雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ - ふたりごはん(ドーナツの巻)
259名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/09/17(日) 01:43:07.500

――みやなんか知らない!

数十分前に投げつけられた言葉が、まだ生々しく耳の奥に残っていた。
一つ、寝返りを打ってみる。
世界はくるりと反転したが、結局何も変わらなかった。

大したことのない喧嘩だった。
桃子がすんなりと謝ってくれれば、それで済む話だった。
そうすれば、雅だって言いすぎたことを謝るきっかけができたのに。
けれど雅の口から出る言葉は知らないうちに尖っていて、桃子は飛び出していってしまった。
頭が冷える頃には、追いかけるには時間が経ちすぎていた。
義務感から送ったメッセージには、渋々といった様子で既読がつく。
ちゃんと帰るから、とあっさりとした一言が返ってきた。
暗に、放っておいてくれと言われた気がした。

くるりともう一度寝返りを打った。
桃子が出ていってしまってから、何をするでもなくベッドの上で過ごしていた。
思い出したように寝返りを打ち、桃子の残していったセリフを反芻して、また寝返りをする。
少し狭いシングルのベッドには、バラバラの枕が二つ。
一つはもともと雅が使っていたもので、もう一つは桃子が持ち込んだものだった。
桃色のカバーがかけられた枕に顔を埋めると、慣れ親しんだ香りが雅を包む。
桃子を抱きしめた時に匂い立つ、石鹸のような甘い香り。
不意に鼻の奥がツンとして、雅は慌てて体を起こした。

「あー……だっさ」

もうそろそろ、転がり続けるのにも飽きてきた。
いつものパターンなら、桃子が帰ってくるまでにまだたっぷりと時間がある。
ぱちん、と雅の頭に閃くものがあった。
こういう時は、体が求めるままに行動するのが良い。

260名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/09/17(日) 01:43:46.780


台所の棚を開けてみる。小麦粉もある、ベーキングパウダーもある。
桃子が「全部白い粉じゃん!」と言ったのが蘇った。本当に、変なところで適当なんだから。
冷蔵庫をぱかりと開け、バターと卵の存在も確認した。
うん、全部ある。
エプロンを後ろで結ぶと、きゅっと気持ちが引き締まった。

まずは粉類と砂糖を量って、その間にバターも溶かしておかなくては。
量りやらボウルやらを並べながら、雅は頭の中で久しぶりのレシピを引っ張り出す。
思いつきで行動し始めたから、バターを常温に戻す時間はない。
仕方がないので、今回はレンジで許してもらうことにしよう。
溶かしたバターを泡立てて、そこに砂糖を入れてかき混ぜる。
そこに溶き卵を入れてさらに混ぜると、黄色はより鮮やかになった。
この時点で美味しそうだよね、と気の早い桃子が言っていたのを思い出す。

今度はそこに粉類をふるい入れた。
さらさらとボウルに積もっていく粉は、さながら真新しい雪のようで。
いつだったか雅がそんなことを言ったら、桃子は「みやってロマンチストだよね」と笑った。
ロマンチスト、いいじゃん。
真っ白な山にゴムベラを差し込み、そうっと崩しながら卵やバターと馴染ませる。
一つの塊になったら、ラップをして冷蔵庫へ。

261名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/09/17(日) 01:44:18.840

30分ほど浮いた時間は、SNSやメッセージのチェックで潰すことにした。
桃子のことがちらりと頭をよぎったけれど、最後に送られてきたメッセージが雅の指を押しとどめた。
本人が帰ってくると言っているのだから、それ以上言うことはない。

「早く帰ってこなきゃ、全部食べちゃうんだからね」

独り言ちた言葉は、ふわふわと宙に漂って消えた。

寝かせておいた生地は、心なしかしっとりとしたように感じた。
次に打ち粉をしておいたバットの上で、生地をリング状に成型する。
桃子が好きなのは、きっとこの工程だろうと雅は思う。
本人がそう言ったのを聞いたことはないけれど、一番熱心に——そして楽しそうに取り組むのがこの工程だからだ。

二人用の小さな天ぷら鍋は、気まぐれで購入したもののあまり使われていなかった。
揚げ物にかかる手間を考えると、外で食べた方が早い。
それが、2度目か3度目の天ぷらをした後で二人が達した結論だった。
だから可愛らしい小ぶりな天ぷら鍋は、こんな時でもなければ出番がなかった。

「よいしょっと」

天ぷら鍋で油を十分な温度に熱し、生地をゆるりと泳がせる。
あまり高くない温度で、じっくりと揚げるのがコツらしい。
そんなに鍋の口も大きくないので、生地は2つが限界だった。
じわじわと細かい泡に包まれる生地を見つめながら、雅はふうと息を吐く。
火の近くにいるせいで、うっすらと額のあたりに汗をかいていた。
けれど、休んでいる暇はない。
雅は、油の中できつね色に変わっていく生地と向き合い続けた。
タイミングが、大事。本当にそうだ、何事も。

262名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/09/17(日) 01:44:45.340

一通りの作業を終えてソファに腰を下ろすと、どっと体が重たくなった。
その重たさに従って、雅はソファに横になる。
もう少し冷めたら、味見がてら一つつまんでみるつもりだった。
でも、と雅は思った。きっと、きっと、と言葉が浮かぶ。

「ももと食べなきゃ、意味ないんだってば」

ぽろりとこぼれた本音に、雅は自分で吹き出した。
答えなんてとうに出ているのに、それを伝える相手がいない。
早く、と思った時だった。雅の思いに応えるように、インターフォンが響いた。
鍵、持っていってないのかな。
そう考えて、違うだろうな、と打ち消した。
きっかけが欲しいのは、きっと桃子も同じなのだろう。

「……おかえり」

ドアを開けて、最初に何を言うかは決めていた。
雅の言葉に、おずおずと桃子が顔を上げる。
ただいまと返ってきた音が、じんわりと雅を包んだ。

「えっと……ごめん、なさい」
「うちも、言いすぎた。ごめん」

この件はここでおしまい。雅が差し出した手に、桃子の手が重なった。
おいで、と手を引くと、桃子が一歩、玄関に足を踏み入れる。
ぴくりと桃子が反応したのが伝わった。

「みや、この匂い」
「さっきできたばっかだよ」

本当!と素早く反応した桃子の目が、きらりと輝くのが見えた。
揚げたての、一番美味しいタイミング。
そこに桃子がいたら、もっと最高だ。
あたふたと靴を脱ぐ桃子を眺めながら、雅はふっと目を細めた。