まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

162 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/21(水) 01:12:12.60 0

みやー、と呼ばれる音が遠くで聞こえた。
視界をちらちらと動くものがあった。

「……あ」
「お、反応した」

ふっと現実に戻ってきた意識が、目の前で手を振る千奈美を認識する。
目の前には真っ白なノート。
その奥にはすっかり汗をかいてしまった紙コップ。

「ぼーっとしすぎじゃない?」
「だって……」

くすりと笑いながら、ひょい、とつままれたポテトが千奈美の口へと消えていく。
他人と一緒ならば捗るだろうか、そう考えて千奈美を誘ってみたが、一人が二人に増えても分かることが増えたわけではなかった。
当初の目的はどこへやら、結局はファーストフード店でだべりながらポテトを食す会へと化していた。

「テストとか、マジ」
「まーね、気持ちは分かるよ」

本当はテストなんて放り投げてスタジオに篭っていたい。
桃子の歌声を聴いていたい。
ギターを弾いていたい。
そのためには、目の前のテストを乗り越えなければならなかった。
仕方なしに、一度は気合を入れて参考書と向き合ってはみたが、そもそもどこが分からないのかさえ分からない状態。
結局思考は音楽へと舞い戻り、ステージ上に立つイメージだけが脳内に巡っていた。

「あーもう!こんなことやってる場合じゃないんだっての」

ぽつりと呟くと、そういえば、と千奈美が口を開く。

「今度どっかで演奏すんだっけ?」
「え?よく知ってんね」

そりゃね!と突き出されるフライドポテト。

「千奈美様の情報網、すごいでしょ!」
「いやいや、どこの情報網よ」

とは言いつつも、こまめにライブへと足を運んでくれる千奈美には感謝していた。
また今回も、終わった後にセトリを教えてくれと言われるのだろう。

「どうりでぼーっとしてるわけだ」
「そういうこと。あーもー、やってらんない」

そのまま机に突っ伏すと、千奈美がふふ、と笑ったのが聞こえて。

「てっきりまた嗣永さん関係かと思っちゃった」
「はぁっ?!」

思いがけない名前が聞こえて、雅は跳ね起きる。
どうして今、桃子の名前が登場するのか。

「前のみやと似てたからさあ、てっきり」
「なっ……なわけないじゃん」

163 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/21(水) 01:13:34.15 0

その名を聞いただけで、とくとくと心臓は自然と速まった。
そんなわけないじゃん。
もう一度繰り返すと、今度は必死すぎ、と笑われる。
このままでは完全に千奈美のペースに嵌ってしまうのがオチだ。

「っさい。ほら、勉強するよ」

参考書を引き寄せて、千奈美と自分の間に壁を作る。
けれど、それも呆気なく崩されて。
あ、そーだ、と千奈美の口元がニヤリと歪むのが見えた。

「嗣永さんにさあ、教えてもらえばいーんじゃない?」
「は? 何言ってんの」
「だって嗣永さん頭めっちゃいいんでしょ?」

そうすれば、ももに会える。
不意にそんな言葉が浮かんで、雅は必死にそれを振り払った。

「や、うち……本当にバカだし」
「知ってる」
「メーワクかなーって思うじゃん?」
「あー、言えてるね」

思わず目の前の参考書を引っつかんで、千奈美に投げつけそうになるのをぐっと堪えた。
当の千奈美は、冗談冗談などと笑いながら携帯電話を弄っている。
その光景に、余計に自分の余裕のなさを自覚させられた。
悔しい。けれど、どうすればこの状況から脱せるのかも分からない。
苦し紛れに参考書を開くと、意味をなさない文字列にくらりと眩暈がしたようだった。

「あ、でもさあ」
「何?」
「向こうが教えてくれるって言ったら?」
「あのさぁ」

無駄口はもういいじゃん。
そう言う予定だった雅の口からは、間抜けな息が漏れた。
それもこれも、後ろから思いがけない声が聞こえたから。

「あれ、みや?」

「……へ?」

雅は、弾かれたように体の向きを変えた。
そこに立っていたのは、紛れもなく桃子本人。

「ど、どうして」
「え?」
「どどど、どうしてここに」
「えっと……塾の帰り?」

小腹空いちゃって、と言うわりに、桃子の持っているトレーにはセットのメニューが一通り揃っていた。
いつもなら、食べ過ぎじゃない?なんて軽口も言えるのに。
今は唐突に桃子が現れた衝撃の方が大きすぎて、何も形にならなかった。

164 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/21(水) 01:13:56.11 0

「あー、そうそう、嗣永さんさー」
「え?もも?」

言葉を失っている雅を置いて、千奈美の口がペラペラと軽く動く。
ちょっと待て、と雅が思った時にはもう遅かった。

「そうそう、嗣永さん。みやの勉強、見てやってくんない?」
「え?みやの?」
「テスト勉強。この子さあ、ちょーっと残念な頭なもんでさ」

千奈美はさらっと言ったようだったが、雅にとっては一大事。
どうせいずれはバレるだろうから、頭の出来について見栄をはるつもりはない。
けれど、それよりも大きな問題がある。

「ももで、いいなら……」
「おっ! 本当に?」

だってみや。よかったね。
そんなことを言いながら、千奈美の瞳が雅を捉えた。
ニコニコと微笑む千奈美は、単純に良いことをした程度にしか思っていないのだろう。

「い、いや! 待って!」
「えー? 何か問題ある?」
「も、問題っていうか……普通に考えてメーワクじゃん?」

問題ならありまくりだ、と思った。
具体的にと言われても思いつかない。
思いつかないが、とにかく問題ならある。

「迷惑、ではないけど……」
「ほら! メーワクじゃないって!」
「いや、そうじゃなくて! ていうか、ちょっと千奈美は黙っててよ!」

千奈美が騒ぎ立てるせいで、脳みそが上手く働かない。
心臓は相変わらずうるさいし、頬はなぜか熱を持っていた。

「だってみや、テスト受かんなかったら補習じゃない?」

黙れと言ったのに黙らないばかりか、意味ありげにニヤつく千奈美。
雅は、思わず先を促した。

「……だから?」
「バンドの練習時間、減っちゃうよ?」

とどめとばかりに勿体ぶって、千奈美がそう言うのを聞いた。
そうだった、テストが終われば自由の身、というわけにはいかないのだった。

「ということでさ、嗣永さんお願いできる?」

返す言葉もないとは、このことだと思う。
今度こそ何も言えなくなって、雅は少々気まずい思いで桃子を見やる。
いいよ、と緩く微笑む桃子を見て、とくんと心臓が跳ねた理由は、雅自身にもよく分からなかった。


832 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/27(火) 23:56:48.37 0

勉強を教えてもらうのに、さすがに桃子の家にお邪魔するわけにはいかない。
そんなことを言ったのはつい昨日のことで、あと数十分もすれば桃子がここにやってくる。
放課後でいいかと聞かれたので、片付けるから少し待ってほしいと告げた。
桃子も塾に取りに行くものがあるとかで、一度解散したのが1時間ほど前のこと。
急いで帰宅して片付けを終わらせた。
掃除も済ませた。
勢いでシャワーまで浴びてしまったのはご愛嬌。

一通りやることを済ませてしまうと、今度は手持ち無沙汰で落ち着かない。
何故だか駆け出したくなるような心地がして、落ち着かない足をぎゅっと抑え込む。
幾度となく視線を送る時計は、さっきから一向に針を進めていないように思えた。
何度目かの確認をしようと身を乗り出した時、家に響くチャイム。
雅は弾かれたように立ち上がり、玄関へと向かった。

おつかれ?ありがとう?
第一声をどうしようかと少しだけ考えて、けれど良い案は浮かばない。
えいやと開いた扉の向こうに立っていた桃子の姿は想像と異なっていて、雅は一瞬固まった。

「……着替え、たの?」
「へ? あー、うん。塾からうち近いし、ついでに」

ゆるく襟ぐりの開いたシンプルな白のTシャツ、淡桃のふわりとしたスカート。
この前一緒に出かけた時と比べると、ラフな印象で。
制服のままで来るものだとばかり思っていたせいで、雅の心臓は大きく一つ、脈を打つ。

「えー、と……みや?」
「あ! えっと、どうぞ入って」

桃子の怪訝そうな表情が見えて、慌てて言葉を継いだ。
桃子を部屋へ案内する間も、思考はくるくると忙しかった。
あそこは片付けたんだっけ。
あそこのゴミは捨てた?
あのドアは閉めたっけ?
些細なことがいちいち気になって仕方がなかった。

833 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/27(火) 23:57:15.91 0


勉強会が始まってしまえば、よく分からない感情は影を潜めた。
というよりも、教科書と向き合いながら別のことを考える余裕がなかっただけかもしれない。
どの科目からやるのかと言われたけれど、本音を言えばどの科目も"やばい"という状態。

「……さすが、みや」
「褒めてないよね?」

とりあえずと選択したのは、一番目立つ場所にあった物理の教科書。
今の範囲は力学だったが、これがまたよく分からない。
教科書を開くと現れる図と式の群れに、雅は少しだけ身を引いた。

「どの辺が分かんないとか、ある?」
「んー……全、部?」
「だよねえ」

予想通り、と言わんばかりの桃子に、いつもなら反論の一つもするところだったが、今はさすがに返す言葉がない。
今やってるところはそんなに難しくないよ、という桃子が信じられなかった。

「まずは一つ一つ、どんな力が働くのか図に描いてみるといいよ」

そう言われたところで、力なんて目に見えないものを描けという方が無理がある。
なんてことは思っても言えるはずはなく、雅は改めて目の前の図に向き合った。
ここ真似すればいいよ、と示される教科書の1ページ。
それを見ながら何とか見よう見まねで頑張っていると、桃子の指先がここ、と視界に割って入る。

「作用・反作用の法則っていうのがあって」
「サヨーハンサヨー?」
「そう」

尚もきょとんとしていると、桃子に突然手を取られた。
え、と思う間も無く、二人で両手を合わせた状態。
触れ合った掌は、驚くほど小さくて柔らかい。
けれど、それをしみじみと感じるよりも前に、なぜか桃子の体重がぎゅっと襲ってくる。
バランスを崩しそうになって、慌ててそれを押し返した。
何事かと桃子を見やると、そういうことだよ、と言うのが聞こえた。

「ここね、片方しか矢印出てないでしょ?」
「あー、うん」
「でも、本当は押し返す力も働いてるの」

——じゃないと、どっちかが壊れちゃうんだよ。

頭の中で、真っ白な直方体がぐしゃりと潰れるイメージが浮かぶ。
だからね、と桃子のシャープペンシルが反対向きの矢印を書き足すのが見えた。

「だから、ここはつり合ってないといけないの」

正直なところ、桃子の解説なんて半分も頭に入っていない。

「ちょっと分かった?」
「なんとなく、は」

曖昧に頷いたけれど、桃子にはどう映ったのだろう。
手の中には、まだ桃子の余韻が残っている。
速まったままの心臓が耳にまとわりついて騒がしかった。

844 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/28(水) 01:38:55.55 0

——もものノート貸してあげる。

これ以上は無理、雅が音を上げるまで続いた勉強会の最後。
桃子は唐突に、そんな提案をした。
いやでも悪いし、と食い下がれば、教科書があれば十分だからと返ってくる余裕の笑み。
実際のところ、教科書と参考書だけでは旗色が悪いのも目に見えている。
そんなわけで、机の上には貸してもらった桃子のノートが数冊積まれていた。
その中の一冊を取って表紙をめくると、最低限の色彩のみで整理された紙面に出会う。
丸みを帯びた字形。
全体としては整然としているようだが、時たま、奔放に伸びる"はね"や"はらい"が存在を主張していた。
文字一つ一つに見え隠れする桃子らしさ。
それらをゆるりと眺めながら、雅は知らないうちに顔は綻ばせる。
せっかくだから、少しだけ勉強しようかな。
珍しくそんな気分になって、雅は教科書を手に取った。

845 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/28(水) 01:39:28.35 0


みや。

声が、聞こえる。

——みーやん?

慌てて跳ね起きる。
独特の甘さを漂わせた、声。
呼ばれた。
間違いじゃない、確かに呼ばれた。
でも、まさか?

あ、起きちゃった。

声がしたであろう方向へと、急いで視線を走らせる。

みーやん。

ぼやけた視界。
そこに、誰かがいるのだと分かった。
ざわざわとする胸を抑えて、もも、と恐る恐る口にする。

なぁに?

返事があって、胸をなでおろした。
やっぱり桃子だ。
間違いではなかった。
でも、どうしてここに?
音にするより先に、桃子のころころとした笑い声が耳に届く。

忘れ物しちゃったの。

忘れ物?そんなのあったっけ。
首を傾げて尋ねると、桃子はゆるりと頷いた。
こちらへと移動してくる熱。
衣擦れの音がなぜか耳につく。
頬に感じたのはきっと、桃子の吐息。

……みーやん。

甘ったるい声に、背筋が震えた。
その先を予感して、瞼を閉じる。
待ち望んでいた柔らかさが、触れる——

846 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/28(水) 01:40:00.69 0


「ああぁぁあっ?!」

肺から送り出された空気が、最大限に声帯を震わせたのを感じた。
耳に届いた叫び声は、まるで別人の喉から発せられたよう。
けれど、ビリビリと痺れている喉がそうではないと告げている。

「はぁっ、はっ……」

一気に吐き出したせいで、酸素を求めた肺が引き攣った。
そっと拳を握ってみると、びっしょりと手汗をかいているのが分かった。
開いたままのノート。
ああ、やる気になったくせに寝落ちたのか。
そんなことを遅れて思った。
違う。違う。もっと大事なことがあるはず。

机に伏せていた体勢から、後ろに転がって床に体重を預ける。
やけに暑い。いや、熱い?
両腕で視界を覆うと、心音のうるささが直接響いてきた。
手のひらだけではない、全身がじっとりと汗ばんでいた。

さっきのは夢だったのだろうか。
ならば、今が現実なのだろうか。
体の感覚を一つ一つ確かめなければ、そんなことさえ分からない。
桃子の笑顔が、浮かんだ。
みーやんと呼ぶ音が、再生された。
それら全てが脳内で混ざり合って、雅を惑わせる。
そう、夢だ。夢の中で、一体何が起きた?

「ありえない、でしょ……だって」

小さくて。
ふわふわとしていて。
どこからどう見たって女の子。

——だから?

ごろりと横向きになって、きゅっと膝を抱え込んだ。
どんなに言葉を並べ立てても、きっと効果はない。

だって、待ち望んでいたから。
期待してしまったから。
そういうことをしたいと、求めていたから。

「……う、そ」

桃子への気持ち。
その名を、雅はようやく確信した。


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