朝鮮学校無償化についてのウィキです。

時代の正体 ヘイトスピーチ考(下) 抜けぬ差別

神奈川新聞 社会
2014.7.27


 横浜駅で東横線に乗り、下校途中の車窓からホームの3人組と目が合う。降りるしかない。いや、降りなければならない。

 「朝高(朝鮮高級学校)に代々受け継がれた伝統。やむにやまれぬ使命感。ナメられちゃいけない、と」

 殴り、殴られ、大抵は殴り返される間もなく殴り倒した。1980年代までの朝鮮学校の男子生徒が背負った、やがて哀(かな)しき武勇伝−。

 現在は、母校の神奈川朝鮮中高級学校で教壇に立つ金(キム)燦旭(チャンヌ)(46)は振り返る。

 「ケンカだって正直、面倒くさい。でも、そこに自分たちの居場所を求めていた。どれだけサッカーが強くても公式戦に出られない。勉強ができても大学の受験資格はない。大検(大学入学資格検定)を受けて進学しても就職先はない。やらなきゃ、自尊心が保てなかった」

 教室で口を突く、どうせ俺たちなんかさ。

 「とんがっていられるのも、この学校にいる間だけだという意識も心をささくれ立たせた。むなしさを感じながら、いつも気持ちをこわばらせていた」

 俺たちはここにいる。目をそらすな。存在証明としてのストリートファイト。悲痛な心の叫びはやがて届いたかに思えた。

■記憶

 朝鮮大学校を経て金が母校に戻ったのは1990年。そこから甲子園、インターハイ、全国サッカー選手権と門戸が開かれてゆく。大学ごとの個別審査という形ではあるが、受験資格も拡大していった。

 落胆は唐突にやってきた。

 「権利が認められたのも、結局は日本社会に外国人が増えてゆき、大きなくくりで進んだ国際化の流れにすぎなかった。植民地支配に始まる在日の歴史が顧みられた結果ではなかった」

 加害と被害はだからあっさり反転した。2002年9月17日、北朝鮮による拉致事件発覚。学校に爆弾を仕掛けた、という電話が立て続けにかかってきた。

 「横浜駅を血の海にしてやる。教員なら命懸けで生徒を守ってみせろ」

 奪われた民族の言葉、文化を教え、育むと始まった朝鮮学校。目に見える形で歴史的責任を突き付け、ゆえに目をそむけられてきた在日の学舎は憎悪を向ける対象へと変わった。

 この間に抜け落ちた負の歴史の記憶を金は思わずにいられない。

 中学生だった30年ほど前のことだ。当時、朝鮮学校は通学定期が認められず、割高な通勤定期を購入しなければならなかった。たまたまいつもと違う駅の窓口で買うと、釣りがどっさり返ってきた。

 首をかしげていると駅員は言った。

 「また、来なよ」

 差し出されたのは通学定期だった。

 制服で朝校生だと気付いたのか、きっと知っていたのだ。在日の歴史、そして、しかるべき処遇がなされていない不遇を。

 金は問う。「在日がなぜ日本にいて、どんな思いで暮らしているのか。いま、どれだけの人が理解しているだろう」

■感情

 在日1世で、くず鉄回収業を営んだ金のハラボジ(おじいさん)は、技術者になりたくて日本の植民地支配下にあった朝鮮半島から海を渡った。

 それを自由意思とみなすか、土地の収奪、希望の喪失といった植民地支配の結果と見るかで、歴史の様相はがらりと変わる。

 「『強制連行なんてなかった』と主張したい人も、それが一面的で断片的だったり、デマだったりしても歴史の知識はある。一方、歴史を踏まえて朝鮮学校を応援してくれる人もいる。でも、そうやって歴史に目を向けている人はごく一部で、その両極のはざまにいる大勢は関心すら持っていないのではないか」

 日本の学校から生徒を交流に招いても「みなさんは最近、北朝鮮から来たのだと思っていました」といった感想文がつづられる。

 歴史に向き合うことから遠ざかり、情緒に引き寄せられ、あふれ出る感情。朝鮮学校の門前で、街中で、「ゴキブリ朝鮮人」と叫ぶのも、高校無償化や補助金をめぐって朝鮮学校外しに血道を上げるのも、もはや理屈には映らない。

 「朝鮮半島への差別や蔑視観が日本社会から抜け切れていないからだ。だから何かの拍子に自分の感情と結びつき、とらわれてしまう」

 今年のサッカーのワールドカップ、金は初めて日本代表を応援したのだと苦笑する。「この年になってようやくだ。それも3−0とか、思い切り勝ってほしいとは思わなかった。つまり私自身、引きずっている。早く歴史の問題に区切りをつけてほしいのに」

 遠い目になり、つぶやいた。

「ヘイトスピーチを続ける彼らも結局、居場所がないのだろうな」 =敬称略

◆記者の視点・石橋学(報道部デスク) 過去たどりいま、どこへ向かうのか

 なぜだろう、近ごろ、父のつぶやきを思い返す。

 ブラウン管のテレビはナイター中継を映し出していた。巨人戦。左バッターズボックスに張本勲がすっくと立っていた。

 父が口を開いた。「見ていろ、きっと打つぞ。朝鮮人だから、八百長してるんだ」

 小学校に入りたてだったか、「チョーセンジン」は初めて触れる言葉であったと思う。前人未到、3千安打間近の大打者が張(チャン)勲(フン)という民族名を持つ在日2世だと知る由もない。そのときはただ、「ヤオチョー」とともにどこかいかがわしく、禁忌な響きだけが耳奥に残った。

 いま、ヘイトスピーチの現場に足を運び、考える。彼らを駆り立てるものは何か。なぜ標的が在日なのか。

 昨年5月、川崎駅前のデモで「朝鮮人をたたき出し、この街をきれいにしましょう」と叫んでいた「在日特権を許さない市民の会」の桜井誠代表は、私の問いに甲高い声でまくしたてた。

 「福岡出身ですから、回りは朝鮮人だらけ。朝鮮学校もあって、よーう、ケンカしてました。それも普通じゃない。鉄パイプを持ってね。そりゃ嫌いになって当たり前ですよ」

 「年? 18ですよ」と、まともに答えようとしなかった桜井会長だが、著書のプロフィルによれば43歳の私とは一つ違いだ。

 重なる記憶があった。

 「チョウコウのヤツら、やべえらしい。折った割りばしを鼻の穴にガッて突っ込むんだってよ」

 「こえーな」

 見たわけでもないのに、そんなふうにして盛り上がっていた中学生のたわいない会話とは、もう笑えなかった。

 どこか遠くに追いやってきた当たり前の事実を突きつけられ、息をのむ。醜悪なデモに集う人々のカリスマも突然出現したわけがなく、同じときを生き、同じ空気を吸い、ここにいる。

 「時代の正体」という企画シリーズを始めた。過去をたどっていまに目を凝らし、そうして立ち現れてくる明日がある。知りたいのは次の点に尽きる。

 私たちはどこから来て、どこへ向かっていているのか−。

 あの夜、父はどんな表情をしていたのか、いまとなっては思いだせない。そして、私の胸にどんな感情が湧き起こったのか、も。

 あの打席、張本はヒットを打ったのだろうか。
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