まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

505 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/05(木) 16:36:57.90 0

「ほらぁ! だからさっさと告れって言ったじゃん」
「それができてたら、苦労してないんだってば……」

何度目かの問答。返ってくるのは同じ言葉。
桃子の気持ちも痛いほど分かる。
分かるんだけどさあ、と千奈美は嘆息した。
視線の先には、ベッドの上で丸まったままの掛け布団。
そこから覗いている桃子の顔。

いきなりかかってきた電話の向こう側、桃子の声は途切れ途切れ。
気づきたくなかったけれど、泣いているのだと察せてしまった。

——どうしよう、絶対嫌われた。

それだけを繰り返す桃子は、よほど動転している様子で、電話では埒があきそうにない。
とにかく家まで来いと電話口で告げたのが、数時間前のこと。
しばらくして千奈美の家のドアを叩いた桃子は、よほど泣きじゃくったのか、これ以上ないほどに目を腫らしていた。


「絶対、嫌われた」
「まだ分かんなくない?」
「だって……絶対引くじゃん」
「まー、そうだろうね」

まだ、趣味が合う程度は偶然の範疇。
けれど、写真となれば言い訳はできない。
うちだって引くと思う、と付け加えると、ひどい!と枕が飛んできた。
いやそれ、うちの枕なんですけど、とか、そもそもうちのベッドなんですけど、とか。
不満はいくらでも浮かんできたが、桃子の表情があまりにもしょんぼりとしていて、全部薄れてしまった。

507 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/05(木) 16:38:28.93 0


桃子と出会ったのは、2年ほど前に遡る。
学園祭で浮かれた空気に包まれた校内。
その中をうろついていた桃子の仕草は、なぜだかやけに目立っていた。
良い方かどうかは分からないけれど。
まるで、誰かに見つかることを恐れる小動物みたい。
千奈美が初めて桃子を目にした時、そんなことを思った。

「あのー……そこ、学生の控え室なんですけど」
「ひゃんっ」

尻尾を踏まれた猫のような間抜けな声で、桃子の小さな体が跳ねる。
いや、そんなに驚かなくても、と思ったけれど、何かしら事情があるのだろう。

「迷子?それとも、探し物?」
「あ、う、その」

体育館を探してるんです。
その一言で、この人は嘘がつけないらしいと察した。
第一、体育館なら最も目立つ場所にある。
間違っても、迷ってこんなところに入り込んだりしないだろう。

「体育館なら、あっちだけど」
「そ、そそ、そうですよね!ありがとうございます」

ぴょこん、とやけに大袈裟な動作で頭を下げて、桃子はそそくさと人混みへと消えてしまった。
たぶん、それだけであれば忘れ去っていたと思う出会い。
けれど、桃子との関わりはそこでは終わらなかった。

「……あ、さっきの」

友人の雅がバンドで出演するというので、会場である教室に入ってから気がついた。
ひょこ、と爪先立ちをしては力尽きてすとん、と落ちる背中。
あの背の低さ、間違いない。

「こんちは。体育館、たどり着けた?」
「ぅわっ」

声をかけたら派手に驚きを表すものだから、思わず笑ってしまった。
そんなに驚かなくてもいいのになあ。
こいつ、ちょっと面白い。
そう思ったから、少しだけ会話を発展させてみる。

「バンド、聞きに来たの?」
「その、はい」
「ふーん。誰かの知り合い?」
「まあ、そんなような……?」

なんで疑問形なんだろう、やっぱり面白い子。

「誰? 知り合いって」
「……み……夏焼、さん」
「え? あー、みやの友達?」

こんな偶然ってあるんだ、世界は狭い。
うちの友達だよ、それ。
そう言って笑うと、曖昧に笑い返された。
どうしたんだろう、喧嘩でもしたのかな。
確かめたかったけれど、パチンと教室の電気が消えてそれ以上の会話はできなかった。

508 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/05(木) 16:39:26.87 0

飛び交う歓声に、ちょっとぎこちなく応えながら登場する雅。
あ、緊張してるな、と思った。
昨年度の学園祭の演奏が評判だったせいか、今年は更に歓声が大きくなった気がする。
雅曰く、ドラムに筋の良い子が入ってきて、更に演奏の雰囲気が引き締まった、らしい。
千奈美自身は詳しくないので分からないけれど、聞いていて全身がゾクゾクしたのは確かだった。

余韻に浸りながら教室を出ようとして、不意に呼び止められた。

「あの、連絡先、とか、教えてもらえませんか」
「え? うち?」

いやいや、なんで?ぽかんとしていると、いきなり袖を掴まれた。
そのまま、ぐいぐいと人波を掻き分けていく小さな体。
やがて桃子が足を止めたのは、ひと気の少ない場所。
何か言おうとしきりに深呼吸をするものだから、何が飛び出てくるのかとこちらまで緊張して。

「夏焼、さんの、こと……教えてほしいの」
「……は?」
 
あ、この子。ファンなんだ。
顔を真っ赤にしたまま俯いている桃子を見て、気付いてしまった。

「うちじゃなくて、本人のところ行けばいのに」
「……それは、無理」
「へえ。なんで?」

からかうつもりで言ってみたら、言葉にならない様子で手をわたわたさせる。
その様子があまりにも必死でおかしくて、吹き出したら今度は困ったようにオロオロし始める。
桃子の百面相をもう少し眺めていたいと思ったけれど、これ以上いじめるのもかわいそうだ。

「ごめんごめん。うちは千奈美っていうんだけど」

あなたは?と眉を上げてみせると、"桃子"と名乗るのが聞こえた。

509 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/05(木) 16:40:03.72 0


学校からはちょっと離れたところにあるハンバーガー屋が、二人のお決まりの溜まり場になった。
学園祭を始め、行事で撮るような写真はこっそり桃子に渡してやったりもした。
雅がどこかで演奏をするたびに曲目を聞いてきてやったりもした。
そんな風にしばらく一緒にいるうちに、感じたことがもう一つ。
それは、雅に対する桃子の好意には、憧れ以外も含まれているのではないかということ。
ふと本人に尋ねてみたら、思いの外あっさりと肯定された。
思いを伝えるつもりはないのかと問えば、それには少し渋い顔。

——だって、女同士だよ?

それってそんなに大事なことかなあ、と千奈美は言ったけれど、桃子にとっては重要なことらしかった。


「みやって、彼氏できたの?」

ある日、唐突にそんな言葉が飛んできて、ぎくりとしたこともあった。

「……うん、まあ」
「そっか」

雅に言い寄ってくる人間は数知れず。きっと、桃子のように想いを秘めている者も含めればもっといる。
そんな中で、雅がそれを受け入れては別れてを繰り返していることも知っていた。
遊びのような軽いものじゃなくて、もっと何かを確かめるような付き合い方ではあったけれど。

「誰かから聞いたの?」
「いや、歩いてんの見かけた」
「あー、なるほどね」

でもまたすぐ別れると思うな、なんて無責任なことは口にできないから黙っておいた。

「しょっく?」
「まあ、わりと」

言葉の少なさが、ショックの大きさを物語っているような気がして。
つまらなさそうにフライドポテトをいじっていた指先をそっと撫でてみる。

「……何?」
「や、なんとなく?」

励ますとか、そういうんじゃないし。
そういうんじゃないけど、しょげてるあんたを見るのはあんまり何だか心がざわつくから。
ぽとりとトレーに落ちた水滴は、見なかったことにしてやった。

510 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/05(木) 16:40:23.32 0


たまたまとはいえ、雅が桃子と同じ高校に受かったと告げたら桃子は驚いたようだった。
半分以上は、雅が高校に受かるなんて、という意味だったような気がするがそれは置いておいて。

「どうすんの?」
「何が?」
「春から」
「……うーん」

お互い、忘れてることにした方がいいかなあ、なんて。
そんな弱気なの?と茶化すように言ったら、桃子は少しだけ表情を曇らせた。

「近付き過ぎたら、抑えれる自信、ない」
「へえ、そんなもん?」
「……そりゃ、まあ」
「みやだってフツーの女子中学生だよ?」

テレビの向こうにいるようなスターだとか。
何万人もの前でライブをするようなアイドルだとか。
そんな存在じゃないんだし。

「……みやは、もものこと、きっと忘れてるよ」
「そう、なの?」
「みや、モテたからね」

今でもモテるかあ、と言いながら、桃子は自分で自分の頭を叩く。
やめなよ、そういうの。
喉まで出かかって、けれど結局言えはしなかった。

665 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:07:10.35 0


あっという間に訪れた入学式。
まっすぐに桃子の元へと向かう雅を見かけて、千奈美は呆気にとられた。
桃子が一方的に追いかけ回しているような関係性だと思っていたのに。
少なくとも、そんなことはなさそうだ。
なのに、桃子は当初の予定通り、"忘れたふり"をしたようだった。
忘れられていると知って、雅が少なからずショックを受けたようだったのは気のせいだっただろうか。
それでも、めげずに握手を求める雅を、意外な気持ちで千奈美は見ていた。
雅にしてみれば、桃子と千奈美の間には何の関係もないことになっている。
だから、雅に桃子のことを聞いたことはない。
そのせいで、一面からの情報ばかりが入ってきていたのだと悟った。

「ねえ、ちゃんと覚えてんじゃん」
「……そう、だね」
「なんでそんな暗い顔してんの?」

普通に考えれば、覚えてくれていたと喜ぶべきじゃないのか。
そう言うつもりだったのに、桃子は肩を落としているのが見えて全部吹っ飛んだ。

「どうしよう、千奈美ぃ……」
「なに、どうしたの」

桃子の思考は、いつだって千奈美の知らないところで目まぐるしく転がっている。今もまた。
そんな桃子の思考を追いかけるのは、もう半分諦めていた。

「忘れられてるくらいで、よかったのに」
「なんで?いいじゃん。友達から始められるんだし」

違うのだ、と桃子は首を振った。

「だって、もっと……近づきたくなる」
「ダメなの?」
「……叶わないのに?」

どうして、叶わないと勝手に思い込むのだろう。

「叶わないことも、ないかもよ?」

少なくとも、千奈美の知っている雅は理由なく好意を拒むような人間ではない。
なのに、桃子の口からは、そうじゃないと言うようにうめき声が漏れる。

「……叶えちゃ、だめなの」
「は?」
「とにかく、そういうことだから」

ぴしゃり、と音を立てて閉まるドアが浮かんだ。
たまにこうやって、桃子は勝手に自分を閉じることがある。
こうなってしまえば、追いかけることに意味はない。
まあいいけど、と千奈美が身を引いて、会話はそこで幕を閉じた。

666 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:08:35.03 0


そんな桃子の気なんて知るわけもない雅の勢いは、千奈美にとっても予想外だった。
また今日も、視界の端で二人がやりとりしている。
二言、三言、会話をして、桃子の唇が「ごめん」と動く。
それを受けた雅がしょげて、桃子がさらに申し訳なさそうに顔を歪めるのが分かった。
全く、世話が焼ける。
桃子の唇が嘘を重ねる前に、千奈美は息を吸った。

「みやー、今日はー?」

桃子とだけ目が合う。
まんまるに見開かれた瞳に、さっさと行きなよと念じた。
カバンを掴む、小さな手。
なんてことを考えていたら、視界に険しい表情の雅が割り込んだ。

「ごめーん、バイト」

邪魔されたことが不満なのか、適当な返事が飛んでくる。
そりゃそうだよね、と苦笑するけれど、目的は果たせたので良しとしよう。
そこまでしてやったのに、結局雅のバイト先で鉢合わせたというのを、後から電話で聞いて笑ってしまった。

そして、ある朝の雅は更に妙な方向へと調子づいた様子で、もっと仲良くなりたいなんて言ってのけた。
チャイムに遮られはしたものの、席に戻ってくる雅の顔はあからさまにニヤけていた。
そんな雅は、次の休憩時間になった途端に桃子の席へと駆けていく。
今度は何を言われているのだろうか、桃子は頬を染めながら百面相をしている。
雅が先生に呼ばれていなくなった間にちょっとだけつついてみると、深い息が漏れた。

「大丈夫?」
「むり……」

まだ顔が火照っているのか、ぱたぱたと手で扇ぐ桃子。
今度は名前で呼んで欲しいと言われたらしい。
その日の昼休憩も、雅は弁当も持たずに飛び出していった。
大方、桃子の後を追っていったのだろう。

667 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:08:56.12 0


一連の雅の行動を見るほどに、一つの疑問が頭をもたげてきた。

——雅から桃子に向いている感情は、一体何?

お節介だとは知りつつも、鎌をかけてみたらビンゴだった。
妙に浮ついている雅に、あえて桃子への悪口を投げかける。
雅の反応は、思った以上のもの。

——……ももは、可愛いよ。

中学校で一緒に過ごしている間は見たことのない表情。
あんな顔で、あんな真剣に。
聞こえただろうかと桃子の方を伺えば、耳の先まで真っ赤になっていた。
かと思えば、ぐいと胸倉を掴まれる。

「こっち、向けってば!」

雅がここまで激昂するとは、なんて呑気なことを考えている場合ではない。
慌てて雅にストップをかける。
あまりエスカレートすると、雅が不利になりかねない。
雅にもそれが伝わったのか、ふわりと解放される制服。
まだ何が雅は言いたげだったが、ここは冗談めかして収めるのが得策だと思った。
けれど、このまま退くのもちょっと癪。

「土曜の予定って、嗣永さんとだったりして」
「なっ」

ちょっとだけ反撃のつもり。
言葉に詰まる雅の表情があまりにも間抜けで、吹き出すのを堪えるのがやっと。

「え、マジ? 当たり?」
「何だっていいじゃん!」
「やっぱ仲良すぎだって!」
「っさい!」

聞こえよがしに、大きめの声ではやし立てる。
そっと見やった先で、桃子が持っていた文庫本で顔を覆った。

668 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:09:47.96 0


「というわけで、遊びに行こうと言われました」
「まあ、知ってるけど」
「う……」

何着ていったら良いかなんて自分で決めなよ、なんて言えないまま。
電話を続けている自分は、つくづくお人好しだと思った。

「だって……みやの趣味とか、分かんないし」
「好きなの着てけばいいじゃん」

そんなに怖がらなくたっていいのに。
雅はあの性格だ、一つ二つ間違えたって大丈夫。
そう言ってみても、桃子は「でも」「だって」とぐずるように口にする。
本当、雅のこととなると驚くほど弱気だ。
普段はうざいくらいなのに。

「ていうか、行くんだ?」
「さ、誘われたら、断れないでしょ」
「そ?ま、楽しんできなよ」

叶えちゃいけないなんて、どの口が言っていたのだろう。
本音は嬉しいくせに。

——ところでさ、みやってもものこと好きだと思うんだけど。

そう言ってしまえば、桃子はどんな反応をするのだろう。
ちょっとだけそんな考えが浮かんだけれど、いい加減なことは言えないから自分の中だけに留めておいた。
後日、桃子からは、結局なんだかんだで楽しんだのだと報告を受けた——バンドに誘われた、とも。
よかったね、距離がまた近づいたよ。
本当に、よかったの?

669 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:10:31.07 0


しばらく経ったある日、珍しく雅から誘われた。
何事かと思えば、テスト勉強をしようという魂胆らしい。
千奈美もそろそろ手をつけなければやばいと思っていたところだから、ちょうど良い。
だが、雅が選んだ勉強場所が良くなかった。
雅が向かった先は、かつて頻繁に溜まり場としていたハンバーガー店。
パッと見たところ、桃子らしき人物は発見できなかったが、塾も近いことだし、いつ出くわすことやら。
雅はといえば、千奈美の心配をよそに自分から誘ったくせに心ここにあらずといった態度。
そういえば、桃子はバンドの誘いを引き受けたと言っていたなと思い出した。
とにかく、今は一緒に練習したくて堪らないのだろう。

「あーもう!こんなことやってる場合じゃないんだっての」

何事かをぼんやり考えていたかと思えば、頭をくしゃくしゃしながらぽつりと一言。
雅の意識を現実に戻そうと、千奈美はちょっとした会話を試みた。

「今度どっかで演奏すんだっけ?」
「え?よく知ってんね」
「そりゃね!」

危ない。うっかり、桃子から聞いたから、なんて言いそうになった。
慌ててフライドポテトを掴んで大袈裟に誤魔化す。

「千奈美様の情報網、すごいでしょ!」

どこの情報網よ、なんて雅は呆れたようだったが、それ以上気にした風ではない。
それどころか、やってらんないと机に突っ伏した雅は、完全に集中力が切れてしまったようだった。
そんな雅を横目にフライドポテトを口へ運ぼうとして、不意に震える携帯。
画面には、"嗣永"という文字が表示されて。
やばい、と雅から見えないようにロックを開く。
どうやらメールを受信したらしいと開いてみれば、短い文面が目に入ってきた。

670 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:11:18.28 0

——今、ハンバーガー屋いる?

ビンゴ。ほら、やっぱり来ると思った。
雅にバレないようにきょろりと首を回すと、ちょっと強張った表情の桃子がすぐに見つかった。
あ、いいこと思いついちゃった。
ニヤッとしてみせると、桃子の顔に浮かぶのはハテナマーク。
そんな桃子から一度目を外して、雅に話しかける。

「てっきりまた嗣永さん関係かと思っちゃった」
「はぁっ?!」

桃子の名前を出した瞬間、跳ね起きる雅が可笑しい。
それは桃子からも見えたのだろう、苦笑したらしいのが伝わってきた。
ちょっとからかえば、ほら勉強するよ、と参考書で壁を作られてしまう。
嗣永さんに教えてもらえば?という提案は、バカだし迷惑かけるから、という理由で却下。
言えてるね、なんて適当な返事をしながら、改めて携帯の画面に目を落としてメールを打つ。

——いい話あるんだけど。こっちおいでよ。

メールを受信したらしい桃子の体が、わずかに仰け反るのが遠目にも見えた。
桃子はこの提案に乗ってくるだろうと踏んで、千奈美は口を開く。

「向こうが教えてくれるって言ったら?」
「あのさぁ」

呆れたように言う雅を通り越した向こう側、桃子と視線が合った。
少しだけ頷いて、おいでと誘うと、ひょこひょこと桃子がこちらへやってくる。
あくまで偶然ですよとでも言うように、あれ、みや?と言うのが聞こえた。
それに気づいた雅は、面白いほど慌てていて、あわあわと言葉を失っている。
今だ。そう思って、桃子を見つめながら言葉を舌に乗せた。

「あー、そうそう、嗣永さんさー」
「え?もも?」

あくまでも、クラスメイトという空気感を装いながら。
テスト勉強見てやってよ、とチャンスをちらつかせる。
桃子も千奈美の意図を理解したらしく、それに乗ってきた。
しばらく聞いているだけだったのが、急に会話に割り込んでくる雅。

「……普通に考えてメーワクじゃん?」
「迷惑、ではないけど……」
「ほら! メーワクじゃないって!」
「いや、そうじゃなくて! ていうか、ちょっと千奈美は黙っててよ!」

黙っててよ、なんて久しぶりに雅から聞いたな、なんて思いながら止めの言葉を突きつけた。

「だってみや、テスト受かんなかったら補習じゃない?」

何が言いたいのだと雅の動きが停止する。
分かってるくせに。ちょっともったいつけて息を吐き出した。

「バンドの練習時間、減っちゃうよ?」

はい、この議論はおしまい。

「ということでさ、嗣永さんお願いできる?」

いいよ、と微笑む桃子はあまりにも自然で感心する一方で。
そんな風に笑えるようになってしまったのか、と少しだけ胸が痛んだ。

671 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:11:57.08 0


雅の異変に気がついたのは、補習初日のこと。
テスト期間中は忙しくてあまり話す暇がなかったし、それがいつから始まっていたのかは分からない。
ただ、雅を包む空気が、今までのような浮かれたものでなくなっていたのは確かだった。
どうしたのかと尋ねても、頑なに何でもないと突っぱねるものだから、それ以上は聞かないでおいたけれど。
どうせ桃子関連なのだろうということにして、話題を移す。
補習は結局いくつ?なんて会話をしていたら、ちょうどよく桃子が通りかかったから声をかけた。

「だってさ、嗣永さん」
「へっ? はっ?」

派手に狼狽えた仕草で、雅が桃子と目を合わせる。
ぎし、と何かが軋んだような気がした。
会話に薄っすらと漂うぎこちなさ。
なんでもない会話なのに、不思議と雅の方が微妙に無理をしているようで、千奈美は密かに眉をひそめた。
桃子が行ってしまうのを見送りながら、机の上に放り出されていた雅の手を握ってみる。
楽しく補習受けようよと、ちょっとおどけた握手のふりで。
桃子が離れていくにつれて徐々に緩んでいく筋肉が、雅の緊張を物語っていた。
緊張——それも少し嫌な感じの。
今まで、そんな素振りはなかったような気がするのに、どうしたのだろう。
雅の横顔を伺ってみたけれど、理由は分からずじまいだった。

672 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:14:30.86 0

*  *  *

けれど今なら分かる。
あれは、自覚した後だったのだろうと想像できた。
何がきっかけなのかは分からないが、あの鈍感な雅がようやく自分の想いを知った表情だったのだ。
千奈美はそう捉えたけれど、桃子はそうは思えないとこぼした。

「ありえないよ」
「なんでそう言い切れるの?」
「だって……だって、みやだよ?」

まただ。また、「だって」だ。
そろそろ、認めてもいいんじゃないだろうか。
そう言ってみても、桃子は頑なに首を振る。

「千奈美は、みやがどれだけモテたか知らないからそんなこと言えるんだよ」
「いやいや、知ってるし」

中学校でも、雅はモテた。先輩、後輩問わず。もっと言えば、きっと男女問わずだったと思う。
告白にまで至った女の子は、千奈美の知る限りいなかったけれど。

「そんなみやが、あんなに夢中になることなんてないんだよ?」

掛け布団に包まったまま、桃子が顔を伏せる。
桃子がここまで頑なな理由までは、千奈美にも分からない。
分からないけれど、がんじがらめに桃子を縛る何かがあって、それを解けるのは雅だけなのだということは分かった。
これ以上はお手上げだ、助けてあげられない。
そう思って、ため息と共に一気に思いを吐き出した。

「なんかさあ、ももって恋愛下手すぎじゃない?」

桃子が馬鹿なら、雅も馬鹿だ。そしてそんな二人に付き合っている自分もまた、大層な馬鹿だと思った。
けれど、放っておけない。
桃子が泣いているのも見たくはないし、雅が苦しんでいるのだって見たくはない。
でも、ここから先は二人の問題——そんな気がした。

「頭で考えすぎなんだってば」
「考えたくも、なる」
「ま、分かるけど」

自分の中の答えは、真実じゃないかもしれないじゃん?

673 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:14:52.05 0

「それに……どっちにしても今回ので」
「みやから嫌いだって言われた?」
「それはっ……」

言われてないよね。言われてたらもっと世界の終わりみたいな顔してるもんね。
それなら、本当のところはまだ分からないんだよ。

「そんな簡単に、嫌ったりしないでしょ。みやは」
「それは……そう、思うけど」
「けど?」
「分かんない」

きゅっと掛け布団を掴む力が強まった。
まるで、小動物みたい。
そう感じるのは、出会った頃から変わらない。

「じゃあどうすんの?他人同士に戻る?」
「……それも、やだ」
「じゃあ、どうにかするしかないじゃん」

もし壊れちゃったとしても、直せばいいんだよ、と語りかけた。
たとえそれが、元通りではなかったとしても。
真面目なこと言っちゃったなあ、なんて思いながら、桃子に笑いかける。
桃子を包む掛け布団が少しだけ形を崩した。

「ほら、分かったらさっさとそこから出る出る」
「あぁっ!ちょっと、やめっ、千奈美!」

隙を見計らって掛け布団の裾を引っ張ると、桃子の体だけがころりとベッドに転がった。
臆病で、不器用で。
だからこそ、こんな風にしか恋できないのか。
ベッドの上で身を縮める桃子を、よいしょ、と引きずり下ろす。
ひどい、という抗議は受け付けないことにした。

674 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/01/07(土) 03:15:08.70 0

「はい、これ」
「何?」
「チョコレート。あっっまいの」

どこかでもらった外国製の、歯が浮くほどに甘いチョコレート。
ぐっと桃子に押し付けて、それ食べたら帰りなよ、と告げた。

「……ありがと」

ちょっと不器用な指先がチョコレートの包み紙を剥いていくのを眺めていたら、ふとあることが頭を掠めた。
もうきっと、今しか言えないことだと直感した。

「あ、そーだ」
「何?」

だから、素直に形にしてみる。

「うちさ、絶対もものこと彼女にしたくないなって思った」
「は……えっ、そ、それひどくない?!」

じわじわと意味が浸透してきたのか、強めに桃子の語尾が上がった。

「ひどくない。ホントのことだもん」
「ええ……」

頭でっかちで、駆け引きばっかりで。
真っ直ぐではないかもしれないけれど、一生懸命で、真剣で、そういうとこがちょこっと眩しくて。

「ね、ももならダイジョーブだよ」
「無責任……」
「そんなことないよ」

桃子を遮って、きっぱりと言い切った。
うちなりに、責任持ってるつもり。
そう思いながら、桃子の背中を押した。


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