなものではないのではないか。
桃子の言った難しさの中身にたどり着けず、雅は首を傾げる。

「できることならさ、元気で楽しく笑って過ごして欲しいじゃない?」

瞳だけで問われて、雅は相槌を打った。

「そしたらさあ、年上としてはいろいろ言いたくなっちゃうの」

それも、分かる。
至極当たり前のことだ、と雅は思った。

「でも、全部に口出してたら過保護だと思わない?」

946名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/13(日) 03:06:57.800

桃子の口元が、微かに歪んだように見えた。
ようやく桃子の言わんとしていることがつながった気がして、雅は静かに頷いた。

「自分で選ぶことが大事な時ってあるでしょ?」
「うん」
「そのせいで、苦い経験をするかもしれない。でも、それも大事な経験だったりするわけ」
「だね」

自分の決めたことで失敗したなら、失敗それ自体も自分のもの。

「ただ、それを見てるだけってすっごく歯痒いわけだけど」

こんなにもどかしいとは思わなかったよ、と桃子が漏らす。
桃子の気持ちをどこまで雅が共有できているかは分からないが、多少は想像がついた。
そんな風に思えた自分に気がついて、曲がりなりにも先輩という立場にいることを実感した。

「まあ、言うても私の子ってわけじゃないんだけどさ」
「……大切に思ってることに変わりなくない?」
「そう……そうだね」

しみじみとつぶやきながら、桃子はやおら目を伏せる。
どこまで口を出して良いものか、測りかねているのは雅だって同じかもしれない。

「ごめん、ちょっと喋りすぎた」
「そんなことない」

むしろ、話してくれて嬉しかった。
口にこそしなかったが、そんな気持ちで満たされていた。
ゆっくりと胸の内を整理して、雅はそっと口を開く。

「みんな、ももの気持ちはちゃんと分かってると思う」
「だといいけど」
「そうだってば」

桃子があまりにも弱々しく言うものだから、咄嗟に被せた声は少しだけ荒くなった。

「みやって、たまに良いこと言うよね」
「たまに、は余計でしょ」
「そうかも」

茶化すような桃子の声は、ほんのりと温かかった。

427名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/16(水) 15:48:39.560

鳴り響く開演のブザー。するすると収束していくざわめき。
じわりと明かりが落ちて、スポットライトがステージの演台を照らし出す。
主催者らしき人による開会の挨拶を聞き流しながら、雅はプログラムをめくって知沙希のチームを探した。

「出番、最後なんだ」
「げ、そうなの?」

桃子の囁き声に、戸惑いが滲む。
雅が顔を上げると、桃子は髪を掻き上げたまま険しい顔をしていた。

「まずいことでもあんの?」
「まずいってほどじゃあ……いや、まずいかなあ」
「何が?」
「いやさぁ、」

とんとん、と座席の背もたれを叩かれて、桃子の言葉は尻切れトンボに終わる。
はっと振り返ると、ひっつめのポニーテールの女性が人差し指を唇にあてていた。
二人そろって謝罪をすると、真っ直ぐ舞台に向き直った。
続きを聞くのは、休憩時間になりそうだった。

428名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/16(水) 15:50:23.350

コンクールは小学生のチームから始まり、中学生、高校生とチームの平均年齢が上がっていく。
凝られた衣装、一糸乱れぬ揃った振り、弾けんばかりの笑顔。どのチームにも個性が溢れていて、見どころも様々だった。
ここに至るまで、それもたかだか10分程度のために、どれだけの練習を積んできたのだろうか。
一生懸命な演技を見ていると、みんなに100点満点をあげたいほど。
そんなことを想像した途端、雅の頬に熱いものが伝っていた。
潤んだ視界の中でプログラムは進行していき、とうとう最後のチーム。
知沙希はどこだろうかと探すまでもない。
センターで不敵な笑みを浮かべてポーズを決め、知沙希はステージに立っていた。
決して派手なわけではないが、指の先、果ては髪の先まで神経が通っているような丁寧な動き。
気づけば自然と目で追ってしまうような、不思議な引力を知沙希は備えていた。

「……すご、かった」

全てのプログラムが終了し、ぽつぽつと客電が入り始める中で雅はようやくそれだけ口にした。
頭の中にはまだ余韻がぐるぐると渦巻いていて、確たる言葉になってくれない。

「知沙希ちゃん、センターだったね」
「……知らなかった。あの子、そんなことも一言も」
「えっ? そうなの?」

センターといえば、主役と言っても過言ではない。
そんな大事なことを、見に来る予定の桃子に言っていないなんて。
反抗期というやつなのだろうか。

「実は今朝熱があってさ。行くのやめたら?って言ったの」
「うそ、全然分かんなかった」
「でしょ。はあ、もー頑固なんだから」

あの子、自分で決めたらやり切るからね。
そう笑う桃子は呆れているようでいて、どこか嬉しそうにも感じられた。

「もしかして、喧嘩の原因ってそれ?」
「まあね。センターって聞いてたら、もうちょっと考えたんだけどな」

それはそうだろう、と雅も首肯する。

「出番終わったらすぐ帰るっていう条件付きでOKしたんだけどさ。最後だったらあんまり変わんないじゃんね」
「この後って何かあるの?」
「結果発表かな。でも心配だし、やっぱ連れて帰ろうと思うけど」

みやは?と向けられた目の奥には、当たり前のように一緒に帰る道しか映っていないらしかった。

429名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/16(水) 15:53:37.680


休憩時間ということもあり、ロビーではあちこちで人々が談笑していた。

「みや、途中で泣いてたよね?」

その隙間を通りぬけながら、ふと桃子が思い出したように言う。

「だ、だって! あれは泣くでしょ」
「いやぁ、やっぱ涙もろいよね。みやって」

素直でいいと思うな、と桃子に見上げられるような格好になった。
だが、その瞳は面白いおもちゃを見つけた子どものよう。
またからかわれる、と雅が視線を逃した時だった。

「みやちゃん? え、マジでみやちゃんですか?」

何気なく向けた視線の先で、知っている顔に出くわした。

「にへじゃん。どうしたの?」
「私の後輩が出るらしいんで。みやちゃんもですか?」
「いや、うちは知り合いの子が出るって聞いたから」

少し先を行っていた桃子が、とことこと戻ってきたのを感じた。
桃子が誰?と尋ねてきた声に、あれ?という有加の声が重なった。

「どこかでお会いしたことあります?」
「あー、たぶんコン——」
「ない、ないと思うな」

考えるより先に、口が動いていた。
不思議そうに桃子がこちらを見たのも一瞬、すっとその目が細められる。

「夏焼さんの友達で。嗣永といいます」
「私、二瓶です。みやちゃ——夏焼さんの職場の後輩です」

桃子と有加が互いに挨拶するのを眺めるのは、変な気分だった。

「しばらくお二人でどうぞ。知沙希ちゃん迎えに行って来るね」

それだけ言い残すと、桃子はくるりと踵を返す。
人が多いせいもあってか、まばたきの間に桃子の背中は消えていた。

430名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/16(水) 15:55:05.370

「えっと……よかったですか?」

お邪魔だったりとか、と有加が申し訳なさそうに肩をすくめる。
本音を言えばお邪魔も良いところだが、雅はそれを飲み込める程度には大人だった。

「にへがダンスやってたなんて知らなかった」
「ですよねー、会社じゃあんまり言ってないんで」

有加の言う通り、雅の知る限りそんな噂は聞いたことがない。

「私、飽きっぽいじゃないですか。バイトもあんまり続かないし」
「言ってたね」
「でも、ダンスだけは何でか続けられたんですよねー」
「いつからやってたの?」
「小学生の頃からずっと、ですかね」

単純に計算しても、10年以上は続いたということか。
すごいね、という雅の言葉に、長いだけですから、と有加は頬を赤らめる。

「今はやってないの?」
「そ、そーですね……まあ、細々と」
「え! 超見に行きたいんだけど」

雅が身を乗り出すと、有加はいやいやいや!と手を振った。

「今、全然下手なんで。もうちょっと上手くなったら」
「分かった。期待してる」

その時、耳をつんざくような警報音が空気を揺らした。

「え、な、何?!」

すぐに火災報知器の音だと分かって、ロビーがざわつく。
不安を煽る報知音に紛れて、遠くから「火事だ」と叫び声が届いた。
それはちょうど、桃子が消えていった方向からではなかったか。
一瞬でそれらのことが頭を走り抜け、雅は咄嗟に駆け出していた。

431名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/16(水) 15:55:46.210

人の波に逆らって、雅はひたすらに声のした方を目指す。
流れてくる顔に目を走らせたが、桃子は一向に見当たらない。
どんどんと大きくなる胸騒ぎを振り払うようにして、雅は走った。
不意にぷつりと人波が途切れ、床にうつ伏せる少女が目に入った。
あの衣装、間違いない。

「知沙希ちゃんっ?!」
「な、夏焼さ、逃げ、っ」

助け起こした知沙希は、雅の腕の中でげほげほと咳き込む。
返事があったことに胸を撫で下ろしながら、雅は知沙希を背負った。
一度、引き返すべきだろうか。
立ち上がった雅の鼻に、薬品でも焦がしたかのような臭いが張り付いた。
よく見れば、天井のあたりが少し煙っているようにも思える。
雅の中で、桃子への心配が膨らみかけた時だった。
しゅうう、と勢い良く空気が引き裂かれる音がする。
少し遅れて、もうもうとした白い煙が辺りに充満し始めた。

「な、何……?」

雅が動けないでいると、白く霞んだ向こう側にぼんやりとした人影が浮かび上がった。
人影がこちらに近づいてくるにつれ、徐々にはっきりとしてくる輪郭。
ふっとこちらに向けられた顔に、まさか、と雅の心拍数は跳ね上がった。

「も、も……?」
「あ、みや。大丈夫だった?」

そこに立っていたのは、間違いなく桃子だった。
片手に持っていた消火器をごろんと床に転がして、桃子はやれやれと言うように手を払う。

「え……え、いや、えーっと?」
「ん? どした?」
「ももが……消したの?」
「あーそうそう。いやー、コンビニ店員の訓練って役に立つんだねえ」

真面目にやっとくもんだ、と桃子が軽く伸びをする。
その体から立ち上るのは、良い汗をかいたとでも言い出しそうな爽やかさ。
だが、状況が状況だけに雅はぽかんとするばかりだった。

「さて、帰ろっか」
「か、帰るの?」
「完璧に消火したし、被害はカーペットが軽く燃えたくらいだし」
「そういう問題?」

雅が追いつかないうちに、ころころと事態は移り変わる。

「事情聴取とかで捕まったら、いろいろめんどくさいじゃん。さっさと離れようよ」
「いやでも」
「知沙希ちゃんも心配だしさ」

桃子の言葉に、背負ったままだった知沙希の存在を思い出した。
背中に触れている体温は、先ほどよりも確実に高くなっている。
知沙希を引き合いに出されては、反対のしようがない。
仕方なく雅が頷いた時には、桃子は既に歩き始めていた。

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