残された手記 - 肉塊

1.キーパリングにあたって
本シナリオはごく短時間でプレイすることを意識したものである。探索を素早く、積極的に進めるために、必要に応じてハンドアウト制を導入する。
HO1は、事件の調査を主導する人物である。非番の警察官、ジャーナリスト、怪奇作家、ほとんど趣味で探偵業を行っている人間が適切だろう。このような人間が1人はいることが望ましい。
NPCである佐名川と面識があってもよいが、HO2の活躍の場を奪わないよう注意するべきである。
HO2は佐名川の個人的な知己である。彼の仕事、住居、個人的な趣味について知悉しているだろう。両者が探索に置いてバランスよく役割を果たすことが期待される。
本シナリオにはいくつか(余分な)探索場所があるが、より短時間でシナリオをプレイすることを目指すならば、それらを削除したり、プレイヤーに対してごく簡潔に情報を提示したり、単に情報が無いことを告げたりしてもいいだろう。
探索者達が次に行くべき場所については、シナリオ内では特に強調するべきである。ただし、キーパーがプレイヤーに自発的な、自由で、ゆったりした探索を望むならば、この限りではない。

2.シナリオ背景
草香さつきという一人の造形作家がいた。彼女は美術大学を卒業後、作家として生活をしていた。
草香は非常に自負心の強い人間で、自らの作品が思うように評価されないことに強い憤りと不満を感じながら創作活動を続けていた。
彼女の作品は『塊(かたまり)』と名付けられた潰れた球の形をしたものであり、彼女はそれに宇宙が表現されていると考えていた。素材や大きさは様々で、金属、木材、樹脂などが使われていた。
ある日彼女の作品を大いに評価する存在が現れた。文字通り突然現れた彼は、草香の作品を賞賛した。その男は全身を黒い服に包んでおり、眼や肌まで闇のような黒であった。
彼は草香の作品の魅力を認めて、あるいは単に気まぐれから彼女の前に姿を現し、さらなる創作を支援しようとしたのである。草香は自らの作品が評価されたことに感激し、男を崇拝するようになる。
男は草香に、新しい素材で創作に挑戦してはどうかと提案する。その素材とは肉、それも生きた人間の肉であった。彼は草香にいくつかの呪文を与える。
それは人間を無力化し、生きたまま成形し、『肉塊』へと変える悍しいものであった。しかし男を崇拝していた草香は、抵抗なくこれを受け入れる。
草香はいくつかの習作を作った。実家が富裕だったので、彼女には生活場所兼アトリエとして一軒家が与えられていた。
草香は身寄りのないホームレスなどを「デッサンのモデルとして」という誘い文句で自宅へ誘い、『肉塊』へと変えた。
呪文による成形だけでは完璧ではないと考えた彼女は、いくつかのほつれや凹凸を手ずから修正し、より完成度の高い作品を目指した。
彼女の技術を向上させるために使われた素材は、奥多摩の森林に投棄された。シナリオ開始時までに、二名が犠牲になった。
次に犠牲者となったのは、不運な美術商である佐名川である。彼は草香の作品に目を付けて、商品にするためいくつか仕入れようと考えていた。
そして作品を直接買い付けるため、彼女に接触を試みたのである。そんな目的を持つ佐名川を自宅に誘う事は、草香にとって容易だった。
かつての犠牲者にそうしたように、佐名川を無力化し、『肉塊』へと成形したのである。佐名川を『肉塊』に変えた後、彼女はそれを展示したいと考えた。
夜のうちに車に載せ、シナリオが始まる場所である、鷹の台の中央公園へ運んだ。そうした結果、佐名川は探索者達に発見されることになるのである。

3.NPC紹介
【佐名川 健一(さながわ けんいち)】33歳 男性
美術商
SIZ12 APP14

東京に小さな個人事務所を構える美術商。主に国内の芸術家の作品を買い付け、小売店や好事家に売却する仕事をしている。
現代美術を取り扱う事が多く、安く仕入れてうまく値を吊りあげることでかなりの利益を上げていた。
少々品性に欠ける派手な感じの人間であるが、人当たりは良く、人脈は広い。
シナリオに参加する探索者達も、その広い人脈の一部に組み込まれているのかもしれない。左手の甲に小さな青いアゲハ蝶の刺青をしている。

【草香 さつき(くさか さつき)】28歳 女性
造形作家
STR12 DEX15 INT13 アイデア65
CON8 APP13 POW17 幸運85
SIZ12 SAN0 EDU15 知識75
HP10 MP17 回避30 DB0
芸術〈造形〉:62% 制作〈彫刻〉:60% 機械修理:60%
心理学:50%杖:50% オカルト:35% 天文学:27% クトゥルフ神話:7%
武器 こぶし 50% 1d3
彫刻用ハンマー 50% 1d4+1
呪文 人間を無力化し、生きたまま解体し、『肉塊』へと形成するのに必要ないくつかの呪文

都内の美術大学を卒業し、造形作家として活動する女性。
芸術家としてそれなりの実力を持っているが、彼女が今までに得ている名声は、自身の求めるものには遠く及ばず、日々鬱積した感情を募らせてきた。
彼女が作るものは『塊(かたまり)』と呼ばれる潰れた球体のようなオブジェで、彼女はその形に宇宙が表現されると考えている。
『ミューズ』を名乗る謎の存在に出会って以降、彼の心を満たすための創作活動に勤しむことになる。

4.導入
探索者達は佐名川の友人、あるいはプライベートの付き合いがある知人である。
もしくはそのような人物の関係者であり、佐名川を紹介してもらう予定で同行した人物かもしれない。ともあれ正義感が強く、好奇心旺盛であることが望ましい。
探索者達はある日の週末に、佐名川と共に外出する予定を立てていた。季節はいつでもよいが、外出に適した気候であることが望ましい。
佐名川は美術商をしている男で、彼の解説のもと、いくつかのギャラリーを回ることになっていた。
後の探索においてそれとなく探索者を誘導するために、「もし寝坊したら家まで迎えに来てくれ」などと佐名川に連絡させておくのもいい。
待ち合わせは東京小平市にある鷹の台駅(西武国分寺線)から徒歩2分ほどの中央公園に、午前10時である。
鷹の台駅周辺はそれほど栄えているわけではないが、近くに武蔵野美術大学があるため、ギャラリーがいくつか存在するのだ。
待ち合わせ場所である公園の噴水近くに行くが、探索者達が到着した時点で、まだ佐名川は来ていない。その代りに、妙なオブジェが設置されているのを発見する。
HO1はこのあたりで偶然通りかかった事にしてもよいし、専門家として通報や連絡を受けて駆け付けたことにしてもよい。

〈オブジェ『肉塊』〉
佐名川である。
直径約70cm、高さ約25cm、重さ約60kg(SIZ12相当)の、潰れた球形(ちょうどあんまんのような形である)をしている。
色は肌色で、表面はすべすべしているが、詳細に観察すれば、うぶ毛が生えており、人間の肌と同じような肌理(きめ)があることがわかる。
少なくともこの時点で、このオブジェが人間(の皮膚)から作られたことがわかるだろう。
オブジェには、さらにいくつかの丁寧な縫い目が散見される。それらは掌の形であったり、目蓋の形であったりする。
それを見れば、このオブジェが非常に注意深く、全体のバランスを考えて作られたものだという事がイメージできる。
〈目星〉に成功すると、一見分からないような部分に、小さな蝶の刺青があることに気付く。佐名川の知人であればこの刺青が、佐名川本人のものとまったく同じであることがわかる。
このオブジェに触れる、あるいは〈聞き耳〉〈アイデア〉に成功した探索者は、このオブジェの内部から心臓の鼓動を感じるだろう。
つまりこの人間を使ったオブジェは、まだ生きているのである!
〈医学〉〈生物学〉に成功した探索者は、奇形腫あるいは成熟嚢胞性奇形腫という単語を思い浮かべる。
これは腫瘍の中に人間の分化した組織(内臓や髪の毛)が入っているというものである。細胞としては生きているが、人間として生きているとはとても言い難い状態である。
しかし類似点こそあるものの、目の前のオブジェは奇形種ではありえないし、そもそも心臓が拍動しているというのも信じがたい。
縫い目などと併せて考えれば、これはなんらかの手段によって「造られた」ものであると確信できる。
〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、人為のみでは決してなしえない所業であると判断できる。つまり何らかのあり得べからざる力が作用しているということである。
このオブジェを見た場合に減少する正気度は、探索者達が得た情報量に比例するだろう。
オブジェが人間由来のものであるとわかれば最低でも1/1d4+1、刺青によって佐名川であると判別できれば1/1d6、その哀れな佐名川がまだ生きているということまでわかってしまったならば、1/1d6+1といった具合である。
この正気度ロールで一時的狂気に陥った探索者は、まだ生きている佐名川を楽にしてやろうと思うかもしれない。
強い衝撃を加えればこのオブジェの外側は破れ、赤黒い内容物がこぼれ出すだろう。それには佐名川の面影を残す眼球や、脳などが含まれる。
もし探索者達がこれを目撃したならば、さらに1/1d6の正気度を喪失する。探索者が不定の狂気に陥ったならば、このオブジェに対して強い執着を感じるようになるだろう。

哀れな佐名川をどのようにするかは探索者に任されているが、警察に通報するというのが最も考えられそうな行動だろう。
そうなれば佐名川は収容され、警察は本件を刑事事件として扱うことになる。ただあまりに非現実的な事件のため、まともな捜査は望めないだろう。

5.調査開始
探索者達が佐名川の死の真相を突き止めようとするなら、いくつかの方法が考えられる。
探索者達の立場によって手に入る情報、手に入らない情報がある。また事件解決に必要な情報もあれば、付随的なものに過ぎない情報もあるだろう。

・奥多摩で発見された死体
もし探索者が警察官やジャーナリストであれば、草香によって投棄された二つの『試作品』が発見された事件について知っているかもしれない。
この事件は表向きただの死体遺棄事件として扱われているが、その死体は『肉塊』に加工されている異様な事件である。
発見当時『肉塊』はすでに死亡していたが、検死の結果、それが生きながら加工されたこと、身元は不明だが、40代から60代の男性であることが判っている。
検死を担当した医師に渡りが付けば、〈オブジェ『肉塊』〉で記述したような数々の冒涜的な事実が明らかになるだろう。

・周辺での聞き込み
鷹の台駅周辺はそれほど閑散としているわけではないが、草香が佐名川を投棄した時間帯(午前2時ごろ)には人通りはほとんどない。
しかし〈幸運〉の半分に成功すれば、偶然その時間帯に付近を通りかかった人物を見つけられるだろう。
その人物は直接投棄の現場を目撃していたわけではないが、白いワンボックスカーが公園付近に停まっていたことを思い出す。
さらにその人物が〈アイデア〉に成功(目撃者のINTはKPが任意に設定する)すれば、若い女性が載っていたことまで思い出せるかもしれない。
しかしどのような女性かまでは覚えていないし、車のナンバーなどもわからない。

・佐名川の自宅兼事務所
佐名川と親しい探索者であれば、自宅の場所を知っているだろう。
彼の自宅は事務所を兼ねており、代々木駅から少し歩いたところにある三階建てのビルが丸々彼の所有となっている。1階にコンビニ、2階が事務所、3階が住居である。
事務所は佐名川の不在時には基本的に施錠されているが、探索者の一人が〈幸運〉に成功すれば、事務員の山田(20代後半の女性)が在所している、あるいはその電話番号を知っている。
これに失敗した場合はビルの管理会社に事情を話して(場合によっては〈信用〉〈言いくるめ〉〈説得〉を要求してもいいだろう)開錠してもらう事が必要となる。
事務所はごく小さなもので、佐名川と山田の机、それぞれのパソコン、資料が入ったキャビネットと応接セットがある程度となっている。
資料を漁る場合は〈図書館〉が必要になるが、山田がいる場合は、彼女は佐名川の仕事について知悉しているので、ロールの必要はない。
技能に成功すれば、佐名川が最近興味を持っていた美術家についての情報が手に入る。佐名川と山田のパソコンにも同様の情報が入っている。

〈佐名川の最近の仕事〉
彼の仕事は新人の芸術家を発掘し、作品を買い付けて買い手に直接販売するというものである。
最も新しいものは、草香さつきという造形家が作る『塊』と呼ばれる作品群であり、資料には彼女の作品が載った美術雑誌や、合同展示会のパンフレットがある。
『塊』は探索者が発見した佐名川の成れの果てとおおむね同じ形状をしている。大きさや材質は様々であるが、一貫して同じモチーフが用いられている。

3階の住居も施錠されているが、山田なら合鍵を持っている。居住スペースは洗練された2DKで、佐名川の羽振りの良さをうかがわせるものとなっている。
仕事用のパソコンがあり、〈コンピューター〉でパスワードを解くことができるが、仕事用の資料や個人的な収集物があるくらいで、めぼしい情報はない。
その他やや散らかった部屋の中に、探索に役立つようなアイテムはない。

6.草香さつきへのアプローチ
探索者達が草香にたどり着く道筋として最もありそうなのは、佐名川の事務所で手に入れたパンフレット、もしくは美術雑誌の編集者に問い合わせて手に入れた情報をもとに、彼女の作品がある展示会の会場へ赴くことである。
鷹の台駅から少し離れたところにそのギャラリーはある。洋館を模した瀟洒な外見のギャラリーで、複数の芸術家が出展している。開場時間は10時から17時で、入場は無料。
作品に値札は付いていないが、会場に常駐している制作者と直接交渉することで作品を購入することができるようになっている。
当然、会場が開いている間、およびその前後一時間程度は、草香とギャラリーで会うことができる。
草香の作品である『塊』は、前述したように、木材、金属、樹脂などで造られた丸餅のようなオブジェである。
〈芸術【彫刻】〉の二倍、〈値切り〉の二倍に成功すれば、作品としてはごくごく凡庸なものであると解る。この作品一本で食べていくのは難しいだろう……、という程度の水準である。
作品に興味がある素振りを見せれば、草香が探索者に近づいてくる。彼女が語るところによると、『塊』の形状は宇宙の形を表現しており、その内側にすべてが詰まっているということである。
あらゆる物体の究極にして完璧な形状がこれである、と草香は熱っぽく語るだろう。
もし探索者達が彼女の作品を賞賛したり、作品についてもっと知りたいという事を話したりすれば、彼女は理解者の出現に大層感激するだろう。
上手く好感触を得られれば、彼女は探索者達をアトリエに招く。APPが高い(容貌が整っている、あるいは瑞々しい肌をしている)探索者がいれば、草香は是非とも作品にしたい、と内心思う事だろう。
草香の視線から、そのような異常な思考を読み取った探索者は、0/1程度の正気度を失うかもしれない。

7.草香のアトリエ
草香が育った家庭は比較的富裕であり、彼女自身も金銭に不自由しない状態である。現在も古いながら一軒家を所有しており、そこを住居兼アトリエとして使用しながら一人で暮らしている。
ギャラリーから15分ほど歩いたところにある彼女の一軒家は、静かな住宅街の中にある築20年ほどの木造家屋である。外見上、特に変わったところはない。
草香と近隣住民の関係はおおむねうまく行っているようだが、うわさ好きの住民に聞けば、草香が何度か男性(かつての呪文の被害者)を自宅に連れ込んでいたことを話すかもしれない。
住居の1階にはリビングダイニング、キッチン、浴室やトイレがあり、2階には寝室として使われている部屋が1つ、空き部屋が2つある。これらの部屋に特筆すべきものは何もない。
しかしこの家屋には地下室があり、そこがアトリエとして使用されている。地下室は、玄関から伸びる廊下の奥にある階段を下った先にある。扉を開くと、そこは広さ8m四方程度の空間となっている。
画材や木くず、製作用の道具等が雑然と置かれた部屋である。特に目を引くものとして、中央に広げられたブルーシートがある。
これは草香が『肉塊』を作る際に下に敷いていたもので、よく見ればこびり付いた血の染みや、繰り返しの洗浄による色落ちなどがあることがわかる。
〈目星〉に成功した探索者は、佐名川のものらしき持ち物が部屋の隅に置かれているのを見つける。
またこの部屋には草香が『肉塊』を作るために行使する呪文を補助するための印が四隅に描かれている。これもまた先ほどのロールに成功することで発見できる。
探索者達がこのロールを行った直後に、次項で述べるイベントを発生させる。

8.本性
探索者達が部屋に入ってすぐに、草香が仕掛けた呪文が発動する。それは『クトゥルフのわしづかみ』に似た、犠牲者の抵抗を抑えるための呪文である。
探索者達は、急に脱力感を感じ、立ったまま動けなくなる。今までここに招かれた哀れな犠牲者と同じ運命を辿ろうとしているのである。
草香はこの呪文で相手を無力化した後、『肉塊』を成形するために、また別の恐ろしい呪文を行使するのだ。
探索者達が動けなくなったのを確認すると、草香は残忍な笑顔を浮かべて探索者達を嘲笑し、新たな素材が一度に三つも手に入ったことを喜ぶだろう。
探索者達がこれまでに佐名川に言及していれば、その事にも触れるかもしれない。
しかし、探索者達の数が多いせいか、また探索者達が強靭な意志を持っているせいか、呪文の効力は完璧ではない。探索者達にはそれを打ち破るチャンスがある。
適切なタイミングで、呪文の効力であるPOW24を、部屋に入った探索者の人数で割った値(端数切り上げ)と抵抗ロールで競わせる。
例えば、部屋に入った探索者が1人の場合は24、3人の場合は8と抵抗ロールを行うのである。
もし探索者達がこの時点で全員行動不能になってしまうようであれば、キーパーは何らかの処理(〈STR*3〉、MPによる抵抗ロール、POWを永久的に1ポイント減少させるなど)を行って、成功した探索者達を行動させてもよいだろう。
この事態を打開する方法は、草香を無力化する、あるいは降伏させることである。もし無事な探索者が1人か2人であれば、草香は手近な彫刻用ハンマーを持って襲い掛かってくるだろう。
屈強な探索者が3人無事でいれば、すぐさま抵抗を諦めるかもしれない。その処理については、状況によって柔軟に対応する必要があるだろう。
呪文によって動けない探索者は、部屋の四隅にある印を、削ったり塗料を掛けたりして消すことで解放できる。このことについては、〈アイデア〉に成功すれば気付くかもしれない。
あたりを見渡せば、彫刻刀、塗料缶、彫像など、役立つものが豊富にあるだろう。

9.正体不明の存在、あるいはニャルラトテップ
草香が降伏、あるいは無力化された時点で、探索者達は部屋の隅に影だまりができ、そこから影のように暗い人物が現れたことに気付く。
シルエットは通常の背格好をした成人男性に見えるが、服、髪、肌、眼や歯に至るまで、光沢のない黒色をしている。
その色相のため表情を判別するのは困難だが、悪意、感心がないまぜになったような奇妙な態度に、気味の悪さを感じるだろう。
得体の知れない存在と、その突然の出現に対して、探索者達は0/1d2の正気度を喪失する。
草香が生きていれば、彼女がその存在を『ミューズ』と呼ぶのを聞くだろう。
教養のある(〈知識〉や〈オカルト〉*2、〈人類学〉*2に成功した)探索者であれば、それがギリシャ神話における芸術の女神の名であることに気付くだろう。
しかし眼前の『ミューズ』がその名を戯れで名乗っているのは明らかである。目の前の存在が、女神のような神々しさや、技芸のような秩序に相容れないことは疑いようもない。
本シナリオではこの存在の正体を明示しないが、キーパーが望むなら、この存在の正体をニャルラトテップの化身であることにしてもよい。
探索者達が驚いていると、『ミューズ』は慇懃な態度で探索者に話しかけるかもしれない。
『ミューズ』が探索者とあまり長々と喋るのは望ましくない。あくまでもミステリアスな存在として演出するためである。
『ミューズ』が軽く手をかざすと、草香の肉体は、彼女自身の作品である『肉塊』へと変化していく。キーパーには以下の文を参考に、なるべく生々しく描写してほしい。

まず、草香の肉体にいくつかの切れ込みが入った。
皮膚や筋肉組織、膜が切り離されると、必然的に内部の臓器、次いで骨格が露わになる。
それらは見えない力場に従って纏まり、無重力下の水滴の様に空中に滞留する。
血液と体組織、神経節が混然となった球体は、皮膚によって包まれ、歪な球体を形づくる。
ゆっくりと地面に降ろされたそれの表面には貌があり、乳房があり、手指と判別できる皺があった。
しかしそれはもはや、人間と呼べるようなものではなかった。
それは『肉塊』であった。
美醜の観念を超越した、冒涜的な作品の生成を目撃した探索者達は、1/1d8の正気度を喪失する。

「やはり、仕上げが無くては今一つのようだ」
『ミューズ』はやや不満げにそう呟くと、出現した時と同様、掻き消えるようにして消失する。部屋に残されるのは、『肉塊』と探索者達だけである。

9.事件の後始末
『肉塊』は、犠牲者のCON*3時間程度生存する。しかし現代の医学では全く処置のしようがない。
それは佐名川も、草香も同様である。術者である草香が死んだとしても、佐名川が元の姿に戻ることはない。
探索者達はおそらく草香に招かれる形で草香の家に入っただろうが、招いた本人が『肉塊』になってしまっているので、一連の事件が終結した後に、警察への言い訳が必要になるかもしれない。
〈説得〉〈信用〉〈法律〉などに成功すれば、長い時間拘束されることはないだろう。
なんにせよ、よほどの無法を働いたのでもない限り、キーパーは探索者達を無罪で放免してやるべきである。
勇気ある探索者達によって事件の主犯者は排除されたが、その陰で手引きをしていた存在はまだこの世界のどこかで暗躍している。そのうすら寒い想像が全員の脳裏を離れることはないだろう。
しかしなんにせよ、探索者達は事件の真相に、自らの力で到達したのである。その報酬として、1d6+1正気度ポイントが与えられる。