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[SSメモ] 111 2014/02/25  40-477

まえがき
千早誕生日おめでとう!ということでエロ成分控えめながら微量の
はるちは成分を含んだ、ちょっともやもやする千早の独り語りです。



独りの部屋で、独りで眠るのが当たり前だった。


仕事で泊まりの時に相部屋なのは仕方がないけれど、寝るまでの自由時間が
気詰まりでいつもヘッドホンの音楽に閉じこもっていた。
そんな私だけれど一緒に組むことが多かった同期の女の子のおかげで徐々に
相部屋にも慣れ、ミーティング後の自由時間を他愛のないおしゃべりで過ごすのも
悪くないと思えるようになっていた。

今日のステージの出来、間違えたダンスステップ。
来週挑むオーディション、気になるライバル。
手つかずの宿題、卒業後の進路。
そんな話題を変えようと、彼女が話し始める恋愛話。
それがひと段落すると彼女は恐れていた台詞を私に向ける。

「千早ちゃんも恋バナのひとつやふたつあるんでしょ?」
「そ、そんなの無いから……もう寝るね」
「だめだよ千早ちゃん、話してくれるまで寝かさないよ?」
「ちょ、ちょっと春香……本当に無いから離して」
「んー、千早ちゃんって柔らかくていい匂いだね」
「もう……なにいっているの、ちょっと苦しいから」
「こうやって寝ると温かいんだよ、ほら抱き枕はじっとしてて」

強引に抱きしめられた感触はそう悪いものではなかった。
パジャマ越しに伝わってくる温かい体温は、何か懐かしさすら覚えるほどで
力を抜いて彼女を窺ってみれば恋愛話はどこへやら、いつのまにか彼女は
暢気な寝顔でくーくーと寝息を立てて眠っていた。
柔らかい頬や桜色の唇をそっと指で突いてみても起きる気配はない。
しょうがない子だと思いながら、温かくて心地のよい感触には逆らえず
彼女の体を抱きしめたまま、いつしか私も眠りに落ちていった。



泊りの遠征は多くはなかったけれど、家が遠い彼女が仕事で遅くなると私の家に泊まり
一つのベッドで寝るのが当たり前になっている。

「なんだかすっかり千早ちゃん専用の抱き枕になっちゃったなぁ」
「シングルベッドだからしょうがないでしょ」
「最初は嫌がってたくせに、今ではほら、足まで挟んでるし」
「え? あっ、これは違うの……ごめんね、痛くなかった?」
「ううん、平気。でも千早ちゃんて意外と甘えん坊さんかもね」
「そうかしら。そんなことはないと思うけど」
「だってほら、寝るとき結構ぎゅって抱きついてくるからさ」
「こうすると落ち着いてよく眠れるの。他に意味はないから」
「あはは、分ってるって。最近千早ちゃんの表情、すごく穏やかになったしね。
……それに私達女の子同士だから」

私だって彼女の表情や仕草にドキッとすることはあるけれど、それは無邪気な寝顔や
変な寝言が可愛いからで、それ以外の意味は本当に無い。
だけど彼女に指摘された“甘えん坊”という言葉を否定はしたけれど
無意識の自分に気付いたときには……そう、もう手遅れだった。



「お疲れさん、体調はどうだ?」
「少し疲れましたが特に問題はないかと」
「そうか。今日はミーティング無しにするから風呂に入ってゆっくり休んでくれ」
「お風呂はプロデューサーがお先にどうぞ。少しストレッチをしておきたいので」

久々の遠征に体調を崩した春香が参加できず、仕事はなんとか私一人でこなしたけれど
その疲労のせいで春香と泊まるはずの部屋にプロデューサーと二人きりという状況を考える
余裕は私にはなかった。
もっとも考えたところで真面目で厳しいプロデューサーが変なことをするわけもなく
あのような事になったのは疲れで判断力を欠いた私のせいということになる。


だけどきっかけを作ったのはプロデューサーだった。
バスルームのドアが開いた音につられてそっちを見ると、腰にバスタオルを巻いただけの
姿で出て来た彼と目が合ったのだから。

「うぉ!? すまん千早、いつもの癖で……レディの前で失礼したな」
「あの、そんな気にしないでください。それくらい平気ですから」

そうはいったものの、プロデューサーと入れ違いにバスルームに入ると、
鏡に映った顔は茹ったように真っ赤だった。
お湯につかってリラックスしようにも頭に浮かぶのは意外と筋肉質で逞しい
彼の肉体ばかりで、違うことを考えようとして思い出したのがいつか春香と
交わしたこんな会話―

―千早ちゃんとハグすると柔らかくて気持ちいいけど、男の人にぎゅってされたら
どんな感じがするんだろうね?

―し、知らないわよそんなこと。もう春香ったら……

のぼせるまでお湯につかっていたせいで、ぼーっとしたままお風呂を出た私は
替えの下着を忘れたことに気付き、バスタオルを巻いただけで部屋に戻ってしまい、
そのまま下着に着替えようとしたところでプロデューサーの焦った叫び声に制止されて
初めて自分の失態に気付いた。

その時の気まずい空気の事は思い出したくもない。
二人とも無言のまま髪を乾かし歯磨きを済ませると、あとはもう寝るしかなく
お休みの挨拶をかわすと不自然に離した布団に潜り込む。


眠れるわけがなかった。
疲れのせいで体はまだ興奮状態が治まっていないるみたいだし
頭の中では風呂上りの失態がぐるぐるループを続けている。
プロデューサーには背中を向けていたし、ショーツをはくときバスタオルは巻いたまま
だったから恥ずかしいところは見られていない……そう思うしかない。
お尻は少し見られたかもしれないけれど。
恥ずかしさを振り払うよう寝返りを打つのだけれど、記憶は何度もループして
ますます目は冴えていくばかり……


「千早、眠れないのか?」
「……すみません、うるさかったですか」
「いや、そうじゃない……悪かった、俺のせいだな」
「いいえ、私もぼんやりしていました」
「あのさ、こんなこというと変かもしれないけど俺はちょっと安心したよ」
「何が……ですか?」
「千早があんな風にうっかりするとか、さっきみたいにじたばたすることにさ」
「あ、あれはその、のぼせて頭が、あの……」
「なあ千早、眠くなるまで少し話をしないか?」
「そ、そうですね……でしたら布団、くっつけませんか? 離れていると話づらいので」
「千早がいいならそうしようか」

仕事の話は無粋だと、彼が話してくれたのは趣味の話や学生時代のことで
穏やかな口調の彼にいつもの厳しさは無く、彼の内面に触れたことでなんとなく
距離が縮まったような気がして嬉しいなどと思ってしまう。
もちろん私も学校や趣味のことを話したけれど、乏しいエピソードはすぐに尽きる。
途絶えそうな話題を繋ぐため、私は春香のことを話題にあげる。

二人でカラオケに行ったことや、仕事の失敗を慰めあったこと。
休みの日に一緒にお菓子をつくったこと、服を買いにいったりしたこと。
あとは……そう、泊まりに来たとき、窮屈なシングルベッドで寄り添いあって眠ること。

「千早と春香は仲いいもんな。仕事で一緒のときも楽しいだろ?」
「はい。だから今回は残念でしたね……いつも一緒に寝るのが楽しみで」
「一緒に……寝る?」
「あ、いえ、その……最初は春香がふざけて始めたことなんです」

私は春香といつも同じベッドや布団で寝ることを話した。
そうすることで落ち着いてよく眠れるようになったことも忘れずに。

「春香ってそんなに抱き心地がいいのか」
「春香がいいのではなくて、人と触れ合って寝るのがいいと思うのですが」
「そうか。俺も寝つきがいいほうじゃないから一度春香に頼んでみようかな」
「あの……プロデューサー?」
「それとも眠れない同士、一緒に寝てみようか?」
「えっ!? こ、困ります、たとえ冗談でもそういうのは」

彼の方に向き直ると、そろそろ暗闇に慣れた目にその姿が映る。
私と同じような格好でこっちを向いていた彼が掛け布団を持ち上げる。
表情までは分らないいけれど、冗談だという雰囲気はないと思った。
そうじゃないと……気持ちの持って行き場を無くして困ってしまう。

「本気にしますよ?」

わざと芝居っけを出して言ったのは、冗談だったときの保険のつもりだった。
だけど彼は躊躇いがちに動き始めた私に手を伸ばすと強引に引き寄せて
気付いたときには、その胸元に顔をおしつけるようにして抱きしめられていた。

「プ、プロデューサー、あの……じょ、冗談ですよね」
「なるほど、確かにこれは温かくていい感じだな」
「聞いてますか、プロデューサー?」
「どうだ、春香と比べて。それとも俺じゃ、その……よくないかな」
「い、いやではありませんが……少し強引すぎです」
「でも俺のほうが体温高くて温かいだろ?」

確かに彼の体温は春香よりも高く、温かさより熱さを感じるくらい。
それに春香と寝るときはお互い抱き合うような感じになるのだけれど
彼とは体格の違いがあるから腕の中にすっぽり納まるような感じになる。
それはそれでいいとして、ごつごつした体つきには違和感が……
ううん、違う。
私は知っている、この感じを。
遠い記憶を思い出しかけた私の頭に大きな手のひらが添えられて
あやすようになでてくれる。肩を抱きしめ、背中をそっとさすってくれる。
すごく落ち着いて、それに体も心もとろりととろけてしまいそうで
何も考えることができなくなって私は彼の腕の中で眠りに沈んでいった。



眠りから醒めかけた私はゆっくり身じろぎしようとして果たせず
恐る恐る瞼を開くと目の前に見えたのはうっすら浮かんだ無精髯だった。
まだ目を覚まさないだろうと、そっと顎のラインに指を沿わしてみると
不意に彼が瞼をあけて微笑みを浮かべる。

「おはよう千早。そろそろ起きる時間?」
「あ、あの……おはようございます。起きるにはまだ少し早いかと」
「そうか。じゃあもう少しこうしていよう」

だけど昨夜と違い明るい光の中はさすがに気恥ずかしく、起きだそうとする私を
彼は掴んで離してくれない。

「千早って甘えん坊だったんだな」
「そ、そんなことありません……もう起きるので離してください」
「寝顔も無邪気で可愛かったしな」

そんなこといって本気にしますよ? なんていえばプロデューサーはどう思うだろう。
あんな風に一緒に寝て、私をこんな風に本気にさせた責任、とってもらえますか?

だけど実際そんな言葉を言い出せるわけも無い。
目覚ましが鳴ったのを機に布団から出て準備にかかる。
布団を畳み着替えてしまうと、さっきまでの雰囲気は消えてなくなり
いつもの忙しい日常が始まろうとしている。そう、あれは一夜の夢だったのだ、
そう思い込もうとする私を彼が後から抱きしめる。



ランクアップを機にプロデューサーは私専属となり、春香には別のプロデューサーが
ついて、前のように一緒に仕事をする機会はぱったりとなくなった。
それでなくてもテレビやステージ以外の仕事も増えたおかげで、春香とは事務所で会う
機会すら少なくなっていた。
私の家に泊まる機会ならいくらでも作れたはずなのに、肝心の私が家をあけてばかりで
その本当の理由は春香にすら教えられなかった。

長い間捜し求めていたものを知り、甘い牢獄に繋がれて温もりと安らぎという名の快楽に
蝕まれつつあったなんて、とても説明できるものではない。
仕事を終えると事務所には戻らずプロデューサーの家に直行する。
冷えたコートを脱ぐのももどかしく彼とひとしきり抱擁を交わしながら
お風呂が沸くのを待ち、交替で入浴を済ませると支度してベッドに潜り込む。

彼の腕に包まれて行う打ち合わせ、ミーティング、反省会。
良かったところがあれば頭をたくさん撫でて貰えるし、反省すべきところがあれば
頬をふにふにと引っ張られたり、鼻の頭を指で弄ばれたりする。
やがて話すことがなくなれば、私はプロデューサーの胸に顔をこすりつけて瞼を閉じる。

同じベッドで寝ることの延長線上に男女の関係があることは分っていた。
けれど私はやましい事実には目を背け、自分に都合のいい現実だけを貪って
彼の苦悩には全く気付こうともしなかった。
そんな私に生々しい現実が突きつけられるのは当然の報いだったかもしれない。


まだ薄暗い自分に目覚めた私は、寝なおす気にもならず、隣で熟睡している彼を見て
悪戯でもしてやろうかと思い立った。
仰向けで眠る彼に跨ってから異物感に気が付いた。
体の下、厳密にはお尻……というか股間の下敷きになっている異物。
あまりにも大きく固いそれが肉体の一部とはとても思えず、何を挟んでしまったのかと
体をよじりかけて正体に気が付いた。

彼の男性器がどういう状態にあるかは、乏しい知識の私にも理解できた。
何故眠ったまま勃起しているのか分らないけれど、セックスをする状態にあるそれが
僅かな布地を挟んで私のアソコと触れ合っている。
パジャマ越しに伝わってくる熱さと脈動が私の体に伝わってきて
じんわりと熱いそれが下半身からぞわぞわと背筋を這い上がる。
くすぐったいような、それでいてもどかしい変な感触。
初めて感じた得体の知れなさに理性が警鐘を鳴らし、逃れようとした拍子に
より強く彼のそこにこすり付けてしまい、私は思わず声を漏らしてしまった。

慌てて口を押さえ視線を下げるとそうやら彼はまだ眠ったらしい。
醜態を見られずに済みほっと溜息をつくと、足音を忍ばせてバスルームに向う。
パジャマを脱ぎ、ショーツを下ろすときに気が付いた。
クロッチの部分がぬるりと粘り気ある液体で汚れていたことに……



そんな風に実際に体験したことが学校で教わった性の知識に無かったことは
全く気にならなかった。
体を触れ合う事はただ気持ちいいばかりで、機会のあるたび寝ている彼の体で
快感を得ることをやめられなかった私は、自分の行為はセックスとは違うのだと
言い訳しながら、まっすぐセックスに向っていると気付いていない。
ただ擦り付けるだけの行為に満足できなくなれば、彼の体臭ですら行為の足しに
するようになった。
自分の手や指で刺激を補うようになれば、エスカレートするのはあっという間だった。
最初はパジャマ越しにそっと撫でる程度だったのが、次の夜には下着越しに触れる
ようになり、ひとりで寝る夜に直接触れてみてその快感の強さを知ってしまうと
私の暴走は止めようがなかった。
彼の胸に顔を押し付け、男のひとの少し汗ばんだ体臭を嗅いで興奮を高め
太ももで彼の性器の感触を確かめながら、ぬるぬると濡れて熱くなった
あそこにそっと指を入れて動かし、声を殺しながら喘ぎ、そして果てる。

エスカレートした行為が眠っている彼にばれる恐れには考えが及ばず
ただ夢中で変態のような行為に耽った挙句―

それはある早朝のことだった。
夢中で指を動かし続け、あと少しで頭の中が白くはじけ、全身が痺れたように脱力する
あの快感の絶頂に達する直前。
なんとなく視線を感じて顔をあげると、今まで見たこともない表情がそこにあった。
慌てて逃れようとした私はベッドに押さえつけられ、怖い顔が真上から私を見つめる。

「そういうことがしたいのなら俺が教えてやるよ」
「ち、違うんです、これは……その」
「何が違うんだ? それなら体に聞いてやろうか、何をしていたか」
「いやっ、やめて、離して!」

彼の視線が強く握られた手首の方に向く。
そこを見られたら変態行為がばれてしまうと思い、全身でもがき抵抗をすると
不意に押さえつける力がゆるみ、私は彼に背中を向けて丸くなる。

「そんなに嫌ならどうしてあんな事をしたんだ」
「いやっ……違うんです、プロデューサー……お願いだから」
「分ったからもう起きろ、そして着替えたら家に帰れ」
「だ、だって私……違うのに……私はただ……プロデューサーが」
「そうだな、プロデューサーがアイドルとこんなことしちゃいけなかったんだ」

それっきり彼の家に招かれることはなく、私は独りの冷たいベッドに逆戻りした。



いつも通り事務所に行き、レッスンに通い、仕事に励む日常に変わりはなく
プロデューサーもあんな事があったことを態度にも表さない。
だけど一度近づいた距離は元通り離れ、常に見えない透明の壁が
私とプロデューサーの間に横たわっているようだった。
だけど一番辛いのは夜毎に感じる押しつぶされそうな喪失感だった。
昼間は仕事で気を紛らわることができても、独りの部屋ではそうもいかない。
久しぶりに遊びに来てくれた春香を無理に引き止め一緒のベッドで眠った時も
彼が与えてくれるあの心地には遠く及ばないことが分っただけだった。

「ねえ千早ちゃん、最近何かあったでしょ」
「何かって……別に何もないけれど。そんなに変かしら?」
「プロデューサーさんと喧嘩しちゃったとか」
「違うの春香、心配するようなことじゃないから」
「ね、千早ちゃん。もうすぐバレンタインでしょ、チョコで気持ちを伝えてみたら?」
「……チョコで、気持ちを?」
「だって千早ちゃん、言葉で気持ち伝えるとか苦手でしょ、だったらチョコで
気持ち伝えればいいんじゃないかな」
「気持ちを伝えるって……そんなの私には無理だわ」
「別に構えなくていいと思うよ。仲直りが気まずいのなら日頃の感謝ですなんて
ことででもいいんだよ。なんなら告白だっていいと思うけどね」
「だったら春香……あなたはどうするつもりなの?」
「わ、私? えへへ、私も気持ち伝えちゃおうかなって……好きです、なーんて」
「私達仮にもアイドルなんだから、そういうのって駄目だと思うけど」
「そんなことないよ、だって私プロデューサーさん好きだもん。本当はチョコじゃなくて
私をプレゼントしてもいいくらい好きなんだもん。恋愛とか告白とか無理としても
好きって気持ちは絶対伝えたいよ」

妙にテンションが高くなった春香をなだめ、眠ろうと努力しながら考えてみる。
プロデューサーの家に泊まっていた頃、私は一緒に寝ることだけに夢中で
彼に何か気持ちを伝えるなんて考えもしなかった。
なぜあんな心地よく眠れるようになれたのか、そばにいて体温を感じるだけで
心が安らげるようになったのか。
彼が私を抱きしめて、優しく撫でてくれたからではなかったか?
そうしてくれる理由が、私が単に担当アイドルだからでもいい、
私はアイドルではない独りの女の子として、気持ちを彼に伝えよう。



「こんな遅い時間にどうした。 こういうのは駄目って言ったはずだぞ」
「すみません、用が済んだらすぐ帰ります。どうしても今日お渡ししたかったから」
「……寒かっただろ、入って温まっていけ」

湯気の立つコーヒーカップの向こう側、和らいだ表情で私を見つめるだけの彼に
私は意を決っするとバッグからチョコレートの包みを取り出した。
渡すときの台詞は何通りも考え、結局一番無難なのに決めたつもりできたけれど
いざ彼と二人きりになってしまえば、ただ感謝の言葉とともにチョコだけ渡して
家に帰るなんてどうしてもいやだった。

「どうした、それを渡してくれるためにわざわざ来てくれたんだろ?」
「あの……私がいいっていうまで目をつぶっていてもらえませんか」
「そんなに恥ずかしいかな……まあいいけど」

それは春香のアドバイスを元に考え付いた一番突飛なアイデア。
だけど今はもうこれしか考えられなかった。
私はできるだけ静かに包みを開けると、ハートの形をした一粒を選びだした。
それを唇に挟み、そっと目を閉じてから彼に合図を送った。



触れたのはほんの一瞬で、果たしてそれが唇だったかどうか分らないけれど
彼がチョコを受け取ってくれたこと、気持ちを伝えることができて私は満足だった。
見えない壁が消えたのを感じ、ほっとして帰ろうと立ち上がりかけた私に。

「一個だけ?」

嬉しかった。涙がでそうになるほどその言葉が嬉しかった。
でもそれ以上に恥ずかしくなってしまい、ビックリするくらい顔が火照って
わけがわからずに立ち尽くす私を彼は抱きしめて。

「ねえ、さっきの凄く可愛かったからもっかいやって」
「だ、駄目です……あとは自分で食べてください」
「するまで帰さないよ、ほら、まだチョコいっぱいあるぞ」
「そ、そんなこと無理です、だって、プロデューサー、ぐすっ、駄目っていったの
プロデューサーじゃないですか」
「しょうがないだろ、千早の気持ち、俺だって嬉しかったんだから」

泣くまいと思ったのに溢れてきた涙を止める事はできず
べそべその泣き顔を見られるのがいやで彼の胸で顔を隠していたのに
顎を持ち上げられて無理矢理彼に顔を見られて。

彼は私がしたようにチョコを唇に挟んでいて。
ゆっくりそれが近づいてきて。
今度はちゃんとその瞬間を確かめたくて。
唇が重なるまで、重なってからもずっと彼の目を見つめていた。
ぴったりくっついた唇の間でゆっくりとけていくチョコがとても甘くて
二人でそれを半分こするようにちょっとずつ食べて
全部なくなってしまってもまだ口の中は甘いままで
私達は唇を重ねてままずっと見詰め合っていた。


「千早はステージ以外でも大胆なんだな」
「大胆だなんて……私はただ、プロデューサーに……」
「最初が俺でよかったのかな」
「駄目ならあんなことしません」
「そうか……千早の気持ち、ちゃんと受け取ったから今度は俺が伝える番だよな」
「ホワイトデー、期待してますから」
「そんなに待てないって。ほら、今日は遅いからもう寝るぞ」


彼は私のおでこにチュッと音をたてるキスをしてから明りを消した。
それから思い直したように私の頬をはさんで唇にキスした後
私を胸に抱き寄せて一緒に眠りに落ちていった。





ホワイトデーまで一ヶ月も待たされることを考えれば、私の誕生日はタイミング的に
ちょうどいい日付なのだと思った。バレンタインの出来事をはっきりと記憶しているし
なにより私の気持ちはあの時決まっていたのだから迷いは全くなかった。
仕事を終え事務所を私達は言葉を交わさないまま手をつないで彼の家に向う。
先にお風呂を借り、体の隅々まで丁寧に洗い清めてからゆっくり湯船で温まる。
未知の経験には不安があるけれど、彼と一つになれるのだから今までにないくらい
気持ちがいいに決まっている。
だって唇を重ねるだけで体も心もとろとろにとかされてしまったのだから。
そんな事を考えるだけで下半身が熱く火照ってしまうけど、これから私は
彼と肌を重ねあい、熱い体温でとかされるのだから構わない。
バスタオルで拭いた体をバスローブで包むと寝室にもどった。

こういう場合脱いで待ったほうがいいのか迷ったけれど、安全策をとって
バスローブを着たままベッドで彼を待つことにした。
今からすることをあれこれ考えそうになるのを我慢して、ステージに出る前のように
深呼吸を繰り返してリラックスに努めておく。
セックスがどういう行為かはある程度予想がついても、きっと私が考えている以上に
色々あるに違いないから緊張してないほうがいいはず。
気持ちが落ち着いてきた頃、寝室のドアが開いて明りが差し込む。

その輪郭から裸なのがわかると、途端に恥ずかしさがこみあげてきて
思わず布団で顔を隠してしまう。
ベッドが軋んで彼の気配が近づいてくる。
リラックスしたはずなのに、心臓の鼓動が聞えるくらいドキドキしている。
彼が布団に入ってくる。
ぽかぽかと温かくて清潔な石鹸の匂いにつつまれて
恐る恐る目を開くと、すぐ前に彼の笑顔が見えてキスされる。
最初は軽く、二度三度と繰り返すたび深くなるキス。
何度目だったか、詰めていた息をそっと吐き出すとようやく体の力が抜けた。

「緊張、とけた?」
「はい。それより……プロデューサー、いきなりなんですね」

彼に回した手で背中の皮膚をそっとつねって見せる。

「てっきり千早も裸で待っていると思ったんだけどな」
「……それは、そ、そういうのって男の人がするものでは」
「それもそうだな、じゃあ」

布団が開かれ、今度はしっかり彼と視線を合わせる。

胸元でしっかり閉じたバスローブの合わせ目を開こうとする彼の表情は
仕事とは違う真剣さがあり、プレゼントの包みを開く子供のようだと思えば
恥ずかしいけど彼には全てを見てもらいたい、そんな矛盾した感情がわきおこる。

「綺麗だな、千早の……お、おっぱい」
「言わないでください、恥ずかしいです」
「いや、でも……思った以上に綺麗だったから」
「……いつもそんなこと考えていたのですか」
「お、俺だって男なんだぞ、それくらい普通だ」

変態といいかけて、いつかの醜態を思い出した私は慌てて口をつぐむ。
それを彼は肯定と受け取ったのか、バスローブを開く作業に戻る。
腰の帯が解かれ、前が完全に開かれる。
邪魔になるからと、体の下からバスローブが抜き取られると私の体を隠すものは何も無く
咄嗟に下半身に伸ばした手をわきに下ろすと彼を見上げた。
今日、彼に全てをあげるのだと決めたから。
彼と一緒になること、それが私の一番欲しかった誕生日プレゼントだから。
ゆっくり彼の体がのしかかってくる。
思ったとおりその体は熱く、思った以上に重かったけど
こうして全身の肌と肌を重ね合わせて抱きしめられるのは
思ったよりはるかに気持ちが良くて、もうそれだけで心がとけてしまいそう。

そこから先はもう夢の中でふわふわと歩いているようではっきと覚えていない。
キスから始まった彼との行為。
そのキスが首筋から胸に下りてきて、おっぱいや乳首をさんざん舐められて
お臍を舌でくすぐられ、それから……足を開かれてその間に彼の頭がきたときには
恥ずかしすぎて頭が沸騰しそうになったけれど、彼のキスをあそこで受ける快感は
おかしくなるくらい気持ちがよくて、いよいよ彼とひとつになるその瞬間。

これまでで一番やさしいキスを交わしたと同時に
彼のペニスが私の体を文字通り切り裂きながらぐいぐい中まで入ってくる。
痛いとは思っていたけど、これほどとは思わなくて涙をこぼしながら痛みに
耐えている私の手を彼がぎゅっと握り締めてくれる。

「千早……痛いんだろ、 少し休むから深呼吸して」
「……はい、あの、プロデューサー」
「どうした?」
「あの、私……ちゃんとできたのでしょうか?」
「ああ、卒業おめでとうっていうべきかな。それとこれ……ちょっと指だしてごらん、
ほら……サイズ合ってるかな」

左手の薬指にはめてもらった、銀色に輝く綺麗なリング。

「ピッタリです、これ。 プラチナ……ですか?」
「そう、誕生日プレゼント。千早に似合うと思ってさ……」
「あ、ありがとうございます。でもいいんですか、私……なんかで」
「初めて会ったときから俺は千早じゃなきゃ駄目だって思ってたんだ。
だからそれは千早が俺のものだって言う証拠だからな」
「ふふっ、それならしょうがないですね、ずっと大事にします」
「俺もな。一生大事にするから」


そうして私達は一つのベッドで一つになって寝るのが当たり前になった。


おしまい。

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